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それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~  作者: 夙多史
九章 わたしたちの夢のマイホーム
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第六十八話 バインバインですか!?

「彼の偉人、エドマンド・バークは言いました。『絶望するな。たとえ絶望したとしても絶望のうちに働き続けろ』と。――いやそこは帰れよ! 絶望してまで働きたくねえよ!」


 気絶から復活した勇者様が開口一番に意味不明なことを言い始めたです。


「勇者様の頭がおかしくなったみたいですね。お医者様、診てやってくださいです」

「イの字がおかしいのは常じゃと思うが」

「この際です。洗脳でもなんでもいいので勇者様の帰りたい病を治してくださいです」

「ほう、洗脳とはエの字も悪よのう。クックック、どうせなら全身わし好みに魔改造してやろうじゃないか」

「やめて!? 俺は正気だから洗脳して二十四時間営業マシンに改造するのやめて帰りたい!?」


 ずっと働き続ける勇者様ですか。それはそれでいいかもしれないですね。泣いてすがりついてくるのが非常に鬱陶しいです。


「つーか、結局こいつに話しちゃったのな」

「なにを不満そうにしておるのじゃ? わしが加われば百人力じゃろ?」


 ふふんとドヤ顔で胸を張って羨ましい膨らみを見せつけるヴァネッサさん。やっぱり段々と不安になってきたですね。巨乳は帰れ……おっと危ないつい本音が出そうになったです。


「脳筋王女にも言ったが、冒険者じゃないと参加できないぞ?」


 勇者様はどうにかこうにかヴァネッサさんを諦めさせたいようですね。ヴァネッサさんもヴァネッサさんで、なんとしてでも首を突っ込みたいオーラが半端ないです。


「その心配は不要じゃ。お主が気絶しておった間に冒険者登録したからのう」

「なんだと……」

「実は前から一度冒険者をやってみたかったのじゃ。曾お婆ちゃんも昔は冒険者としてブイブイ言わしてたらしいしの」

「正気か?」

「あ、それとヘの字に頼んでお主のパーティーにも入れてもらったのじゃ。じゃからわしが決闘に出ることになんの問題もないのじゃ」

「おのれヘクタァアアアアアアアアアアッ!? ナンバーショット!?」


 勇者様が血の涙を流して周囲を見回したです。ヘクターくんを探しているようですが、こうなることを予想したのか別件があったのか、ヴァネッサさんの手続きを済ませた後にそそくさと退散してしまったです。


「勇者様、そこまで嫌悪することないじゃないですか」


 これでは余りにもヴァネッサさんが可哀想です。だからちょっと援護射撃をしてみたです。すると勇者様は深く溜息をついて諭すような声で――


「わかってるのかエヴリル? 負けが一つ確定したんだぞ? 性格云々ももちろんあるが、こいつ戦闘に関しては全くの素人なんだ。この前の火山で嫌ってほど見せつけられたからな」

「え? そうなんです?」


 魔導師として優秀だと聞いていたから、わたしは意外に思ってヴァネッサさんを見るです。


「あ、あの時はわしも本調子じゃなかったのじゃ! わしの強大なる力を封印した状態で戦っておったからのう! ほ、本気を出せばイの字とてタダでは済まぬぞ!」


 冷や汗たっぷりにヴァネッサさんは否定したです。あ、これガチなやつですね。その封印は一生解かれることがないやつです。そんな力が本当に眠っているなら勇者様の魔眼が看破しているです。

 でも、他に戦ってくれる強い人を見つけてるような余裕はないですよ。

 だったら――


「試してみるです、勇者様」

「試す?」

「決闘の模擬戦をするってことです。正直、勝てる気がしないのはわたしも同じです。だから筋肉チームにでもお願いして本番までに何回か練習をしておきたいです。ヴァネッサさんもそれで戦闘の感を掴んでくれるかもしれないですし」


 わたしの提案に、勇者様は顎に手をやって熟考を始めたです。そうやって『帰りたい』なんて言わずに真面目に考えている姿はとても素敵ですよ勇者様。


「……それ、俺もやらなきゃダメなの?」


 あ、どうやって自分はやらずに帰るかしか考えてなかったみたいですね。流石は勇者様です。流石ダメ勇者様です。

 ウフフ。

 ウフフフフフ。


 秘技! 神樹(しんじゅ)愚怠撲滅殺(ぐたいぼくめつさつ)!!


