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それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~  作者: 夙多史
九章 わたしたちの夢のマイホーム
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第六十五話 勇者様を叩き起こしてくるです

 窓から差し込む温かな陽光でわたしの意識は覚醒したです。


 朝です。一日の始まりです。

 わたしはゆっくりと上体を起こして、ん、と伸びをしたです。あれだけ苦しかった昨日が嘘だったように快調。病み上がりとは思えない……寧ろ以前よりも体の調子がよくなった気がするです。

 悔しいですが、流石は本職のお医者様。ヴァネッサさんの薬がよく効いたようですね。わたしではこうはいかないです。


 ベッドから下り、顔を洗って着替えるです。魔法的加護が付与されたいつものローブと三角帽子。神樹の杖も忘れないです。

 それから共同食堂で朝食の準備をすると――


「さて、勇者様を叩き起こしてくるです」


 もはや日課感覚でフライパンとオタマを持って勇者様の部屋に突入したです。というかこの間王女様に壊されたばかりなのにいつの間にか鍵が直っているですね。勇者様はプライベートと安眠のためなら仕事が無駄に速いです。

 え? なんでわたしも取り換えたばかりの鍵の合鍵を持っているかですって?

 ……世の中には知らなくていいこともあるです。

 それはそうとまっすぐベッドに向かうです。遠慮なんて欠片もないです。


「勇者様……ですよね?」


 鍵はしっかりかかっていたですから安心だと思うですが、前みたいなことがあったら大変です。念のためベッドの毛布に包まっているのが勇者様か確認しておくです。

 ベッドの脇に勇者様は落ちてないです……よし。


「勇者様! 朝です起きてくださいです! 今日も張り切ってお仕事行くですよ!」


 フライパンとオタマでガンガン音を鳴らしながら大声で呼びかけると――


「エヴリル、ちょっと静かにしてくれないか」

「え?」


 睡眠中でも寝起きでもない、意識のはっきりした明瞭な声が返ってきたです。そこはまあいつも通りなのですが、今日はなんだか真剣さを帯びていたような気がしたです。


「勇者様、どうしたですか? もしかして、わたしの風邪が感染って頭が痛いとか……?」


 だとすればさっきの大声と騒音は頭にかなり響いたはずです。でも勇者様は帰りたい病ですから他の病気にかかるなんてことあるわけ……いえ、そもそもそんな病気なんてホントはないんですから勇者様だって普通に風邪くらい引いてもおかしくないです。


「今、俺はとても大切な考え事をしているんだ」

「考え事、ですか?」


 毛布に爪先から頭まで余すところなく包まった勇者様は、物凄く真剣で、真面目で、シリアスな口調だったです。病気じゃなかったことは安心したですが、一体なにを考えて――


「そう! 俺はオフトゥン化マクラニウムの分子結合を解明するための検証実験を行っている最中である! 邪魔をしないでもら「ふんぬ!」ぐべらはっ!?」


 わたしは毛布を剥ぎ取ると、絶望の色を浮かべた勇者様の脳天に容赦なく神樹の杖を振り下ろしたです。大きな果物をかち割った時みたいな爽快な鈍い音。これが出勤時間の丁度いい合図になるとご近所さんからとても評判です。


「それで勇者様、なにがどうしたですか?」

「うん、頭が痛い」


 なぜですかね。不思議ですね。


「さっさと起きて着替えてくださいです」

「……うぇーい」


 わたしも学習したですからね。勇者様が目の前でいきなり着替え始めてももう動揺なんてしないです。ちゃんと両目を手で隠して、指の隙間からそのいい感じに引き締まった体をはわわわわっ!

 ――って、これじゃあの筋肉大好き王女様と一緒みたいじゃないですか!? 断じて違うです!? わたしにそんな趣味はないです!?


「勇者殿はいるか!」


 ドバン!

