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それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~  作者: 夙多史
九章 わたしたちの夢のマイホーム
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第七十三話 さっさと勝ってしまうです

『き、気を取り直して最終戦を始めますわ! 現役五つ星冒険者チームの大将は天空神教会の魔導師――エヴリル・メルヴィル!』


 ついにわたしの出番が回ってきたです。もう後がないですから、相手が誰であろうと絶対に勝ってみせるです。たまにはわたしだって活躍するです!


『元六つ星冒険者チームは〝疾風〟の異名を持つ盗賊戦士――クリント・マグリ!』


 相手チームも最後の選手が名前を呼ばれて対戦フィールドに出てきたです。盗賊っぽいと思っていたですが本当に盗賊だったです。盗賊から足を洗って冒険者になる、なんてことは珍しくないって聞いているです。

 その盗賊さんはわたしを見て――


「見た目は弱そう……だが、さっきリーダーに勝った奴だってそうだった。待て待て、さっきの野郎が実はこいつらのチームの頭じゃなく本当に二番手だったとしたら、この女はアレより強いってことになるんじゃ……いや、そんな悪夢あるわけない……よな……?」


 なんか物凄く過剰に警戒してぶつぶつ独り言を呟いていたです。わたしが勇者様より強いんじゃないかって疑っているみたいですね。いやいやいや、そんなことないですから。


『お互いリーダー同士の決闘は終わってしまいましたが、最終戦が盛り上がらないなんてことはありませんわ! なぜならそこのエヴリル・メルヴィルさんは、先程凄まじい力を見せてくれたイマキ・タクさんを杖一本で叩き伏せる実力者だからですわ! 信じられないかもしれませんが、わたくしは確かにこの目で見ましたの! 魔法など使わずとも、高速で杖を振り回し、無慈悲に敵を叩き潰す鬼神のごとき彼女の姿を!』

「ふぁ!?」


 ちょ、リリアンヌさんなにを言ってるですか! 最終戦を盛り上げるためとはいえ嘘なんてついてもすぐバレてしまうですよ! だいたいわたしそんなことなんてしてな……そういえば、決闘の日程を伝えに来た時に勇者様を叩き起こしたら青い顔して帰ってたですね。


「や、やややややっぱり一番強いのこの女かよ!? さっきの野郎より強いとか俺で勝てるわけねえだろ!? なあ棄権してもいいか!?」


 ほら、ただでさえわたしを警戒していた盗賊さんが大蛇に睨まれた仔ウサギみたいになってるじゃないですか! 棄権してくれるならそれでいいですが、仲間たちから叱咤されて泣きながらナイフを構えたです。

 なんかもう、不憫です。


『エヴリルさんは確かに強いですね。兄貴……イマキ・タクさんも頭が上がらないくらいですから』

「嫌だぁ!? 俺死にたくない!? 死にたくないよ助けてママぁあッ!?」


 ヘクターくんが追い打ちかけたせいで盗賊さんは半狂乱になってしまったです。元六つ星冒険者をここまでビビらせるなんて、勇者様がすごいのか盗賊さんが小心者なのか……たぶん前者です。


『それでは、最終戦を始めてください!』


 リリアンヌさんの開戦の合図。

 わたしはすっと神樹の杖を構えたです。


「ひぃいい!?」


 それだけで盗賊さんは両手のナイフで防御の姿勢を取って吹き飛ぶように後ろに転がったです。観客たちから歓声が上がったです。待ってくださいです! わたしまだなにもしてないですよ!


「も、もういいです。さっさと勝ってしまうです」


 盗賊さんはもうまともに戦えそうにないですし、これ以上醜態を晒す前に早く終わらせてあげるのが優しさだと思うです。


「――世界を巡る悠久なる風よ。我が声に従い敵を撃つです!」


 初歩的な風魔法を早口で詠唱し、空気の弾丸を射出したです。それは防御態勢のまま動かない盗賊さんに直撃して弾き飛ばしたです。盗賊さんが正常なら簡単にかわされたと思うですよ。


「う、うわぁああああああああああああああああああああッ!?」


 なんとか受け身を取った盗賊さんがヤケクソな感じで突撃してきたです。流石は〝疾風〟と言われているらしい元六つ星冒険者です。狂乱していてもかなり速いです。


「――吼えろ旋風、地を巻き上げ踊るです!」


 わたしと盗賊さんの間に中規模の竜巻を出現させたです。さあ、そのまま突っ込むです。空に打ち上げられてから地面に叩きつけられればわたしの勝ちです。

 ですが、盗賊さんは急角度で曲がって竜巻をかわしたです。


「えっ?」


 盗賊さんは一瞬だけ呆けたわたしに切迫してナイフを突きつけてきたです。かろうじて神樹の杖で防御したですが、その激突の衝撃は凄まじくわたしは吹っ飛んでしまったです。


「あぐっ!?」

「エヴリル!?」


 地面を転がったわたしに勇者様が心配そうな声を上げたです。体を起こすと、盗賊さんはもう目の前に立っていたです。


「お、おおおお前、おおお俺を舐めてんのか!? 殺るなら一思いに殺ってくれよ!? 死にたくはねえけど、遊ばれたくもねえんだよ!?」

「……いえ、殺しちゃダメですよ?」


 この人、わたしが手加減して弄んでいるんだと思ってるみたいです。


「う、うるせえ!?」

「うっ!?」


 盗賊さんがわたしのお腹を蹴り上げたです。い、痛いです。


「なにこの程度の蹴りくらってんだよ!? あんた強いんだろ!? 盛り上げるためにわざとやられたフリなんていらねえんだよ!?」


 ビクビクと涙目でわたしを蹴り続ける盗賊さん。ごめんなさいです。わたしそんなに強くないんです。フリじゃなくて普通にやられてるんです。


「くっ」


 なんとか転がって蹴りを避けたです。すぐに風の治癒魔法を自分にかけて痛みを和らげたですが……まずいです。やっぱり実力差がありすぎるです。

 でも、負けるわけにはいかないです!


