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第八十五話 この国の英雄様の表彰式典だ

 あの事件の後、エヴリルは三日三晩眠り続けた。

 おかげで俺も三日三晩オフトゥンちゃんとデートする幸せを手に入れたわけで、四日目の朝に玄関のドアがノックされた時には心臓が口から飛び出るかと思ったね。


「勇者様、朝ですよ。起きるです」


 いつものように、俺を起こしにきたエヴリルの声。いや、ねえ、一昨日暴徒に壊されたらしいドアの鍵を新しくしたはずなのにどうして部屋に入ってこれるの? おかしくね?


「エの字、その合鍵はどうしたのじゃ?」

「勇者様が部屋の鍵を替えたら合鍵をわたしに送るよう鍵屋さんに言ってあるです」


 おのれ鍵屋ッ!?


「周到すぎてエの字が怖いのじゃ……」


 ちなみにヴァネッサは三日三晩うちに泊まり込んでエヴリルの世話をしてくれた。唯一の取り柄たる医者の力を存分に使ってもらったよ。今回は別に病気の治療とかじゃないからタダにしてくれるそうだ。


「イの字、どうせ起きておるのじゃろう? 早く元気になったエの字の顔を見てやるのじゃ」

「そ、そう言われるとなんだか恥ずかしくなってくるです……」


 確かに俺の意識はとっくのとうに覚醒している。俺だって元気そうなエヴリルの顔は早く確認したい。


「だが断る! この伊巻拓が最も嫌いなことの一つは、朝起きろと言ってくる奴にYESと応えオフトゥンから出てしまうことだ!」

「いいから起きろですこのダメ勇者様!?」


 神樹の杖が振り下ろされる。フハハ! いつものパターンだなエヴリルさんよ! 毎度毎度素直に殴られる俺ではないッ!


「オフトゥン真拳奥義! オフトゥン白杖取り!」

「イの字が毛布でエの字の杖を受け止めたのじゃ!?」

「どうだ! オフトゥンちゃんを盾にするようで心苦しいが、この防御性能をエヴリルの筋力パラメータで突破することは不可能――」


 ビリリィ!!


 神樹の杖を受け止めた毛布が、怪獣の爪で引き裂かれたようにズタズタに破れ去った。


「オフトゥンちゃあああああああああああああああああああああああん!?」


 さらに勢い余ってベッドもバゴン! と割れちゃってるよ! 崩れたベッドから俺は投げ出される。元々オンボロだったとはいえ、ラティーシャじゃないんだから!


「俺の、オフトゥン……」


 俺は見るも無惨な姿となった愛ベッドの前で両手両膝を床につけた。なんて、なんて酷いことを! まさかエヴリルの奴、杖に風の刃を纏わせていたのか? 卑劣な!

