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それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~  作者: 夙多史
十章 俺は英雄になることを望まない
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第七十六話 術者を探すしかないな

 現実逃避の話をしよう。


 誰だって嫌なことがあればその現実から逃げたくなるもんだ。俺だって当然ある。なんなら現実逃避しない日なんて存在しないまである。

 だが考えてもみろ。空想の世界に逃げ込むなんて馬鹿馬鹿しくないか? そのぽけーっとしてる間に問題を解決してしまえば早く帰れるんだぞ。もしくは現実から逃げるんじゃなく、()()()()()()。ストレス溜め込むくらいなら、なにもかも放っぽり出して帰ってしまえ!


 逃げることは悪ではない。

 帰ることこそ正義である。

 開き直りって大事だと思います。


「オフトゥンが俺を待っている。ただいまオフトゥン。おかえりあなた。木綿にする? 羽毛にする? それとも……わ・た・げ?」

「現実逃避している場合ではないのじゃイの字!?」


 俺がせっかく幸せな夢想の世界に旅立とうとしていたのに、ヴァネッサが肩を掴んでぐわんぐわん揺らしてきやがった。


「貴様、俺の夫布団欒な家庭を邪魔する気か?」

「よくわからんのじゃがたぶんいろいろ間違っておるのじゃ!? そんなことより王都が大変なことになっておるのじゃ!?」

「……わかっている」


 さっきぽけーっとしてる間に問題を解決してしまえば早く帰れるって言ったな? アレは嘘だ。その問題を解決できないから逃避するしかないんだよ!


 燃える街並み。

 狂ったように暴れ回る人々。

 背後から聞こえる「浮気者と巨乳には死をです!」という一分が経過して覚醒しちゃった暴風少女の声。


 俺にどうしろと?

 今回の〈呪い〉が俺の〈魅了〉を上回っている以上、俺にできることと言えば暴徒の鎮圧くらいだろう。それも目に見える範囲だけだ。この騒ぎが王都全域で起こっているとすれば俺自身を〈創造〉し続けても途方もなさ過ぎて帰りたい。

 だが、たとえ帰れたとしても街がこんな状態じゃ安らぎなんかないわけで……そんなの帰ったとは言えやしない。俺が求める帰宅ライフのためには現状の打破が必要不可欠だ。

 ただし、力で制圧しても根本的な解決にならない。

 この〈呪い〉をどうにかする手段があるとすれば――


「術者を探すしかないな」

「皆を狂わせた者ということかや? どうやって見つけるのじゃ?」

「犯人には心当たりがある」


 あいつが今さらこんなことをするとは思えないが、脱獄したのだから容疑者の筆頭だ。俺の帰る家がある街で迷惑行為しやがった罪は重いぞ。


「ヴァネッサ、探知はできるか?」


「! クックック、そうかそうか! わしの力が必要かや! わしを誰じゃと思うておる? 地母神の愛娘にして稀代の大魔法使い――ヴァネッサ・アデリーヌ・ワーデルセラムじゃぞ。探知魔法の一つや二つ余裕なのじゃ」


 ちょっと頼ったらすぐ顔に手をあてて怪しく笑うヴァネッサは果てしなく不安だった。だが現状こいつ以外に頼る相手もいないんだ。背に腹は代えられん。


「じゃが、知らぬ者は探せぬぞ?」

「ああ……そりゃそうだな。お疲れ。帰っていいぞ」

「使えない者を見る目!? お願いじゃイの字見捨てないで欲しいのじゃあ!?」

「しがみつくなわかったよ!?」


 足手纏いにはさっさと帰ってもらった方が捗るんだが……まあ、ヴァネッサは魔法だけは有能だからな。あと医術もか。


「姿だけわかればいいか?」

「充分じゃ!」


 それなら問題ない。


強欲の創造アワリティア・クリエイト〉――ゼノヴィア・キルマイアー。


 俺は記憶を手繰り寄せ、可能な限り正確に闇色のドレスを纏った少女を〈創造〉した。


「わっ!? いきなり女の子が現れたのじゃ!?」

「自分以外の人間を〈創造〉したのは初めてだが……やっぱり脳内説明書通りただの人形だな」


 ドラゴンはしっかり創れたのに人間は創れないとか解せぬ。倫理的な力が働いてるのかしら? 神様業界で転生者に与えるチート能力には制限的なルールでもあるんかね?


