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それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~  作者: 夙多史
十章 俺は英雄になることを望まない
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第七十九話 神の力より強力な〈呪い〉なんてそうそうできないだろ

 第二次オフトゥン大戦は熾烈を極めていた。


 東軍・俺こと伊巻拓陣営は最高級オフトゥンを傷つけまいと慎重になりすぎてしまい、西軍・ラティーシャ王女の侵攻を瀬戸際で食い止めることで精一杯だった。

 最高級オフトゥンの領土は広い。両軍を受け入れて余りあるほどだ。

 しかし、オフトゥンとは一人用であって然るべきである。世の中にはダブルベッドとかいうものがあるが、アレは邪道だ。否、オフトゥンに罪はない。二人で使うことを前提としたダブルベッドだが、俺は全国民に問いたい。二人で使う? なにそれ安眠できるの?

 自分以外の息遣い、鼓動、身動ぎした時の衣擦れ。自分が占有しているわけではないという不安。意識を失えば隣の人間に全てを奪われてしまうのではないかという恐怖。

 俺には堪えられない。オフトゥンとは神聖不可侵の領域。その中で帰りたいなどと思ってしまったら、そこはもう地獄である。

 故になんとしてでも敵軍は追い払わなければならない。

 ましてや鎧のままオフトゥンに侵入する不作法を許してはならない。

 全俺が奮起する。こうなっては多少手荒な真似をするのも致し方あるまい。相手が王女だろうが知ったことか。問答無用で蹴り落としてや――


「あぁあああああああああああああああああああああッ!?」


 俺がついにオフトゥン内で侵略者を撃退する秘奥義を編み出しかけていたら、なんかゼノヴィアの苛立たしげな絶叫が轟いてきた。


「む? なにがあった、魔女殿?」


 戦争は一時中断。さっきまでオフトゥンの中で俺に筋肉反応がどうたらこうたらと意味不明な力説をしながら迫っていたラティーシャが跳ね起き、自分からベッドを飛び降りてくれた。守られた、俺の世界。


「これじゃ全然ダメなのよ!? 解呪魔法どころか、より複雑な〈呪い(バグ)〉しか生まない方法になってしまうのよ!?」

「お、落ち着くのじゃゼの字! まだ全部を見たわけではないのじゃ! きっと最後の方に書かれておるはずじゃ!」


 ほとんど発狂状態のゼノヴィアをヴァネッサがどうにか鎮めようとしているな。解読結果とはいえ禁書の内容だもんな。触れ続けていたら精神が狂うのかもしれん。


「勇者!? この解読は本当に合っているのよ!?」


 白羽の矢が俺に向けられて来ちゃったよ。帰りたい。


「合ってるかどうかは知らん。俺は魔眼の解読結果を出力しただけだ」

「え? イの字、魔眼が使えたのかや?」


 あ、しまった。中二病心をめっちゃくすぐるワード『魔眼』についてはヴァネッサの前ではタブーだった。ほら、めちゃくちゃ目をキラッキラさせて俺を見てるよ。


「の、のうイの字、その魔眼とやらは一体どんなげぶぅ!?」

「邪魔なのよ地母神教会の魔導師!? 勇者、その魔眼は本当に信頼できるのよ!?」


 ヴァネッサは詳しい魔眼の性能を聞き出そうとしたのだろうが、その前にゼノヴィアに張り手で突き飛ばされてしまった。ナイス、ゼノヴィア。君、俺からナイスポイントを取るの上手いね。


「これはクソヒゲジジイ――天空神から与えられた力だ。クソヒゲジジイは信頼できないが、神の力らしいこの魔眼は今のところ俺を裏切っちゃいない」

「神の力じゃと!? 詳しく!?」

「勇者殿、まさか先程の筋肉反応上昇も神から与えられた能力だというのか!?」

「君らちょっと黙っててくれないかな!?」


 俺の発言にいちいち反応しないでもらいたい。先に進まないだろ。筋肉反応上昇とかいう謎能力は違います。


「ていうか、強力な〈呪い〉の魔法は書かれてるんだよな? だったら合ってるはずだ。もし間違ってるとしたらそっちの理解じゃねえの?」

「あたしが馬鹿だと言いたいのよ!? そこの地母神教会の魔導師ならそうだろうけど、あたしは暗黒神教会で公開されている魔法書なら全て読破しているのよ!? 魔物に育てられたからと言って馬鹿にするのは失敬なのよ!?」

「誰もそこまでは言ってないだろ! ヴァネッサは間違いなく馬鹿だが、ゼノヴィアが優秀なのは出会った時から知ってんだよ! 被害妄想強すぎだろ!」

「なんか二人で言い争っているようでわしばかりディスられてる気がするのじゃが!?」


 それはキノセイじゃないかな?


