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それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~  作者: 夙多史
十二章 みんなの安息は俺が守る!
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第九十四話 買った!

「……ネムの英雄、肩車なの」


 そう言って両手を伸ばしてきた甘えん坊ネムリアを肩に担いで俺は教会を後にした。こういう見た目相応な子供っぽい態度は可愛いと思うが、この神様もしかしなくても自分で歩くのが面倒なだけなんじゃなかろうか?


「……英雄タクシー、次は右なの」

「俺はタクシーじゃなくてタクですよー」


 だから俺の頭をハンドルみたいにぐいって曲げるのやめてもらえませんかね帰りたい!


 商店街に近づくにつれて人通りが多くなっていく。ちなみに俺はフードを目深に被って顔を隠している。紛いなりにも先の事件を解決した英雄であり、星七つの冒険者として知られちまったからな。バレたらいろいろ面倒――


「……フード邪魔なの」


 ひょいっとネムリアに脱がされてしまった。ちょおおおい!?


「あれ? もしかして」

「ねえ、あの人って」

「ああ、この間の表彰式典で」

「どんな事件も親身になって解決してくれるっていう」

「七つ星冒険者の」

「英雄様だ間違いない!」


 ほらぁ! 今や俺の存在感は〈魅了〉を使わなくても異常なんだから、街中で芸能人を見かけたように人が群がってくるんだよ!


「きゃああああ英雄様ぁ♪」

「英雄様よ本物よ♪」

「あの、あの、英雄様にお願いがあるんです」


 女の子たちに囲まれて黄色い声をかけられる。俺は別にチヤホヤされたいわけじゃないんだけどなー。なのにこんな風にキャッキャされると帰りたくなっちゃうなー。

 まったく人気者は辛いぜ!


「カエレナイ樹海に住み着いたギガントシャーチックを討伐してください!」

「とある事情で黒の万能薬(エナジードリンク)が千本ほど必要になったので集めてください!」

「夜な夜な王都に現れる怪人・デスマーチの正体が気になって眠れないので暴いてください!」


 黄色い声かと思ったら高難易度クエストだった。

 それも関わったら全力で帰りたくなりそうなものばかりだった。


「人違イデース」

「「「え?」」」

「人違イデース」


 断固として人違いです。こんなところに英雄なんているわけないじゃないかHAHAHA!


「「「でも、そっくり」」」

「ワターシハ安息神教会ノ『オフトゥヌス』トイウ者デース。ソノ英雄ト同ジヒガーシノ方カラ来マーシタ。ダカーラ、ヨク間違エラレマース」


 なるべくマヌケそうな顔をしてそう言うと、俺を囲んでいた人々は「なんだ人違いか」「英雄様がこんなぶさいくなわけないもんね」「オフトゥヌスってなに変な名前www」と口々に告げて去っていった。ふむ、近くに安息信徒がいたら戦争になるところだったな危ない。


「……ネムの英雄を馬鹿にするな、なの!」


 いたわ。安息信徒どころか未来の安息神その人が俺の上に乗ってたわ。


「ほらネムリア、俺は目立ちたくないんだからこれでいいんだよ。さっさと寝具専門店に行くぞ」


 俺は珍しくぷんすか怒っているネムリアを嗜めつつ、商店街の一角にあるパラダイスへと向かうのだった。



 寝具専門店『グッスリナーノ』。


 そこは店舗こそ大きくはなかったが、ベッドに枕に寝袋に至るまでありとあらゆる寝具が揃っていた。

 新品の寝具の香りに包まれた俺たちは――


「ふぉおおおお」

「……はふぅうう」


 口と鼻、いやもう体全身でその空気をいっぱいに吸い込んだ。店の中に立っているだけでリラックスできる。なんだよここ最高かよ。


「よしネムリア、いい加減に下りて自分で気に入った枕を探すんだ。肩車のままじゃできないだろ?」


 具体的には俺が気に入った寝具を探すことが困難になる。


「……わかったなの」


 こくりと頷いたネムリアは床に下ろされると――たたたっ。短い歩幅の駆け足で掛け布団コーナーに近づいて行ったよ。欲しいの枕じゃなかったの?


「……ネムの英雄、どれがいい物かわかる?」

「フッ、愚問だな」


 まったく誰にものを言っている。


「いいか、掛け布団の選び方は『温かさ』と『重さ』を目安にするんだ。真綿なら保温性、吸湿性、放湿性、かさ高性、フィット性、そして軽さに優れている。保湿性もあるからお肌にもいいぞ。ウールは調湿・保温・耐久性が抜群だ。羽毛は採取した鳥の種類によってグレードが変わる。主にガチョウとアヒルでダウンボールが大きくなるほどふわっふわで温かいそして寒い地方で採れた方が良質で希少価値も高くダウンの混合率も九十パー以上を選ぶようにすれば間違いないさらにキルト加工はマス目が多い方が羽毛の偏りも少なくなって――」

「……長いの」


 ジャンプしたネムリアにぺしっと頭を叩かれた。少々ヒートアップしてしまったようだ。だってしょうがないよね。寝具に囲まれてたら誰でもテンション上がるだろ?


