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それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~  作者: 夙多史
十章 俺は英雄になることを望まない
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第七十八話 これが王族のオフトゥンだと言うのか!

 王城は息苦しいほど人々でごった返していた。

 ほとんどが〈呪い〉で狂乱した暴徒から逃げてきた善良な一般市民だ。貴族階級の人間はあまりいない。まあ、そういう奴らは自前で堅牢な建物を持ってるからな。わざわざ城まで避難する危険を冒す必要なんてないんだ。

 兵士の数は少なく、避難民に対してあまりにも頼りない。将軍たちも一人を残して出払っていて、この場を取り仕切っているのは貫禄ある初老の男だった。


「王女殿下、やはりこの事件は〈呪いの魔女〉の仕業ですかな?」


 初老の将軍はラティーシャが連れてきたゼノヴィアに敵意ある視線を向けた。


「ふふ、ある意味で信頼されてるみたいなのよ」


 ゼノヴィアは将軍に睨まれても皮肉げに笑っているな。けっこうな威圧をぶつけられてるってのに、人間なんて怖くないって感じの態度だ。俺なら裸足で帰ってるね。


「グラディス、魔女殿は重要参考人だが事件の犯人ではない。協力してもらうために連れてきたのだ」


 ラティーシャにグラディスと呼ばれた将軍は、ゼノヴィアを睨むのをやめると俺を一瞥し、なにかを考えるように手を白い顎髭に持っていった。白い髭を見ると天空神のクソジジイを思い出して殴りたくなります。別人なので、我慢。


「ふむ……勇者殿はともかく、罪人は閉じ込めておくべきでは? 聞き出したいことがあるのでしたら、儂の部下に拷問でもさせましょう」

「必要ない。魔女殿は協力的だ。それに此度の事件を解決するには魔女度の協力が不可欠。そこを通せ、グラディス。作業は私の部屋で行ってもらう。誰も入れるな」

「作業ですと? 一体なにをなされるおつもりで?」

「暴徒を鎮める魔法を編み出すのだ。禁書に触れる行為になってしまうが、私の筋肉に免じて黙っていてくれ」


 そのまましばらくラティーシャとグラディス将軍は睨み会うようにしていたが、やがて大きな溜め息が聞こえた。

 グラディス将軍からだ。


「……承知いたしました」


 深々と頭を下げたグラディス将軍は、筋肉質な巨体を横に一歩引いて道を開けた。ラティーシャは満足そうに頷くと、俺たちを引き連れて堂々と城の奥へと向かっていく。


「ああ、勇者殿、その少女は医務室にお連れした方がよいのでは?」


 俺がグラディス将軍の前を通った時、腕に抱き抱えたヴァネッサを見てそう言われた。


「ん? ああ、これは気絶してるだけだから。こいつ自身が医者だし目が覚めて異常があったら自分でなんとかするだろ」

「そ、そうですかな? なにやら扱いがぞんざいな気がするのだが……」


 キノセイじゃないかな?


 そうして俺たちは気が遠くなるくらい長い城の廊下を歩いていく。階段を上って下りてを複雑に繰り返し、迷路みたいな王城の中を進んでいく。なんでこんな構造なの? テロ対策? テレビ局かよ。


「しかし、あの堅物そうな人がよく許可したな」

「今は一刻を争う一大事だ。グラディスがダメだと言っても私は力ずくで押し通るつもりだったぞ」


 グラディス将軍もそこら辺わかっているから諦めて許可したんだろうね。ほら、ただでさえ少ない兵士を割いて護衛として後ろから追わせているよ。やだなんか尾行されてるみたい! 振り切って帰りたい!


「う……ん……」


 と、腕の中から小さな呻き声が漏れた。


「気がついたか、ヴァネッサ」

「んあ? イの字……ふぁッ!? ななななんでわしはイの字にお姫様抱っこされておるのじゃ!?」


 寝惚け眼から一転、俺に抱っこされていると認識したヴァネッサはかぁああああっとサラマンダーの鱗みたいに真っ赤になったぞ。まあ、こんな格好恥ずかしいだろうからな。俺なら帰りたいレベル。てことは普通か。

