第百十三話 あなたのせいです帰りたい
不本意ながら王国の英雄となって七つ星冒険者に格上げされちまった俺だったが、ちょっと、いやすごく、いやいやめちゃくちゃ馬車馬より酷く働きすぎて心を壊していた時期があったんだ。
だからか知らんが、最近になってギルドの依頼に関する制度が慎重に見直されたらしい。
なにせ、エヴリルが片っ端から依頼を掻っ攫って受付嬢さんに提出してもほとんど却下されたからな。
ギルド換算で三日以上かかる長期クエストなら一つ。それ以外の短期クエストなら同時に三つまでしか受理できなくなっていた。定時に帰れるように制度を改革してくれたギルドはホワイト企業です。一生ついていきます! いや一生は嫌だな。
「勇者様なら長期クエストでも一日で五つは終わらせられるです!」
そう言って帰りたくなる抗議をしていたエヴリルだったが――
「それでなんでもかんでも引き受けさせた彼がどうなったか、あなたが一番わかっているでしょう! また毎日三十分置きに彼の足取りをギルドに聞きにくるおつもりですか!」
と受付嬢さんに切り捨てられ、「あわわわそのことは秘密にしてくださいです!?」と顔を真っ赤にして引き下がっていたよ。エヴリル、そんなに俺のこと……監視してやがったのか! やだ怖い帰りたい!
「……ネムはこの依頼がいい、なの」
ネムリアが眠そうな顔のまま翼を使って飛んできた。枕を抱くように持っていた依頼書には――『治験モニター募集! ちょっと効果のよくワカラナイお薬を飲んで寝てるだけの簡単なお仕事ダヨ!』と書かれているね。ふむ。
「寝てるだけでいいとか最高かよ!」
「それだけは絶対にダメです!? なんでこんな怪しい依頼がギルドにあるですか!」
エヴリルに依頼書を引っ手繰られて破り捨てられた。ギルドが監査してるんだから真っ当な依頼だと思うんだけどなぁ。
「あの、本当にその子もパーティメンバーでよろしいのでしょうか?」
受付嬢さんが不安そうにネムリアを見た。まあ、見た目は十歳くらいの子供だからな。
「俺らより年上だって話はしただろ?」
「そうですけど……」
ネムリアの冒険者登録をする時も不審な顔をされた。だから翼を見せて「こう見えて成人してる種族なんだ」とテキトーぶっこいて無理やり納得させたんだ。本当に成人してるかは知らん。でも神様だなんて流石に言えないだろ?
「受付嬢さん、一つしか受けられないなら一番難しい依頼をお願いするです」
「なんてこと言うんだエヴリル!?」
「では、この王都に度々出現しては人々に強制労働を強いる怪人デスマーチの捕縛を――」
「他の依頼でお願いします!!」
せっかく建労神教会とのいざこざに蹴りがついたのに、またそういう相手と戦うなんてごめんだね。関わったら絶対帰りたくなる。
「怪人デスマーチ……建労神教会にいた頃に噂を聞いたことがあるです。確か教会の創設当初、レイバー様がうっかり加護を与えすぎたせいで暴走して脱走した信徒がいたとか」
「あいつのせいじゃねえか!? だったら余計に俺が尻拭いするとか嫌なんだが!?」
レイバーは建労神教会の大神官を務めていた新神だ。安息神教会と敵対関係にあったんだが、その実ネムリアにお熱なだけの思春期男子だったことが判明して生暖かい気持ちになりました俺です。
「てかネムリア、レイバーはどうなったんだ? あいつもお前みたいにどっかで補習してるのか?」
「………………………………………………れいばぁ?」
「覚えてあげて!?」
「不憫すぎるです、レイバー様……」
あまりの脈のなさに涙がちょちょぎれそうになる俺とエヴリルだった。
「……あー、あのうるさい人なら神力をバグらせた罰で謹慎中なの。まったく、あの時どうしてバグったのか本当に謎なの」
「あなたのせいです帰りたい」
だが、レイバーが自分で後始末できないなら俺に回って来そうだ。嫌だなぁ。他人の無能さのせいで仕事を押しつけられるとか帰りたい。だから能ある鷹は爪を隠すべきなんだよ。なんなら適度に無能を晒した方が仕事押しつけて早く帰れるまである。
「……む?」
と、なにかを察知したようにネムリアが眠たい顔を上げてキョロキョロし始めた。金髪がアホ毛みたいに一房立ち上がってみょんみょんしているよ。なにそれ妖怪アンテナ的なやつ?
「どうした、ネムリア?」
「……知ってる気配がする、なの」
「まさかレイバーが謹慎中に抜け出してきたとか?」
「……そいつの気配は知らんなの」
レイバーさん、嫌われすぎでしょ。まあ、俺もウザがらみするような奴は帰りたくなるから嫌いだけども。
「……あそこなの」
ビシッとネムリアが指とアホ毛で指示した先には、ギルドに併設された酒場があった。そこでは朝っぱらから飲んだくれている筋肉男の四人パーティ――だけでなく、普段のギルドじゃ見かけない白い髭の爺さんがジョッキで酒をかっくらっていた。
あいつは。
「あの野郎は……ッ!?」
「勇者様!?」
ダッ! と俺は考えるよりも先に足が動いた。髭の爺さんは酔っ払っただらしない顔で、通りがかったウェイトレスの尻をむんずと掴む。
「きゃっ!?」
「すまんのう、儂の手が勝手にうひょー♪」
目の前でボケたフリをしながらセクハラしていることにも青筋を立てつつ、俺はそれ以上の感情を爆発させ――
「ようやく見つけたぞ!! 天空神のクソジジイが!!」
思いっ切り、その横っ面に蹴りを入れてやった。




