第百十四話 自分を神だと思っている客の社会的寿命は短い
「誰じゃいきなり神である儂の顔を蹴った奴は!? ただでは済まさんぞ!?」
俺に蹴っ飛ばされた天空神のクソジジイが片手で痛む顔を押さえて憤慨した。怒りたいのはこっちだよ。いや、もう怒ってるけどね。
「へえ、ならどうしてくれるんだ? この世界から追放して地球に帰してくれるのか?」
「ぬあ!? お主は!?」
奴の前に仁王立ちして見下してやると、クソジジイは焦った様子で冷や汗を掻いて瞠目した。ほほう、俺のことはよーーーく覚えているようだな。忘れてやがったらあと二~三発ぶち込んで思い出させてやったところだ。
「ここで会ったが百年目だクソジジイ。あの時のプロレスの続きしようぜ」
「はて? なんのことじゃか儂全然わかりましぇあだだだだだやめいやめい神でも腕はそっちの方向に曲がらんのじゃ!?」
すっ惚けようとしやがったので問答無用で組みついて腕挫十字固を極めてやった。ジジイが涙目になって喚くもんだから、周囲の注目を浴びてしまって帰りたい。いや、ここでこいつを逃がすわけにはいかないから帰らないぞ!
「ちょっとタクさん!? 一般人に手を挙げるなんてなにしてるんですか!?」
すると、ギルドの受付嬢が血相を変えて駆け寄ってきたよ。まあ、傍から見たら冒険者の俺が見知らぬ爺さんをいきなり蹴飛ばして関節技かけてる図だもんな。
「え? 儂、一般人……?」
クソジジイが変なとこでショックを受けているが、そんなことはどうでもいい。早くこの老い耄れをシメてる正当な理由を考えないと俺が捕まっちまう。帰りたい。
「ち、違うんです! 英雄様は悪くありません! このお爺さんに私がセクハラされて困ってたところを助けてくれたんです!」
と思考を巡らせる前に酒場のウェイトレスさんが俺を庇ってくれた。ナイス! 受付嬢はウェイトレスと俺とクソジイを順番に見やった後、疲れたように溜息をついたよ。
「そうでしたか。では痴漢として騎士団に突き出しましょう」
「ふぁ!?」
騎士団と聞いてクソジジイの顔が真っ青になる。
「お、お主ら! 儂は神じゃぞ! ちょっと尻を触ったくらいで通報とは不敬な!」
「はぁ、いるんですよね。自分を神だのなんだのと言ってやりたい放題する人」
「全く信じておらん!? お、お主は知っておるじゃろ! 儂が神じゃと証明してくれ!」
そうクソジジイが懇願してきたのは、まさかの俺。この中で正体知ってるのは俺だけだもんな。確かにギルドに信頼されている俺が言えば信じてくれるかもしれない。あとクソジジイが騎士団に連行されたら元の世界に帰れなくなる。それは困る。
ふむ、仕方ない。
「自分を神だと思っている客の社会的寿命は短い」
「裏切りおったなお主!?」
「裏切るもなにも敵だろ。徹頭徹尾」
え? 庇う流れじゃなかったのかって? なんで俺が痴漢を庇う必要があんの? 痴漢は冷たい牢屋で臭い飯でも食べてろファック! 俺が帰るのはその後でいいから。
「とにかく、騎士団が来るまで大人しくしていてください。タクさん、見張っていてくれますか?」
「正直帰りたいけど、もちろんです」
「なんか儂より名も知れぬ受付嬢の方に敬いを感じるのじゃが!?」
俺に天空神に対する敬いが一ミリでもあるなら蹴飛ばしたりなんかしない。
受付嬢さんが去って行くと、入れ替わりにエヴリルたちが恐る恐るといった足取りでやってきた。
「勇者様、このお爺さん、本当に天空神様なのですか?」
エヴリルさんは半信半疑というか、なんとも微妙な表情をしていたよ。そりゃあ自分の信仰する神様がこんなエロジジイだなんて信じたくないだろうね。
「む? そこな娘は儂の信者であろう! この状況をなんとかしれくれぬか!」
「え、えーと……(サッ)」
「目を逸らすでない!?」
人間に救いを求める神という絵もなかなか酷い。しかも痴漢の弁護という。エヴリルさんじゃなくても目を背けたくなるぞ。
ネムリアが眠たげな半眼でクソジジイを見上げる。
「……ウラヌス様、ここでなにをやってる、なの?」
「おお、お主はフトゥンのとこの新神! 見ての通り、儂は痴漢の冤罪をかけられておる。神だとも信じてもらえん。無実じゃと証言してくれ!」
「……スヤァ」
「寝るなぁああああああああッ!?」
「なにが冤罪だ現行犯!?」
往生際が悪すぎたので背中を蹴り倒して身動きできないように踏みつけてやった。だが、妙だな。ここまでされても神界に逃げようとしない。
そもそも、なんでこいつはこの世界に降りて来てるんだ?
いろいろな不正がバレて新神まで格落ちしたとか? あり得そう。あ、だとしたら自由に世界を移動できない可能性があるな。ネムリアがそうだし。それじゃあ俺が帰れないぞ。
「あのう、その人を解放してくれませんか? 捕まってる場合じゃないんです」
と、この場にいなかった第三者の声が聞こえてきた。
クソジジイがバッと顔を上げる。
「おお、ヘロイア! よいところに来たのう!」
そこには『絶世』をつけてもいいくらいの美少女がいた。長く艶やかな黒髪に、黄金のように煌く金の瞳。ネムリアとは真逆の黒っぽい紫色の翼を背中に生やし、頭上には天使の輪っかが浮かんでいる。
見覚えはあるような、ないような。だが、『ヘロイア』という名前には聞き覚えがあるぞ。どこで聞いたかな? 俺がまだ英雄になる前だったような……?
「は?」
ヘロイアだけじゃない。もう一人、彼女の斜め後ろに黒髪に白パーカーの少年が付き従っていることに気づいた。
こっちは見覚えがあるなんてもんじゃない。相手も俺を見て目を丸くしている。
お互い、同時に口を開いた。
「……拓?」
「まさか、彰なのか!?」
伊巻彰――俺、伊巻拓の親戚で幼馴染でクラスメイトだった男だ。