「そもそもの話、その本自体は正しいのか?」


 ゼノヴィアが持っていたのは禁書の写本だ。原典じゃない。写し間違えの可能性だって充分にあり得るだろうね。これは俺が解読しながら感じたことだが、写本に書かれていた文字列はどことなく馬鹿が授業の内容を理解できないまま板書したノートに近い雰囲気があった。例えばそうだな……俺の親戚に頭の残念な奴がいるんだけど、そいつのノートは要領を得ないどころか字や文章自体を間違えたりしてデタラメな別物になっていた。なんとなくそれに近い。


「それこそ間違いないのよ。一ページだけだけれど、あたしが読んだものと全く同じだったのよ」

「二ページ以降もそうとは限らないだろ」

「だとしても手がかりはこれしかないのよ!」


 ゼノヴィアの奴、どうしても俺のミスにしたいってわけか? なるほど、誰のせいかわからない曖昧なミスを俺に押しつけて仕事から逃れる気だな。ならばよかろう。戦争だ。俺は仕事を突っぱねて帰宅する!


「落ち着くのだ、勇者殿、魔女殿。言い争ってもなにも解決しないぞ。魔導師ではない私が口出ししても的外れかもしれぬが、ここは視点を変えてみてはどうだ? 頭で考えてダメだったら、筋肉に問うてみるとか?」

「筋肉通話ができるのはラティーシャだけだろ……」


 だが、あえてラティーシャに任せてみるのも一つの手かもしれないな。この脳筋王女様の能力は俺の魔眼を持ってしても未知数だし。

 物は試しにそうして――ん? なんかゼノヴィアがパチクリと瞬きしてラティーシャを見てるぞ。


「視点を変える……そうか、そうなのよ!」

「お、なんか閃いたみたいだな」


 流石は優秀なゼノヴィアちゃんだ。あの意味不明な文字の羅列から〈呪い〉の魔法を編み上げたように、ラティーシャの脳の筋肉から発せられた謎言語を上手い具合にパズルのピースへと変えたようだな。


「解呪魔法に拘る必要なんてなかったのよ!」

「どういうことじゃ?」


 興奮気味のゼノヴィアにヴァネッサが小首を傾げる。

「〈呪い〉はより強い〈呪い〉で上書きできるのよ! だったら別の比較的安全な〈呪い〉をかけて打ち消してしまえばいいのよ!」


 どうして今まで思いつかなかったのか、ゼノヴィアはそんな顔をしていた。

 でも、それは……。


「あー、悪い。それたぶん無理だ。俺の〈魅了〉がエヴリルに効かなかったからな」


 仮にも神から賜った力で上書きできなかったんだから、適当な〈呪い〉ではとてもじゃないけど無理だと思うぞ。


「その〈魅了〉というのは、あたしが〈呪い〉をかけた綿毛鳥を正常に戻した方法のことなのよ?」

「ん? ああ、そうだ。神の力より強力な〈呪い〉なんてそうそうできないだろ」


 いやまあ、正常には戻ってないんだよなぁ。未だに俺に会うと発情するんだぜ? 一生解けない〈呪い〉だもん。百歩譲って獣はいいよ。まだ可愛い。だがダイオさんてめえはダメだ! なにが嬉しくてチョビ髭中年とイチャイチャしないといけないんだ帰りたい!

 俺が突発的な吐き気を催していると、顎に手をやってなにやら考え込んでいたゼノヴィアが不思議そうに口を開いた。


「……だったらおかしいのよ。今、街の人間たちにかけられている〈呪い〉はあたしが魔物たちにかけていたものと全く同じものなのよ」

「なんだって?」


 え? じゃあ、え? どういうことだってばよ。

 ゼノヴィアが魔物に使っていた〈呪い〉と、今この王都を騒がせている〈呪い〉が同一?


