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それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~  作者: 夙多史
十章 俺は英雄になることを望まない
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第八十一話 俺が手本を見せてやるよ

 荒れ狂う風が、重い鎧を着込んだ兵士すらも邪魔だと言わんばかりに吹き飛ばす。

 まるでヘリコプターが着陸するかのごとく、ゆっくりと降下してきたエヴリルは――俺の眼には〈呪い〉のドス黒いオーラが映るせいで魔王でも降臨したような迫力だった。


颶風(ぐふう)の魔王』エヴリル・メルヴィル。


 やばいなんかめっちゃ強そう! 天空神のクソヒゲジイによってエヴリルの中に封印されていたラスボスが〈呪い〉で復活した的なそんなことないよね? ないか。帰りたくなるから心の中でこれ以上ふざけるのはやめます。


「……カゼ……ワガコエ……ウワキ……ウツ……デス……」


 ぼそぼそとかろうじて言語として聴き取れなくもない詠唱が完了した途端、ビュン! と。俺の脇をシャレにならない速度で風の弾丸が掠めた。

 城の壁に綺麗な円形の穴が穿たれる。超高速で撃ち抜かれたため罅割れすらないぞ。


「魔法の威力が上がってる……?」


 というか、そもそもの話でエヴリルはこれほど高レベルの魔導師じゃなかったはずだ。魔王じゃないにしても、〈呪い〉のせいでなにかの箍が外れたことは間違いないと思う。

 他の連中は狂暴化はしても能力的にはたぶん大して変わってない。


 いや、思い出せ。

 例えばエヴリルの村を襲っていたエッジベア。群れのボスだからだと思っていたが、今にしてみれば普通のエッジベアに比べて筋肉が異常に発達していた。

 例えば火山で遭遇したサラマンダー。普通のサラマンダーは掌サイズだったのに、〈呪い〉のかかっていたあいつだけ何百倍にも巨大化していた。

 それらがもし元からそうだったんじゃなく、〈呪い〉による変異だったとしたら……かけられた個体によって副作用的になにかしらの効果が発生するのかもしれん。


「名前の頭に『バグ』ってつくくらいだしな」


 俺はエヴリルの風弾を横に跳んでかわしながら考察する。これは単純に欲望を暴走させるだけじゃない。魔法自体が(バグ)ってて効果が一定にならないんじゃないか? それともその暴走した欲望によって身体的能力的な変化が付随してくるとか? どっちもありそうだから帰りたい。


「シップウ……キザム……」

「チッ」


 風弾は効かないと悟ったエヴリルが魔法を変えてきた。三つの風刃が超リーチの剣を振り抜くように放たれる。これもまた石の壁がサクッと切断されるほどやばい威力だが、初級魔法なんだよな。古竜の力を〈模倣〉している俺には直撃しても痛い程度で済む。いや、それはそれで凄いけど。


「どうした、エヴリル? 闘技場でやったみたいな大技は使わないのか?」

「ウーッ!」


 挑発気味に言ってみると、エヴリルは獣のように犬歯を剥いて唸ったよ。どうやら使えないみたいだな。言語が怪しい上に思考力もなくなってるからだろうね。

「だったら俺が手本を見せてやるよ」

 流石に古竜のままだとさっきみたいにやり過ぎちまう。俺は魔眼で〈解析〉した今のエヴリルの能力を〈模倣〉することにした。


 ……なるほど。

 今のエヴリルは、魔力量(MP)が跳ね上がってやがる。だから知識では習得していた高位魔法を使うことができたんだ。


「――ウツデス!」


 エヴリルがまた撃ってきた風弾をヒラリとかわし。


強欲の創造アワリティア・クリエイト〉――檻。


 魔法を唱える前に、邪魔されないように〈創造〉した鋼鉄の檻でエヴリルを閉じ込めた。暴れるエヴリルがスパッと切断してしまう前に、やるぞ。

 エヴリルが覚えている魔法の中に、丁度いいのがあったんでね。


「恐慌せよ! 平穏を乱す災厄の風! 極限の嚇怒を持って龍となせ! 万物を呑み込み、大気を穿ち、天へと狂い暴れろ!」


 俺が詠唱を終えると同時に、エヴリルが風刃で鋼鉄の檻を滅多切りに分解した。

 だが既に魔法は発動している。檻から抜け出したエヴリルの足下。逆巻く風がエヴリルを呑み込み、勢いよく上空へと巻き上げた。

 エヴリルだけじゃない。

 ラティーシャたちが戦っていた元六つ星冒険者。城門に押し寄せていた大勢の暴徒。それぞれを対象に発生した巨大竜巻が人間のちっぽけな体をゴミみたいに天空へと放り出す。

 それを、俺は――


「紡がれしは穏やかなる風。痛みなき慈愛の抱擁。大気に住まう全ての生ある者にてんくぅ――クソヒゲジイの祝福を! うえっ、クソヒゲジイが慈愛とか吐きそううっえぇ!?」


