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それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~  作者: 夙多史
七章 わたしと王女様の勇者様捕縛大作戦
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第五十二話 帰ってお風呂入りたいです

 先に折れたのは、やはりというか勇者様だったです。


「はぁ……はぁ……なんでだ? なんで、お前ら本物の俺を見つけられるんだ?」


 肩で息をしている勇者様は、ついに王都の地下水路にまで逃げ込んでいたです。暗くて臭くてじめじめしてるです。こんなところには一秒だっていたくないですね。勇者様じゃないですが、もう帰りたいです。


「自慢の魔眼で〈解析〉してくださいです。わたしも知りたいです」

「それでわかるならとっくに対策してるっつの!?」


 そうですよね。勇者様の〈魔眼〉――〈嫉妬の解析眼インウィディア・アナリシス〉は目視できるものしか〈解析〉できないって聞いているです。ですのでわたしたちが透明になって近づけば気づかれないですし、王女様を〈解析〉したところで勇者様を見つけている方法までは知ることはできない、ということですね。

 その王女様はというと、どうしてわたしたちが疑問符を浮かべているのかわからないって顔をしているです。


「別に難しいことではないぞ? 筋収縮によって発生する微弱な波動は人それぞれだが、一人の人間がそれをコントロールして全く別の筋肉反応を放つことはないのだ。なぜなら筋肉とは加減ができない。常に『全』か『無』で稼働しているからな!」

「やだこの子コワイ!? なに言ってんのか全然わかんない帰りたい!?」

「つまり勇者殿は勇者殿でしかあり得ない反応を常に発しているということだ。それを辿れば偽物になど引っ掛かりはせん。確か、異国の言葉だとこれを『気』と呼んだか」

「最後すごい納得できたけど〈創造〉した俺も完璧に同じはずなんですが!?」


 わたしはやっぱりわからないです。なんですか、『気』って。


「だが、俺の素の戦闘力的なものを察知して追って来てるってなら話は早い。次から他人を〈模倣〉して逃げればいいからな」


 不敵に笑う勇者様。この人、まだ諦めてないですよ。そういう知恵ばっかり働かせてないでちゃんと仕事してほしいです。


「勇者殿、残念ながらそれは無駄だぞ」

「なんだって?」

「勇者殿の〈模倣〉とやらは、勇者殿自身の肉体が変異するわけではないだろう? ならばやはり筋肉反応は一定だ。変わることはあり得ない」

「えー……」


 がっくりと勇者様は肩を落としたです。その落胆した表情からもう帰りたいオーラがひしひしと伝わって来るです。

 だから、わたしは言ってやるです。


「観念するです、勇者様。もう充分わかったと思うですが、〈凍結〉でわたしたちの動きを止めても王女様ならすぐに追いついてしまうですよ。王女様なら……謎の超感覚なら……」

「なんでエヴリルさん涙目なの?」


 な、泣いてなんていないです! わたしの魔法が完膚なきまでに役立たずだったからって悔しくなんてないです!


「ええい! 風よ! 勇者様を捕えるです!」

「誰が捕まるかッ! ――〈暴食なる消滅(グラ・ヴァニッシュ)〉!!」


 わたしの魔法は簡単に打ち消されてしまったです。くそうくそう、勇者様オノレオノレオノレ……って!


 パァン!

 わたしの服が、弾け飛んだです。


「あっ」


 かぁあああああああああああっ。

 恥ずかしさが込み上がって自分でも真っ赤になってることがわかるです。失念していたです。勇者様のアレは勇者様が望む物を〈消滅〉させる技。勇者様の奥底にある男の子のえっちぃ願望が消えない限りこうなってしまうです。


「勇者様ぁあああああああああああああああああああああああああッッッ!?」


 下着姿を手で隠して激情のままに叫ぶです。こんのダメ勇者様! なんでいい笑顔でサムズアップしてるですか! あとで記憶が飛ぶまで神樹の杖で殴り続けてやるです!


