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それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~  作者: 夙多史
七章 わたしと王女様の勇者様捕縛大作戦
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第四十九話 これ以上妙な用語を増やさないでほしいです!?

 勇者様に〈凍結〉されていたとなると、一分間ほど逃げる時間を与えてしまったことになるです。あの勇者様のことですから、一分もあるとかなり遠くまで行ってそうですね。

 そう思わせておいて実は部屋の中に隠れていた、ということはないです。ちゃんとベッドを人質にして確認したです。出て来なかったということは、外に逃げたということで間違いないですね。


「この鬼ごっこ、わたしたちにとってかなり厳しいかもしれないです」


 風の魔法で移動速度を上げてご町内を走りつつ、わたしは冷静に『勇者様を捕まえる』という案件について考えてみたです。


「勇者殿はそれほど逃げ隠れが上手いのか?」

「というより、見つけてもまた〈凍結〉されたら捕まえようがないです」


 並走する王女様も勇者様の能力はある程度ご存じです。だから、わたしの言葉の意味を理解して難しい顔をしたです。ていうかこの人、魔法で底上げしたスピードに素でついて来ちゃってるんですけど……?


「ふむ、時間を止められるというのは正直よくわからんが、そこは気合いでなんとか」

「なって堪るかです!?」


 なんでもかんでも気合いでどうにかなるなんて思ったら大間違いですよ、王女様。


「まあ、この問題は後で考えるとして……王女様、わたしたちはどこに向かって走っているですか?」

「わからん。私はただ勇者殿の筋肉反応を追っているだけだからな」

「これ以上妙な用語を増やさないでほしいです!?」


 このままじゃダメですね。闇雲に走り回ったって体力を消耗するだけです。王女様はまだしも、わたしは王都中をマラソンなんてしたら軽く死んでしまうです。

 だから――


「王女様、ちょっと一度止まってくださいです」

「む? なにをするのだ、エヴリル殿?」


 立ち止まったわたしは、王女様に答えるよりも先に神樹の杖を構えたです。

 魔力を練り、唱えるです。


「――勇者様の情報を抽出するです。索敵範囲は王都全域。天空神の加護の下、隠されし一欠片を映すです」


 ふわっと。

 わたしを中心に微風が広がったです。これは空気が繋がった場所ならどこでも探ることのできる風の魔法。たとえ建物の中に入ろうとも、地下へ潜ろうとも、完全に密封されていなければ洗い出すことは可能です。


「なるほど、探知魔法か」


 王女様が感心したように腕を組んだです。わたしは目を閉じて集中。王女様は流石に空気を読んで黙ってくれていたです。


 そのまま風を走らせてから数分――


「……………………王女様」

「どうしたのだ?」

「い、いえ、なんでもないです」


 探知の結果、勇者様は見つけたです。見つけたですが……なんというですか、王女様が筋肉反応とかいう謎感覚で受信した方向と寸分違わず一致してしまったです。

 まあいいです。きっと偶然です。

 そんな無駄過ぎることに頭を悩ますより、勇者様を追う方が賢明です。


「勇者様は、ヘクターくんのお邸です」


         ☆☆☆☆☆


 お屋敷の門前で警備の人に話をつけて、ヘクターくんを呼んでもらったです。

 どこかビクビクした様子で邸から出てきたヘクターくんは、わたしと王女様を交互に見て――


「んな!? ラティーシャ様!? えっ!? 聞いてないっすよ!?」


 腰を抜かす勢いでビックリしていたです。


「ど、どどどどうしたんですか!? うちになにか御用でしょうか!? 兄貴ならいませんよ!?」

「わたしたちを見るなりそんな台詞が出た時点で匿っていることはバレバレです」


 確定です。勇者様はこのお邸に潜んでいるです。


「君は確か勇者殿とよく一緒にいた……」

「へ、ヘクター・マンスフィールドです」


 ヘクターくんは顔を真っ赤にして深々と頭を下げたです。挙動が不審ですね。王女様を前にして緊張しているですか?


「ヘクター殿、すまないが邪魔をするぞ」

「あ、はい……」


 そうして邸の中に通されたわたしたちは、以前にも依頼の打ち合わせをした応接室へと案内されたです。勇者様を連れてくる間、ここで待っていてくれと言われたです。

 ホントは強引に家宅捜査したいところですが……いきなり来てそれは流石に迷惑ですよね。


「ど、どうぞ」


 ソファーに腰かけたわたしたちに、メイドさんではなくヘクターくんの妹――アイリーンちゃんが自ら高級そうな紅茶とクッキーが出してくれたです。アイリーンちゃんはそのまま逃げ去るように扉の横で引き攣った愛想笑いをしているヘクターくんの隣に並んだです。


「(お、お兄様、王女様がいらっしゃるなんて聞いてませんよ!?)」

「(オレも今初めて知ったんだ。兄貴が追われてるっていうから、てっきりエヴリルさんだけかと思ってたのに)」

「(どうしますの? 勇者のお兄様を差し出すのですか?)」

「(兄貴には悪いけど、ラティーシャ様に命じられてはそうするしか……)」


 果てしなく迷惑そうな小声の会話が聞こえてきたです。ううぅ、なんか申し訳ないことをしている気がしてきたです。これも全部勇者様のせいです。


 扉が開くです。

 入って来たのは、追い詰められて観念した勇者様――ではなかったです。


「これはこれはラティーシャ姫殿下。ようこそおいでくださいました」

「げっ」


 出やがったです。変態仮面親父の大商人さん。今日も今日とて白馬のお面を被ってるですね。でっぷりとした顔がはみ出ていて大変気持ち悪いです。


「なんだ貴様は?」


 あからさまに怪しい人物の登場には、流石の王女様も警戒するように険のある表情で誰何したです。


「マンスフィールド家の主です。いやはや、急なことで大したお持てなしもできず申し訳ありませんな。代わりと言ってはなんですが、私のお面コレクションでもご覧になりますか?」


