第百十話 冒険者の仕事……うっ、頭が
安息神教会と建労神教会の聖戦から一週間が経過した。
結論から言えば、俺たちの生活はほぼ全てが元通りに戻った。
ネムリアが安息魔法で建労魔法を中和したことによって、どちらの魔法の効果も残らない普通の状態になったんだ。俺たちの安息神教会については洗脳していたわけじゃないけど、先の王都民暴徒化事件の後遺症『NAMAKEGUSE』は建労側の影響で解消されたっぽい。ん? 待ってそれって俺が洗脳してたみたいにならない? やだ帰りたい!
そんなこんなで、安息側も建労側も多くの信徒が離れてしまったわけだ。
ネムリアとレイバーはと言えば、こんな諍いを起こしたことで神界から超怒られて強制送還されちまった。ネムリアは元々神界に帰ることが目的だったわけで、結果オーライって言えばそうだな。
「勇者様! 朝です起きるです!」
かくいう俺も『ネムリアを帰郷させる』っていう依頼が完了したので、新しく建て直されたマイホームに初めて帰ってきたわけです。聞いて聞いて! 俺の部屋前より二倍サイズのベッドが入ったんだよ!
「起きろっつってんです勇者様!」
「すやぁ」
「口で『すやぁ』とか言ってるじゃないですか!? 起きてるならほら早く布団から出るです!?」
ゴッ!!
神樹の杖が俺の脳天に思いっ切り振り下ろされた。
「痛いなエヴリル。俺を永眠させたいなら放っておいてくれ」
「そんなわけないですから!? 今日から冒険者としての仕事を再開するって約束したじゃないですか!?」
腰に手をあててぷりぷりと怒るエヴリル。なんだかこんなやり取りも久々だな。
「冒険者の仕事……うっ、頭が」
「仮病使うなです!?」
いや、本当に英雄扱いされてからの仕事を思い返すと頭痛がするんですよ。SSS級難度の仕事をマルチタスクでこなしてたんだぞ。もっと労ってください。
「言っとくけどな、エヴリルさんよ。俺はちょっと前みたいな超ブラックな働き方は絶っっっ対にやらないからな! あーいうことやらされるなら冒険者ギルドを破壊してでも帰ってやる!」
「布団に籠りながらなにをダメダメなこと言ってるですか!」
「壊れるまで帰れないんだぞ? あそこでネムリアに出会って、安息神教会に入らなかったら俺はもう俺には戻れなかった! 思い出しただけで帰りたい!」
「ま、まあ、わたしもよく考えたらちょっとアレは普通の七つ星冒険者にしても働きすぎだと思うですが……」
「でしょうでしょう。てことで、おやすみ」
「それとこれとは話が違うです! いいから起きてくださいです勇者様!」
バサッ! と勢いよく毛布を剥ぎ取られてしまった。
「……すー」
クリーム色の幼女が俺を抱き枕にする形で眠っていた。
「はい!? ネムリア!? なんで!?」
神界に帰ったはずのネムリア様だった。エヴリルに毛布を奪われて寒かったのか、ぶるっと震えてぎゅっ。俺に余計しがみついてきてるね。
ハッ! ただならぬ殺気!
「勇者様、これは一体どういうことです?」
「待ってエヴリルさん、なんかさっきと怒り方が違うような……?」
神樹の杖を手でパシパシさせているエヴリルは――超笑顔だった。おかしいな、呪いじゃないのに黒いオーラが見える気がする!
「わたしだって……わたしだってまだ一緒のお布団で寝たことないですのにぃいいい!?」
「なにを言ってるのエヴリルさんや!?」
杖の振り回しからエヴリル専用技・脳天割殺撃へとコンボが繋がる。俺は紙一重で真剣、もとい真杖白刃取りを決める。いや白刃でもないな。そこはどうでもいい。それより今はなにも〈模倣〉してないけどなぜかパワーで押し負けそうなんですが!?
「……ふわぁ」
大きな欠伸をして、ネムリアがむくりと起き上がった。
「ネムの英雄、おはようなの」
「ああ、おはようネムリア。とりあえず事情説明……の前に助けてください撲殺される帰りたい!?」
結局、たんこぶが重なるほどぶん殴られました。
「……ネムの英雄は朝から元気なの」
「今まさに死にそうなの……」
床ぺろ状態の俺を踏みつけたエヴリルはフーフーと荒く呼吸して怒りを落ち着かせている。でも解放してくれないので、このまま話を進めよう。
「で、どうしてネムリアが俺の布団に潜り込んでたんだ? 神界に帰ったんじゃなかったの?」
ネムリアはしゃがんで俺の頬をつんつんしながら――
「……新神研修の補習なの。大神官じゃなくて、普通の人間と同じように生活しながら安息信徒を増やさないといけなくなった、なの」
「補習のくせに難易度上がってない? どれくらいかかりそうなんだ?」
「……百年くらいなの」
「それは帰りたい話だな」
百年て、神様の時間間隔は狂ってるなー。
「……ネムは別にすぐ帰れなくていい、なの。ここが、今日からネムの帰る場所なの」
「なるほどなるほど……んん?」
今、なんか聞き捨てならない台詞があったような……?
「待ってくださいです。ネムリア様はわたしたちの宿でお部屋をお借りするってことですか?」
確かに一階は俺たちのマイホーム、二階は賃貸にするつもりだったから、部屋を借りるという分にはなにも問題ない。まだヴァネッサ以外誰も借りてないから部屋余ってるしな。
だが、ネムリアはふるふると首を横に振った。
「……ネムの英雄と同じ部屋なの」
「……」
「……」
俺たちは言葉の意味に理解が追いつかず、沈黙が下りた。
ネムの英雄――つまりは俺と同じ部屋。
一緒の部屋で、一緒に暮らす?
そういうこと?
「はぁあああああああああああッ!?」
エヴリルが絶叫した。
「そ、そそそそそそんなのダメに決まってるじゃないですか!? ど、ど、同棲なんてわたしは認めないです!? 他にも部屋はあるからせめてそっちに行ってくださいです!?」
「……やーなの」
憤慨するエヴリルに、ネムリアは枕でも抱くように俺の頭を腕で包み込んだ。
なんか、ふわっとした。落ち着く。流石は安息神の新神ですね。
「勇者様ぁああああああああああッ!?」
「なんで俺ぇえええええええええッ!?」
再びバーサークモードに突入したエヴリルは、俺が仕事を理由に家を飛び出すまで暴れ回ったのだった。
やだもう、安息神教会に帰りたいよ……。




