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それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~  作者: 夙多史
十一章 わたしが勇者様を正気に戻すです
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第九十一話 わたしもどっかで見た気がしてきたです

「帰ることは救いである」


 門前払い覚悟で再び安息神教会に足を運んでわたしたちですが、警備がザルというかそもそもなんの警戒もしていなかった聖堂にはすんなり入ることができたです。


「英雄オフトゥヌス様は仰りました。ただ眠るだけが安息ではない。自分が最も落ち着くことのできる場所に帰り、最も落ち着く行動をする。即ち帰ってオフトゥン。それこそが真の安息であると」


 そして入れたのはいいですが、なぜか聖堂の床に敷かれたお布団に寝かされて司祭様からありがたい(?)説法を受けているです。

 どうしてこうなったです?


「のう、エの字、わしらは一体なにをしておるのじゃ?」

「言わないでくださいです。わたしにもさっぱりですから」


 聖堂内にいたのは司祭様一人だけだったです。隠れてやり過ごしてもよかったですが、不法侵入してまで潜入するつもりは()()ないです。だから司祭様に勇者様の行方を訊ねたのですが、〈安息の四護聖天〉への謁見は安息信徒でなければできないと言われたです。

 わたしたちのことは勇者様が上手く説明してくれたみたいで、昨日のような敵意は向けられなかったです。が、まずは信徒になる前に安息についての理解を深めることになってしまったです。


「帰りたいという気持ちに、素直になりなさい。神聖なるオフトゥンはあなた方を拒みません」


 わたしもヴァネッサさんもよくわからないまま状況に流されるしかなかったです。


「言葉だけ聞いてるともうここの教会の人はみんな勇者様に見えてくるです」

「確実にイの字の影響を受けておるようじゃのう」


 そろそろ小一時間ほどずっと司祭様は安息とはなんぞやと語り続けているです。同じ話を何週もしてる気がするです。もしかしてわたしたちが眠るまで終わらないですか? 丸一日寝てたのでまったく眠れる気がしないですよ。


「もう帰りたいです……」

「同感なのじゃ……」


 勇者様にすぐ会えないのならこんなどうでもよくて帰りたくなる話を聞く意味がないです。


「ふむ、ようやく理解できましたか。そう、その感情こそが安息への第一歩となります」

「えっ?」


 つまり、わざとわたしたちを帰りたくなるようにしていたってことですか? もともと勇者様に会わせる気がないってことですか?


「正直、私も同じ話ばかりしていて大変帰りたくなっております」


 知らないです。帰ればいいです。


「勇者様……オフトゥヌス様には会えないですか!」

「会えますとも。敬虔なる安息信徒になれば、オフトゥヌス様が直々に恩恵を与えてくださるでしょう」

「……わしらもお主らのようになれと言うのじゃな?」

「あなた方だけではありません。全人類が安息の使途となるべきなのです」


 そんなことになったら世界が滅びるです。


「話にならないです。ヴァネッサさん、帰るですよ」

「いいのかや、エの字?」

「司祭様のおかげでわかったです。どうやら勇者様は、わたしたちに会う気がないようです。そういうことならわたしにも考えがあるです!」

「ほほう、わしはエの字の考えとやらに乗るのじゃ」


 わたしたちはお布団から出るです。勇者様、もう容赦しないですよ。帰って作戦会議ですね。


よい安らぎを(スーヤスーヤ)


