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第十八話 ふおおおおおおおおおおおおおおっ!!

 準備ができたらしいので、俺たちは無駄に広い商談室へと移動した。


「冒険者様方、本日はお越しいただきありがとうございます。先日はお兄様と商会を救っていただき、感謝の言葉もありません」


 迎えてくれたのは、フリルたっぷりのドレスを着た十歳くらいの女の子だった。


「やあ、アイリーンちゃん、数日ぶり」

「お邪魔しているです」


 アイリーン・マンスフィールド。兄のヘクターと同じ金髪碧眼をした美幼女で、信じられないことにあのお面大商人の実の娘さんだ。俺は信じないことにしている。

 それはそれとして。


「アイリーンちゃん、その頭に乗ってるのはなんです?」


 エヴリルがアイリーンちゃんの頭を指差す。実は俺も最初から気になっていたんだが、アイリーンちゃんの頭に子犬サイズの真っ白な鳥が乗っかっていたんだ。


「はい、この子は綿毛鳥のフィーちゃんです」


 円らな瞳に小さな嘴。丸い体はタンポポのようなふわふわな羽毛に覆われていて、見詰める俺たちをキョトンと見詰め返してピーと鳴いた。全日本もふもふ愛好会の俺としては是非とも触ってみたいです。


「これが綿毛鳥。意外と大きいんだな」

「あ、アイリーンちゃん、わたしにも、わたしにもちょっとだけ……」


 もう見ただけで触り心地は神だとわかるぞ。エヴリルさんなんてさっきまでの不機嫌が浄化されたかのように恍惚としている。この羽毛から作られたオフトゥン……一体どれほど至高なんだ。はよ! はよオフトゥンさせて!

 アイリーンちゃんはエヴリルに綿毛鳥を渡しながら――


「この子はまだ赤ちゃんです。大人の綿毛鳥になるとこの部屋にはとても収まらないほど大きくなります」

「マジで? それただの鳥じゃないだろ」


 もしそんな巨鳥が目の前に現れたら一目散に帰りたい。でも今エヴリルの腕の中で大人しくしている白いふわふわだったらウェルカムです。俺にも抱かせてください。


「綿毛鳥は一応、分類上は魔物になるんですよ、兄貴」


 と、アイリーンちゃんの横に並んだヘクターが説明してくれた。


「けれど温厚で大人しい魔物なので、巣を荒らされたりしなければ人間に危害を加えるようなことはありません。ご安心してください」

「でも巣を荒らされたら怒るですよね? よく羽毛が取れたですね」


 エヴリルがアイリーンちゃんに綿毛鳥を返して小首を傾げる。確かに俺も住処を荒らされたらブチ切れるし、頭の毛を毟られたりした日には発狂するかもしれん。


「一ヶ月ほど前に怪我をしていた母子を我々の商会が保護したのだよ」


 答えたのは頭にタンコブのタワーを乗せたお面オヤジだった。


「それからはこの屋敷の中庭で飼育していて、定期的に抜け落ちた羽毛を回収しているというわけだ。屋敷の者や、特にアイリーンには大変懐いているから巣に入ったくらいじゃ暴れたりしないのだよ」

「あんたには?」

「私は近づいただけで殺されそうになる」


 ダメだこのおっさん、存在が生物的に嫌悪されるようになってやがる。


「だからこそ! この綿毛鳥のお面をかぶっていれば私も仲間だと思って受け入れてくれるはずなのだよ! まだ試してはいないがね! 私だってあのふわもこの楽園に飛び込んでもふもふしたいのだよ!」

「そ、そうか。生きろよ」


 綿毛鳥がこの赤ちゃんと同じふわふわした体のまま成長するのだとしたら、俺だって帰りたい気持ちよりもふりたい気持ちが上回るかもしれないな。


「それでは兄貴、これが綿毛鳥の羽毛を使った世界初のベッドです」

「ふおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 ヘクターの指示で室内に一台のベッドが運ばれてくる。宿にあるようなボロベッドとは次元からして違う豪奢な造り。ベッドカバーの上からでもわかる柔らかさと弾力。テンション上がってきたぁーッ!


「どうぞ、まずは好きなように触ってみてください」


 俺はベッドに駆け寄って――つんつん。


「ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 なんだこれ! なんだこれやばい! 指でつっついただけなのに、想像以上にやーらかくてもちっというかふわっとしているぞ。やばい!

