第六話 やめてそんな『定時からが本番』みたいなこと言うの!?
それから俺たちは情報を頼りに王都中を駆け回った。
聞き込みをし、仮住まいしていそうな宿を見て回り、普段人が行かないような下水道などにも降りたりした。
探して。探して。探して。探して。探して。探して。探して。探して。帰りたい。探して。探して。探して。探して。帰りたい。探して。探して。帰りたい。帰りたい。探して。オフトゥン。探して。帰りたい。帰りたい。帰りたい。
気がつけば空が夕日の色に染まっていた。
「エヴリルさん、今日のところはもう引き上げませんか?」
歩き疲れてお腹も減ってきた。王都は広い。一日二日で探し尽くせるわけがないんだ。
「なにを言うです。日が沈んでも一日は終わらないです。まだまだこれからです」
「やめてそんな『定時からが本番』みたいなこと言うの!?」
帰れると思ったのに急に帰れなくなった時の絶望感と言ったら世界の滅亡に匹敵します。なんなら『このまま帰れないなら世界滅べよ』と思うまである。
「ていうかエヴリル。お前魔法使えるんだろ? 探知魔法とかあるんじゃないか?」
今さら気づいたその疑問を投げかけると、エヴリルはバッ! と物すごい勢いで俺から目を逸らした。
「……ないです」
「あるんだな?」
「……勇者様に楽させるような魔法なんてわたしはシラナイデス」
こいつ、初めから気づいていて俺に自力で探させようとしていたわけか。なんという奴だ。そんな効率悪い仕事してたら残業する羽目になっちまうだろ。残業代は誰が払ってくれるの?
あくまで俺にやらせようとしてるんだったら、仕方ないな。
「俺の力は知ってるな? そういう隠し事ができないことくらいわかるよな? あの大商人の息子を探すことは俺が早く帰りたいって理由もあるが、アイリーンちゃんに早く兄貴を引き合わせてやりたいって気持ちもあるんだぞ」
どっちの比重が大きいかは敢えて言いません。賢いみんなならわかるはず。
「ぐぬぬ……わ、わかったですよ」
エヴリルは悔しそうに歯噛みすると、通行の邪魔にならないように道の脇にずれてから神樹の杖を翳した。
目を閉じ、集中する。すると神樹の杖の先端がポゥと淡く輝き始めた。
「――対象の情報をわたしの記憶から掬い上げるです。索敵範囲は王都全域。天空神の加護の下、隠されし一欠片を映すです」
エヴリルを中心にちょっと強めの風が発生し、建物や人々の隙間を縫うように周囲へと広がっていく。
そして十秒後。
「見つけたです」
「お、速い」
「割と近かったです。こっちです」
エヴリルの誘導で俺はオレンジ色に染まった街路を進む。民家から漂う夕飯の香り。遊び倒した子供たちの声。昼間は賑わっていた商店街からもポツリポツリと人が消えていく。
嗚呼、これぞ帰宅の時間! ……なのに俺は仕事なう。ギルドに定時がないのが悪い。完全帰宅時刻を設けるべき。学校の完全下校時刻は素晴らしかった。
……あれ? でもちょっと待て。この辺なんか見覚えがあるぞ。
そう、毎日通っているというか、毎日帰っているというか。
「え?」
立ち止まったエヴリルが驚愕に目を見開いていた。
そこは、俺たちが部屋を借りているオンボロアパート、もとい良心的なお値段の宿舎だった。
おうちがそこにある。ならばやることは一つ。
「わーい! ただいまー! オフトゥンただいまー!」
「待つですダメ勇者様!?」
「ぐえっ」
神樹の杖の先端にあるぐにょっとした部分で首を引っ掛けられた。……貴様、俺の帰宅を阻むというのか? ならばかかって来い。家を前にした俺は星を得た配管工だと思え!
