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それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~  作者: 夙多史
十一章 わたしが勇者様を正気に戻すです
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第八十七話 勇者様、どこに行ったですか?

 勇者様が、行方不明です。


 あの表彰式典から三ヶ月、勇者様は英雄として数え切れないほどのお仕事をこなしてきたです。最初こそ『帰りたい』だの『オフトゥン』だのと駄々を捏ねていたですが、次第にそういうこともなくなって前向きにお仕事するようになったです。

 冒険者ランクも最高の七つ星になったのはいいですが、流石にわたしでは荷が重くなってきたです。すると勇者様が一人でお仕事するようになって、わたしは宿の改修工事に専念することになったです。

 それから、勇者様は一度も帰ってないです。

 でもでも、そのくらい七つ星冒険者なら普通ですし、ギルドを通して勇者様の居場所は逐一把握できていたです。


 今までは。


 最後に受けた依頼は、ギルドの受付嬢さんから休むようにとのことだったそうです。

 なのにその日から一週間が経っても勇者様は帰って来ないです。ギルドも所在を把握していなくて、なにか遭ったのではないかと皆さん心配しているです。

 勇者様に限ってそういう心配はいらないと思いたいですが、まさか、元の世界に帰ってしまったんじゃ……?


「勇者様、どこに行ったですか?」


 わたしは不安で夜もろくに眠れていないです。


「――勇者様の情報をわたしの記憶から掬い上げるです。索敵範囲は王都全域。天空神の加護の下、隠されし一欠片を映すです」


 一日に何度もこうやって風の探知魔法を唱えているですが、未だ発見できていないってことは王都にいない可能性が高いです。

 ヴァネッサさんやヘクターくん、ラティーシャ王女様も勇者様を捜索してくれているです。


「早く帰って来てくださいです、勇者様」


 と、部屋の扉が慌ただしくノックされたです。


「エの字! おるかや、エの字!」

「ヴァネッサさん?」


 扉を開けると、そこには鳶色のツインテールをした女の子が肩で息をしながら立っていたです。彼女はヴァネッサさん。お医者様で地母神教会に所属する魔導師です。


「――って隈がすごいのじゃ!? ちゃんと寝てないのかや?」

「勇者様の安否を確認するまでは眠れる気がしないです」


 ヴァネッサさんは困ったように眉を顰めたです。お医者様を困らせるようなことをしてなんだか申し訳ないですね。でもすぐにヴァネッサさんは息を整えると、掌で顔を隠してニヤリと笑ったです。


「クックック、ならば朗報じゃぞ」

「朗報、ですか?」

「うむ、我が眷属が商店街の近くでイの字によく似た人を見かけたと言っておったのじゃ」

「――ッ!?」


 瞬間、寝不足で回らなかった頭が一気に覚醒したです。わたしはヴァネッサさんに詳細を確認する暇も惜しんで部屋から飛び出したです。


「あ、待つのじゃエの字!?」


 追いかけてくるヴァネッサさんには悪いですが、早くしないと勇者様がまたいなくなってしまうです。

 早く。早く。早く。


「どこですか! どこにいるんですか勇者様!」

「落ち着くのじゃエの字!」


 闇雲に探し回ろうとしていたわたしの肩をヴァネッサさんが掴んだです。そうです。勇者様を発見したのがヴァネッサさんの眷属なら――


「ヴァネッサさんは眷属さんに勇者様を追わせなかったんですか!?」

「え? あ、いや、だって八百屋の主人じゃし……」

「八百屋さんですね!」


 そんなことだろうとは思っていたですが、とにかく八百屋さんに急ぐです。見間違いとか別人だったということは恐らくないですね。勇者様は異世界人ですから、この世界では割と特徴的なのです。


 でも結局、八百屋さんから有力な情報は得られなかったです。

 お店の前を行き来する人々の中にそれらしい顔を見ただけで、なんか十歳くらいの女の子を背負っていたらしいので本当だったら通報です。

 しかも、八百屋さんが見かけたのは五日も前だったようです。


「……やっぱり、元の世界に帰ってしまったですか」

「元の世界?」


 落胆するわたしにヴァネッサさんが小首を傾げたです。ああ、そういえば勇者様はわたし以外には自分が異世界人だと教えてなかったですね。

 わたしだけが知っていた。

 じゃあ、この不安はわたししか感じていないですか?