 とりあえず、そろそろ腕が疲れてきたから――


「よし、起きたんなら自分で歩け」

「ふぇ?」


 俺はパッとヴァネッサを抱っこしていた腕を離した。重力に従って自然落下したヴァネッサは赤い絨毯の上にお尻から思いっきり激突していた。


「ぎゃん!? お、落とすでないわたわけ!? あぐっ、こ、腰を打ったのじゃ……歩け……い、イの字もう一度抱っこしてほしいのじゃあ!?」


 腰を押さえてナメクジのように這い始めるヴァネッサ。後ろの兵士たちもドン引きしていたね。


「勇者、本当にあの残念な魔導師にも協力させるのよ?」

「性格が台無しにしてるだけで魔法の腕は確かだからな」


 まあ、ヴァネッサを活躍させるなら城に運ばれてくる怪我人を診させた方がいいんだろうけど、今は一人でも多くの魔導師の力と知識を借りたいからな。


「ついたぞ、ここが私の部屋だ」


 城の奥の奥にある尖塔の最上階がラティーシャの部屋だった。兵士を扉の外に立たせて中に入ると……うぇ?

 大小様々な名状しがたいバーベルのようなものが部屋中に散乱しているぞ。くっそ重そうな石の模造剣や、腹筋マシンのようなものまである。


「え? なにここ? トレーニングジム?」

「お、お姫様の部屋とは思えないのよ」


 俺とゼノヴィアは部屋の入口で固まってしまった。


「イの字!? わしを置いていくとは酷いのじゃ!? ――ってなんじゃこの部屋は!?」


 腰を治癒魔法で回復させたらしいヴァネッサが飛び込んできたが、そんなことよりこの部屋で解読作業するの? え? 嫌すぎる。帰りたい。


「ヴァネッサ殿、無理はしなくていい。休むのなら向こうの部屋にベッドがあるから使うがよい」

「オフトゥンだと!?」

「ゆ、勇者どこ行くのよ!?」


 ゼノヴィアの制止を無視して俺はトレーニングジムもとい王女様の部屋を横断した。積み上がった名状しがたいバーベルのようなものを飛び越え、奥の部屋に続く扉を開け放つ。

 果たしてその先にあったものは――


「で、でかい……これが王族のオフトゥンだと言うのか! 触り心地は――ふぉおおおおおおおっ!?」


 素晴らしき弾力! それでいてふわふわふかふかでお日様の香りまでしてくる! そしてこの大きさ! 一度ベッドを交換するって話になったことがあるが、たぶん俺の部屋の方が小さいぞ。あんまりでかすぎて一瞬オフトゥンだとは気づかなかったよごめんね! それでいて綿毛鳥の最高級羽毛オフトゥンにも引けを取らない気持ちよさ! ごってごての装飾にさえ目を瞑れば、こんなのに包まれたら夜も昼も安眠間違いなしだな!

 思いっきりダイブして大の字になりたい! 端から端まで何往復もごろごろとシャトルランしたい! 跳び跳ねる? 馬鹿野郎! そんなオフトゥンちゃんを苛めるような使い方しやがったらぶっ殺すぞ!