「待ってエヴリルさんよく考えて! 相手の能力を超越模倣して戦うスタイルの俺がパーティー戦ならともかく一対一の試合でなにを練習するのかと! まさか人間相手に〈古竜の模倣(ドラゴンフォース)〉で戦うわけにもいかんでしょ!」

「む? 言われてみればそうですね」


 危なく魔導師なのに前衛の奥義を編み出すところだったです。


「だからその神樹の杖は下ろそうね!」

「でもわたしたちだけ特訓するのはなんか癪なので勇者様も帰らずやれです」

「理不尽な上司みたいなこと言い出しちゃった!?」


 なんやかんや勇者様は言い訳してるですが、戦闘の練習はいらなくても形式に則る練習は必要だと思うです。わたしたちは冒険者の決闘なんて初めてなんですから。


「わしも練習なぞ不要じゃ。クックック、どんな相手じゃろうとわしの魔法にかかればイチコロじゃからの」

「ヴァネッサさんが一番やらないといけないです!?」

「えぇ」


 嫌そうな顔したってダメです。ダメなもんはダメです。なんだかこのパーティー激しく心配になってきたですよ。わたしがしっかりしないといけないです。

 とりあえず、二つ返事で練習相手なってくれそうな筋肉チームに声をかけるですかね。

 と――ギルドの扉が開いたです。


「邪魔するぜぇ」


 行きつけの酒場に入るような調子でギルドにやってきたのは、高級そうな装備に身を包んだ『屈強』という言葉が似合う男女五人組だったです。

 依頼者でもギルド職員でもなさそうです。冒険者のパーティーだと思うですが……見たことない人たちですね。


「ハッ、どいつもこいつもシケてやがんな」

「弱ぇ連中しか残ってねえんじゃねえの?」

「まあ、そう言ってやんなって」

「アタシらが抜けた後だと考えればけっこう繁盛してんじゃないかい?」

「キャハハハハ♪」


 ロビーの中心で立ち止まったその人たちは、どこか嘲笑じみたニヤケ顔でギルド内を見回したです。

 なんか、感じの悪い連中ですね……。


「聞け! ゴミ溜めのクソ野郎共!」


 リーダーと思われる希少金属の鎧を纏った大男がギルドの全員に向かって叫んだです。しんと静まり返ったギルド内に、大男は満足そうに憎たらしい笑みを浮かべて次の言葉を言い放ったです。


「この中に、ファウルダース商会に喧嘩売ったバァカがいるそうじゃねえか? どいつだ?」


 ふぁ!?

 お、お目当てはわたしたちだったです!?


「さあエヴリル、帰るぞ。俺たちは関係ない」

「そうですね勇者様。帰るです」

「迅速じゃなお主ら!? 厄介事に慣れすぎじゃろ!?」


 即座に回れ右して裏口からこっそり脱出しようとしたわたしたちだったですが、その行為が逆に目立ってしまったことと、ギルド内の視線が集中してしまったことであっさり見つかってしまったです。


「おい、止まれそこのガキ共」


 リーダーの大男が顎をしゃくって指示すると、仲間の男女が一人ずつわたしたちの前に回り込んだです。す、素早いです。あっという間に裏口を塞がれてしまったです。

 そして気がつけば他の三人もわたしたちを取り囲んでいたです。


「ファウルダース商会に喧嘩売ったのはテメエらか?」

「違います」


 キリっとした表情で即答する勇者様。王女様の時もそうだったですが、こんな強面の男に睨まれてるのにどういう神経をしていたら面倒事に巻き込まれないための嘘を堂々と吐けるですかねこの人……?