「む? こ、これは……」


 俺は近くにあった掛け布団に手で触れた途端、気づいてしまった。


「店主! 店主はおるか!」


 すぐさま店主を呼ぶ。すると店の奥から恰幅のいい初老の男性が手を揉み揉みしながら駆けてきた。


「いかがなさいましたかな、お客様?」

「この掛け布団、綿毛鳥(フラフィバード)の羽毛を使っているな?」

「ほほう、わかりますかな?」

「この弾力、温かさ、全てを包み込むような柔らかさは他の鳥では出せない芸術だ」

「お目が高い。これはマンスフィールド商会が数量限定で生産した希少な一品でして」

「買った!」

「ありがとうございます!」


 がっし、と店主と硬い握手を交わす。この店主、なかなかできる。小さい店だが充分信頼に足るぞ。週三で通っちゃう!

 あ、衝動のままに掛け布団のお会計してたらネムリアを見失っちまった。


「……ネムの英雄、枕、見つけたなの」


 と、心配は無用だったようで、店の奥から太陽の絵が大きく書かれてある枕を抱えて戻ってきた。自分の目的をちゃんと覚えてたみたいだね。

 でも、ちょっと待って。


「それ、『枕投げ専用』って書いてあるぞ?」


 よく見たら絵は太陽じゃなくてトゲトゲしたウニみたいなナニカだった。あたったら痛いぞっていうイメージなのかな?


「……枕投げ、ちょっとやってみたい、なの」

「帰ったら他の四護聖天に声をかけてみるか」


 眠そうな顔に楽しげな笑顔を浮かべたネムリアを見ていると「枕を粗末にしちゃいけません!」なんて言えないよなぁ。

 枕投げ専用枕を五個購入。今夜は戦争だ!


「ていうかネムリア、本命の枕はどれに――」

「……見てなのネムの英雄、クマさんの着ぐるみパジャマなの」

「なにそれ可愛い」


 デフォルメされたクマさんに変身したネムリアは超キュートだった。口の部分から小さな顔をひょこっと見せてるよ。

 うん、それも一緒に買いましょう。


「……サメさんの寝袋なの」

「幼女がクマに食われてそのクマがサメに食われてるようにしか見えない」


 クマはデフォルメなのになんでサメはリアルなんだよ。

 でも可愛いから買っちゃう。存外に温かそうだしな。外で寝るのは論外だけど。


「……おっぱいの形してるクッションなの」

「ちょいコラそれは子供が見ちゃいけません!」


 おい店主、こんなもんを普通に店に並べてんじゃねえよ! 神聖な寝具たちが汚されてるようで気分が悪くなるな。あとで買ってこの場から無くしてしまわねば!


「……ベッドコースターなのぉおおおお!」

「落ち着いて寝れないだろそれ!?」


 買……わない! 流石に蛇のようにのたうちくねったレール上をシャーっと高速で駆けるベッドなんて購入しない! どこに需要があるんだよそれ! ここの店主やっぱりちょっとおかしい気がしてきたぞ。


「ネムリア、そろそろ枕を決めてくれ。いくら寝具店でも帰りたくなってきた」


 ここは奥に行けば行くほど変なモノが陳列している伏魔殿だった。やだもうオフトゥンはオフトゥンであってオフトゥンじゃないとダメなのに!


「……これにする、なの」


 そう言ってネムリアが持って来たのは、なんの面白味もない白一色の枕だった。だが性能は悪くないチョイスだ。ネムリアの体型に合った小さく低めの枕で、綿毛鳥ほどではないが高品質の羽毛。S字型で首の形にしっかりとフィットしそうだ。

 そうしてなんやかんやでけっこう嵩張ってしまった大荷物を持って店を出ると――


「ようやく見つけたぞ、勇者殿」


 仁王立ちした銀髪の美少女に出迎えられた。


「げっ」


 思わず顔が引き攣る。白銀の鎧を纏った騎士風の少女は、言わずも知れた脳筋王女ことラティーシャ・リア・グレンヴィル殿下である。

 ぶっちゃけ、エヴリルよりも関わりたくない人間。

 故に――


「ひ、人違イデース」


 例によって誤魔化すことにした。


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