 大商人さんはカラコロと楽しそうに笑いながら王女様に握手を求めたです。


「マンスフィールド家の当主だと? 嘘をつくな。そんなふざけた仮面をしている奴が――」


 お嬢様は胡散臭そうに大商人さんの手を取ったです。そして、一瞬眉を顰めて、自分の間違いを悟ったような申し訳なさそうな顔をしたです。


「すまない。どうやら嘘はないようだ」

「え? なんでわかったですか?」

「握手をすればその人間が嘘をついているかどうかくらい、筋肉の動きでわかるだろう?」

「そんな当たり前のことのように言われても困るです」


 なんかもう、王女様の存在自体が勇者様と同列の超越存在な気がしてならないです。


「フフフ、姫殿下が我が家を訪ねてくれるとはなんてめでたい日だ」


 大商人さんは仮面の下で怪しい笑いに切り替えて、懐から別のお面を取り出したです。


「そんなめでたい今日! なんと新作のホワイトタイガーお面を入手したのだよ! ほらこれ、見て見て! この縞模様とか凄く精巧にできているでしょう!」


 新しいオモチャを手に入れた子供のようにテンション上げる大商人さん。お面はいいですからさっさと勇者様を出せです。

 そう視線で念を送っているですが、大商人さんは気づきもしないです。ちょっと杖でゴッ! ってしてやろうかと思ったところで、王女様があろうことかホワイトタイガーお面を手に取ってしまったです。


「これはなかなか。確かによくできている」

「でしょうでしょう?」


 パキッ。


「あっ」


 王女様の握力に耐えられなかったホワイトタイガーお面が罅割れて砕け散ったです。


「ノォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!?」


 大絶叫。

 白馬のお面の脇から滝みたく涙を流した大商人さんは、憐れにも丸い体を屈めてテーブルの上に散らばった破片を掻き集め始めたです。


「どうでもいいですから勇者様はどこですか!? もうこっちで探すです!?」

「私の、私のホワイトタイグァーッ!?」

「勇者様は――」

「ホワイッ!? タイガッ!? あぁああああッ!?」


 あ、これもうこの人とお話は無理ですね。


「ヘクターくん」

「ひぃ!?」


 わたしは静かに扉を開いて退散しようとしていたヘクターくんを呼び止めたです。


「こっそり逃げようとしても無駄です。勇者様はどこですか?」

「その、奥の商品倉庫に……」


 諦めて涙目のヘクターくんが震える指先で廊下の奥を差したです。おかしいです。なんでそんなに怯えているですかね? アイリーンちゃんもわたしの顔を見て真っ青になっているですし……怖い顔し過ぎだったですかね? むぅ、ここは笑顔でしっかりお礼を言って安心させてあげないと、です。

 だってヘクターくんたちは勇者様を匿っただけです。悪くないです。そう、全く悪くないです。


「ありがとうございますです、ヘクターくん」


 にこっ。


「ぎゃあぁあッ!?」

「お兄様ぁあッ!?」


 ……。


 悲鳴を上げて逃げるなんて……ちょっと心が傷ついたです。

 もう、これもあれもそれも全部勇者様のせいですよ!


「王女様! 勇者様は倉庫です!」

「エヴリル殿、その、さっきから顔が怖いのだが……」

「王女様まで!?」


 窓に映った自分を見るです。……見なきゃよかったです。筆舌に尽くし難い表情がそこにあったです。

 平常心。平常心。

 深呼吸。

 廊下を進んでいく間に幾分か元のわたしを取り戻した気がするです。


「ここだな」


 一つの部屋の前で王女様が立ち止まったです。扉にはしっかりと『商品倉庫』というプレートが取り付けられていたので、間違いなさそうですね。

 王女様に開けさせると扉が吹き飛ぶので、代わりにわたしが勢いよく押し開いたです。


「さあ、観念するです勇者様!」


 倉庫内に飛び込む形で突入したわたしたちですが――


        しーん


 人の気配が、まったくしないですね。


「いないようだが……?」


 王女様が周囲を見回すです。室内には様々な商品が置かれた棚が並び、奥の方には大型の商品を入れるためのシャッターが……開いているです。


「ぐぬぬ、どうやらまた逃げられてしまったようですね」


 思わず歯噛みしたわたしですが、ふと奥にある大きなベッドが気になったです。これはアレですね。例の綿毛鳥(フラフィバード)の羽毛を使った特性ベッドです。


「この最新型ベッド、商品にしては不自然に皺になっているですね」


 勇者様が匿われている間にオフトゥンしていたってことですか。目を閉じなくても鮮明に想像できてしまうから困りものです。

 触ってみるです。


「……まだ温かいです。そう遠くには言っていないはずです!」


 どうやら最新型ベッドを簡単に手放してしまうほど、今の勇者様はわたしたちに捕まりたくないようですね。


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