第百四話 それ俺の言ってた『枕投げ』と違う!?
「エヴリエル様、どういうことですか!? こちらは大神官様を襲撃されているのですよ!?」
枕を乱暴に掴み、俺に指を突きつけてゲームでの宣戦布告をしたエヴリルに、後ろに控えていたエディが抗議の声を荒げた。
意思が統一されていないのか? いや、エヴリルとヴァネッサ以外の皆さんは殺る気満々っぽいんですけど。やだもう帰りたい。
「だから武力で報復ですか? ハッキリ言うですが、そのやり方じゃわたしたちに勝ち目はないです。向こうには王都を救った英雄で七つ星冒険者の勇者さ……えーと、オフトゥヌスがいるんですよ?」
「まあ、イの字を相手に真っ向から戦っても一瞬で全滅がオチじゃな……」
おのれ〝勤労の天使〟エヴリエル! 真っ向勝負は面倒で帰りたいが、もっと面倒な方向に舵を切られるくらいなら俺はそっちの方がマシなんだよ! 安息魔法で簡単に無血鎮圧できるし!
「し、しかし、それでは我々信徒は納得しかねます!」
エディは食い下がる。そうだそうだ! もういっそ統率なしで勝手に暴れてくれ! あ、待って、ここじゃ迷惑だから余所でお願いします。
「大丈夫です。ゲームに勝てば安息信徒を全て建労信徒に改宗させるです。そうしたらレイバー様もお喜びになられるはずです」
「む……」
エディさん黙っちゃった!? もっと抵抗して!? その堕天使の口車に乗っちゃダメだ!? あとレイバー様って誰ですかエヴリルさん?
だが、そういう条件ならやってやらんこともないぞ。
「負けた方が全てを失うってことでいいのか? まさか、俺たちが勝った場合はなにもなしとか言わないよな?」
「もちろん、ここにいる全建労信徒を安息神教会に入信させてもいいです」
建労信徒たちがざわめく。『入信させられるものなら』って言葉が透けて見えるなぁ。自分たちは強制的な口調で言っておいて。エヴリルさんはたまに狡猾だから帰りたい。
とはいえ、これ以上問答をするのも面倒だ。やるならやるでさっさと決めちまおう。
俺は隣のオフトゥニアスと、後ろのオフトゥーソンとオフトゥレプトに目配せする。三人とも力強く頷いてくれたよ。
勝てば安息信徒が一気に増える。ネムリアの目標に近づくことができるんだ。あいつを神界に帰らせてやるためにも、この勝負、乗らないわけにはいかないな。
「わかった。受けてやる。ゲーム内容は?」
「勇者様が言ってた『枕投げ』でいいです。ただし代表を決めるようなやり方では建労信徒たちが納得しないです。全面対決でどちらかが全滅するまで戦うです。そして投げる枕にはわたしたちなら建労魔法、勇者様たちなら安息魔法を付与させ、当たった相手を強制改宗させるです」
「それ俺の言ってた『枕投げ』と違う!?」
要は信徒の奪い合い。敵を全部寝返らせれば最終的に勝者は約束された賞品も手に入れた状態になるわけだ。大丈夫それ人道的に? エヴリルさん建労神教会に入って過激度アップしてない?
「おいラティーシャ! いいのか王女としてこんなルールを許しちまって!」
「ゲームなら、まあ、いいだろう。よくわからんが腕相撲と一緒だな。よし、中立の我々が審判を務めようではないか!」
「一緒なわけあるか!? もうやだこの脳筋王女帰りたい!?」
「このゲームで我々が追っていた問題も解決するやもしれんのだ。無論、度が過ぎれば止めに入るよ」
既に度が過ぎている気がしなくもないが……だったらもう勝てばいいんだ。俺たち安息神教会は洗脳なんて非道な真似はしないからな!
「決まりですね、勇者様」
「……はぁ、帰りたい」
なんか全部エヴリルの掌の上って感じだ。絶対なんか企んでやがるよこの子。だってめっちゃ悪い顔してるもん。
すると、あまりいい顔はしていないサイラス将軍が俺たちとエヴリルたちを交互に見て――
「王女殿下、この人数で『枕投げ』をするには枕の数と広い場所が必要かと」
「ふむ、それもそうだ。ヘクター殿、用意できそうか?」
「お任せください。すぐに手配します」
ラティーシャに言われ、ヘクターは丁寧に一礼してから颯爽と聖堂を飛び出していった。便利だよな、あいつ。なにかと。
「言っとくが、負けてやるつもりはないぞ」
「わたしの台詞です、勇者様」
エヴリルの勝算がありそうな顔は恐くて帰りたいが、かと言って俺も引くわけにはいかない。
「……はっ。ネムは寝てなんかいない、なの。枕投げする、なの」
バッ! と涎を垂らした寝ぼけ顔でようやく起き上がったネムリアのためにもな。とりあえず、寝てても状況を把握しているのは本当らしくて助かったよ。




