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第五話 断るなら今のうちじゃないかな?

 依頼主は王都でも割と立派な屋敷を構える大商人だった。


「お待ちしておりました、冒険者の方々」


 使用人とは思えない身綺麗なお姉さんに案内され、応接間に通された俺たちを待っていたのは――豪華な服を纏ったでっぷりとした体の小男だった。なぜかオーガを模したお面をつけて顔を隠しているが、偉そうに蓄えられた髭がはみ出してなんというかみっともない。もうこんな大人に声をかけられた日には考えるより先に回れ右したくなるほど怪しかった。


「やあやあ、来てくれて嬉しいよ冒険者くんたち! ん? このお面かね? ああ、君たちは気にしないでくれたまえ。これは今の私が大変怒っているということを表現しているだけなんだ。ああ、もちろん君たちにではないよ! 家出した愚息に対してだからね念のため!」


 開口一番に聞いてもないことをべらっべらと喋るこいつが今回の依頼主だ。やばい。これには流石のエヴリルさんも表情を引き攣らせているぞ。もう帰っても許されるんじゃね?

 大商人の男の傍に控えた美人も苦笑しているよ。既に苦労してそうなのが窺えます。


「あ、あの、お面はともかく依頼の詳細をお聞きしてもいいですか?」


 踏ん張った。エヴリルさん踏ん張った。絶対帰りたいって思っただろうけど、ここで帰れば俺への示しがつかないもんな。


「(エヴリルさん、断るなら今のうちじゃないかな?)」

「(ぐぬぬ、なんか勇者様の勝ち誇ったようなニヤケ顔がとっても腹立つです……)」


 ヒソヒソと話す俺たちに機嫌を悪くした様子もなく、大商人の男は仕事の内容を口にする。


「あとね、このお面にはもう一つ意味があってね。私ってほら大商人でしょ? けっこういろんなところで恨まれちゃったりしてるわけ。恨みじゃなくても金目当てで私を攫おうなどと考える輩もいたりするわけ。だからあまり人前に素顔を出さないようにしているのだよ。気を悪くしてしまったかもしれないが、私は謝らない!」


 違う。お面の話だった。


「お面のことはわかったです。それより家出した息子さんの話を聞かせてほしいです」

「ちなみに私のお面コレクションはこのオーガの他にも」

「お面はもういいですからっ!?」


 ついにエヴリルは怒鳴った。怒鳴られた大商人さんは「お、おう……」と表情は見えないが少ししょんぼりした雰囲気になった。俺はちょっと興味あるんだけどね、お面コレクション。


「息子がいなくなったのは昨日の夕方。私が仕事先から帰ったすぐあとのことだった」

「あんたみたいな大商人でもちゃんと定時に帰れるんだな。社長さんてもっと睡眠時間なくなるほど忙しくしているイメージで俺は絶対なりたくないって思ってるんだが」

「この少年はなにを言っているのかね?」

「このダメ勇者様の戯言は聞き流してくれて大丈夫です」


 戯言じゃない! 定時に帰れるか帰れないかは社畜にとってなによりも勝る重要なことだろう! 中には定時直前に至急の仕事が入ったりして絶望に打ちひしがれながら泣く泣く残業することがほとんどの会社もあるって俺のじっちゃが言ってた。


「息子さんが出て行った理由はなんです?」

「実は私の再婚が決まりましてな。まあ、彼女なんだが」


 隣の美人さんがぺこりと会釈した。嘘だろ……変態お面でもこんな綺麗な人と結婚できるのかよ。金の力かな? まあ、俺は結婚なんて帰りたくなるようなことしたくないからどうでもいいけど。


「お母さん子だった息子には元々猛反対されていたのだよ。絶対金目当ての悪女だって。酷いよね。私が選んだのだから間違いないって言っても聞かなくて。それで昨日、元妻と同じ結婚お面を渡したと言ったらものすごく怒りましてな」

「結婚お面」

「再婚を取り消すまで戻らないと言って、私のコレクションの中でも値打ち物をいくつか持ち出してしまったのだ。……私の、聖女お面」

「聖女お面」


 エヴリルの瞳から光がマッハで失われていくのを俺は見た。仕方ないから俺が続きを促そう。


「つまり、息子さんはついでで、盗っていったお面を取り返してほしいわけだな?」

「いいえ、お面なんてどうでもいいのです。お兄様さえ連れ戻していただければ」


 答えは大商人の男でも彼の再婚相手からでもなく、俺たちの背後から少女の声で返ってきた。

 振り向くと、そこには十歳くらいの少女が腰に手を当てて立っていた。綺麗な金髪に青い瞳。顔立ちは幼いながらも整っており、フリルたっぷりのドレスが彼女の魅力を最大限以上に引き上げている。ふむ、将来は間違いなく美人さんになるな。


「この子は?」

「私の娘だ」

「……この子は?」

「ん? いやだから、私の娘」

「実の?」

「実の」


 理解が追いつかなかったので三回確認してしまった。なるほど、母親似なんだな(確信)。


「わたしはアイリーン・マンスフィールドと申します。ギルドの冒険者様方にはお忙しい中、依頼をお引き受けしていただき感謝しております。報奨金は依頼書に書かれている額より上がっても構いません。ですので必ずやお兄様を――ヘクター・マンスフィールドを連れ戻してください!」


 丁寧に、深々と、アイリーンと名乗った幼女は頭を下げた。


「もう一度聞く。この子本当にあんたの娘? そっちの再婚相手の連れ子じゃなくて?」

「紛うことなき私の娘だが?」


 初対面で名乗りもしないし素顔も隠している小太り小男の娘がこんなにしっかり者なわけがない! なにか裏があるはずだ。他人には教えられない血生臭くてドロドロしたなにかの事情がきっと…………どうでもいいけど。


「お兄様は跡取りとして家のことを一番に考えているのです。でも、お父様が母親のいないわたしのために再婚を決めてくださったことは知っています。冒険者様に説得までお願いするつもりはありません。力づくでもお兄様を連れ帰っていただければ、わたしが説得いたします」

「頭を上げてくださいです。お兄さんは必ずわたしたちが見つけて連れて帰るですから」


 しっかり者幼女の登場で瞳に光を復活させたエヴリルが完全に引き受けるセリフを言っちゃったよ。くそう、これじゃもう帰れないじゃないか。


「どうだね? 私に似てよくできた娘だろう? これでもっとお面について興味を持ってくれれば完璧なんだが」

「ソウデスネ」


 そのまま娘自慢に入りそうになったので、俺たちは息子さんの情報を(娘さんから)可能な限り聞き出して屋敷を後にした。

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