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第三十六話 これで俺は、帰れる。元の世界に

 何発ぶち込んだだろう?

 ドラゴンが完全に動かなくなってからしばらくして、やっとのことで王都からの討伐部隊がご到着した。兵士たちに混じってギルドの面子もちらほらと見えるな。


「おいおい嘘だろ!? こいつを帰宅勇者がやったってのか!?」

「こんな馬鹿でかいドラゴンをたった一人でか!? 七つ星の冒険者でも難しいだろ!?」

「そんなことよりエヴリルちゃん無事!? 怪我はない!? 俺たちのチーム入る!?」

「なんにせよ宴だぜ! 三日三晩飲み明かしてやんよ!」


 相変わらず筋肉四人組が暑苦うざい。あそこの周囲五メートル圏内には兵士さえも近づいてないんだけどなんなの? マッスルフィールドでも発生してるの?


「兄貴! 兄貴はやっぱすごい人でした! オレ、この人のパーティーに入れてもらえて幸せッス! マジで鼻が高いッス!」


 うざいと言えば涙を流して俺に張りついてくるヘクターも大変うざい。感動のあまり語尾が舎弟キャラの見本みたいになっているぞ。


「王女殿下! まったくあなたという人はいつもいつもいつも!」


 向こうではラティーシャがサイラス将軍にお説教をくらっているな。周りの兵士に宥められながらもガミガミと怒鳴り散らすサイラス将軍だけど……王女様、聞いてないぞ。やかましそうに指で耳栓とかしてるぞ。反省する気ないな。


「お疲れ様です、勇者様」


 と、エヴリルが水の入ったコップを持って来てくれた。喉がカラッカラだったことを思い出した俺は、エヴリルからコップを受け取ると一気に飲み干した。くいぃ~、染みるぅ!


「こんなに戦ったのって、こっちの世界に来てから初めてだな。疲れたからもう帰ろうぜ」

「そうですね。わたしもくたくたです。一番の大仕事だったですから」


 このまま残っていたら事情聴取とか面倒なこといろいろされそうだ。そして筋肉に捕まって飲み会朝帰りコースまであり得る。速やかに帰ろう。


「待つのだ、勇者殿」


 そそくさと撤退かまそうとしていた俺をラティーシャが引き止めた。


「なんだよ。帰りたいんだから要件は迅速かつ速やかにさっさと一瞬で瞬く間に刹那の内に終わらせてくれ」

「まずは王女として礼を言わせてほしい。王都の危機を救っていただき感謝する」

「当然のことをしたまでです。じゃあ俺はこれで――」

「次に報酬の件だが」

「はい待つです勇者様!」

「ぐえぅ!?」


 おのれエヴリル……さっきは俺に同調してくれたのに、貴様は帰りたくないのか! この裏切り者め!


「すまないが、王都の被害も大きいようなのだ。今回のドラゴン討伐にあたられた資金は全て復興に使うことになった。君たちの報酬は、一段落してからになってしまうだろう」

「あー……」


 エヴリルさんがものすごーく落ち込んだ顔になった。この子ったらいつの間にこんな守銭奴になったんざましょ?


「……ふん、魔物を倒してお祭り騒ぎ。これだから人間は気に入らないのよ」


 ふてくされた声が聞こえたのでそっちを見ると、手枷を嵌められたゼノヴィアが俺たちを睨んでいた。ドラゴンが倒れた後、例のブラックホールで逃走しようとしたところを間一髪でエヴリルとラティーシャが捕らえたらしい。

 杖代わりの箒も没収されているから、もう魔法も使えない。


「それにしても、こんな子供が魔物を操っていた元凶だったなんて驚きッス」


 ヘクターが腰を落としてゼノヴィアと視線を合わせる。まだ語尾が直ってないけど、もしかして今後そういうキャラで行くの? 鬱陶しいからやめてください。


「こいつはこれからどうなるんだ?」


 ちょっと気になったので、俺はラティーシャにゼノヴィアの処遇を訊いてみた。


「しばらくは監獄暮らしだな。その後、暗黒神教会に引き渡すこととなるだろう」

「まあ、普通そうなるですよね。まさか勇者様、庇うつもりですか?」

「まさか。俺はこいつに一つだけ質問があったんだ。もう会えそうにないから、帰る前にそれだけ済ますか」


 俺はヘクターと入れ替わりでゼノヴィアの前に立つ。聞きたい質問とはもちろん、世界の異変についてだ。俺が元の世界に帰れるか帰れないかの重要な質問だ。


「お前が世界に異変をもたらせていたってことでいいんだよな?」

「は?」

「他にも仲間がいたり、実は背後に黒幕がいたりとかはしないんだよな?」

「なにを言ってるのかわからないのよ。あたしはあたしの意思で魔物たちを〈解放〉していたのよ」


 よし!