「そこのあなた」


 誰かに声をかけられたような気がしたです。


「?」

「そう、そこで悲しげに項垂れているあなたです」


 顔を上げると、頭から足首まで白いローブで包まれた怪しげな男の人が近づいて来ていたです。手には分厚い紙束を持っていて、なにかの勧誘ですかね?


「わたしになにかご用ですか?」

「人々は今、安らぎを求めています。なにを悲しんでいるのかはわかりませんが、そういう時はとにかく休むことです」

「はぁ?」


 男の人がなにを言っているのかよくわからなかったです。ヴァネッサさんも胡散臭そうに男の人を睨んでいるです。


「ああ、なんということでしょう! とても酷い顔をしています! あなたにはやはり、安息が必要でしょう!」


 わたしの顔を見るなり大仰に両腕を広げる男の人。酷い顔って酷い言われようです。確かにここ数日眠れていないですが。


「安息じゃと? お主はなにを言っておるのじゃ?」

「そちらのお嬢さんもご一緒にいかがでしょう? あ、これをどうぞ」


 わたしを庇うように割って入ったヴァネッサさんに男の人は紙束から一枚取って渡したです。


「我が教会にお越しいただければ、安息神(フトゥン)様の御名の下、必ずや最高の安らぎを与えると約束しましょう! さらに今入信すればなんと個人用の寝具もプレゼント! 超お得!」


 やっぱり勧誘だったです。教会の勧誘ってこんなぐいぐい来るものじゃなかったと思うですが……怪しすぎです。

 とにかく、断るです。


「あの、わたしはもう天空神教会――」

「はい、他の教会に所属していても問題ありません。我らが神は全てを優しく包み込んでくださいます。ただし建労神(ハトァラケー)教会はいけません! 奴らは安息の敵です! もしあなた方が建労神教会だったのなら改宗していただく必要があります!」


 目を見開き鼻息を荒げて力説する男の人がちょっと怖いです。それからも早口で自分たちの教会の素晴らしいところを語られたですが、正直言ってなにを言っていたのかさっぱり理解できなかったです。


「あなた方のお越しを心よりお待ちしております。よい安らぎを(スーヤスーヤ)


 やがて語り終えて満足した男の人は、爽やかな笑顔を作って立ち去ってしまったです。


「なんじゃったのじゃ……」

「さあ……」


 わたしとヴァネッサさんは呆然と男の人が見えなくなるまで立ち尽くすしかなかったです。と、ヴァネッサさんが持っている紙が目に入ったです。


「そういえば、それはなんです?」

「チラシのようじゃの」


――――――――――――――――――――――――――――――

【信徒募集中】

 ようこそ、安息神教会へ。

 安息神様の加護の下、共にこの世の苦痛から開放されましょう!

 我が教会では安息神様より齎されるありとあらゆるリラックス法を実現させ、全ての人類に安らぎを与えることを目的に活動しております。


 ☆お試し入信歓迎!☆

 本気で入信を考えている方も、少し興味があるという方も、一度我が教会のミサにご参加ください。

 参加費は無料です。お気軽にお越しください。

 詳細は裏面に記載しております。


 よい安らぎを(スーヤスーヤ)

――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……」

「……」


 安息神なんて聞いたことのない神様ですが、とりあえず言えることが一つだけあるです。


「ここです!?」

「ここじゃ!?」


 勇者様がいるとすれば、間違いなくこの教会だとわたしは確信したです。


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