「どうやらわたしたちの宿で大商人さんの息子さんも部屋を借りているです」
「なんだって?」
灯台下暗し……いや、その灯台には立ち寄らせてくれなかったから一概にそうとは言えないか。
「こんな俺たちの稼ぎでもずっと寝泊りできる宿に金持ちのボンボンが泊まってるとは思えないんだが?」
「でも、探知魔法は間違いなくここだと言ってるです」
「探知魔法も帰りたいんだよ」
「そんなわけないです!?」
とかなんとか否定するけど、エヴリルだって人の子だ。食欲・睡眠欲・帰宅欲の人類三大欲求に逆らうなんてできないってことだな。うん。
「とにかくこの中にいるはずです! 大家さんにお願いして名簿を見せてもらうです!」
自分の無意識の欲求を認めたくないエヴリルが頬をぷっくり膨らませて宿の敷地内に足を踏み入れた。
と――ギギギギィ。
擦るような古びた音を立てて玄関の大扉が開かれた。そこから身なりのいい金髪美男子が出て来たが…………ふう、あのお面オヤジの息子さんじゃないだろうな。だってほら、イケメンだもん。まったくヒヤヒヤしたよ。見せてもらった肖像画やアイリーンちゃんから教えてもらった特徴と一致しまくってるけど別人に決まっているッ! 帰る家がそこにあるのに、こんなところで見つかってまたあの屋敷まで戻るなんて俺は嫌だッ!
「ちょっとすみませんです。あなたはヘクター・マンスフェールドさんで合ってるですか?」
「あんたたちは……ッ!? 親父の差し金か?」
はい、本人で間違いありません。やったぜ☆
「わたしたちはこの依頼書を受けてあなたを探していたギルドの者です」
「冒険者か。悪いが見逃してくれ。オレは帰るつもりはない。金なら親父の倍は出す」
「俺にはわからんな。帰る家があるならいついかなる時でも『帰りたい』って思うだろ普通」
「勇者様は黙っとれです!」
ごつんと押し退けるように殴られた。もちろん神樹の杖で。エヴリルさんは俺に仕事させたいの? させたくないの? どっちなの?
「あんたらがオレの立場だったら、あの家に『帰りたい』って思うか?」
鋭く睨んできたヘクターの言葉を想像してみる。俺が超金持ちの家の子で、可愛い妹がいて、変態お面オヤジが……
「超納得」
「勇者様が帰りたくない方向に納得したです!?」
「エヴリル、俺だって帰れればどこでもいいわけじゃないんだぞ。帰る場所っていうのはな、その人にとって最も安らぐ場所のことを言うんだ。実家に安らぎを感じないのなら、そこはもう帰る場所じゃない。つまりオフトゥンは至高」
「最後の一言が余計過ぎて意味わからんです!?」
まったくエヴリルさんはオフトゥンの素晴らしさをいつになったら理解してくれるんだ。そこんところは後でみっちり講義してあげるとして……さて、どうするか。
①このままヘクターをふん縛って屋敷に連れ帰り仕事を完遂させる
②ヘクターから金を貰ってそれを新しい依頼として上書きする
③とりあえず今日はもう帰って明日の俺に任せる
頑張れ、明日の俺。
「はいそこ帰ろうとしないです!」
「人はなぜ帰るのか? そこに家があるからさ!」
「だから仕事終わるまでここには来たくなかったんですぅうッ!?」
強引に宿へ押し入ろうとする俺をエヴリルがまた神樹の杖で引っ掛けた。やめろよそれ「ぐえっ」ってカエルを潰したみたいな変な声出るんだからさ。
「なんなんだ、こいつら……」
ヘクターは困惑した顔で俺たちの遣り取りを眺めつつ、後ろ歩きでそっと立ち去ろうとしていた。
その時だった。
「ヘクターくん! よかった、見つかったのね!」
いきなり俺たちの前に現れた女性が、ヘクターを見て安心したような声をかけてきた。黒いドレスを纏った二十代後半と思われる綺麗な女の人だった。
見覚えがある、というか――
変態お面の再婚相手の人だ。