「エヴリル殿、とりあえずこれを」


 王女様がマントを渡してくれたです。勇者様にひん剥かれた経験がある者同士、なんかここだけ通じ合った気がするです。


「あ、そうか。こうすればもう追いかけられないんじゃね?」

「また投獄されたいですか勇者様!?」


 今度は王女様の便宜があっても釈放されない気がするですよ。しかも鎧代の弁償とかになったら……ううぅ、想像しただけで帰りたいです。


「逃げるのは終わりか、勇者殿?」

「そうだな、ぶっちゃけ、もう疲れた。こうなると特訓に付き合った方が早く帰れる気がするんだ」


 最初からそう悟っていればもっと早く帰れたですよ、勇者様。まあ、それで時間が余れば職場(ギルド)に出勤してもらうですけどね。


「なるほど、特訓の第一段階は合格ということだな」

「特訓してたわけじゃないんだが……なんだこの俺も忙しいのに勉強熱心だけどお馬鹿な後輩につきまとわれるような感じ」


 勇者様が長い溜息を吐いてるです。王女様はよく言えばポジティブ、悪く言えば自分に都合がいいように考えてるところがあるですからね。

 気持ちのいい性格だとは思うですが……。


「勇者殿、私を〈模倣〉するといい」


 背負っていた大剣を抜いた王女様がそんなことを言い出したです。勇者様も王女様の意図がよくわかっていないようですね。眉をハの字にしてるです。


「言われなくてもそうするつもりだったが……?」

「今の自分より強い自分を相手にできる。勇者殿の力はそういうことなのだろう?」

「普通それ絶望するところなんだけど!?」


 向上心溢れる王女様です。確かに普通は自分と同じで自分より強いってわかっちゃったら落ち込んでしまいそうです。


「怪我しても訴えないでくれよ」


 勇者様はなんか納得いかなそうに王女様を〈模倣〉し、同じ大剣を〈創造〉して構えたです。


「――ってちょっと待ってくださいです! こんなところで特訓始めるですか!」


 地下水路ですよ? 足場は狭いですし、臭いですし、暗いですし、ちょっと寒いですし、臭いですし、オバケ的なモノが出たら怖いですし、臭いですし……帰ってお風呂入りたいです。


「よく考えてみろ、エヴリル。ここなら王女様が暴れても誰にも迷惑かけないだろ。いや、俺に迷惑かけてますね。じゃあダメだ帰りましょう」

「行くぞ勇者殿!」

「検討くらいはしてほしかった!?」


 王女様が地面を蹴って勇者様に突撃したです。大上段から豪快に振り下ろされた大剣を、勇者様はひょいっとかわしたです。


 ドゴォン!!


 とんでもない衝撃音が反響してわたしは思わず耳を塞いだです。王女様が振り下ろした大剣は、石の足場を盛大に砕き割って新しい水路を形成していたです。


「勇者様、地下水路の流れを変えることは誰にも迷惑をかけないのですか?」

「うん、いろいろマズイ気がする! 公共物破損罪とかでお役所に超怒られる気がする!」


 勇者様がなに言ってるのかちょっとわからなかったですが、とにかくこのままだと地下水路が崩壊しちゃいそうで怖いです。

 勇者様もそう思ったのか、次の一撃から避けずに受け流すようにして防ぎ始めたです。


 閉鎖された空間のせいで剣戟の音がやたらと響くです。王女様の剣閃は重いだけじゃなく、速いです。勇者様はさらにそれを超越した剣技で反撃してるですが、王女様も一歩も引かないどころか割と余裕な感じで防いでいるように見えるです。

 だって、王女様、笑ってるです。


「すごいな。初めて勇者殿とまともに試合ったが、これほどとは」


 掬い上げるような一撃を被害が出ないと見た勇者様はバックステップでかわし、同じ掬い上げを倍の速度で放ったです。

 それを王女様は鼻先をぎりぎりで掠めない紙一重で避けちゃったです。


「私の剣技。私の癖。私以上のパワーとスピード。素晴らしい能力だ。サイラスが唸るだけのことはある」

「それはどうも」


 褒められているのに、勇者様はあまり嬉しそうにないですね。


「だが、一つ欠点があるぞ」

「なに?」


 王女様は勇者様の刺突からの薙ぎ払いを飛んでかわし、蹴りを放ったです。胸を突かれるように蹴り飛ばされた勇者様は水路にザブンして天井まで届く水柱を上げたです。勇者様もあとでお風呂ですね。

 というか……え? 王女様が勇者様に先に一撃入れちゃったですよ!?


