第二十一話 ヘクター……お前もか
なんとか盛り切った親綿毛鳥を能力やらなにやらで振り切り、俺が屋敷の中へと戻ってきた時には既に夕陽が沈みかけていた。
「という感じに俺が何時間も鬼ごっこしていた間、エヴリルさんはぐっすりだったわけで」
「ね、ねねね眠ってなんかないですよ!? 長時間使う試験に協力していただけです!? だって依頼ですから!? 依頼ですから!?」
俺が戻ると同時に大きな欠伸をしてベッドから起き上がったエヴリルさんは、自分のしでかしたことを理解して顔を真っ赤に染めていた。
「エヴリル様、寝心地はいかがでしたか? 体に痛いところなどはありますか?」
「ですから眠ってなんて……ううぅ、大変、心地よかったです」
エヴリルは観念してアイリーンちゃんのアンケートに答えていった。まあ、エヴリルにリラックスしてもらえたのなら、今日ここにやってきた成果は大きかったんじゃないかな。
ところで、なんかどうでもいいことを忘れているような……?
「君たちに一つ訊きたいのだがなぜ誰も私を助けに来てくれなかったのかね!? 危うく池で溺れかけてしまったよ!? このお面だけは濡らさず死守したがね!?」
ドバン! と勢いよく扉を開けてびしょ濡れの小太り男が突入してきた。そういえばこの人、綿毛鳥に啄まれて放り捨てられてたっけ。どうやら池ポチャしていたらしい。
「そのお面、濡れたらまずいのか?」
「いいや? 防水加工は万全なのだよ」
なんで死守したの? ちょっと不憫に思ったから話題に乗って上げたけどもう後悔しかないんだけど帰りたい。
「エヴリル様、貴重なご意見をありがとうございました」
「このことは忘れるです末代までの恥ですしばらくベッドなんて見たくないです」
ぺこりと丁寧にお辞儀するアイリーンちゃんに対し、エヴリルは虚ろな目をして己を戒めるようにぶつぶつ呟いていた。
ちょい怖いけどまあいいや。今重要なことは――エヴリルが起きたことでがら空きになった至高のオフトゥン! 待ってねね、うふふ、今から飛び込むよ!
「よっしゃヘクター、次は俺が試験使用する番だよな!」
「あ、すいません兄貴。商会の都合上、これ以上は時間を取れなくて」
「なん……だと……」
絶望がそこにあった。
「エヴリルが、時間いっぱい使っちゃったから……?」
俺はようやっと呪いの呟きを終えたところのエヴリルを見る。バッ! と目を逸らされてしまった。こいつ……。
「じゃあこうしよう。後日使用感や問題点などをまとめたレポートを提出するから持って帰っていいですか?」
「ダメです勇者様!」
「なぜだ! 実際の環境で使ってこそ出てくる意見もある。例えば俺たちのボロ宿だ。隙間風とかすごいし雨漏りもする。そんな環境に置いてみて品質が低下したりしないか。すぐにカビとか生えてこないか。誰かに盗まれたりしないか。いろいろ調べてみる必要はあると思います」
「この高級ベッドがそんなところに置かれることはないですから! あと勇者様の部屋に置いたりなんかしたら一生ベッドから出てこなくなる気がするです! レポートどこじゃないです!」
失敬な。一生オフトゥンの中とか、そんな、幸せ……いやいやいや、そんなことはない。ないはず。ないよね? ないと思いたい。なかったらいいなぁ。
「とにかくわたしは絶対に許可しないですからね!」
「ぐぬぬ……」
この断固譲らない態度。エヴリルさんてばそんなに寝落ちたことが恥ずかしかったのかしら? あれこそオフトゥンの魔力ってやつですよ。受け入れるのが正義です。
「あの、兄貴、オレも兄貴に使ってもらえれば嬉しいのですが……これは試作品で一台しかないんです。なので貸し出しはちょっと」
「ヘクター……お前もか」
ブルータスに裏切られたカエサル先生の気持ちがわかった気がした。
「とにかく、今日はもう報酬をいただいて帰るですよ」
「……ちくせう」
そうして報酬を受け取ると、俺たちはヘクターとアイリーンちゃん、それからずぶ濡れ大商人に見送られてマンスフィールド家を後にした。
宿へと戻り、晩御飯を食べ、夜が更ける。
「ところで勇者様、明日もお休みですが、どうしますか?」
「疲れたから明日は一日中寝てたい」
「わたし一度王宮の中を見てみたいです。一般公開されている部分があるそうですから、明日一緒に行くです」
「あの、エヴリルさん?」
「はいです?」
「俺、もう寝たいんだけど?」
時刻はとっくに深夜を回っていたが、昼間がっつり寝ていたエヴリルさんは迷惑にも俺の部屋に居座り続けているのだった。