「――来たれ天空の嵐、螺旋を描き、地の果てまで吹き荒ぶです!」

「だから!? そんな見え見えの魔法で遊ぶなっつってんだよぉおッ!?」


 わたしが水平に射出した旋風を、盗賊さんは紙一重でかわして突撃してきたです。この人、だんだん動きにキレが出てきたですよ。


「――せ、世界を巡る」


 次の魔法を唱えようとしたですが、先に盗賊さんがわたしの首を掴んで壁に叩きつけたです。


「あっ……がっ……」


 息が、苦しいです。声が……これじゃ詠唱ができないです。


「……なあ、あんたもしかして、言われてたほど強くないのか?」


 盗賊さんがついに気づいたです。


「チッ、騙しやがって。俺がビビれば勝てるとでも思ったのかよ」

「か……たの……です……」


 勝手にビビったのは盗賊さんです。そんな作戦なんて考えてもいなかったです。声に出したいのに、首を締められたらなにも言い返せないです。


「このまま落としてやる」


 首が、さらに強く締められるです。勇者様たちがなにか叫んでいるようですが、もうその声も聞こえなくなってきたです。

 苦しいです。

 意識が……だんたんと遠くなってきたです。


《はぁい♪ こぉーんにーちはぁ♪》


 チクリ、と。

 誰かの声が聞こえた気がした途端、首の後ろが疼いたです。もう体の感覚なんてほとんどなくなっているですのに、その疼きだけは鮮明に感じるです。


《苦戦しているみたいねぇ? でも、あなたの力はそんなものじゃないわ♪ あなたは強い。ほら、自分を抑えていないで、ありのままを〈解放〉しなさい♪》


 誰ですか?

 なにを、言っているですか?


《欲しいものがあるのでしょう? やりたいことがあるのでしょう? この戦いに勝ちたいのでしょう? 大丈夫、もう我慢しなくていいの♪》


 我慢?

 わたしは、我慢なんて……我慢、していたですか?

 なんだか、よくわからなくなってきたです。どうでもよくなってきたです。頭の中がぽわっとしてきて、もうなにもかもぶち壊してやりたくなってきたです。


《欲望のままに。心の赴くままに。お姉さんに全てを委ねるといいわん♪》


 そうです。

 わたしは好きなようにやっていいんです!

 いい気分です。今のわたしならなんだってできる気がするです。まずはわたしの首を締めている盗賊さんが邪魔ですね。神樹の杖でぶん殴ったら黙るですかね?


「……放せです」

「あ? ――ブッ!?」


 わたしは盗賊さんの股の間を蹴り上げたです。鐘の音のような幻聴が聞こえた気がするですがどうでもいいので、青い顔して前屈みになった盗賊さんの横っ面を神樹の杖で思いっ切り薙ぎ払ったです。


「エヴリルさんなんて鬼畜なことを!?」


 向こうで勇者様が自分の股間を手で押さえて叫んでいるですね。勇者様……勇者様? ああ、そうです。わたしの勇者様です。

 あんなところで、ヴァネッサさんと二人で並んで、楽しそうに……。


「勇者様ぁ、お仕事するです」

「はい!? いきなりどうしたエヴリル!?」

「イの字、なんだかエの字の様子が変なのじゃ!?」

「ヴァネッサさん!! 勇者様から離れるです!!」

「エの字の顔が怖くなっているのじゃ!?」


 ぐぬぬ、ヴァネッサさんが勇者様の腕に抱き着いているです。無駄に大きなアレを押しつけるようにしてけしからんです! けしからんです!

 成敗です! 世の中の巨乳を駆逐するです!


「くそっ! あんた、やっぱり力を隠してやがったのか!?」


 と、殴り飛ばしたはずの盗賊さんが戻ってきたです。ホントに邪魔ですね、この人。今わたしは忙しいですから消えてくださいです。


「――疾風の爪、切り刻むです」

「は?」


 短文の詠唱で三つの風刃を発生させ、盗賊さんの体を斜めに切り裂いたです。反応すらできなかった盗賊さんは真っ赤な血を撒き散らして悲鳴を上げたです。

 でも、浅いですね。元六つ星冒険者は頑丈です。

 これ以上邪魔されるのも面倒です。もう動けなくしておくですね。


「――閃く天帝の翼。支配するは大いなる風。この場に集いし処断の翆雷。我に仇なす愚か者を討ち滅ぼすです!」


 闘技場全体に強い風が舞ったです。

 普通の人なんて立ってすらいられない暴風は、わたしの意思に従って盗賊さんの頭上に収斂するです。

 バチバチと弾ける緑色のプラズマ。わたしは神樹の杖を振り、その圧縮された荒れ狂う風の爆弾を容赦なく盗賊さんに向けて降り落とすです。


 周りの人たちも邪魔です。闘技場ごと、吹っ飛んでしまえばいいんです!


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