 と思って顔を上げると、エヴリルは両のお目々をパチクリとさせて自分の両手を見ていた。


「わたし……え? どうしてです……?」


 どうやら、一番驚いているのはエヴリル本人だったようだ。嫌な予感がして魔眼を発動させてみると……やっぱりだ。

 エヴリルの各能力値が、〈呪い(バグ)〉っていた時のままだ。他の街の人間と同様に解呪には成功しているようだが、変質した身体までは元に戻らなかったらしい。

 なによりやべーのは魔力値だ。禁書の魔法を連発できるほど優秀なゼノヴィアにも匹敵するぞ。


「わたし、なんだか知らない内に強くなっちゃったです?」

「覚えてないのか?」


 呆然とするエヴリルに問いかける。エヴリルは俺の声が聞こえていないのか、手をグーパーするだけ。代わりにヴァネッサが短く息をついて答えた。


「うむ、どうも呪われていた間の記憶は抜けておるようじゃ」

「あれだけ俺らを巨乳だ浮気だって追い回してたのに?」

「わ、わたしそんなことしていたですか!?」


 かぁああああああっ。

 我を失っていた時の自分を語られて、エヴリルの顔は羞恥で真っ赤に染まっていた。「う、浮気だなんて勇者様にわたしそんなことあわわわわ」と涙目で口を波立たせているな。


「も、申し訳ないです。なんだか、お二人に迷惑をおかけしちゃったみたいです」

「気にすることはないのじゃ。エの字はなにも悪くない。悪いのは呪いをかけた魔女じゃ」

「そうだな。一番の被害者がそう言ってるんだから気にするな」


 恥ずかしさと申し訳なさでぺこぺこ頭を下げるエヴリルに俺たちは優しく告げる。酔っ払って暴れるおっさんみたいなもんだな。気にしてたら帰りたくなる。


「とにかくエヴリルも目覚めたことだし、そろそろ行くとするか」


 俺はお亡くなりになられたオフトゥンちゃんに悲しみの視線を向けつつ、よいしょと立ち上がる。


「お仕事ですか? 珍しいですね、勇者様が自分からなんて」

「そんなわけないだろ」

「そんなわけないんですか!」


 もう一回神樹の杖を振り上げられたので俺は身構えつつ――


「忘れたのか? 俺たちはこの宿を買い取ることにしてただろ?」

「あれ? でも、リリアンヌさんとの決闘はどうなったです?」

「流離いの暴風少女がちょちょいと倒してくれたおかげで俺たちの勝利」

「……その言い方やめてほしいです」


 しゅううう、と頭から湯気を出して俯くエヴリル。これはしばらく弄れるネタができたっぽいぞ。


「ついでに今回の事件を解決した報酬もたんまり貰ったからな。リフォームじゃなくもう建て直そうかと思う」


 そしてオフトゥンも綿毛鳥の最高級を仕入れるようにヘクターに手配済みだ。俺たちの新しい家ができるまでは、ちょっと高いがギルドの近くにある別の宿を借りることになっている。抜かりはない。


「行くっていうのは、管理人さんのとこです?」

「クックック、それはほんのついでに過ぎぬ。わしらにはもう一つ大事な用があるんじゃよ。のう、イの字」

「俺はそっちには行きたくないから管理人と話したら即帰りたいんだけど」

「せめて参加だけはしろと言われておるのじゃ。行くしかあるまい?」

「ぐぬぬ……」

「えっと、話が見えないです」


 困惑気味に眉をハの字にするエヴリルに、俺は嫌々ながらこれからあるイベントについて告げる。


「ゼノヴィアの――この国の英雄様の表彰式典だ」


        ☆☆☆☆☆


 王都の中央広場は大勢の人々で溢れ返っていた。

 彼らは自分たちを誰一人傷つけず救ってくれた英雄の少女を一目見ようと集まった群衆だ。

 表彰台には白銀の鎧を纏った王女騎士――ラティーシャ・リア・グレンヴィルが表彰する側として立っている。

 そこへ続く階段を、闇色のドレスを着た少女が一歩一歩丁寧に登っていく。ゼノヴィアの奴、少し化粧もしていてなんだか大人っぽく見えるな。


「あの、勇者様、どうしてあの子が英雄になってるです?」

「かくかくしかじかだ」

「それじゃさっぱりわからないです!」


 かくかくしかじかはかくかくしかじかだ。これで伝わらないなら仕方ない。帰ろう。


「帰ろうとしてないで教えろです!」


 久々に杖で首をぐえっとされたよ。


「俺が説明しなくても、これからラティーシャが全員に聞こえるように語ってくれるさ」


 予想通り、ゼノヴィアが先の事件でどれほどの活躍をしてくれたのか大衆にわかるよう懇切丁寧な説明がなされた。その間ゼノヴィアは表彰台に突っ立っているだけ。居心地悪そうにもじもじしているな。照れてるのかな? 可愛いとこもあるね。


「――以上のように、彼女は先の事件において我が国に甚大なる貢献を成した。よって彼女を英雄とし、ラティーシャ・リア・グレンヴィルがここに表彰する」


 広場に集まった人々から大歓声が上がる。ゼノヴィアの名前を連呼する声。新たなる英雄の誕生に彼らのヒートアップは止まらない。俺なら公開処刑すぎて帰りたいね。英雄になること断ってホントよかった!


「それでは魔……ゼノヴィア殿、彼らになにか一言をお願いする」


 ラティーシャがゼノヴィアに音属性魔法を編み込んだ拡声器を手渡す。ゼノヴィアは恭しくそれを受け取ると――一瞬、俺の方を見てニヤリと笑った気がした。


「あたしは、本来こんなところに立っていい人間じゃないのよ」


 なんだ?