 司祭様の言葉を背に、わたしたちは教会を後にしたです。


        ☆☆☆☆☆☆☆


 安息神教会から少し離れた商店街で見つけたカフェで、わたしたちは作戦会議を始めたです。


「そういえばずっとなにも食べてなかったですから、お腹ペコペコですね」

「腹が減っては戦はできぬ、帰りたいから戦はやらぬ。イの字の国にある諺らしいのじゃ」

「後半は勇者様オリジナルな気がするです」


 わたしは半熟卵のサンドイッチをはむはむしながら、あれだけ教会で延々と聞かされたのにヴァネッサさんの口からまだ勇者様節が出てきたことにげんなりしたです。

 ヴァネッサさんはホットドッグにパクリと噛みついて――


「もぐもぐ……ごくん。して、これからどうするのじゃ? 教会に行ってもイの字には会えぬようじゃしのう」

「……どうすればいいですかね」

「まさかの無策だったのじゃ!?」


 危うくホットドッグを喉に詰めそうになったヴァネッサさんは慌てて水を飲んだです。


「考えがあるんじゃなかったのかや!?」

「いえ、あれは、なんというか、その場のノリで言っちゃっただけですし……」


 手段は選ばないという考えがあっただけで、どんな手段か具体的な案があったわけじゃないです。


「風魔法で透明化して潜入するですかね」


 勇者様も含め、〈安息の四護聖天〉や天使様と油断ならない人が何人かいるので、すぐバレてしまいそうですが。


「それじゃとエの字一人で行くことになるのう。わしに風魔法は効きづらいのじゃ」


 ヴァネッサさんは地母神教会の魔導師です。地と風は相反する属性ですから、お互いに補助系や回復系の魔法は効果が薄くなってしまうです。


「まあ、それでも全然いいですけどね。寧ろわたし一人の方が成功しそうです」

「わしこれっぽっちも頼りにされてない気がするのじゃが!?」

「ソンナコトナイデスヨ」


 すぐ調子に乗るヴァネッサさんに透明化の魔法なんてかけたらなにをするかわかったもんじゃないです。悪い意味で信用しているです。

 と――


「あら? どちら様かと思えばエヴリルさんとヴァネッサさんではありませんか」


 他にいい作戦が思いつかず二人で唸っていると、カフェの店員さんが声をかけてきたです。

 ウェイトレスの格好をした、目立つ金髪を縦にロールさせた女性だったです。お嬢様然とした高貴さを漂わせている彼女は――


「リリアンヌさん?」


 だったです。


「どうしてここにいるですか?」


 リリアンヌ・ファウルダースさん。ヘクターくんのマンスフィールド商会と競い合っているファウルダース商会のご令嬢さんです。勇者様が英雄になる前に、わたしたちの住んでいた宿を巡って決闘をした人ですね。決闘は本人でなく代理の元六つ星冒険者だったですが。


「どうしてもなにも、ここはあたくしのカフェですわ」


 リリアンヌさんはメニューの表紙を見せてきたです。そこには確かにファウルダース商会の紋章が印字されていたです。


「エヴリルさんたちに決闘で負けてしまったので、第二候補地として考えていたここでカフェを始めたのですわ」


 リリアンヌさんの夢の一つは自分のカフェを開くことだったですね。彼女が勝っていたらわたしたちの宿が潰されてカフェにされていたです。というか、候補地をいくつか決めていたのなら決闘なんかせず譲ってほしかったです。


「今日は、あの殿方はいらっしゃいませんのね」

「イの字のことかや? クックック、今宵は男子禁制の会合故」

「勇者様は……事情があっていないです。今日はヴァネッサさんと二人だけですね」

「まあ! いわゆる女子会ですわね! 羨ましいですわ! あたくしも一度やってみたいですわね!」


 なんか違う気がするです。


「ほう、わしらのこと根に持ってるわけじゃないようじゃの」

「ええ、負けは負けですもの。おかげでこうして繁盛していますわ。理想はもっと落ち着いた場所がよかったのですが、やはり商人としてはより儲けられる方ですわね」


 まあ、わたしたちの宿はギルドからは近いですが住宅街のど真ん中です。立地的には人の往来が激しい商店街の方が儲かるですよね。


「すみません! ミックスサンドのセットを持ち帰りで二つ!」

「あ、はい! かしこまりましたわ! では、お二人とも、ゆっくりして行ってくださいませ」


 新しく入ってきたお客さんに呼ばれ、リリアンヌさんはいそいそと立ち去って行ったです。できればヘクターくんとの仲はどうなったのか聞きたいところでしたね。ヘクターくんは教えてくれないですし。


「エの字や、あの客、どうも見覚えがあるのじゃが」


 リリアンヌさんが対応しているお客さんを見て、ヴァネッサさんが眉を顰めたです。どこにでもいそうな平凡な青年さんですが、腰に挿しているのは杖? 魔導師ですかね?


「言われてみると、わたしもどっかで見た気がしてきたです」


 わたしとヴァネッサさんは食事を中断してそのお客さんを注視するです。


「あの、急いでほしいのですが、建労のためには一秒として無駄にできないので!」

「あっ! 建労神教会の人です!」

「イの字によくわからぬ魔法で撃退された人じゃ!」


 思い出したです。名前は確かオフトゥ……違うです。それは〈安息の四護聖天〉です。そうです。エディ・アーネルさんです。


「ん? 君たちは?」


 突然大声を上げたわたしたちを、エディさんは訝しげに見てきたです。

 そこでわたしは、閃いたです。


「確か、安息神教会と建労神教会は対立していたですね」

「エの字、なにか思いついたのじゃな?」


 ヴァネッサさんがニヤリと笑ったです。たぶん、わたしも同じような笑みを浮かべているですね。


「ええ、勇者様の安息神教会に攻め入るために、建労神教会の力を借りるです!」


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