「どうなんだ?」

「まあ、間違いない。資料通りの二人だ」


 大男が仲間のヒョロッとした青年に問いかけると、なにやら羊皮紙をペラペラ捲りながらそんなことを口にしたです。ちなみに資料とやらに載ってないらしいヴァネッサさんはどさくさに紛れて隅の方に避難しやがってるです。


「あーそう? つまり今こいつ俺らに嘘ついたと?」


 ドゴォオオオオオオオオン!!

 リーダーの大男が目にも留まらぬ速さで背負っていた大剣を勇者様の鼻先を掠めて叩きつけたです。はわわわわわ……ゆ、ゆゆゆ床が砕けて大穴が開いてしまったですよ!? わたしたちは弁償しないですからね!?


「チョーシぶっこくなよクソガキ。決闘の前に死にてえのか? ああん?」

「……」


 気の弱い人なら一瞬で気絶しそうな眼力で睨んでくる大男を、勇者様は勇者様で堂々と睨み返しているです。目が青くなっているですから〈解析〉をしているようですね。


「ぷはっ、リーダーブチ切れてやんの」

「まあ、弱者の方便くらい許そうぜ」

「でも舐められるってのは面白くないね」

「キャハハハハ♪」


 他の四人はクスクスと馬鹿にしたように笑っているです。

 というか、決闘って……もしかしてこの人たちがファウルダース商会に雇われている元冒険者の人たちですか? うわぁ、もっとこう引退した熟年のおじさんおばさん風な人を想像していたですが、けっこう若い人たちです。


「なるほど、元星六つの冒険者をリーダーにした高レベルチーム『堕ちた聖騎士(ダークパラディン)』ね。素行が酷すぎて一年前に王都ギルドを追放され、今はファウルダース商会の雇われ用心棒。ここは冒険者ギルドだぞ? 調子くれてんのはどっちだ?」

「なんだとゴラァ!?」


 い、言い返す勇者様がなんだかカッコイイです!? どういうことです? もう既に相手を超越模倣しちゃってるからですか?


「てかチーム名中二病すぎだろ。笑うぞ?」

「チッ、本当は軽く脅しつけて試合で圧勝して給金をアップしてもらうつもりだったが……ここまで舐められたのは初めてだ。――死んどけ」

「勇者様!?」


 今度は紙一重じゃないです。間違いなく勇者様の脳天に大剣の刃を叩きつけたです。誰もが勇者様の頭がトマトみたいに潰れる光景を幻視したと思うです。確実に人一人殺害しようとする状況だというのに、大男の仲間たちはなにがおかしいのかケラケラキャハハと爆笑しているです。

 ですが――


「…………………………は?」


 割れたのは勇者様の頭ではなく――大剣の方だったです。リーダーの大男も、仲間の四人も、今の今まで笑っていたのに目の前でなにが起こったのかわからず呆然としてしまったです。

 ただ、今のでわかったです。勇者様は大男を〈模倣〉してるんじゃないです。あんな名剣とも言えそうな武器を受けて逆に砕くなんて、〈古竜の模倣(ドラゴンフォース)〉以外にあり得ないです。


 つまり勇者様は……実はめっちゃビビッてたですね?

 さっき人間相手に〈古竜の模倣(ドラゴンフォース)〉はどうたらこうたら言ってた人はどこ行ったですか?


