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それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~  作者: 夙多史
九章 わたしたちの夢のマイホーム
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第六十九話 対策を練る必要があるです

 夜。

 宿にある共用の浴室に魔法の明かりが煌々と灯る。古い扉がボロ宿独特の軋みを上げて開くと、裸身にタオルを巻いた少女たちがキャッキャとはしゃいだ様子で入ってきた。


「誰かと一緒に入るお風呂ってなんだか新鮮です」

「わしは曾お婆ちゃんとはよく入るのじゃが、友達とは初めてじゃな」

「あ、ちゃんとかけ湯してから入ってくださいです」

「わかっておるのじゃ」

「ところで……地母神協会の女の人ってみんなそうなのですか?」

「なんの話じゃ?」

「そこに装着してあるだらしない肉の塊のことです!」

「ほほう、羨ましいかや? しかし大きくても肩が凝るだけじゃぞ」

「それは勝ち組の台詞です! ちょっと目障りなので運動させて無駄な脂肪を燃焼させてやるです!」

「ひゃん!? な、なにをするのじゃエの字!?」

「なんなんですかこの重量感は!?」

「やめ……あ……わ、わしとてやられてばかりはおらぬのじゃ!」

「わわっ!?」

「むふふ、エの字も肌がスベスベで綺麗なのじゃ」

「そ、そこは触っちゃダメですぅうううううううう!?」


 キャッキャウフフ。

 いやんうんふんばっかーん。



        ………………。

        …………。

        ……。



「――というイベントがあったと思うんだけど詳しく」

「ないです」


 お風呂上りに勇者様の部屋に行くと、意味のわからんエロ妄想話を聞かされてしまったです。なにを考えているんですかね、このダメ勇者様は。


「いやでも、女子のお泊り会で一緒にお風呂ってなると必然的にこう」

「ありえんのじゃ」


 ヴァネッサさんも白い目で勇者様を見ているです。


「そもそも、この宿の浴槽って酒樽くらいの大きさしかないですよ。浴室全体も言わずもがなです。二人で入るなんて空間的に実現不可能だって勇者様も知っているはずです」

「くっ、そうだった。そろそろサービス回が必要かと思ったのになんたる失態! 帰りたい!」

「お願いですからわたしたちにもわかる言語で喋ってくださいです」


 勇者様が異次元の言葉を使う時はだいたい碌でもないことなので無視が一番なんですがね。わたしもヴァネッサさんもやれやれと肩を竦めるか苦笑するしかないです。ちなみにヴァネッサさんにはわたしの予備の寝間着を貸しているですが……背丈はそんなに変わらないですのに、なんで胸元が苦しそうなんですかね。ボタンを外してずいぶんと開放的になっているですが、ナンデデスカネ?


「だいたいですよ勇者様。仮に二人で入れるくらい広かったとしても、天空神教会と地母神教会の魔導師は混ぜるな危険です」

「なぜ?」

「わしも初めて聞くのじゃ」


 二人とも全くわかっていないようですね。仕方ないです。ここは今後のためにもしっかり教えておくですよ。


「いいですか、浴室という狭い密室で天空神教会(わたし)の目の前にそんなたわわに実った贅肉を置いてみてくださいです。理性が吹き飛んで怒りの暴徒と化すですよ!」


 風と地という相反する属性を同じ湯に浸けるとどんな魔法反応が起こるかわかったもんじゃないです。危険なのです。


「エヴリルさん、本音と建て前が逆になってませんか?」

「なってないです」

「そ、そうか」

「ですから今言ったように、相反する属性は未知の魔法反応を引き起こす可能性があるですから一緒にお風呂なんて言語道断です!」

「ねえそれ俺聞いてない!?」

「なんかエの字が鬼の形相でわしの胸を睨んでくるのじゃが!?」


 ハッ! 危ない危ないです。このままだとうっかり敵と間違えて魔法をぶち込んでしまいそうなので見なかったことにするです。


「魔法反応云々はエヴリルさんの小粋なジョークだとして、宿を改装するなら風呂場はもう少し広くしようと思うんだけど」

「う、嘘じゃないですよ!? あとお風呂を広くするのは賛成ですが邪な目的でしたら却下です!?」


 いつも隙あらばだらけよう帰ろうとするダメ勇者様ですが、自分の家については物凄く積極的です。勇者様に任せておけば快適になるのは間違いないですね。でもあんまり調子に乗らせると一生部屋から出てこなくなるかもしれないですからほどほどで介入する必要があるです。


「時に、決闘に勝てばこの宿の所有権はお主らになるのじゃったな? 建て直すではなく『改装』するということは、『宿』としての機能は残すということかや?」


 可愛らしく小首を傾げてヴァネッサさんが質問してきたです。胸元を開けているですから憎たらしい谷間が目立ってさっきから勇者様がチラ見しまくっているです。今度目潰しの練習をしておいた方がいいですかね?