「ラティーシャ、前に俺のオフトゥンを強奪したことあったよな?」

「む? それがどうしたのだ?」


 意味がわからず首を傾げるラティーシャだが、覚えてはいるようだな。あの大罪を。

 目には目を。歯には歯を。罪には罪を。オフトゥンにはオフトゥンを。


「俺は今からお前のベッドを占領するが、それで相子だ!」

「勇者!? 寝てる場合じゃないのよ!?」

「そうじゃぞイの字!? 王女様のベッドを使うなんて恐れ多いのじゃ!?」


 ラティーシャのベッドに飛び込んで布団にくるまった俺は、あまりの気持ちよさに一瞬意識を持って行かれそうになりながらも言葉を紡ぐ。


「勘違いするな。寝るために使うんじゃない」


 これは至上のオフトゥンだ。すぐに寝るなんて勿体ない。それにこれからやる作業を考えれば俺にとってはこれが最上なんだよ。


「ゼノヴィア、写本を寄越せ。俺クラスのプロの帰りたい病患者になればオフトゥンの中でこそ最高効率を叩き出すのだ!」

「プロの帰りたい病患者ってなんなのじゃ!?」

「そもそも帰りたい病ってなんなのよ!?」


 くるまった状態から手だけを外に突き出すと、ゼノヴィアは戸惑いながらも写本を取り出して俺に渡した。


「……ちゃんと解読してくれるなら、文句はないのよ」


 俺は写本を布団内に取り込み、すぐにもう一度手を外に出してそれぞれに命じる。


「ラティーシャ、紙とペンはあるか? 解読結果を書き出す必要がある」

「了解した。これを使ってくれ」

「あとヴァネッサかゼノヴィア、どっちでもいいからこの部屋に探知で見つからないように結界を張ってくれ。解読中にエヴリルに突撃されたら台無しだ」

「そ、それはわしに任せるのじゃ! 風属性を妨害するなら土属性のわしが適任じゃろう!」

「よし、じゃあ俺は解読した傍から紙に書き出すから、ゼノヴィアはそれを見て解呪魔法を編み上げてくれ」

「了解したのよ」


 全ての準備は整った。

 あとは俺が、魔眼を発動させて写本を解読。その結果を印刷機みたいに紙に写してオフトゥンの外に出力するだけだ。


「ふぉおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「す、凄い勢いで解読が進んでいるのよ!? 結果を見る方が追い付かないのよ!?」


 猛烈な勢いで解読を進める俺にゼノヴィアが驚愕の声を漏らしているな。


「クハハハ! オフトゥンの中ではゲームか漫画だろとかいう阿呆もいるが、これが終わればオフトゥンちゃんとイチャイチャできると思えばつまらない作業など秒で終わるんだよ! 全て終わった後で心置きなくゲームや漫画をすればいいじゃないか!」

「イの字は誰に向かってなにを言っておるのじゃ!?」

「一五〇〇〇……二〇〇〇〇……三〇〇〇〇……勇者殿の筋肉反応がどんどん上昇していく!? あの布団の中では一体なにが!? くっ、こんな時でなければ私も是非混ぜてもらいたいッ!!」


 ヴァネッサやラティーシャがなんか言ってる間にも俺は写本の解読の手を緩めない。それどころかだんだん慣れてきてスピードが上がってきた。

 相変わらず日本語訳になると意味不明すぎる文章だが、考えるのは俺の仕事じゃないからな。分担された作業は自分がやることだけに集中すればいいんだ。

 そしてついに――


「オラァ!! 全ページ終わったぞコノヤロウ!!」


 俺は、やり遂げた。

 所要時間は十分ほどだった。考えないって楽だね。


「早すぎるのよ!? こっちはまだ数ページしか見れてないのよ!?」


 ゼノヴィアが悲鳴を上げているが知ったことか。俺は俺の仕事を全うしたんだ。だから帰ったって誰も文句は言えないはずだ。


「もう俺にやれることはない。あとはそっちで頑張ってくれ。魔法ができたら呼んでね」


 そう言うと俺は再び布団に潜り込んだ。ベッドも最高級だが掛け布団もやばす! 肌触りがもう異次元! こんなの体験しちゃったら俺のボロベッドなんて――はっ! 違うんだオフトゥンちゃん! これは浮気じゃなくて、俺はたとえ固くて冷たいベッドだってウェルカムであるからしてッッッ!


「エの字がいないからやりたい放題なのじゃ……」


 ヴァネッサの呆れた声。うるさいぞ。俺とオフトゥンの営みを邪魔するってんなら地の果てまで吹き飛ばしてくれる!


「勇者殿! やることがないのならば布団の中で筋肉反応を高める方法を教授してくれ!」

「ぎゃあああああ!? 俺のオフトゥンタイムに入ってくるなラティーシャ!?」


 だというのに、あろうことかラティーシャは強引に布団を持ち上げて中に突入して来ちゃったよ。筋肉のことしか考えてないくせになんでこんないい匂いしてんのこいつ? 追い出してや――くっ、なんてこった。オフトゥンの中じゃ俺は暴れられないじゃないか!


「お、王女殿下、ずるいのじゃ! わしもイの字と」

「地母神教会の魔導師、お前も一緒に魔法を編み上げるのよ! これはとてもあたし一人じゃ追いつかないのよ!」


 なんかヴァネッサまで入ってきそうな雰囲気だったが、ゼノヴィアが止めてくれたようだな。ナイスだゼノヴィア。ついでにこの脳筋王女も引っ張り出してくれ!


「ぐぬぬ、イの字も捨て置けぬが、しかし禁書の魔法にも興味あるのじゃ」


 ヴァネッサは禁書の誘惑に負けたらしく、大人しくゼノヴィアと魔法構築作業に入ったらしい。一回気絶してんのに懲りない奴だな。

 まあいい、そっちは勝手にやってくれ。

 俺が今しないといけないことは、VSラティーシャ。ベッドの所有権の争奪戦だ。


 もしエヴリルがこの場にいたら、俺は何回くらい神樹の杖で殴られてんだろうね?

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