第百三話 なんで、建労神教会の連中と一緒にいるんだ!?
「そこまでです!」
「その勝負、ちょっと待ってもらおうかの!」
安息神教会の聖堂の扉を勢いよく開け放ったのは、俺もよーく知っている二人だった。緑の髪に魔女っぽい三角帽子とマントを着ている悪魔は、エヴリル・メルヴィル。鳶色のツインテールに蓬色のローブを纏っているのは、ヴァネッサ・アデリーヌ・ワーデルセラム。
こいつら、また俺を連れ戻しに来たのか?
いや――
「どういうことだ、エヴリル?」
エヴリルとヴァネッサの後ろから、ぞろぞろと殺気立った奴らが現れたぞ。あの死んだ魚のような目をした奴らも俺はよく知っている。
「なんで、建労神教会の連中と一緒にいるんだ!?」
そう、あいつらは俺たちと頻繁に抗争を繰り広げている神敵だ。どうしてエヴリルがあいつらを引き連れてるんだ? めんどくさそうな臭いがする。帰りたい。
「おのれオフトゥヌス!」
と、エヴリルの斜め後ろに信徒の一人が怒り心頭な様子で歩み出たぞ。どっかで見たような……ああ、先日教会に直接乗り込んできた奴だ。なんて名前だったっけ?
「この方をどなたと心得る! 〝勤労の天使〟エヴリエル様だ! そのような名ではない!」
「……は?」
「いやエディさんわたしは『エヴリル』で合ってるですよ!? ていうか知ってるですよね!?」
「エの字も苦労したんじゃな……」
そうそう、エディ・アーベルだ。いや、そっちよりもエヴリルさんが謎の通り名で呼ばれていることの方が問題だな。どうしてそうなったの?
「〝勤労の天使〟エヴリエル……聞いたことあるし」
俺の横でオフトゥニアスが緊張した面持ちで呟いた。
「最近建労神教会に入信したのに、凄まじい働きっぷりを見せ、たった数日で大神官の右腕にまで上り詰めた奴がいるって。それが、〝勤労の天使〟エヴリエル」
「なにしてんのエヴリルさん!?」
ヴァネッサまで巻き込んで……まったく他人様に迷惑かけるんじゃないぞ。
「勇者様、安息神教会は今日で終わりです。建労神の名の下に、労働の素晴らしさを思い出させてやるです!」
「労働が素晴らしかった記憶はないから無理だと思います!」
なんなんだ今日のエヴリルは。やたら好戦的だな。建労神教会に入ってなんかあったのか? いつも以上に帰りたくなってきたぞ。
「エヴリル殿、これはどういう状況なのだ? 説明してもらいたいのだが」
「そうです。なぜエヴリルさんが建労神教会に?」
俺たちと枕投げバトルをしていたラティーシャとヘクターも困惑した様子だった。エヴリルは今初めてラティーシャたちに目を向ける。
「王女様、ヘクターくん、すみませんですが部外者は口を挟まないでほしいです。これは教会間の問題。そしてわたしと勇者様の問題です!」
「え、エの字よ、その言い方は王女様に失礼なような……」
「今更です」
確かに今更だけど普段のエブリルさんはもう少しラティーシャを尊重していた気がしますよ? 今更だけど!
「ですが、内乱だと思っていたのは王女様たちだったですか。まさか王女様たちまで枕で戦っていたとは想定外です。安息魔法でもかけられたですか?」
「いやエヴリル、これは『枕投げ』っていうゲームだ。あのまま戦ってたら街の被害が半端ないから、うちのお姫様が提案してそれで決着つけることになったんだよ」
危うく負けそうだったけどな。
で、そのお姫様はこんな状況だというのにぐっすりすやすや。気持ちよさそうにオフトゥンしてるよ。俺も帰ってオフトゥンしたいです。
だがまあ、このカオスな状況をどうにかしない限り難しそうだな。
「とりあえずいろいろ呑み込めないが、エヴリルが建労神教会に入ったことはわかった。それはつまり、安息神教会と敵対するってことでいいんだよな? その人数……全面戦争がお望みか?」
信徒たちの手前、余裕ぶらないといけないから帰りたい。全面戦争なんてしたくないです帰りたい。
「なにを言っている! 貴様らが我らの大神官様を襲撃したのだろう! 卑劣な安息神教会め! これは聖戦である!」
エディとかいう奴がブチキレたように顔を真っ赤にして喚き散らした。他の建労信徒たちも怒りを露わにして批難の言葉を投げてくる。
わけがわからないよ。
「は? お前こそなに言ってんの? 俺はそんな話聞いてないぞ? オフトゥニアス、お前は?」
隣の赤毛少女に訊ねてみるが……ふるふる。オフトゥニアスはさっぱりと言った様子で首を横に振った。
「ウチも初めて知ったし」
オフトゥニアスは関わっていない。他にそういう指示が出せそうなのは、あいつらか。
「オフトゥーソン! オフトゥレプト! お前らはなにか知ってるか!」
俺は聖堂の奥からこちらを窺っていた〈安息の四護聖天〉の残り二人を問い詰める。大男のオフトゥーソンと爺さんのオフトゥレプトは顔を見合して――
「いいや、建労神教会の大神官に襲撃かける話なんて聞いてねえな」
「私も初耳でございます。そもそも、安息信徒側から仕掛けた話は寡聞にして存じません」
やっぱり否定したよ。
「なあ、なんかの間違いじゃないのか? 冤罪とか帰りたいんですけど」
「惚けるな! 貴様がやったことはわかってるんだ、オフトゥヌス!」
「俺ぇ!? いつだよ!?」
「つい数時間前だ!」
その頃はネムリアと買い物してたか、ラティーシャたちとドンパチしていた頃だぞ。俺にはアリバイがある。会ったこともない建労の大神官なんて襲撃してる暇なんてないぞ。
「まさか、またなんかの〈呪い〉か……?」
だとしたら余計にややこしくなる。どっかで暗躍してる魔女を見つけて潰さないといけなくなるからな。
「そういうわけです、勇者様。これより建労神教会は安息神教会に対し開戦を宣言するです。勝った方が正義です!」
神樹の杖を天に掲げてエヴリルが高々と告げた。建労信徒たちの鬨の声が聖堂を揺らし、安息信徒たちも戦意を滾らせてきちゃってるよ。
「望むところだ! 今日で白黒つけてやんよ!」
「働きすぎのあなた方に安らぎを差し上げましょう」
「よ、よくわかんないけど、戦るってんなら戦ってやるし!」
俺以外の〈安息の四護聖天〉もやる気満々だ。
これはまずい。帰りたいけど、これはまずい。
「待て! 私の目の前でなにをやっている! 国民同士が争うことなど認めるわけにはいかんぞ! サイラス、もはやお忍びでは済まない。騎士団に連絡し、応援を呼べ。鎮圧するぞ」
「御意」
「ひぃ!? なんかめちゃくちゃ大事になってる帰りたい!? ネムリア起きろ! やべーことになってるからぁ!?」
ただでさえカオスなのに騎士団まで介入してきたらどんなことになるんだよ。もう全部ほっぽり出して帰るしかなくなるよね。
「待ってくださいです。わたしも暴力で解決はしたくないです。なので――」
一触即発の空気を払うように、エヴリルがそう言って足下に落ちていた枕を拾った。
「わたしたちとも、ゲームで決着をつけるです!」