 座ってみる。


「ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 これは本当にベッドか! 俺の腰に優しくフィットして腰痛なんて一瞬で治りそうだ! もうなにもかも忘れて飛び込みたい!


「では実際に寝っ転がってください」

「いいの!? 本当にいいの!?」


 ついヘクターに確認してしまうほど素晴らし過ぎる。俺は生唾を飲み込み、至福の楽園へと横たわった。


「おっふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 叫ばずにはいられない。気持ちよ過ぎる。元の世界にもこれほどの寝心地いいベッドはあるだろうか? いやない! 思わず反語!


「俺もうここから動きたくなーい。これは人をダメにするベッドだぁ。しぁーわせぇ♪」

「勇者様が溶けてるです!? ヘクターくん、早く勇者様をベッドから降ろすです!?」

「え? あ、はい!」


 エヴリルとヘクターが俺の足を引っ張ってベッドから引きずり落した。全力で抵抗したかったが、抵抗する気力も湧かないほどベッドの寝心地が最高だった。

 ベッドから引き離されて俺はハッとする。


「どうでした、兄貴?」

「このベッドいくら?」

「買わないですよ勇者様!? 今日は試験使用で来ているだけです!?」


 よし、商品化されたら真っ先に買おう。お金貯めないとね。この至上のオフトゥンのためなら仕事頑張れる気がしてきた。


「エヴリル様もどうぞ、寝転がってみてください」

「わ、わたしは別にいいです」


 アイリーンちゃんに勧められてエヴリルは困り顔で手を振った。


「できるだけ多くの人に使ってもらい、様々な意見を聞くことが試験になります。この度はそういう依頼ですので」

「い、依頼なら仕方ないですね……」


 あっという間に説得させられたエヴリルは恐る恐るといった様子でベッドに寝そべった。アイリーンちゃん、本当に十歳なの? 仕事でき過ぎるでしょ。


「こ、これは……ッ!」


 ベッドにうつ伏せになったエヴリルがなんか感極まった声を上げた。


「大変です。ふわふわもこもこがわたしの体を受け止めるようで、これは気持ちよ過ぎです。こんなもの勇者様に与えたら余計にダメダメのダメダメになってしまうです」


 おいおい、この俺がこれ以上ダメダメになるって? わかってるじゃないですかエヴリルさん。そのベッドにはそれほどの魔力が宿っている!


「わたしは反対れす……これを世に出ひてしまっふぇは……」


 ん? なんかエヴリルさんの呂律が回らなくなってきたぞ?


「ダメダメな……ゆうしゃしゃまが……ダメダメに……なっ……すぅ」

「寝た!?」


 馬鹿な、あのエヴリルが気持ちよさのあまり夢の世界に旅立っただと!? どんだけ恐ろしいんだ、このベッドは……?


「あら? エヴリル様、眠ってしまわれましたね。どうしましょう、お兄様?」

「おや? 娘よ。どうしてそこはお父様ではないのかね?」

「きっと疲れてたんだろう。このまま寝かせてあげよう。元々、長時間の使用も試験してもらうつもりだったし」

「わかりました」

「お父様は無視かな?」


 この大商人のおっさん、なんでいるんだろう? もう引退して息子と娘に任せればいいんじゃないかな? いらない気がする。

 ていうか、長時間使用テストだと? つまり今日はこのベッドで寝て過ごせるわけなのか!

 よしよし、そういうことなら存分にテスターとなってやろうではないか。感想を原稿用紙二百枚くらいに綴って提出してあげよう!


「ヘクター、俺の分のベッドは?」

「すみません、兄貴。今回ベッドは一つしか用意していないんです。まさかエヴリルさんが寝てしまうとは思わず……」

「なん……だと……」


 ということは、エヴリルが起きるまで待たなくてはならないの? それ何時間くらいになるの? こうなったら俺がいつもやられてるようにエヴリルを叩き起こして――


「すぅ……すぅ……ゆうしゃさま……」


 くっそこんな幸せそうな寝顔見せられたら起こせませんよチクショウ!


「あの、よかったら綿毛鳥の飼育場をご見学なされますか?」

「うん、そうする」


 気を利かせてくれたアイリーンちゃんに俺は頷く。

 でもオフトゥンできないなら、正直もう帰りたい。


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