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それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~  作者: 夙多史
七章 わたしと王女様の勇者様捕縛大作戦
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第五十三話 早くなんとかしてくださいですぅうッ!?

 それは、わたしたちと同じ生物だとは思えなかったです。


 小山のように大きくて丸っこいシルエットだと思ったら、その体はドロドロの透明な液体に近いなにかでできていたです。真ん中には赤く怪しく光る眼のような球体が一つ。体のあちこちからうねうねと気持ち悪く蠢く触手が生えているです。

 魔物。それも魔法、もしくは魔法の残滓によって生まれた疑似生命体。


 スライム。


「馬鹿な。なぜ王都の地下にこのようなものが!?」


 王女様が粘体状の魔物を見て目を丸くしたです。


「え? 地下水道が魔物巣窟って寧ろ常識じゃね?」

「なに言ってるですか勇者様。そんな危険な場所が王都のすぐ真下にあってたまるかです」

「うむ。確かに魔物は湧き易いが、王国軍から定期的に討伐隊が編成されている。普通ならば、これほど巨大なスライムが出現する前に全て駆逐されているはずだ」


 こういう不定形の魔物は放置しているとどんどん増えていくです。数が増えればスライム同士が合体して、より巨大で強力な個体が生まれてしまうのです。

 わたしもそこまで詳しくはないですが、あの天井にも届きそうな巨体だと最低でも二十体は合体しているかと思うですね。


「前の討伐で漏れがあったってことか?」

「わからんが、とにかく倒すしかあるまい」


 流石の王女様もこの状況だと特訓を中断せざるを得ないようです。大剣を構え、ノロノロと近づいてくるスライムを迎え撃つ準備をしてるです。

 わたしも神樹の杖を握って勇者様たちの下まで戻っ――水路から飛び出したスライムの触手が足に絡まったです。


「ひやっ!?」

「エヴリル殿!?」


 ちょっと、逆さ吊りとかやめてくださいです! 今わたし下着とマントしかないですよ! 押さえないと見えちゃうです!


「アシッド・スライム……まさか、こいつは噂に聞く伝説の」


 魔眼を発動させてスライムを〈解析〉したらしい勇者様が驚きのあまり震えているです。もしかして今回も……嫌な予感がするですよ。


「勇者様、なにか知ってるですか!? またバグなんちゃらですか!?」


 逆さ吊りのわたしに触手がどんどん巻きついてくるです。締めつける力はあまり強くはないですが、わたしだと振り払えそうにないですね。ていうか、ドブ臭くて気持ち悪いです。


「〈解析〉によると、こいつは人間の衣服に含まれる成分を主食にしているスライムだそうだ。捕まえた人間の衣服を溶かして吸収するらしい。特に女性ホルモンが染みついたものが好物で、要するに――エロスライム来たぁーッ!!」

「そんな変態スライムはさっさとぶっ倒してくださいです!?」

「断る! ここはお約束の展開まで待たねば帰るに帰れない!」

「このエロ勇者様!?」


 あーもう! 神樹の杖でぶん殴ってやりたいです! ――って思ってる間にマントがじわじわ溶け始めてるですよ!? こうなったらわたしの風でって杖が弾かれたです!?

 ダメです。マントだけじゃなく下着まで……ひゃん、この糞エロスライムどこ触ってるですか!?

 スライムの触手は王女様にも襲いかかっているです。王女様は大剣で薙ぎ払うですが、斬り飛ばした先から蠢いて本体に戻っていくです。


「斬っても無駄か。やはり炎熱系の魔法で燃やさねばなるまい。エヴリル殿! そのような魔法は使えないのか!」

「わたしは天空神(ウラヌス)教の魔導師です! 火属性の魔法を使うには竈王神(ヘスティア)様の加護が必要です!」


 そもそも杖がないです。もうわたしの首から下がどっぷりスライムに浸かってしまってるですから、拾ってもらっても受け取れないです。ううぅ、肌がチリチリするです……。


「ラティーシャこそ気功的な技でなんとかならないのか?」

「生憎と私の筋肉はそこまでの境地には至っていないのだ」


 あるにはあるんですね、そういう技。


「ぐっ、しまった……」


 ついに王女様も触手に捕らわれてしまったです。ていうかこの触手、勇者様の方には全く襲いかかっていないですね。やっぱり女の子だけ狙っているようです。エロスライムです。


