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第十五話 休日は昼まで寝る

 休日。

 仮に今日が土曜日だとしよう。明日も休みだと思うと心がウキウキしてなんでもできるような気がしてきます。

 元の世界だったら漫画読み放題にゲームやり放題。気になる映画やイベントがあるならちょっと遠出するのも悪くない。全部俺の時間だ! 友達と遊んだり、彼女とデートしたり、そういう他人が関わってくることは俺の時間を割くことになるわけだから断固やりたくないね。彼女どころか土日に遊ぶような友達すらいないからじゃないよ!

 まあ、ここは異世界。漫画もゲームも映画も声優さんのイベントなんてものも当然ない。

 というわけで――


「勇者様、朝です。起きるですよ」

「休日は昼まで寝る。贅沢な時間の使い方」


 耳元でフライパンとオタマをガンガン打ち鳴らす近所迷惑エヴリルさんの言葉には絶対に屈しないぞ。


「せっかく作った朝ごはんが冷めてしまうですよ」


 この宿、というかアパート? には共同の食堂がある。とはいえお残しタブーのおばちゃん的存在などおらず、住民が好き勝手に利用していいことになっている。


「お昼にレンジでチンして食べませう」

「なんですかレンジデチンて? また妙な異世界用語を使わないでくださいです」


 そうだった。異世界だから電子レンジなんて便利なものはなかったんだ。まあ、俺には〈創造〉の力があるからそれで出せば問題解決。温め直す程度なら三分もかからないさ。七五〇Wかな。


「むむぅ、休日だからとダラダラするのはよくないですよ。今日はお天気がいいです。お布団を干したいですからやっぱり勇者様起きるです!」

「ああああああっ!? オフトゥン!? オフトゥウウウウウウウウウウウン!?」

「なんでそこまで絶望的になれるですか!?」


 悪魔エヴリルに毛布を剥ぎ取られベッドから蹴り落とされた俺は、もう床に這い蹲って涙を流すしかなかった。床つめたい。

 ベランダに干されたオフトゥンが布団叩きでバシバシしばかれている。やめて! ウチの子をいじめないで! いいんだ相棒。寧ろこの痛みが段々とアッ! アアッ! もっと! もっと叩いてここをこう! アーーーーッ!


「休み……休みなんだよなぁ」


 くだらない妄想をしながら着替え終えた俺だったが、いざ休みとなるとなにをしていいのかよくわからん。元の世界だったら余裕でネトゲとかに走ってるところだけども、こっちにはそういう暇潰しはないしなぁ。〈創造〉しても三分で消えるし。

 こっちに来てからは村の復興の手伝いとか、魔物退治とか、ギルドに行けばなにかしらやることがあったから退屈はしなかった。ただ帰りたかった。


「ハッ! いかん、これは典型的な社畜依存症!? 働いてばかりで休日なにをしていいかわからず枯れてしまう病気だ!?」


 まずい、まずいぞ。なにか楽しい予定を組み込まなければ。俺が休日を謳歌できなければエヴリルが『仕事しよう』とか言い出しかねない。今日は休みなんだ! そんな帰りたくなるようなことなんてしたくない!

 とりあえず朝食を食べて、散歩にでも行こう。その後は部屋の掃除を……いやいやいや、掃除とか始めちゃったらもう末期じゃん! 朽ち果てルート一直線じゃん!

 まだ朝だぞ。今からこの調子じゃ午後にはベランダに腰かけて萎びたモヤシみたいになっちまう。


 こうなったら、仕方ないな。

 俺はオフトゥンをしばき続けているエヴリルに言う。


「なあ、エヴリル」

「はいはい、なんです?」

「デートしよう」

「はいはい、デーばふぉうッ!? ○×△$☆□▽#£ッ!?」


 口の中が爆発したように思いっ切り吹き出したエヴリルは、トマトみたいに顔を真っ赤にして俺の魔眼でも解析不能な言語を叫んだ。


「な、な、な、で、で、ででーん!?」

「落ち着けエヴリルさんや。惑星が破壊される時のBGMみたいになってる」


 俺がどうどうと手を振ると、エヴリルは何度か深呼吸を繰り返してようやく人間の言葉を思い出した。


「デートって、あのデートですか!?」

「他にどのデートがあるか知らないが、とりあえず二人でお出かけしないかって話です」


 さっき友達と遊んだり彼女とデートするのは断固やりたくないと言ったな? アレは嘘だ。俺だって可愛い女の子とお買い物とか憧れるお年頃です。別にエヴリルを巻き込んで遊ぶことで『仕事しよう』という帰りたくなる呪文を封印するつもりなんてないんだからね!


