第八十八話 まさかあんな子供が大神官様ですか!?
教会は意外にもわたしたちの宿の近くにあったです。
建物は真新しいですし、最近できた教会ですね。あ、そういえば数ヶ月前まで空き地だった場所になんか建設してるですねぇとは思っていたです。
ここはギルドからの帰り道です。勇者様は間違いなく通ったはず。となると、大きな布を被せた特徴的すぎる教会が目に入らないはずがないです。安息神と聞いてそのままふらっと立ち寄ったとしても不思議はないですね。
チラシに書かれていたミサは毎日朝と夕方に行われているようです。わたしたちはさっそくその日の夕方にお試し入信者として教会に潜入してみたです。
教会の聖堂には三十人くらいの人が集まっていたです。奥には祭壇があり、さらにその奥には大きなステンドグラス。裸身に白い布を被せた女性の絵が描かれているです。
「……意外と人がいるですね」
「イの字の姿は見当たらんのう」
あまりキョロキョロするのも目立つですが、そうも言ってはいられないです。この中に勇者様がいる可能性が高いのですから。あと新規の入信者はともかく、教会の司祭様たちの格好がとにかく妙だったです。
全員、あの勧誘してきた男の人と同じ白いローブを頭から被っているです。
ていうかよく見たらローブじゃなくて……あれ、ベッドのシーツですよ。そもそもわたしたちも椅子ではなくお布団の上に座らされているです。
ど、どういうことですか? 今からなにが行われるんですか?
「クックック、怪しげな連中が怪しげなミサをしておる。恐らく生贄の儀が取り行われ、魔界の大悪魔が召喚されるのじゃろう。血沸き肉躍るのじゃ」
「ここはそういうのじゃないと思うです」
ヴァネッサさんが頼もしいのかただの阿呆なのかよくわからなくなってきたです。
「む? 始まるようじゃ」
人々の騒めきが大きくなってきた頃、どこからともなく神聖な音楽が流れてきたです。曲に合わせてゆっくりと老齢の司祭様が祭壇に向かっていくです。
集まった人々が立ち上がり、一斉に口を開いたです。
なるほど、聖歌斉唱ですね。祭壇の横に聖歌版があるです。いろいろ怪しかったですが、なんだか真っ当なミサのようで――
《安息に満たされたー♪ 今日も明日もニチヨービー♪ 嗚呼、オフトゥン♪ 嗚呼、オフトゥン♪ いかなる苦難が待ち受けようとー、我らは帰るー、安息神の御許へー♪ いざ帰ろう♪ さあ帰ろう♪ そこにオフトゥンが待っているー♪》
「……」
「……」
待てです。
ちょっと待てです。
なんですかねこの、いかにも勇者様が考えたですよって感じの歌詞は? オフトゥンとか言ってるの勇者様だけですし、『ニチヨービ』って確か勇者様の世界の休日のことだったと思うです。
だというのに、やっぱり勇者様は姿を現さないです。
「安らぎを司る我らが神よ。人々を優しく包み込む安息の母よ。
御名が聖とされますように。
全ての人々に認知されますように。
今日も私たちに安息の祝福をお与えください。
私たちの罪を許し、過剰な労働という地獄からお救いください。
我らの祈りは全てあなた様のものです。
よい安らぎを」
「「「よい安らぎを」」」
いや、え? なんでみんな当たり前のように合唱できてるですか? スーヤスーヤってなんですか? わかってないのわたしとヴァネッサさんだけみたいですけど。
しかも、なんかみんなとても満足そうな顔をしているです。安らいだ顔をしているです。
意味不明です。まさかまた集団で〈呪い〉ってるんじゃないですかね?