 心中でも噂なんてするんじゃないですね。玄関の扉が勢いよく開かれて二つに砕け、白銀の鎧を纏った美少女さんが無遠慮に入ってきたです。煌くような白い肌、精巧な銀細工のような長くて綺麗な銀髪、エメラルドよりも美しい凛々しく大きな瞳はまっすぐわたしたちを見据えているです。


「王女様……」


 もちろん、ラティーシャ王女様です。今までのわたしだったら慌てているところですが、こっちに関してもなんかもう驚きはないです。またか、って感じですね。

 ただ、以前と違っているところが一つ。


「朝早くから申し訳ない、勇者殿。……扉は後で弁償する」


 王女様の後ろに、諦め切った顔で頭を抱えたサイラス将軍がいたです。髭を整えたダンディなおじ様ですが、実はまだ三十代前半だというから驚きです。老けて見えるのは心労のせいですかね……?


「む?」

「おっと、失礼。着替え中だったか」


 王女様と将軍さんは上半身裸でシャツを手にした勇者様を見て気まずそうな顔をしたです。いえ、そんな顔をしたのは将軍さんだけで――


「これはなかなか、いい筋肉に育っているな。さ、触ってもよいか? 筋肉に効くマッサージを知っているのだが」


 王女様は白磁の頬を上気させ、鼻息を荒げ、翠玉の瞳を輝かせて勇者様を凝視していたです。


「遠慮します」

「朝だから筋肉体操から初めてもよいな!」

「ラジオ体操の感覚で言うな!?」


 両手の指をわしゃわしゃさせて迫る王女様に、勇者様はげっそりした顔をして一瞬で服を着替えたです。王女様は少し残念そうに唇を尖らせたです。そんな仕草は少女っぽくて可愛いのにやってることが残念すぎるですよ。


「今日はなんの用だ? 前みたいな訓練――ってわけじゃないんだろ?」


 ここは自分の部屋なのに、もう帰りたそうなオーラを振り撒いて問いかける勇者様。わたしもそこは気になったところです。王女様だけならともかく、将軍さんまで一緒となると私的な要件ではないはずです。

 王女様と将軍さんは表情を引き締め、一度顔を見合わせたです。

 将軍さんが頷き、王女様が改めて勇者様を見て口を開き――


「〈呪いの魔女(カース・ウィッチ)〉ゼノヴィア・キルマイアーが脱獄した」


 とんでもないことを仰ったです。


「ほ、本当ですか!?」


 どうせくだらないことだと思っていたわたしは、想定外の深刻な案件に驚いてしまったです。勇者様も神妙な面持ちになったです。


「我々が脱獄に気づいたのは昨日の早朝だ」


 王女様の後を将軍さんが引き継いで話を始めたです。


「恐らく深夜の内に何者かの手引きがあったと考えている」

「根拠はなんです?」

「魔法を使用した痕跡があった。〈呪いの魔女(カース・ウィッチ)〉のものではない魔法だ。暗黒神教会が秘密裏に動いたのか別の何者かの仕業なのかはまだわからないが、脱獄ではなく誘拐された可能性の方が高いかもしれん」


 どこの誰だか知らないですが、あの子を誘拐してなんの得があるんですかね。確かに魔法の才能と腕はすごかったですが……。


「いいのか? そんな軍の失態を俺たちに教えて?」


 勇者様の質問でわたしはハッとしたです。罪人の脱獄を許したなどと公になれば王国軍の信用はガタ落ちになるです。それをわざわざ王女様と将軍さんがわたしたちに教える意味はないはずです。


「本来なら秘匿されるべき案件だが、勇者殿は無関係ではない。なにせ彼の魔女殿を捕縛した本人だからな。私から伝えるように頼んだのだ」

「そうか」


 余計なことを、と勇者様の顔に書いてあったです。


「そこでだ、勇者殿」

「断る」

「……まだなにも言っていない」


 王女様の言葉を遮って勇者様は胸の前で腕を交差させて拒絶を示したです。あ、あまりにも無礼すぎるですよ勇者様!? いくら王女様でも一応王女様なんですから!?


