第百七話 あいつってネムリアの知り合いじゃないのか?
舞い降りた二人の天使、もとい新神に俺を含めた両陣営全員が固唾を飲んだ。
対立する二つの教会のトップが邂逅したんだ。これはもうただのゲームじゃ済まされないんじゃないか? いやだわ、血で血を洗う本当の戦争が勃発したらどうしよう。帰ってもいい?
「ね、ねねねねねネムリア!? ひ、ひひ久し振りだな! 我である! 息災だったか?」
「……?」
あれ? なんか思ってたのと違う。レイバーとかいう奴はネムリアを見るや、なんか焦ったようにドギマギし始めたぞ。ネムリアもネムリアで不審そうに小首を傾げているし。
「な、なっはっは! 再会の嬉しさで声も出ぬか! わ、我も嬉しいぞ! 最後にまみえたのはいつだったか。そうそう、クラスで行われた研修の説明会の時だったな!」
「……??」
レイバーは顔を赤くして裏返った声でなんか語っているが、ネムリアはやっぱり首を傾げたままだな。
「そ、そうだ、エヴリエルよ!」
ネムリアを直視できなくなったように、レイバーはエヴリルに視線を向けた。
「この状況はどうなっているのだ? もしや、我が寝ている間に安息神教会と全面戦争を始めたのではあるまいな?」
「申し訳ありませんです、レイバー様。こちらに安息神教会を攻める大義名分ができてしまったのです。レイバー様の仇討ちのためです。信徒たちを責めないでほしいです」
「はぁ、つまり我が気を失っていたのが悪かったのだな。アレは事故であり安息神教会は関係ないというのに……」
エヴリルとは普通に話せるんですね、レイバー様よ。
「済まないな、ネムリア! ほ、本来なら我が直々に宣戦布告せねばならんかったことだ! わ、詫びと言ってはなんだが、その、えっと、今回はこれにて退かせてもらおう! なっはっは!」
「レイバー様ここでチキンを発動させてどうするですか!?」
あ、帰ってくれるの? やったぜ。これで俺も帰れます。帰ったらオフトゥンちゃんとイチャイチャデートするんだうふふ。
「……???」
「ん? ネムリアよ、先程から首を傾げて不思議そうに我を見詰めているのはなぜだ?」
ついにレイバーがネムリアの様子に気づいたっぽいな。ネムリアは人差し指を口に当てて「ん~」と思考を巡らせると――
「……誰なの?」
心底わからないといった眠そうな顔でそう答えた。
「……………………………………………………………んぇ?」
ポカーンと時が止まったように固まるレイバー。俺が〈凍結〉スキルを使ったわけじゃありません。だいたい神には効かないし。
「いや、あいつってネムリアの知り合いじゃないのか?」
「……知らない、なの」
俺も確認してみたけど、ネムリアは本当に知らないっぽいぞ。じゃあ、なんなんだあいつ? ストーカーとか? やだ怖い。お巡りさん呼ぶべきかしら?
「い、いや、いやいやいやいや! 知らないわけないだろうネムリア! 我だぞ! 貴様の永遠のライバルであるレイバー様だ! ほら、神界学校のクラスメイトで隣の席の!」
「……あー」
なんとか再起動したレイバーが捲し立てると、ネムリアは思い出したようにポンと手を叩いた。
「……ネムの安眠を邪魔してくるうるさい人がいたような気がする、なの」
「その程度の認識!?」
「レイバー様お気を確かにするです!?」
がくりと膝から崩れ落ちるレイバーをエヴリルが支える。なるほど、読めてきたぞ。レイバーが一方的にネムリアに片思いしていて、それを面白がったエヴリルが俺を連れ戻すついでに余計なお世話を働かせているとみた。名推理!
「なんていうか、不憫だな。もう帰った方がいいと思うぞ」
まあ、俺には関係ないことです。こっ酷くフラれたと思って帰ってオフトゥンちゃんに慰めてもらうといいよ。オフトゥヌスからのアドバイスだぜ。
「…………………………貴様か?」
「は?」
なんかレイバーが凄まじい怨嗟の形相で俺を睨みつけてきたんですけど。
「貴様が我のネムリアを誑かし記憶を消したのだな!? 許すまじオフトゥヌス!?」
「どうしてそうなった!? あんたが相手されてないだけだろ!?」
レイバーの体から灰褐色のオーラが漂い始めたぞ。なんだか相当お怒りのようだ。俺関係ないのに帰りたい!
「やはり戦争は続行だぁああああああああああッ!! オフトゥヌスを倒し、ネムリアに我が建労を見せつけその性根を叩き直してくれる! なっはっは! もう二度とこの我を忘れることのないようにな!」
レイバーが翼を広げて浮き上がり、不可視の衝撃を周囲にばら撒いた。安息も建労も関係なく信徒たちが落ち葉のように吹き飛ばされる。
「……忘れるもなにもネムは最初から覚えてないなの。覚える気もないなの」
「ネムリアさん追い打ちかけないで!?」
こっちもこっちで安眠を邪魔された恨み辛みしか思い出せなかったみたいですね。せっかく平和的に終われると思ったのにこれじゃゲームの方がまだマシだぞ!
「な、なはは、なははははははは! 我を、覚える気がない? やがて建労神となるこの我を? 許さん。そんなことは許さんぞ! ならば忘れられぬよう我が名を刻みつけるまで!」
「レイバー様落ち着いてくださいです!?」
エヴリルが必死に宥めているがもはや聞く耳を持たないようだな。
「オフトゥヌスなんかこれめっちゃやばそうだし!?」
「帰りてぇ」
「ウチも帰りたいし!?」
事態についていけず顔を青くするオフトゥニアス。流石に信徒たちもやばいと思ったのか、敵味方の区別なく意識のある者がない者を担いで避難して行ってるよ。
「さあ、さあさあさあ! 我が名を言ってみるがいいネムリアぁあああああッ!?」
衝撃波を嵐のように撒き散らしながらレイバーが問いかける。ここでネムリアがしっかり名前を言ってくれたら収まるんじゃないか?
よし、ネムリア! さっきからさんざん名前は出てるんだ! 覚えてるだろ? 言ってやれ!
「……すやぁ」
ブチン!
レイバーの額からなにかが切れたような音が聞こえた気がした。
「そこで寝るなぁあああああああああああああああああああああッッッ!?」
灰褐色だったオーラが、どす黒く塗り潰される。