「じゃあ待て、なんでお前は人間には使わなかったんだ?」

「あたしはアレを〈解放〉だと思っていたのよ。だから人間になんて使ってやるつもりはなかったのよ」


 ホワッツホワーイ? ならどうしてエヴリルには俺の〈魅了〉が効かなかったのん? 一番長く付き合いがあるから免疫ができていたとか? そんな馬鹿な。


「……もう一度試してみるか?」


 いやでも、あの力はちょっとなぁ……もう俺っちピンク色に光りたくないでござる。帰りたいでござる。


「勇者、その力はよく使うのよ?」

「まさか。そんなホイホイ使ってたら今頃俺は世界一のハーレム王になってるよ。……うげ、想像しただけで帰りたい」


 だって老若男女獣植物なんでもござれなんだぞ? 俺のストライクゾーンはそんなに広くありません!


「もしかすると勇者の力が弱まっているのかもしれないのよ」


 他の能力は調子いいんだけどな。なんならこの力だけは消滅してくれたって構わないと思っている。

 なんにしても俺の〈魅了〉はあてにならないってことだよな?

 となると、誰がどうやってより強力な〈呪い〉を安全にかけるんだ?


「えーと、要するに暴走した人たちにもっと強い〈呪い〉をかければいいのじゃろ? じゃったらこの解読した写本の魔法が使えるのじゃないかや?」


 ヴァネッサが床に散らばっていた解読結果のメモ用紙を一枚拾ってみせた。


「……」

「……」


 俺とゼノヴィアはしばらく無言無表情でヴァネッサを見詰め――


「どう思う、ゼノヴィア?」

「地母神教会の魔導師が言ったのよ、勇者。間違いないのよ。その方法はハズレなのよ」

「なんでじゃ!?」


 ヴァネッサは涙目だった。


「でも、他に方法はないのよ」


 ゼノヴィアがヴァネッサからメモ用紙を引っ手繰る。それから散らばっている他のメモ用紙もいくつか餞別し、テーブルの上に丁寧に並べていった。


「これには対象を範囲で指定できる魔法も書かれていたのよ。王都全域は厳しいけれど、何回かに分ければ行けると思うのよ」

「上書きする〈呪い〉はなににするのだ? 彼らは私の国の民だ。できれば、危険なものは避けてもらいたい」


 ラティーシャが至極まっとうなことを言う。国が絡むとたまに脳筋が引っ込むからヴァネッサよりは信頼度高いんだよなぁ。あっちは医者としてしか実績ないし。医者としてもちょっと危うい気がするし。


「〈呪い〉はそれぞれの人間が持つ欲望を暴走するまで増幅させているのよ。その欲望をなにか一つに絞って統一して、尚且つ満たしてやれば〈呪い〉は自然に解けると思うのよ。ただ、全ての人間が暴走しても危険じゃない類の欲望を持っている必要があるのよ」

「むむむ、それは難しいのう」

「筋トレ欲求というのはどうだ?」

「却下なのよ」

「……しゅん」


 即答されてラティーシャは蹲った。落ち込み方が可愛いな。その脳筋さえ完全に引っ込んでくれたらオフトゥンを譲っていたかもしれない。


「食欲ならどうじゃ? お腹いっぱいになれば満足するじゃろう!」

「人間同士が共食いを始めるのよ」

「ならばカッコイイ魔法を唱えさせてスカッとさせるのじゃ!」

「王都が原型を留めなくなるのよ」


 ゼノヴィアとヴァネッサがあーでもないこーでもないと議論し合っているのを、俺は最高級オフトゥンからただ眺めていた。


「うん、考えるのは俺の仕事じゃないな。頑張りたまえチミたち。俺はオフトゥンの中から応援しているよ」

「……」

「……」


 むむ? なんだ? ゼノヴィアとヴァネッサが同時に俺を見詰めてきたぞ。やだよ? 俺はそんなムツカシイ会議には参加しないよ?


「それなのよ!」

「それなのじゃ!」


 二人同時に俺を指差し、名案を閃いたように表情を輝かせた。


「へ?」


 わけがわからない俺は、わけがわからないまま二人にオフトゥンから蹴り出されてしまうのだった。

 俺が働けってこと? 素直に帰りたいです。


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