「俺に手伝えって言うんだろうどうせ! そんな帰りたくなることやってられるか! あんたらが逃がしたんだからあんたらでどうにかするのが筋だろう!」


 ああ、またそんな乱暴な口調で……でも、王女様も将軍さんも気にしてるようには見えないですね。他の兵士さんがいたら超怒られてたと思うです。


「俺はこれからオフトゥン原子の構造体の確認作業があって忙しいんだ」

「いいえ、勇者様はこれからお仕事ですよー」

「えー」

「えーじゃないです」


 悔しそうに唇を噛む勇者様。放っておくとすぐダラける方向に全力疾走するんですから油断ならないです。ホントにダメ勇者様です。ダメダメです。

 もう一度神樹の杖で殴ってやろうかと思っていると、王女様が神妙に腕を組んだです。


「勇者殿の言う通りだ。案ずるな。今回の件はあくまで軍の責任。勇者殿に捜査に加わってほしいわけではない」

「というと?」


 意外です。わたしもてっきり勇者様にも手伝えと依頼してくるのだと思っていたです。


「もし魔女殿が自らの意思で脱獄した場合、雪辱を果たすため勇者殿に接触してくるかもしれない。勇者殿であれば心配はないだろうが、充分に気をつけてほしい。必要ならば護衛もつけよう。今日はそれを伝えに来たのだ」


 そういうことだったですか。納得ではあるですが、あの子が勇者様に復讐するとはちょっと思えないですね。ドラゴンの件で自分のやってきたことに気づかされたようですし、反省してたようですし。


「護衛なんて窮屈なもんはいらないが……それはそれで面倒そうだな。うん、よし、これはもう今日は外出しない方がいいな! お外は危険で怖いからお家で大人しくしているしかないな!」

「勇者様、そんな『怖い』とか心にもない嬉しそうな言い訳でズル休みはさせないですよ♪」

「くそうくそう……」


 わたしは神樹の杖で物凄く悔しそうな勇者様の頭を軽くノックするです。これだけで充分に効果あるですね。ツギナンカフザケタラナグルデス。

 王女様が組んでいた腕を解いたです。


「では確かに伝えたぞ。――サイラス」

「はっ!」

「君はもう帰っていいぞ」

「はっ! ……は?」


 ポカン、と。敬礼したまま将軍さんが目を点にしたです。


「さあ勇者殿!」


 王女様は勇者様に向き直り、さっきまでの真面目な顔を一気に崩して嬉しそうに声を荒げたです。


サイラス(邪魔者)は帰らせるから特訓を始めよう! 昨夜もよく寝て考えた筋トレメニューがあるのだ!」


 よく寝たんですね。


「やらねえよ!? あんな無駄に疲れることするくらいなら普通に仕事して普通に帰宅した方がマシだ!?」

「なに、遠慮するな」

「遠慮なんか微塵もしてねえよお帰りください王女様!?」

「そうはさせませんよ、王女殿下」


 迫る王女様を勇者様が全力で拒否していると(こう表現するとなんかムッとするです)、将軍さんがピーッ! と笛を鳴らしたです。

 すると、壊された玄関の扉から沢山の兵士さんたちが雪崩れ込んできたです。武器こそ構えてはいないですが、彼らはよく訓練された動きで王女様を取り囲んだです。な、なにが起こってるですか!?


「な!? サイラス、これはどういうことだ!?」


 王女様が将軍さんを睨んだです。将軍さんは諦念を滲ませた表情で溜息を吐いたです。


「どうせこうなるだろうと思って一個中隊を待機させていたのですよ。――王女殿下をお連れしろ。力づくで構わん。王の許可は取ってある」

「おのれ父上!?」


 王女様は大勢の兵士さんたちに拘束され、暴れるも虚しく連行されていったです。あの人数で取り押さえないといけない辺りが王女様ですね。


「勇者殿!? 明日こそ、明日こそ特訓を!?」

「いい加減に諦めるということを覚えてください!?」


 お二人の悲鳴じみた声がどんどん遠ざかっていくです。これは明日も来そうですね。毎朝こうだと流石に億劫になるです。

 だから、もうそこは考えないようにするです。


「朝ごはん食べてお仕事行くですよ、勇者様」

「そうだな。――あっ」


 頷きかけた勇者様が、なにかを思い出したように声を漏らしたです。


「どうかしたですか?」

「エヴリルが元気になったんなら、宿の管理人と交渉もしないとな」


 言われて、わたしも思い出したです。妙な病気にかかってすっかり忘れていたですね。一昨日の晩に勇者様と話した、大金の使い道を。


「そういえばこの宿を買い取るって話だったですね。お仕事が終わったら交渉するです」

「仕事の前じゃダメ?」

「ダメです」


 仕事前なんかにやってしまうと、そのまま今日が終わってしまいそうな気がしたです。


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