「ここで暴れられちゃ迷惑だ。俺も帰るからお前らも帰れ」


 なんか決め顔でリーダーの大男を指差してる勇者様ですが、内心を悟ってしまったからにはもうカッコよく見えないです。虎の威、もとい竜の威を超借りてる状態です。


「イの字……すごいのじゃ。カッコイイのじゃ」


 向こうでなんにも知らないヴァネッサさんだけが瞳を輝かせていたです。ああ、すごく教えてあげたいです。勇者様の尊厳を損なってもいいので。


「……てめ……なにを……?」

「じゃあな」


 口をパクパクさせて上手く言葉を紡げない大男に背を向けて、勇者様は裏口に陣取った二人を手振りでどかしてギルドを出て行ったです。


「あ、勇者様!?」

「待つのじゃイの字!?」


 わたしと、ヴァネッサさんも慌てて追いかけるです。わたしたちが出て行った後にギルドから言葉にならない大声が喚き散らしていたです。

 勇者様はというと、ギルドから少し離れた場所で胸に手をやって身を屈めていたです。


「DQN恐い帰りたい……DQN恐い帰りたい……DQN恐い帰りたい……」


 青い顔でなにをぶつぶつと呟いているのかよくわからなかったですが、とにかく心臓がバックンバックン言ってることだけは伝わってきたです。

 そのまま帰りながら勇者様が落ち着いてくると、一つ深呼吸をしてわたしたちを向いたです。


「なあ、エヴリル、決闘って本当に受けなきゃダメかな?」

「なにを言ってるですか。当たり前じゃないですか。わたしたちのマイホームがかかってるんですよ?」

「あんなのと一対一で戦うんだぞ? 平気でルールを破って来るような連中だ。最悪俺はいいけど、エヴリルやヴァネッサは正直危ないと思う」

「えっ?」


 勇者様、わたしたちのことを心配してくれるですか?

 普段はダメ勇者様なのに、そんな不安げな顔をされたらなにも言えなくなっちゃうじゃないですか。卑怯です。


「案ずるな、イの字よ」


 すると、ヴァネッサさんが無駄に自信満々なドヤ顔で大きな胸を張ったです。


「要は奴らがなにかする前に勝ってしまえばよいのじゃ。違うかや?」

「いやお前、囲まれた時いの一番に逃げ出した奴がなに言ってんの?」

「ち、ちちち違うのじゃ!? あ、あれは敵を観察していたのじゃ!? いざとなればわしの魔法でどうとでもしてやったのじゃ!?」


 ヴァネッサさんの冷や汗塗れの強がり(?)に、勇者様とわたしは顔を見合わせて思わず吹き出してしまったです。


「なんで笑うのじゃああああっ!?」


 涙目で地団太を踏む大きな子供がそこにいたです。

 と、勇者様が少し真面目な表情になって――


「ヴァネッサ。今日は、いや、決闘が終わるまでウチに泊まれ」

「「ふぁ!?」」


 わたしとヴァネッサさんは同時に変な声を上げてしまったです。数秒かけて勇者様の言葉の意味を吟味し、わたしもヴァネッサさんもかぁああああと顔を真っ赤にしたです。


「ど、どういうことですか勇者様!?」

「そうじゃ! イの字の部屋に泊まるなぞ……う、嬉しいが、その、心の準備がじゃな」

「いや泊まるのはエヴリルの部屋な。俺は神聖なるオフトゥン時間を誰かと共にして穢されるのは真っ平ごめんだ!」


 あ、いつもの勇者様です。

 じゃなくて!


「ですから、なんでヴァネッサさんをウチに泊めるですか!? なにが目的ですかやっぱりそこのバインバインですか!? バインバインですか!?」


 わたしだってちょっと成長期が遅いだけであと数年したらこうなっているはずです!


「なんだよバインバインって。いやほら、さっきの奴らはもうヴァネッサを仲間と認識しただろうから、一人にすると襲撃されかねんだろ?」

「あっ……」


 確かに勇者様の後を追いかけていく姿はバッチリ見られているです。ヴァネッサさんの素性までは流石に把握できないと思うですが、姿を知られていてはいつ襲われてもおかしくないですね。あの人たちなら真っ先に考えそうです。

 もしもの時に近くに勇者様がいた方が安全です。


「……わかったのじゃ」


 ヴァネッサさんもしおらしく頷いたです。


 その後、直接動けないのでヘクターくんに頼んでヴァネッサさんの曾お婆ちゃんに外泊することを伝え、ついでに着替えなどを持って来てもらったです。

 年の近い同性の友達(?)とお泊り会という状況は、ちょっとワクワクするですね。


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