第八十三話 全員逃げろ!
俺たちに取り囲まれながらも、ヘラヴィーサはどこか余裕があるように見える。たぶん、切り札的ななにかを隠し持っているぞ。気をつけろ。
「惜しかったわぁ♪ 君たちがいなかったら国を落とせたかもしれないのにね♪」
「貴様!」
ヘラヴィーサの軽口にラティーシャが激昂する。ついでで国を滅ぼすつもりだったのか。なんて物騒な女だ。
「そろそろお姉さんはお暇するわね♪」
ヘラヴィーサは胸の谷間へと手を入れる。なにかを取り出すつもりか? しかしなんともけしからん胸ポケットですね。
「逃がさないのよ! ――開け深淵の門! 無慈悲なる闇に呑まれるのよ!」
「――混ざり合う白と黒。振り翳られし智を無へと帰せ♪」
咄嗟にゼノヴィアが闇光線の魔法を発動させたが、それはヘラヴィーサへ届く前に弾け飛ぶようにして消滅した。相殺魔法かなにかか?
だったら。
「これ以上仕事増やしてくれるな! くらえ、〈憤怒の一撃〉!」
「……それは消せないわね♪」
俺の帰らせろビームは横に跳んでかわされた。包囲している兵士たちに間違って当てないよう地面に向けて撃ったから被害はないものの、この期に及んで悪足掻きはやめてもらいたい。俺はさっさと終わらせて帰りたいんだよ!
城門の向こうから雄叫び。やべえ、もう一分経っちまった。
「どうせ逃げられないだろうが! 諦めてお縄につけよ!」
「ふふ、お姉さんがなにも考えずにこんな敵地へ乗り込むと思っているのかしらん? 仕方ないから、お姉さんのとっておきを見せてあげるわぁ♪」
「ああ?」
そろそろ苛立ってきた俺がつい凄んでしまうと、ヘラヴィーサは指揮棒を天に翳した。
「――滅びの刻来たりて、幻想神の審判を呼び覚まさん」
「魔法を唱えさせるな!」
詠唱を止めようとラティーシャや兵士たちが一斉に躍りかかる。が、ダメだ。俺たちはいつの間にかまた幻の姿を見せられている。
「――其の息吹は無慈悲なる鉄槌。其の視線は気高き灰の極光」
案の定、剣で斬ろうが拳で殴ろうがダメージは全てすり抜けてしまったよ。幻だと知ったラティーシャは攻撃をやめてお得意の筋肉反応を探り始めた。
「――永久の幻は現と同じ。儚き現は幻と同じ。塗り替え、砕き、虚無へと散らす幻想の力」
俺も魔眼を巡らせる。あの魔法はまずい。早く本体を見つけないと!
「――小さき者が希望に縋るか絶望に堕ちるか、御身の代行者として我が見届けよう♪」
本体は見つけた。包囲の外に抜け出してやがる。
だが、詠唱も完了してしまった。
「うわぁああああああああああああああああッ!?」
誰かが悲鳴を上げた。
この場の全員が空を見上げ、絶望的な表情をしている。
渦巻くような暗雲の中心から、巨大な塔のような建造物が逆さになって伸びてきたんだ。塔の先端は――砲身。とてつもない魔力がそこへ収束しているぞ。
「魔女殿! あれも幻か!」
「た、たぶん、そうなのよ」
ゼノヴィアも幻惑魔法に精通しているわけじゃない。だから俺が魔眼で弾き出した〈解析〉の結果を教える。
「あの塔は幻だ。だが全員逃げろ! 攻撃は本物だぞ!」
そう告げると、俺たちを除いた全員が蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めた。
「遅いわん♪」
塔の先端から灰色に輝く極太の光線が地上に向かって放射。ドラゴンブレスにも匹敵する威力だが、物理的な物じゃない。アレは呑み込んだ対象を幻想化して消滅させる魔法だ。あんなのくらったら少なくとも王城は消し飛ぶぞ。
俺は左手を天に翳す。
「――〈暴食なる消滅〉!」
打消し切れるか? いや、消すんだ! この魔法だって所詮は人が使ったもの。神の力がそれに負けてちゃ帰るしかねえ!
「うぉらぁあああああああああああああああああああああッッッ!!」
灰色の光線が頭上で受け止められる。というより、放たれ続ける衝撃を途中で消し続けているんだ。俺が。けっこうきつい。帰りたい! おうち帰りたい!
でもこれ消さないと帰れない! 消せなかったら帰れない!