「まあ、流石に二人じゃ持て余すからな。希望者がいれば部屋を貸すのもありだと思っている」

「え? 初耳です勇者様。マイホームはどうなったんです?」


 わたしはてっきりこの宿全部をわたしたちで使うものだと思っていたです。


「マイホームにはするさ。例えば一階の壁を全部繰り抜いて俺たちの自宅にして、貸すのは二階にするとか」


 指を立てて提案する勇者様。ここはボロ宿ですが、無駄に部屋数も多いですし、共用食堂なんかもあったりするです。確かに言われてみれば二人で住むには広すぎるですね。

 でも……


「なんかちょっと思ってたのと違うです……」


 少し不貞腐れ気味に頬を膨らますわたしに、勇者様はどこか優しげな微笑みを浮かべたです。


「いいだろう? 元々この敷地面積に見合う豪邸を建て直すほどの金はないんだ。ここはギルドだって近いし、ボロ宿じゃなければ借りたいって人は多いはず。そういう人たちがホームレスになってしまうのは忍びない。だから俺は独占したい気持ちを抑え、喜んで部屋を貸そう」

「本音は?」

「一日中オフトゥンしてても家賃収入で稼げるからギルドに出勤しなくていいぜヒャッハーッ!」


 こういう綺麗事を綺麗な顔で言う時の勇者様はだいたい裏があるです。そんなことだろうと思ったです。


「……ヴァネッサさん、杖を貸してほしいです」

「自分のがあるじゃろう?」

「そっちの方が攻撃力が高そうです」

「待ってエヴリルさん!? 杖という武器は魔法攻撃力が重要であって物理攻撃力はどうでもいいっていうか石はシャレになりませんて石は「ふんぬ!」ごぶふぁあああああああッ!?」


 石の杖もなかなか捨てたもんじゃないですね。でもわたしにはちょっと重いですかねー? 勇者様の脳天を華麗にぶん殴るくらいしかできなかったですしねー。なんか隣でヴァネッサさんが「わしでも片手であんな風には振れないのじゃ……」って呆然としているですがどうしたんですかね?


「それで勇者様、宿を継続する件ですが」

「何事もなかったかのように話を進めないでもらえるかな帰りたい!?」


 大きなタンコブを作った勇者様がガバッと起き上ってきたです。頑丈ですね、勇者様。


「悪くはないと思うですよ。ただし、ギルドのお仕事は続けてもらうです」

「えー」

「勇者様、ギルドに入った目的忘れてないですか?」

「……天空神ぶん殴りてぇ」

「余計な殺意まで思い出さなくていいです!?」


 勇者様が元の世界に帰るために、この世界で起きているという『異変』を解決する。その情報収集をするためにわたしたちはギルドに加入したはずです。まあ、本当は『異変』の情報なんて集まらなくていいんですけどね。でも勇者様に外に出る理由を与えないとどんどんダメダメになってしまうです。

 と、ヴァネッサさんがなにやら低く笑い始めたです。


「クックック、そういうことであればわしが一部屋借りてやるのじゃ」

「「はい?」」


 わたしと勇者様の怪訝な声が重なったです。


「ヴァネッサさんが部屋を借りるって……あの、曾お婆さんはいいのですか?」


 わたしはまだお会いしたことはないですが、ヴァネッサさんは曾お婆さんと一緒に暮らしているはずです。勇者様に聞いたところ百歳は余裕で越えているそうですし、一人にしてしまうのはどうかと思うですよ。


「なにも毎日住まうというわけではないのじゃ。そろそろわしも専用の研究室が欲しくてのう。家の中じゃと曾お婆ちゃんに見つかって叱らゲフンゲフン! 誰にも邪魔されず集中して医学や薬学の研究をしたいのじゃ」


 なんとなく変な薬を混ぜたりすることが好きそうですよね、ヴァネッサさん。それはまあ、怒られると思うです。


「いいけど、実験に失敗して爆発とか起こしたら叩き出すからな?」

「イの字はわしをなんじゃと思っておるんじゃ!?」

「ちょっと中二病を拗らせたイタイ頭の人間型通訳機」

「デジャブじゃ!?」


 涙目になって勇者様をポコポコ叩くヴァネッサさん。そんなんじゃダメですよ。せっかくいい杖を持っているんですから使わないと勿体ないです。もしかしてまだあんまり振れないんですかね? まったく素振りが足りないです。

 それはともかく。


「医学や薬学の研究ですか……わ、わたしもご一緒したいです。ヴァネッサさんとならいい勉強になりそうです」

「うむ、エの字なら歓迎じゃ」


 やったです。ヴァネッサさんは危なそうな実験もやらかしちゃいそうですが、お医者様としての腕が確かなのは身をもって知っているです。本職の方ですし、わたしの知らない知識や技術をいっぱい持っているはずですからね。


「そのためにも、決闘に勝たないといけないですね」

「というか、その作戦会議のためにイの字の部屋に集まったのじゃったな」

「え? 俺もうオフトゥンしたい……」

「ダメです、勇者様。せっかく相手側のメンバーがわかったんですから、対策を練る必要があるです」


 寂しそうな目でベッドを見詰める勇者様。わたしはその視線を遮るように回り込んでやったです。


「先生! せめてオフトゥンの中からの参加を許可してください!」

「誰が先生ですか!? 許可しないです! そんなことしたら勇者様寝ちゃうじゃないですか!」

「甘いぞエヴリル。俺は漫画もゲームも宿題も予習復習も自室でできるプライベートなことは全部オフトゥンの中でやっていた。眠る眠らないは自分の意思で決められる!」

「また無駄なところで無駄なハイスペックが!? とにかくダメなものはダメです!?」


 勇者様の神様から与えられていない能力ってどうしてこうアレなんですかね。使いどころを全力で間違っている気がするです。


「そうじゃぞ、イの字。会議が終わればこのボードゲームで遊ぶのじゃ!」

「お夜食も用意しているですから今夜はとことんお喋りに花を咲かせたいですね」


 せっかくのお友達とのお泊り会です。さっさと眠るなんてあり得ないです。なんなら徹夜コースもアリですね。決闘までにヴァネッサさんとの親睦を深める意味でも。

 そんな風にキャッキャと楽しく騒ぐわたしたちに、勇者様は――


「くそう、こいつら帰らせたいッ!?」


 物凄く迷惑そうな顔をしていたです。


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