 ゼノヴィアのやつ、一体なにを言う気だ?


「本当の勇者。英雄はあたしなんかじゃない。ここで表彰されるべき人間は他にいるのよ!」


 この場に集まった王都民たちが混乱してざわめく。そんな様子を表彰台から見下ろしながら拡声器を放したゼノヴィアは、小さくなにかを唱え始め――


 刹那、俺の足裏から地面の感触が消えた。


「へ?」


 思わず間抜けた声を漏す。重力に従って体が沈んでいく。俺の足下の地面に、真っ黒い穴が開かれたんだ。

 ランダム転送魔法か? いや違う。これは影と影をトンネルで繋ぐ魔法だ。

 暗い闇のトンネルを滑り続けること数秒。明るい出口が見え、ゼノヴィアの影の中からぺいっと乱暴に吐き出された。


「痛った……」


 すぐに尻餅をつく。

 そこは王都の皆さんが絶賛大注目中の表彰台だった。し、視線が! 千人万人単位の視線が俺に突き刺さる! やだ恥ずかしい帰りたい!


「真の英雄はこの男! タク・イマキなのよ!」


 ホワッツ?


「ゼノヴィア殿、なにを?」


 ラティーシャが止めようとするのも振り切って、ゼノヴィアは喋り続ける。やばいぞ。狙いがわかった。これ以上こいつに喋らせちゃダメだ!


「今回の事件を解決しただけじゃないのよ! 王都を襲撃しようとしたドラゴンを撃退したのもこの男なのよ! モーランの村をワイバーンの群れから救い、ドラゴンをけしかけた悪い魔女も捕えたのよ! それらの事実を全部知っている人間は、上流階級だけなのよ!」

「ぎゃあああっ!? やめろゼノヴィアなに言っちゃってんの!?」


 俺史前代未聞の大暴露に、王都民たちは動揺を隠せず騒ぎ始めたぞ。誰かがラティーシャに真偽を確認するヤメテ!? ラティーシャも混乱しているのか「う、うむ」と肯定しちゃったよチクショー!? 新聞屋なんか「想定外のビッグニュースだ!」とか言ってやがるクソッタレ!? 後ろの方でモーラン村の人たちが「そうですあの人に救われたんです!」「よく見たらあっちの女の子って、村を襲った悪い魔女じゃ……?」とか追撃してんだけどねえ!?


「フフッ。お返しなのよ、勇者」

「……やってくれたな」


 悪戯に成功したような笑みを浮かべるゼノヴィアは、持っていた箒に跨って離陸。物凄い速度で表彰台から飛んで行った。


「せいぜい英雄として崇められればいいのよ! 仕事に忙殺されて帰れなくなってしまえばいいのよ!」

「ゼノヴィア貴様ぁああああああああああああああああッ!?」


 俺は表彰式典から逃走したゼノヴィアを追いかけようとし、ぐわしとラティーシャに肩を抑えつけられてしまった。


「こうなっては仕方ない。ゼノヴィア殿の素性もバレてしまったようだし、やはり英雄には勇者殿がなってもらうこととしよう」

「嫌だ!? 誰がなるか!?」


 ラティーシャを振り切って俺も逃げようとするが、ゴッ! 上空から風のハンマーが叩きつけられた。さらに足下から岩が生えて両足をガッチリとホールドする。


「勇者様、これ以上話をややこしくするのはよくないです。英雄の称号、甘んじて受け入れるです」

「クックック、イの字よ。こんな素晴らしい式典から逃げ出すとは王族の皆様に失礼じゃ。英雄、よいではないか」


 見上げれば風を纏ったエヴリル。見下げれば石杖を構えたヴァネッサ。前門の虎、後門の狼。ついでに隣には獅子もいる。俺は完全に包囲されてしまった。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいぃいいいいいいいいいいいいいやぁあああああああああああああああああああッッッ!?」


 最終的に〈古竜の模倣(ドラゴンフォース)〉まで持ち出して逃げようとした俺だったが、パワーアップしたエヴリルさんを加えた三人同時の力業であえなく抑え込まれてしまうのだった。


 もうやだ、帰りたい。


今回の話で一区切りになりました。

別作品の集中連載に入りますので、申し訳ありませんが再開はしばらく先になると思います。

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