「よくできておるのじゃ。動かぬが、本物の人間のようじゃな。この女の子が犯人かや?」

「かもしれない。同じ姿の人間が王都に潜んでいるはずだ。探してくれ」

「了解したのじゃ!」


 張り切って頷いたヴァネッサは、石杖の尻でコツンと地面を小突いた。


「――対象は闇色の女の子。地精たちよ。我が言の葉が届くならば、彼の者の所在を明らかにするのじゃ」


 詠唱を終えると、ヴァネッサを中心に淡い黄色の光が波紋のように何度も地面を奔った。ヴァネッサの力なら効果範囲は王都の全てをカバーできるはずだ。

 あとは対象がヒットするのを待つだけ。


「……」

「……」

「……」

「……結果が出たのじゃ!」


 しばらく目を閉じて探知に集中していたヴァネッサが、カッと勢いよく刮目した。


「さっぱり見つからぬ!」

「お疲れ。もう帰っていいぞ」

「だからその使えない者を見る目をやめてほしいのじゃ!?」

「使えねぇ」

「言葉にせんでいい!?」


 魔法は優秀だとちょっとでも信頼した俺が馬鹿だったようだな。帰りたい。


「わしの探知で見つからぬということは、本当にいないか地面に足をついておらぬのじゃ」

「……そういえば、ゼノヴィアの奴は飛べたな」


 地面に触れてないと探せないとか、地属性の探知魔法は肝心な時に不便そうだ。

 となると……他の人の仕事を奪うみたいで帰りたくなるんだが、仕方ない。


「エヴリル、ちょっと技を借りるぞ」


 俺はエヴリルの能力を一部〈模倣〉する。本当は仲間の力をコピーしたくはないんだが、状況が状況だ。だって今のエヴリルさんは暴徒と化しているわけで、お仕事を任せられないじゃん。俺がやるしかないじゃん。


「――ゼノヴィア・キルマイアーの情報を抽出。索敵範囲は王都全域。てん……チッ、てぇんくぅしぃ~んの加護の下、隠されし一欠片を映せ」

「なぜそんな舌打ちまでして『天空神』を嫌そうに言うのじゃ……」


 あのクソジジイの加護なぞ受けたくもないからだ! まあ、それを言っちゃ俺の能力全部があのヒゲの加護になっちまうわけで……帰りたい。


 目を閉じると、風が広がっていく感覚に全身が浸る。まるで大空に浮かんで都市を俯瞰しているような全能感。エヴリルさんてば探知の度にこんな経験してたんだな。

 てことは地属性の探知は地面に埋まってる感覚なのかな? なにそれ嫌すぎて帰りたい。鉱物じゃねえんだから。

 さて、それはそうとゼノヴィアは――――――――風が乱れた?


「見つけたですよ浮気者勇者様と巨乳泥棒猫!!」


 ビュオオオオッ!! と横殴りの突風が俺たちを襲った。


「エの字が来たのじゃイの字!?」

「探知は中止だ! 一旦逃げるぞ!」


 こんなに風を乱されちゃ探せるモノも探せない。風属性の探知魔法もやっぱり肝心な時に不便じゃねえか!


「待つです!」


 ヴァネッサの手首を掴んで逃げ出すと、空気が弾けるように荒れ、まるで転移するように姿を現したエヴリルが風を纏って飛翔し追ってきた。


「エヴリルさん飛べないんじゃなかったっけ!?」

「今のわたしはなんでもできる気がするです!」

「どういうこと!?」


 どっかの星の最長老さんに潜在能力でも引き上げて貰ったの!? それともあの〈呪い〉にそういう効果があるの!? どっちにしても魔法って知識がないとできないはずなんだけど、勤勉なエヴリルさんは習得まで至らなくても理論だけは頭に詰め込んでそうだ。

 風の魔弾が容赦なく俺たちに向けて連射される。

 魔眼のナビがなければ避けきれない物量だ。ヴァネッサが掠めて悲鳴を上げている。こうなったらもう一度〈凍結〉で動けなくするしか――


「――揺蕩う虚光、闇より湧き出でるのよ!」


 詠唱が聞こえた。

 すると次の瞬間、俺たちに突っ込んで来るエヴリルの正面に小さなブラックホールのような闇が出現した。


「――ッ!?」


 急ブレーキはできなかったらしいエヴリルが闇に突っ込んで消えてしまう。アレは呑み込んだものを一定範囲内にランダムで転移させる闇魔法だ。

 見たことがある。

 一度だけくらったこともあるな。

 足を止めると、空から箒に跨がった闇色の魔女がゆっくりと降りてきた。


「また会ったのよ、勇者」

「まさかそっちから現れるなんてな」


 以前、〈解放〉と称して魔物を呪っては大迷惑をかけてくれた〈呪いの魔女(カース・ウィッチ)〉――ゼノヴィア・キルマイアーご本人の登場だった。

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