「ああ、王女様の服が……鎧も溶けちゃってるですッ!?」

「勇者殿、み、見るな!? 頼む、私を見ないでくれ!?」


 スライムに浸かってみるみる服が消えていく王女様。声が裏返って、顔を真っ赤にして身じろぎしているです。いつもの毅然とした王女様とは思えないですね。

 わたしももうほとんど素っ裸になっちゃって……


「勇者様!? 早くなんとかしてくださいですぅうッ!?」


 これ以上は! これ以上はいけないです!


「よし、眼福も貰ったことで――〈憤怒の一撃(イラ・ブロー)〉」


 顎に手をやってのんびり観賞していた糞勇者様は、その手の人差し指と親指だけを立ててスライムに向けたです。


 轟ッ!! と。


 とんでもない力の光線がスライムを核ごと撃ち抜いたです。ただの泥になったスライムはべちゃべちゃと地面に崩れ、捕らわれていたわたしたちもお尻から落下したです。


「一件落着。十八歳以下お断りにならないギリギリのラインで撃退成功。さあ帰ろう」

「最初っからそうしろですこのエロ勇者様!?」

「げふっ!?」


 なんか意味のわからん締め方をして逃げようとする勇者様を、わたしはダッシュで拾った神樹の杖で容赦なくぶん殴ってやったです。記憶よ消えろです!


「王女様、わたしたちの姿を隠蔽するです。なんかそれも変態チックですがこの際しょうがないです」

「あ、ああ……」


 わたしは勇者様が地下水路の床とキスしてる間に王女様の傍に駆け寄るです。耳まで真っ赤になった王女様はただ蹲っているだけだったです。


「我纏いしは天空の……えっ?」


 その時、わたしは嫌な物を見たです。



 通路の奥に蠢く無数の巨体を。

 赤く光る不気味な核の集団を。



「……ラティーシャさん、本当に定期的にお掃除はされてるんでしょうか?」

「そのはずだが……前回が甘かったのか、それともそろそろ討伐の時期なのか」


 それを見た勇者様も、羞恥で蹲っていた王女様も、自分の格好なんて忘れて顔を青くしたです。


「み、見たからには放置はできん。勇者殿、すまないが特訓は中止だ。地下に巣食う魔物の駆逐を依頼する」

「わぁい、流石にこの数はめんどいぞ帰りたーい!」


 諸手を上げて開き直ったような笑顔で泣き言を口にする勇者様。でもそうはさせないです。この場でアレに対抗できるのは勇者様だけなんですから。


「勇者様ならどれだけすっぽんぽんになっても構わないです! あんなエロスライムが地下にいたんじゃ安心して夜も眠れないです! 今日中に全部片づけてくださいです!」

「無茶振りも酷いッ!? 当日に今日中の仕事とか投げられたらスケジュールが全部パァになって帰りたくなるんだぞ!? ちょっとは考えて仕事依頼してください!?」

「いいから早よやれです!?」

「鬼エヴリル!? ええい、くそう、こうなったら! 〈古竜の模倣(ドラゴンフォース)〉――からの、ドラゴンブレス!!」


 勇者様の口から灼熱の火炎が放射され、にじり寄って来ていたスライムの群れを一気に焼却したです。でもまだ全部じゃないです。後から後から次々と湧いてくるですよ。


「チクショー!? これ終わったら絶対帰ってオフトゥンしてやるからなぁああああああッ!?」


 地下水道に響く勇者様の絶叫は、それはもうドラゴンの咆哮もかくやというくらい強烈だったです。


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