第五十一話 大人しくお縄についてもらうですよ
結論から言わなくてももうわかると思うですが、王女様の筋肉センサーは嘘みたいな正確さで勇者様を追い詰めていったです。
「フフフ、流石のエヴリルも本物の俺がまさか職場に隠れているとは思うまい」
ギルドの酒場のテーブルで優雅にコーヒーなんて飲んでいた勇者様を見た時は溜息が出たです。せめて掲示板の前で仕事を探すフリくらいはしていてほしかったですね。そしたらわたしも偽物だと断定したかもしれないですのに。
「見つけたぞ、勇者殿!」
「見つけたですよ、勇者様!」
「ブフゥウッ!?」
わたしたちが隠蔽魔法を解除してテーブルの両側から挟み撃ちにすると、勇者様は口に含んでいたコーヒーを思いっきり噴霧したです。まったく汚いですね。
「透明化……だと? くそっ! エヴリルめ実はそんな羨ましい魔法まで使えたのか!」
偽勇者様と一字一句違わない台詞が返ってきたです。流石はオリジナル。勇者様は別に分身して融合しているわけではないので、偽勇者様が見て感じた経験は共有していないのです。
「さあ、本物の勇者様。大人しくお縄についてもらうですよ」
「くっ、なぜわかっ――じゃなくて、残念でした。俺は偽物――」
「さっき自分で『本物の俺』って言ってたです」
「いい読みしやがってチクショーメ! だがこんな偶然は続かねえぞ! 俺を捕まえるなど片腹痛し! 百万年早いわ!」
開き直った勇者様はテーブルを蹴って飛び出したです。今は特に誰かを〈模倣〉してるわけではないですのになんて俊敏さですか!
「勇者殿が逃げるぞ!?」
「そこの筋肉さんたち! 勇者様を捕まえるです! そうすれば嫌々ですが一日だけパーティーに入ってもいいです!」
わたしは咄嗟に酒場の入口付近のテーブルで飲んだくれていた筋肉四人組に救援要請を投げたです。
「おう、帰宅勇者! 彼女と痴話喧嘩か――ってなんでお姫様も!?」
「そういや帰宅勇者んとこ行くっつってたな。またなにかやらかしちまったのか? ガハハ!」
「しゃああああああおらぁあああああああエヴリルちゃんがパーティーインしてくれるなら帰宅勇者の一人や二人地獄に堕としてくれるわぁああああああああああああッ!!」
「凄いやる気だなお前……まあ、とりあえず今日は強制的に飲みだ帰宅勇者!」
分厚い筋肉の壁が脱走する勇者様の前に立ちはだかったですが……後悔したです。もし勇者様が捕まったらあのムサキモいパーティーに一日も入らないといけないです。想像しただけでくらっと意識が薄れかけたですよ。十秒にしとけばよかったです。
「――〈怠惰の凍結〉」
まあ、そんな心配なんて必要なく、わたしたちは仲良く一分間〈停滞〉させられたわけですがね。
ちょっとだけほっとしたのは内緒です。
☆☆☆☆☆
ギルドから逃走した勇者様は、今度はあろうことかプリチャード家にお邪魔するつもりのようです。あれだけダイオさんにトラウマを植えつけられている勇者様がそんなところに逃げるわけがない――と、そう裏をかくつもりですね。
「勇者殿はプリチャード伯爵とも知り合いなのか?」
「先日依頼を受けただけです。ちょっと面倒臭いことになってるですけど」
勇者様が警備兵さんに話をつけているです。遠目で見る限り友好的な雰囲気なのでたぶん中には入れてもらえそうですね。
こっちには王女様がいるので中に逃げ込まれても問題ないですが、その前に仕留めるですよ。〈魅了〉されているダイオさんだと王女様相手でも本気で勇者様を隠しそうですし。
「冒険者殿ぉおおおおおおおおおおッ❤ アァァァイラァァァヴユゥウウウウウであーる❤」
あ、邸の中から目をハートにして飛び出してきた中年オヤジを見るや勇者様は全力で回れ右したです。顔が真っ青だったです。やっぱりトラウマには勝てなかったみたいですね。
「エヴリル殿、勇者殿とプリチャード伯爵はどういった関係なのだ?」
「聞いたら耳が腐るのでやめた方がいいですよ……」
とにかく、今は勇者様を追いかけるです。
☆☆☆☆☆
商店街。
「勇者様! もう逃げても無駄です! 止まるです!」
「んな!? また本物の俺を引き当てただと!?」
「では勇者殿、特訓を始めようではないか」
「こんなところで大剣構えてんじゃねえよ脳筋王女!? ほら見て!? 商店街の人たちが衛兵さん呼んでるよ!? 明らかに俺を王女と敵対する犯罪者みたいな感じで指差してるからもう帰りたい!?」
「そ、そうです王女様! 流石にここで勇者様と戦うと街の人たちに大迷惑です!」
「むぅ、それもそうか」
「チャンス!! ――〈怠惰の凍結〉!!」
☆☆☆☆☆
王立図書館。
「まさか勇者様がこんな似合わないところに逃げ込むなんて思わなかったです」
「図書館か……少々苦手だな」
「お二人とも、図書館ではお静かにお願いします」
「真面目ぶって偽物を演じてるつもりかもしれないですが無駄ですよ?」
「――〈怠惰の凍結〉!!」
☆☆☆☆☆
監獄。
「ちょっと匿ってくれゼノヴィア!?」
「ぎゃああああああッ!? なんなのよ!? いきなり鍵壊してあたしの牢に入って来てなんのつもりなのよ!?」
「どこに逃げてるですか勇者様!?」
「ここの硬いオフトゥンが忘れられなくてつい」
「やかましいです!?」
「流石は勇者殿だ。厳重に警備されている監獄に易々と侵入するとは」
「なんで感心してるですか王女様!?」
「――〈怠惰の凍結〉!!」
☆☆☆☆☆
「――〈怠惰の凍結〉!!」 「――〈怠惰の凍結〉!!」
「――〈怠惰の凍結〉!!」 「――〈怠惰の凍結〉!!」 「――〈怠惰の凍結〉!!」
「――〈怠惰の凍結〉!!」 「――〈怠惰の凍結〉!!」
「――〈怠惰の凍結〉!!」
「――〈怠惰の凍結〉!!」 「――〈怠惰の凍結〉!!」 「――〈怠惰の凍結〉!!」 「――〈怠惰の凍結〉!!」
「――〈怠惰の凍結〉!!」 「――〈怠惰の凍結〉!!」 「――〈怠惰の凍結〉!!」
「――〈怠惰の凍結〉!!」
「――〈怠惰の凍結〉!!」
「――〈怠惰の凍結〉ゥウウウウウウウウオラぁあああああああああああああああッ!!」
これはもはや、わたしたちか勇者様のどちらが先に折れるかの戦いになっていたです。




