第三話 必ずあるはずだ。俺の求める仕事が……
「帰りたい」
「外に出た瞬間なにをほざいてるですか勇者様!?」
朝ごはんと昼ごはんを兼用したパンを齧りながら歩く俺に、さっきから怒鳴ってばかりのエヴリルはシャーッ!! と威嚇するように目を吊り上げた。
なにかおかしなことを言ったかな? 健康的な社畜は平日の朝だと起きた瞬間から帰りたいって思うもんじゃないか。それを声に出したところでなにが悪い。
「最近魔物が増えてきてギルドの人手が足りてないです。勇者様は戦えば強いですから、こういう時こそみんなのお役に立つべきです」
「能力があるから人より働けというのか!? 他の社員が『お先に失礼しまーっす』って帰っていくのを見送って残業しろと申すか!? しかも残業代は雀の涙だって俺のじっちゃが言ってた」
「ちょっとなに言ってるかわからんですが、勇者様は人より働こうとしてないじゃないですか!?」
「訂正を要求する! 俺は働こうとはしている。だがそれ以上に帰ろうとしているッ!!」
「そこがダメ勇者様なんですよぉおッ!?」
ぜぇぜぇはぁはぁ。エヴリルは叫び疲れて息を切らしていた。
「勇者様はすごい力を持ってるですのに、それを世のため人のために使おうとは思わないですか?」
「力を持つ者の義務ってやつか? だがしかし! 俺の力は努力して得られたモノでも生まれ持って得ていたモノでもない。なんか偉そうな爺さんから押しつけられたモノだ。『勇者よ貴様に力を与えたから魔王を討伐してこい。これは義務である』とか、そんな理不尽まかり通ると思うなよ。俺の望みはただ一つ――今すぐ帰りたい!」
「はいはい、仕事が終われば帰れますから頑張ってくださいです」
「お前ツッコミが面倒になったな?」
出会った頃はもっと可愛げがあったのに、今では俺の母ちゃんより口うるさいんだよな。まあ出会った頃って言えば俺も浮かれて勇者っぽいことしてたから、その時の俺が偶像化してしまったんだと思う。
なんやかんやで一緒に旅に出て、なんやかんやで王都で落ち着いて、なんやかんやでギルドに入って……もうこの世界に来てからずいぶんと経つな。あの頃の俺、なんでギルドなんて入っちゃったんだろうねー。
そんなこんなをしみじみ思い返して現実逃避している内に……はぁ、ついちゃったよ職場に。もう帰っていいかな?
「勇者様、今『帰りたい』って思ったですね?」
「なにを言う。それなら常に思っているが? 俺の脳内を診断すると九十八パーは『帰りたい』が埋め尽くしている自信がある!」
ちなみに残り二パーは『食う』『寝る』『遊ぶ』『オフトゥン』『しょうがないから仕事する……(´・ω・`)』などで占められている。
「……いつかその自信を完膚なきまでに圧し折ってやるのがわたしの夢です」
溜息をついて怖いことを言うと、エヴリルは俺の手を引いてさっさとギルドの建物に入っていった。
ギルドってのはそれこそ説明不要なくらいよくある冒険者系の組合だ。魔物や盗賊の討伐から物質の調達まで、お国で抱え切れなかった仕事から民間個人の要望まで幅広く取り扱っている。そんななんでもかんでも引き受けているからリソースが足りなくなってサービス残業が増えるんだよ。
ガヤガヤ。ワヤワヤ。
ギルドのロビーには大勢の冒険者たちが集まっていた。それはもう通勤時の駅のホームくらい人人人でごった返している(※俺ビジョン。たぶん実際はそんなにいない)。これで人手が足りないって言うんだから……なるほど、世界から仕事がなくならないわけである。
「よぉ、帰宅勇者! 今日も彼女に引っ張られてお出ましか。羨ましいねコノヤロー!」
「相変わらず景気の悪ィ面してんなぁ! ガハハ!」
「エヴリルちゃんもなんであんなのがいいんだか……」
「おう、こっち来いよ帰宅勇者! 一緒に飲もうぜ!」
と、まだ午前なのにロビー奥の酒場で飲んだくれているマッチョ四人が声をかけてきた。『帰宅勇者』とはもちろん俺のこと。俺が『帰りたい』を連呼することと、エヴリルが俺を『勇者』と呼ぶことから生まれた通称である。まったく人のこと捕まえて『帰宅勇者』だなんて……………………いい響きだと思います。『自宅警備員』に通じるものがあるね。
「遠慮する。あんたらに捕まるとそれこそ帰れない」
「あとわたしは別に彼女とかじゃないですからね!?」
どう見ても明日の朝まで直行コースの飲み会をやんわり断り、俺とエヴリルは依頼が張り出されている掲示板へと向かう。
ここまで来ちまったらしょうがないな。切り替えて仕事しよう。
早く帰るために!
「……」
ふむ、今日も今日とていろんな依頼が来ているぞ。エヴリルが言っていたように魔物の討伐系が多いな。他には探し物、届け物、要人警護などなど。うふふ、目移りしちゃう。明後日の方向に。男の子だもん。
しかしそうしたいのをぐっと我慢して……うーん、なかなか「これだ!」ってのがないなぁ。
「これだけ依頼が殺到してるんだ。必ずあるはずだ。俺の求める仕事が……」
「勇者様がやっと真面目に仕事する気になったです……ッ! 勇者様、どういう仕事を探してるですか?」
顎に手をやって真剣な表情で掲示板を睨む俺に、なんか感動して機嫌がよくなったらしいエヴリルが問いかけてくる。そうだな、エヴリルにも探すの手伝ってもらおう。
「宿に持ち帰ってできる仕事を。できるだけ納期が長いものがいい」
「ふんぬ!」
「痛い!?」
感激の表情を一気に無表情に落としたエヴリルに杖で殴られた。だからその神樹の杖は人の脳天をぶっ叩く道具じゃないんだってばよ。
「受付のお姉さん! 今わたしたちが受けられる依頼で一番難しくて面倒臭くてすぐには帰れないものを見繕ってほしいです!」
「なんてことを!?」
「もうわたしは決めたです! 勇者様の帰りたい病を矯正するために今日からとことんやってやるです!」
「おまっ……そういうやり方はよくないぞ? かえって帰りたい気持ちが強くなるだけだ」
「勇者様は既に帰りたい病の末期ですから大丈夫です」
否定はしない。
「帰りたい病から働きたくない病にクラスアップしちゃうぞ?」
「わたしは仕事をやり遂げる達成感を勇者様に教えてあげたいです! 難しい依頼ほど報酬は豪華ですし、ちゃんと仕事を終わらせればわたしは勇者様が望むことをなんでもしてあげてもいいです! ……(えっちぃことは控えてほしいですが勇者様がどうしてもっていうならゴニョゴニョ……)」
エヴリルは最後の方でなんか顔を赤くしてよく聞こえないことをぶつぶつ呟いていたが……まあ、たいしたことじゃないだろうな。それより――
「俺が……望むこと……なんでも……」
なにそのステキな言葉。俺をこの世界に飛ばした神的なじいさんでも言ってくれなかったのに!
「受付のお姉さん、さっきエヴリルが言った内容の依頼、用意してもらえますか?」
既に用意してくれていた受付のお姉さんが苦笑混じりに渡してくれた依頼書を手に、俺たちは意気揚々とギルドを出て行くのだった。