「(も、もしかして、もしかして……勇者様はこのためにお休みを……)」

「?」


 エヴリルが小声でなんかぶつぶつ言ってる。よく聞こえない。いやラノベ主人公的難聴ではなく、本当にイマイチ聞き取れない。魔眼を発動すればテキストとなって表示されるけど、俺はそんな無粋な真似はしないさ。

 てか顔がめっちゃニヤけてるな。ぶっちゃけ傍から見ると超怪しい。ここが外だったら間違いなくこんにちは衛兵さん。

 でも……そうかそうか。そんなにお出かけするのが楽しみなのか。女の子はショッピングとか好きっぽいしな。提案した甲斐はあったってもんですよ。


 そうだな。

 たまには、いつも世話になってる彼女に恩を返すのも悪くないかもしれない。


「エヴリルはどこか行きたいところとかあるか? 今日は多少帰りたくなっても我慢してやろう」

「その謎の上から目線が非常に引っかかるですが……そうですね」


 エヴリルがうーんと顎を指で押し上げるようにして考え込む。その表情が嬉しさでゆるっゆるなのは魔眼の〈解析〉なんてなくても明らかだった。そんな楽しそうなエヴリルを見ていると俺まで楽しくなってくるね。


「兄貴! 兄貴! いい仕事の話を持ってきました!」


 勢いよく扉を開いて駆け込んできた舎弟が余計な単語を口にするまでは。


「……」

「……」


 俺とエヴリルは時が止まったかのように固まった表情をそいつに向ける。

 先日から俺の舎弟となってパーティーにインした大商人の息子――ヘクター・マンスフィールド。頭の回転がよく、一応護身術として剣を習っていたため足手纏いにはならなかったのだが……こいつ、俺の休日を潰す気か?


「悪いなヘクター、今日と明日は休業日なんだ。仕事なら他の連中に回してやってくれ」

「え? でもこれは兄貴にぴったりな仕事なんですけど……」


 ヘクターが見たくもない依頼書をチラつかせる。俺は本能的に目を逸らした。もう『仕事』って聞くだけで帰りたい。休日出勤なんてごめんだね。手当てが出るとしてもやりたくないね!


「ヘクターくん」

「あ、エヴリルさんからも説得していただけませんか? 実はマンスフィールド商会が関わっている案件でして、どうしても兄貴にやってほし――」

「消えてくださいです。わたしたちは今日お休みです」

「ええっ!?」


 まさかのエヴリルに太陽すら凍りつきそうな目でそう言われたヘクターは愕然としていた。


「わたしと勇者様はこれからお出かけするです。仕事なんてしている暇はないです」

「あ、もしかしてデートですか?」

「ふぁっ!? で、で、ででででーん!?」


 デートという言葉に光速で赤面したエヴリルさんはまたも人類語の変換機能に支障をきたしてしまった。ちょっと面白いと思った俺は実はサディストかもしれない。


「わかりました。そういうことでしたら、お邪魔になってしまいますね」


 しゅん、と項垂れたヘクターは依頼書を懐に仕舞うと、踵を返して哀愁漂う背中を俺たちに向けた。


綿毛鳥フラフィバードのふわふわもこもこした羽毛を贅沢に使った最新型ベッドの試験使用を兄貴にお願いしたかったのですが……仕方ありませんね」

「待ちたまえヘクター君!」


 俺はヘクターを引き留め、椅子に座って足を組んで踏ん反り返った。


「詳しく話を聞こう」


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