そんなの、ありえねえだろ!
パァン! と。
灰色の光線が、幻の塔もろとも粉々に砕け散った。
「え?」
ヘラヴィーサがポカンとした顔をする。息は乱れ、その美貌に大量の汗を掻いていた。あれほどの大魔法を使ったんだ。代償がなにもないわけないもんな。
「う、嘘でしょ? アレは幻想神教会から奪った禁書『一続きの幻書』の究極魔法なんだけど?」
「だったら、もう一回試してみるか?」
俺は嫌だけど。
まあ、できないってわかってるけどね。
「……やめておくわ♪ 今度こそお姉さんは撤退させてもらうわねん♪」
ヘラヴィーサはそう言うと、再び胸に手を突っ込んでなにかを取り出した。
青く透明な、クリスタルのような結晶体だった。
「それじゃあ、さよぉーならぁー♪」
ヘラヴィーサの姿が薄くなっていく。幻惑魔法で消えようとしているんじゃない。あの結晶体を〈解析〉してみると――魔晶石。魔法と魔力を保存し、誰でも一度だけ使用できる魔法アイテムだった。
それに転移の魔法が込められているらしい。なにそれ俺超欲しいんですけど!
「黒き怨念の魔手。嘆きの旋律を奏で、暗き絶望へと誘うのよ!」
ゼノヴィアが逃がすまいと魔法と唱える。消えかかっているヘラヴィーサの足下から無数の黒い腕が生えてきたぞ。
なかなかきしょい魔法だが、よし! ヘラヴィーサの左足を掴んだ!
「無駄よん♪ ゼノヴィアちゃんじゃあお姉さんを捕まえられないわん♪」
ヘラヴィーサは手に出現させた指揮棒で、コツン。足を掴んでいた闇の腕を叩く。するとガラスが砕け散るように闇の腕が崩壊し、連鎖的に他の腕も次々と消滅していった。
かなり疲労しているはずなのに、やっぱこいつ手強すぎるぞ。
「これでいいのよ。フフッ」
だが、ゼノヴィアは余裕を見せた笑みを浮かべていた。
「うん? なにがおかしいのかしらん?」
「今は逃がしてやるのよ。その先で、あたしが〈呪いの魔女〉と呼ばれている理由を知るといいのよ」
「?」
ヘラヴィーサはゼノヴィアの言葉の意味がわからず首を傾げていたが、すぐに気づいた。
さっきゼノヴィアの魔法に捕まれた左足――そこに、なんだ? 手の形をした黒い痣がくっきりと浮き出ているぞ。
「――ッ!?」
ヘラヴィーサが驚愕の表情を浮かべてなにかを叫ぼうとしたが、一瞬早く転移が完了。エロい感じのお姉さんの姿は完全にどこか遠い場所へと消えてしまった。
それから数秒。
ヘラヴィーサが戻ってくることもなく、俺たちは警戒を解いた。
「悪いのよ、王女。捕えられなかったのよ」
「いや、魔女殿が謝ることはない。アレは仕方なかった」
寧ろゼノヴィアはよくやったよ。
「お前、最後なにをしたんだ?」
「ちょっと呪いをかけてやったのよ。禁書に載ってる魔法じゃなくて、あたしが元々使えた得意技なのよ」
ゼノヴィアは悪戯っ子みたいにニヤッと笑うだけで詳細は教えてくれなかった。なんか聞いたら帰りたくなりそうだし、やめとこ。それより転移の魔法を記録した結晶だけど、どうやったら手に入るかな? できれば自力で量産したいまである。〈創造〉で作るにしても魔法的な物は見た目のイメージだけじゃ無理だしなぁ。
いやそもそも、転移の魔法があるってことはそれを自分で使える人間もいるはずだ。そっちを探す方が得策か?
とかなんとか俺が真剣に考え込んでいると――
「どうでもいいから早くエの字をなんとかしてほしいのじゃああああああああっ!?」
ヴァネッサが涙が横に流れる勢いで疾走してきた。あ、やべ、忘れかけてた。向こうじゃ暴徒たちも完全復活してるようだし、振り出しに戻った感じでもうとにかく帰りたい。
「仕事の仕上げだ。もう邪魔は入らないだろ。やれるか、ゼノヴィア?」
「ふん、そのくらいの魔力は残しているのよ」
気持ちを切り替えて、俺とゼノヴィアはまずこっちに飛んでくるエヴリルへと向き直った。