「……その祈り、確かに安息神様へ届けた、なの」
どこかたどたどしい幼い女の子の声が聞こえたです。
途端、祭壇の真上に白い輝きが出現したです。
なんだなんだと全員が見上げる中、輝きは次第に収束し、やがて一人の女の子がそこに現れたです。触ったら気持ちよさそうなふわっふわの金髪。アクアマリンのような綺麗な瞳。クリーム色のワンピースを纏った十歳くらいの女の子は、純白の翼を広げて空中に浮かんでいたです。
「え!? 天使様!?」
「羽が生えておるのじゃ!?」
少し眠そうな顔でわたしたちを見下ろすその姿は、まさに聖書で語られるような天使様だったです。
「ああ、フトゥン=ネムリア様!」
「フトゥン=ネムリア様の御降臨だ!」
「なんと、普段はお眠り遊ばされておるのに!」
司祭様たちが次々に膝を負って頭を垂れるです。新規入信者の人々も天使様の姿に感動した様子で、司祭様たちに倣ってお布団の上で祈りを捧げるように頭を下げ始めたです。
それよりあの子、フトゥン=ネムリア様って呼ばれていたですね。『フトゥン』は確か安息神様のことだったはずですから――
「あの子、神の名を冠しておるのじゃ」
「まさかあんな子供が大神官様ですか!?」
各教会の頂点である大神官様は、神様の声を聞き、また人々の声を神様に届けることができるです。教会内でただ一人だけ『代弁者』として神様の名前を冠することが許されるとっても偉いお方です。天空神教会にもウラヌス=ウィンガル様という大神官様がいるですが、確かもうけっこうなお年のお爺さんだったはずです。
あんな小さな子供がなれるものでは……いえ、あの子の背中から生えた純白の翼は本物です。どうやら、ただの子供じゃなさそうですね。
「……今日は、ネムの英雄が帰ってくる日なの」
祭壇にゆっくりと降り立った天使様は、翼を光の粒子に変えて消し去ると、眠い目を擦りながらそんなことを言ったです。
「これまたなんと!」
「〈安息の四護聖天〉様たちが!」
「兄弟たちよ! ミサは一旦中止だ! 皆で我らの英雄たちの凱旋を讃えようぞ!」
再び司祭様たちが騒めき始めたです。
「〈安息の四護聖天〉ってなんです……?」
「なんだお嬢ちゃん知らないのか? 〈安息の四護聖天〉と言やぁ、安息神教会が誇る四人の英雄たちのことだ」
つい疑問の声が口から出てしまったですが、隣のお布団に座っていたおじさんが教えてくれたです。いやあなたも新規入信者じゃないんですか? なんで知ってるですか?
というか他の新規入信者の人たちもみんな知ってる風に騒めいているです。
「また知らないのわたしたちだけですか? なんなのですか? この人たちみんなサクラですか?」
「あ、見るのじゃエの字。チラシの裏面にさっきの歌詞とか英雄のこととかいろいろ書いてあるのじゃ」
「あー」
裏面は文字が多すぎてよく見てなかったです。どうせ勇者様を探すだけで入信するつもりはないですし、教会の場所とミサの日時だけ確認すればいいと思っていたです。
「「「うぉおおおおおおっ!!」」」
聖堂の大扉が開くと、司祭様たちも信徒たちも揃って歓声を上げたです。大扉から入ってきたのは、ちょっと豪華なシーツをローブのように纏った四人。頭から被っているですので顔は判然としないですが、堂々と胸を張って聖堂の真ん中を歩いてくるです。
「きゃー! オフトゥヌス様ぁー!」「今回も素晴らしい戦果だったそうだ」「健労神教会の軍勢を薙ぎ倒し、全員安息の信徒に改宗したって話だ」「それを毎回きっちり八時間で!」「流石だ!」「規定労働時間以上は絶対に働かない!」「安息信徒の鑑!」
なんでこんなに人気なのかさっぱりわからないです。ぶっちゃけもうついていけないですね。
「いいかお嬢ちゃんたち、安息神教会に入るんだったらあの人たちのことは絶対に覚えておくんだ」
隣のおじさんが自慢げに語りかけてきたです。
「右端の大男がオフトゥーソン様、左端の眼鏡をかけたご老人がオフトゥレプト様、真ん中の少女はオフトゥニアス様、そして先頭を歩くのがネムリア様の信頼を最も得ているお方――オフトゥヌス様だ」
「すみませんですがこれだけ言わせてくださいです。――なんて?」
うん、たぶんこれ覚えなくていいやつです。
「おい、またこんなくだらない集会やってんのかよ! そんな無駄で疲れる時間を過ごすくらいなら帰ってオフトゥンするのが敬虔なる安息信徒だろうが!」
四護聖天の先頭を歩く……えーと、オフトゥなんとかさんが周囲を見回して鬱陶しそうな声で怒鳴ったです。
あれ? この声って……?
「いいかよく聞け! 俺は英雄としてちやほやされるために働いてるんじゃない! 自分のため、同胞たちの安息を守るためにやってんだ! こんな帰りたくなるようなことは即座にやめろ!」
オフトゥなんとかさんが頭のシーツを取って周りに言い聞かせるです。教会の大事なミサを全否定してるですが、よくわからん説教された信徒や司祭様たちは「はっ!? そうだなぜ俺はこんなことを!?」「くっ、まだ俗世の慣習が抜け切っていないのか……」「我らに必要なのはミサじゃない! オフトゥンの安らぎだ!」と完全に諭されてて……いや、やっぱどこか頭おかしいですよこの教会!?
それよりあの人ですが、外人さんですかねー。この国の人とは顔の造形がちょっと違っているですねー。珍しい黒髪に黒い瞳で肌の色もわたしたちより黄色味を帯びていて濃い感じの――
「――って勇者様!?」
「イの字じゃ!?」
見間違いようがないです。あれはどこからどう見ても勇者様だったです。