「今の勇者殿は私そのものだ。だからこそ、私はその力を勇者殿以上に知っている!」

「……」


 水路の中で立ち上がった勇者様は無言で王女様を睨みつけたです。わざとやられたって感じじゃなさそうですね。


「そう、経験だ。私は生まれた時からこの力を培い、向き合ってきた。たった数度だけ〈模倣〉し、表面上の技術を超越して身につけたところで本人を圧倒できると思わないことだ」

「……ああ、そうだよ。それが強い奴を〈模倣〉しても差が開かない一番大きな原因だ」


 驚愕の事実だったです。〈模倣〉は勇者様が最強たる所以じゃないですか。まさかそれにそんな弱点(?)があったなんて……どうやら、勇者様もわかってはいたみたいですね。


「ふむ、私が指摘する必要はなかったようだな」


 王女様も自ら水路に飛び込んだです。膝まで浸かった水を物ともせず大剣を振り回し、楽しそうに、愉しそうに、勇者様と剣を交えているです。

 ああ、王女様が、王女様がドブ臭くなっていくですぅ!? 王女様もお風呂です! もう三人でお風呂です! ……三人? いやいやいや、勇者様は別ですよ当たり前です!?


「故に、その穴を埋めるのは勇者殿自身の経験になる。それは私ではなり得ない私だ」


 こんな暗くて臭くてじめじめしてる空間で、王女様の周りだけが真昼のように光り輝いていたです。


「だから面白い! さあ勇者殿、もっとぶつかり合おう! 私であり、私を超え、私にはない経験を組み込んだ、結果私ではないその力を存分に振るうがよい!」

「助けてエヴりもーん!? こうなる気がしたんだよ!? だから嫌だったんだよぅ!?」


 勇者様の情けない声に、わたしもちょっと同情しちゃったですね。だけど――ごめんなさいです。わたしにはどうすることもできないです。


「諦めてとことんまで付き合ってあげるです、勇者様」


 心の底から楽しんでいる王女様を、きっと王宮では叶わない願いに全力で取り組んでいる彼女を、一体誰が止められるって言うですか。

 あー、でも、将軍さんだったら……たぶん水路でドブ臭くなりながらはっちゃける王女様を見たら失神するんじゃないですかね?


「フハハ! よいぞ! 熱くなってきた! 筋肉が火照る! 乳酸が湧き立つ! お互い胸が高鳴るな、勇者殿! 剣を交える度に君の鼓動が伝わってくるぞ!」

「俺の帰りたいメーターが振り切って何週もマラソンを始めた結果ですがなにか!?」

「私の全てを受け止めてくれ、勇者殿!」

「こんなシチュエーションで言われたくなかったその台詞!? てかこれどうやったら終わるの!? ラティーシャが疲れるまで続けるの!? なにそれ終わるの!?」


 勇者様の悲鳴がどんどん絶望色に染まっていくです。王女様なら飲まず食わずで七日七晩戦い続けても不思議はないですね。

 うん、別にわたしがこれに付き合う必要なんてない気がしてきたです。


「頑張るです、勇者様。あ、わたしは服を取りに一旦帰るですね」

「エヴリルの裏切者ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」


 わたしは勇者様の絶叫を無視して踵を返したです。でも、裸にマントなんて変態みたいな格好で外を歩きたくないですね。

 地下水路からは一刻も早く出たいですが……このまま宿の近くの出口を探してみるです。わたしの風の魔法があればちょちょいのちょいです。自信を取り戻すです!


「ん?」


 あれ? 水路の奥の暗闇でなにかが動いたような……ッ!?


「勇者様、王女様、ちょっと特訓をストップするです!」


 気のせいじゃないです。ネズミとかならいいですが、そんな可愛い生物じゃない大きななにかがこの地下水路に潜んでいるです。

 しかも――


「なにかが、近づいて来てるですッ!?」


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