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それでも俺は帰りたい~最強勇者は重度の帰りたい病~  作者: 夙多史
六章 俺は絶対に結婚なんてしない
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第四十二話 職場に隕石とか落ちないかな?

 夜勤 or 深夜残業。

 それは深夜なのに働けと強制してくる世界の悪意である。夜に働くということがどれだけ精神的肉体的にしんどいのか、経験したことがある人ならわかると思う。わかり過ぎて単語を聞いただけで帰りたくなると思う。

 まだ学生だった俺は未経験ではあるんだが、親父とかがその……な? 見ててつらかったわぁ。深夜残業から朝帰りした時とか干乾びたもやしの方が元気に見えるくらいげっそりしてて、かと言って休みが貰えるわけでもなく定刻に出勤するという。日本人働き過ぎぃ! あーだけはなるまいと思っていたのに、残酷な世界からは逃れられなかったよ。


 ここは職場、社畜の檻。

 いつもならオフトゥンちゃんとイチャイチャしてる時間なのに、なんで俺ってば仕事してるのん?


「うふふ、うふふふ、職場に隕石とか落ちないかな?」

「しっかりするです勇者様。まだ夜は始まったばかりです」

「隕石……あ、そうか。俺、隕石落とせるわ」

「しっかりするです勇者様!?」


 エヴリルに頬をぺちぺちされて俺はハッとした。危ない危ない。ちょっとストレスで正気を失っていたみたいだ。危うく過ちを犯すところだった。


「ここにだけ落としてもダメだよな。結婚式場にも落とさないとな」

「なんでそうなるですか!?」

「帰らせてくれないなら俺は魔王となって世界を滅ぼすことも辞さない」

「辞してくださいです!?」


 だいたい屋敷の中ならともかく外を延々と周回して警戒しろってどんな拷問だよ。昼からずっとだぞ。飯は食わせてもらったが、流石は貴族様って感じの豪華で美味いディナーでしたが……美味い飯でこの俺が帰りたくなくなるなんて思うなよ? 俺を引き留めたければ極上のオフトゥンを用意するんだな。


「交代まであと三時間です。今は頑張ってくださいです」

「それだけが救いだわ」


 実はダイオさんが雇った冒険者は俺たちだけじゃなかったんだ。一つのチームよりも複数で警備した方が安心安全だからだろう。

 夜間警備のトップバッターは俺から名乗り出た。途中で叩き起こされるなんて嫌だからな。それはどこのチームも一緒だったんだが――顔見知りばっかりだったから遠慮なく能力でジャンケンに勝たせてもらいました。


 そんなこんなでだだっ広い庭を歩いていると、屋根つきのテラスに女の人が腰かけているのが見えた。


「あら? 英雄様とエヴリルさん。警備ご苦労様です」


 女の人――ディーナさんも俺たちに気づいたようだ。


「こんなところでなにやってるんだ?」


 しかも一人で。もしかしたら命を狙われているかもしれんのに、なんとも不用心だな。


「ふふっ、独身最後の夜を楽しんでいるのです」


 ディーナさんはどこか茶目っ気のある微笑みを浮かべると、ティーカップにホットミルクを注いで俺たちに差し出した。話相手になれってことか。任せたエヴリル! 君に決めた!


「明日は早いのではないですか? 寝なくても大丈夫です?」

「そうなのですが、明日のことを考えるとどうしても眠れなくて……」

「わかるです。わたしも主役じゃないのに今からドキドキしてるです」

「俺なら遠足の前だろうとオフトゥンに入ったら五秒だぜ」

「オフ……え?」

「ダメ勇者様のダメ語は聞いちゃいけないです。耳が腐るです」


 エヴリルさんってよく他人に俺のこと蹴落として話すよね? 依頼主の評価が下がったら追い出されちゃうじゃないか。いいぞもっとやれ。


「それにしても羨ましいです。ディーナ様は幸せ者です。ああ、わたしもいつか結婚したいですねー」


 チラチラとエヴリルさんが俺を見てくる。結婚がいかに幸せなことか伝えようとしているっぽいが……わかってない。本当にエヴリルさんはわかってない。


「相手の方も幸せだとは限らないぞ」


 女の幸せ=男の幸せじゃないことをエヴリルさんには知ってもらいたい。寧ろ結婚に関しては真逆だと言える。どう不幸になるかは今朝に散々力説したから割愛します。


「そんなことないです! 好きな人と一緒にいられるなんて絶対幸せのはずです! まったくダメ勇者様はなんでわからないですかね!」

「わかってるさ。女は働かなくても『専業主婦』という地位を確立できる。養って貰える。夫の財布を握れる。なんなら家事全般すら夫に押しつけて、仕事帰りのクタクタな夫がなにもやらなかったら『旦那が家事を手伝ってくれない』と近所の奥様連合にタレ込んで世間を味方につけられるまである」

「だからどうやったらそんな考えに至れるですか!? 勇者様の周りってそんなんばっかだったですか!?」


 いやはや、女性にとって結婚とはなんて素晴らしいことだろう。男でも『専業主夫』になれなくはないが、明らかに世間様の見る目は違う。しっかり家事とかこなしているのにヒモとか言われて腫れ物扱い。男卑女尊はこの世界でもきっと変わらないだろうな。

 とかなんとかいろいろ語ってやってるのに、ディーナさんは気分を悪くするどころか微笑ましく俺たちを眺めていた。


「仲がよろしいですね。お二人ならきっといい夫婦になれると思いますよ?」

「ぶふっ!?」


 エヴリルさんがミルクを噴霧した。やだこの子ったら汚いわね。


「な、な、ななななんでそうなるです!?」

「え? だってどこから見てもお似合いですもの」

「お似合っ!?」


 エヴリルは顔面血圧が急上昇して目を渦巻きみたいに回していた。


「いやいや、そこまで慌てなくてもいいだろ」

「寧ろなんで勇者様は平然としてるですか!?」


 そりゃあもちろん、ディーナさんが冗談を言ってるってわかっているからです。さっき慌てるエヴリルさんを見て小さく「可愛い」とか言ってたし。


「そうです。なんでしたら私たちのあとにでも式を挙げられますか?」

「ふわ!? ま、まだ心の準備が――じゃなくて! えっと、あの、その、あっ! ディーナさんのご結婚相手はどのような方ですか!?」


 あ、話を逸らした。


「やっぱりエヴリルも本音では結婚したくないんじゃないか」

「そうじゃないです!? そうじゃないですけど……ぐぬぬ」


 言い返せずに涙目で歯噛みするエヴリルさんだった。流石に可哀想になってきたのか、ディーナさんは苦笑してミルクを一口啜った。


「私の結婚相手、ですか?」

「は、はいです。確かベイクウェル伯爵様のご子息だったですよね?」

「ええ。彼はとってもカッコよくて、真面目で勤勉で頼りがいがあって、私のことを一番に考えてくれる素敵な人です」


 なにその完璧超人。しかも貴族だから金持ちで、どうせイケメンなんでしょ? 爆発すればいいのに。


「うちのダメ勇者様と取り換えてほしいです」

「ダメ。私のですもの」

「その人を愛しているんですね」

「はい♪」


 太陽のように光り輝く笑顔でディーナさんは即答した。本心からそう思っていなければできない笑顔だった。


「……幸せ、ね」


 なにがそう感じさせるかはやっぱり人それぞれだ。だから俺は自分の意見を主張しても強要はしない。

 結婚がいいというのなら、その人にとってはそうなのだ。


「では、私はそろそろ休みます。お二人も警備頑張ってくださいね」


 夜勤が不幸以外の何物でもないことは万国万人共通だと思いました、まる。


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