 数百人単位で空中に投げ出された人々全員を優しい風で包み込んだ。

 風はある程度俺の意思で操ることができ、もがく暴徒たちを問答無用で城門の外へと集合させていく。たぶん、エヴリルが正気だとしても同じことはギリギリで無理だろうね。これは対象の能力を超越して〈模倣〉する俺だからできたんだ。ていうか、どうでもいいけど多少文章を変更してもちゃんと発動するのね、魔法って。


「ユウシャ……サマ! ウワキ!」

「くっ、やっぱ万事うまくは行かねえか!」


 俺の風魔法を打ち破ったエヴリルが竜巻を纏って突撃してくる。俺は今、慣れない魔法の制御で手一杯だ。攻撃されて集中が乱れたら何百人の人々を上空から落とすことになってしまう。そんなことになったら謝ったって帰してもらえないぞ!


「任せるがよい!」


 と、銀色の影が俺を飛び越えた。突撃してくるエヴリルと正面から激突して受け止めたのは――ラティーシャだ。


「ハハハ! 凄まじい膂力だエヴリル殿! いいぞ! まだだ! もっとだ!」


 跳ね飛ばされることなくエヴリルをがっしり掴んだラティーシャは、じりじりと押されているな。でも力比べが楽しいらしくて表情はめっちゃ生き生きしてるよ。変態か。

 そのラティーシャの足下に黄色の魔法陣が出現する。するとエヴリルに押されていたラティーシャが逆に押し返し始めた。


「む? 急に力が溢れてきたぞ」

「フフン、わしの強化魔法じゃ! 巌のごとき防御力を付与するのじゃ!」


 石杖を構えたヴァネッサだ。珍しくまともに役に立ってドヤ顔してる辺りが鬱陶しいけど、今回ばかりは素直に助かったわ。


「というかイの字! よくもわしの獲物を横取りしおったな!」

「悪いな、決着はまた今度に取っといてくれ」


 ヴァネッサは炎の魔導師へのリベンジに張り切っていたようだが、今はそんな場合じゃないんでね。

 ぐりん! とエヴリルがフクロウみたいに首を動かしてヴァネッサを見た。


「キョニュ!」

「ふぇ?」


 ラティーシャと押し合い圧し合いしていたエヴリルが唐突に方向転換し、なぜかヴァネッサに向かって突撃を開始した。


「ひゃあああああああああッ!? なんでこっちに来るのじゃあああああああああッ!?」


 ヴァネッサは涙目になってダッシュで逃走。それをエヴリルは逃げ惑う獲物を狙う猛禽類がごとき飛翔で追走していく。もはや俺すら眼中になくなった様子だった。


「エヴリル殿はヴァネッサ殿に恨みでもあるのか?」

「コンプレックスの問題かなぁ。俺にはどうしようもできないから帰りたい」


 ラティーシャもそこそこ大きいお胸様をしているはずなんだが、やっぱり視界に映るのは一番でかいメロンってことらしい。


「よし、ヴァネッサがエヴリルの相手をしてる間に仕事を終わらせるぞ」


 俺は風の飛行魔法で城門の上に飛び乗る。二人がエヴリルの相手をしてくれたおかげで上手い具合に暴徒たちを城門前広場に集合させられていた。

 そこにエヴリルは含まれていないが、アレを抑え込むのは至難の業だ。先にこっちから片づけた方が早く帰れそうだからな。

 俺はすっと手を翳す。


「〈怠惰の凍結(アケディア・フリーズ)〉!」


 再び襲いかかろうとしていた暴徒たちが、一斉に停止する。

 俺の〈怠惰の凍結(アケディア・フリーズ)〉の範囲は最大で半径三百メートル強。前に小さな村を丸ごと〈凍結〉させたことからもわかる通り、割と広いんだ。こうやって一ヵ所に集めてやれば一網打尽にできる上、範囲外にいた暴徒が城門に攻め込もうとしても壁になってくれる。時間稼ぎラクショー! 一分間だけ帰ります!


「勇者! 魔法が組み上がったのよ!」


 振り向くと、ゼノヴィアが闇の魔導師のくせに光属性な笑顔を咲かせて駆け寄ってきていた。魔法を組めたことが余程嬉しかったんだろうね。城門の真下まで来て俺を見上げ、肩で息をしながらガッツポーズの代わりに『ヘロイアの書』を翳しているよ。


「今から発動させるのよ! 勇者はこのままこいつらを一ヵ所に集めて大人しくさせているのよ!」

「あ、はい。ラジャっす」


 どうやら一分たりとも帰らせてくれないらしいです。ちくせう。


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