 よしよしよしよし!

 決まりだ。これで俺は、帰れる。元の世界に。やっと! ひゃっほーい!


「こいつ、なに涙流して拳握ってるのよ。気持ち悪いのよ」


 ゼノヴィアが引いた顔で俺から一歩下がったその時――兵士たちの大パニックに陥った悲鳴が轟いた。

 俺たちは悲鳴の聞こえた方向を見る。


「おい、冗談……だろ……?」

 

 ドラゴンが、起き上がっていた。


 ふざけんな。何発隕石ぶち込んだと思ってるんだよ。もう核爆弾でも〈創造〉しないといけないんじゃねえのこれ?


「あわわわわ勇者様!? 勇者様ぁ!?」

「兄貴ぃ!?」


 エヴリルとヘクターが悲鳴を上げて俺の背中に隠れる。


「おお、まだ生きていたのならば丁度いい。ドラゴンよ、私と勝負をしよう! 勝負方法は、腕相撲だ!」

「おやめください王女殿下!?」


 喜々としてドラゴンに立ち向かおうとするラティーシャをサイラス率いる兵士たちが全力で止めていた。何十人としがみついているのにずるずる引きずっていくラティーシャ。


「いや、ドラゴンと腕相撲とかどうやんの?」


 無理でしょ。力云々の前に体格的に不可能でしょ。でももし実現したら今のドラゴン相手なら勝っちまいそうだな、王女様。

 と、ドラゴンが首を巡らせて俺を見つけた。

 呪いがかった血色の爛眼で見据えられ――


《神の力を操る人間よ。我を討ち倒してくれたこと、感謝する》


 頭の中に直接、声が響いた。


「えっ?」

「なんです今の声?」

「ドラゴンが喋ったんでしょうか」


 どうやら俺以外にも聞こえたらしい。エヴリルとヘクターが疑問符を浮かべてキョロキョロする。

 異変はすぐに起こった。


「なっ、ドラゴンの色が……」


 不気味な黒から、燃えるような赤へ。血色の瞳はサファイアのような青へと変わり、全身に纏っていた瘴気も消えていく。


「まさかこいつ、自分で〈呪い〉を打ち破ったのか!?」


 どこまでも驚かされる。ドラゴンが神に近い存在だからか、魔眼の〈解析〉があてにならないことが割と発生しているぞ。


「そんな、せっかく〈解放〉してあげたのに、どうしてなのよ……」


 ゼノヴィアが絶望と驚愕に目を見開いた。

 そんな彼女にドラゴンが青色になった瞳を向ける。


《闇の魔女の小娘よ。貴様のかけた〈呪い〉は我らの自我を奪い狂乱させる。どの口が〈解放〉などとほざくか。そこにあるのは苦しみだけだ》

「う、嘘なのよ……だって禁書には『生物の本能を呼び覚ます』って書いてあったのよ」

《本来ならば我が制裁を加えたいところだが、貴様は既に捕らわれている。貴様は人間だ。人の理の中で処断されよ》


 ふわっと。

 ドラゴンは翼を広げて浮かび上がった。


《人間たちよ。迷惑をかけた。この件で我が同胞を狩るようなことだけはしないでほしい。それと神の力を操る人間よ》

「俺?」

《世話になった。恩はいずれ返そう》


 最後にそれだけ告げると、ドラゴンはフラフラな様子で夜空の彼方へ飛び去って消えた。あいつにもちゃんと帰る場所があるんだな。


 ……。

 …………。

 ………………。


 俺たちは長い時間、なにも言えずドラゴンが去って行った空を眺め続けていた。唐突に絶対的な存在と対話したのだ。誰だって、俺だって、呆けてしまうのは仕方ないだろう。


「嘘なのよ。あたしのしてきたことが、魔物たちを苦しめてたなんて……」


 ただ一人ゼノヴィアだけが、絶望に打ちひしがれた様子で俯いていた。


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