第百二話 これは、チャンスかもしれないです
気絶したレイバー様を風魔法でどうにか教会まで運び込むと、丁度いいところにヴァネッサさんを見かけたです。
「ヴァネッサさん、レイバー様を診てほしいのですが」
たまに忘れそうになるですが、ヴァネッサさんはお医者様です。念のためレイバー様の容態を診察してもらうです。まあ、目を回してるだけだと思うですが。
「はい、わかりましたのじゃ」
「?」
なんかヴァネッサさんの言動に違和感を覚えたですが、とりあえず風に乗せていたレイバー様を教会のベッドへと移さないと――
「あ、そういえばこの教会、ベッドがなかったです」
人間休まず働き続けることができるですからベッドなんていらなかったですね。でもこういう時不便です。とはいえ、ないものはしょうがないです。
「ヴァネッサさん、やりづらいかもしれないですがこのままお願いするです」
「はい、わかりましたのじゃ」
心なしか虚ろな目をしたヴァネッサさんは、風のベッドに寝かせているレイバー様の身体を検め始めたです。
神官服をはだけさせ、聴診器でピトピトするです。
そうしている間に事態を知った教会の司祭様や信徒たちが不安そうに集まってきたです。聖堂で診察しちゃまずかったですね。
「え、エヴリエル様、大神官様は一体どうされたのですか?」
司祭様の一人が恐る恐るといった様子で訊ねてきたです。教会のトップが倒れているのですからみんな心配なんですね。あとわたしはエヴリルです。
「実はかくかくしかじかで……」
「なんと! おのれ安息神教会め! 卑劣な真似を!」
「いやわたしまだ『かくかくしかじか』しか言ってないですがどうしてそうなったです!?」
ちゃんと説明する前から犯人は安息神教会だと決めつけちゃってるです。この人だけじゃなく、信徒たちみんな安息神教会へのヘイトを募らせているです。
実際は事故ですし、犯人を挙げるとすれば王女様ですけど。
「エヴリエル様! レイバー様の敵討ちです! 今すぐ全勢力を持って安息神教会へと殴り込みましょう!」
「物騒なこと言わないでくださいです!? あとわたしはエヴリルです!?」
仕方なくちゃんと一から経緯を説明するです。あ、レイバー様がネムリア様にお熱なことは伏せておくですよ。
話を聞いた建労信徒たちですが、その殺気を収めることはなかったです。
「しかし、このまま奴らを野放しにしておくわけにはいきません。事故だったとはいえ、間接的にでも奴らが関わっていることは事実。今こそ建労の下に奴らの怠惰を是正すべく聖戦を仕掛けるべきでしょう!」
司祭様が真っ直ぐ真剣にわたしを見詰めてくるです。その瞳には強い闘志の炎がメラメラと燃えていたです。こ、これは止められそうにないですね。
「さあ! 皆の者、聖戦の準備を!」
司祭様の呼びかけを受けて信徒たちが鬨の声を上げるです。
「聖戦うぉおおおおおおおおおおおっ!!」
「怠け者に鉄槌を!!」
「働かざる者食うべからず!!」
「はい、わかりましたのじゃ」
「人類に安息など不要だと教えてやりましょう!!」
「本日の業務は聖戦なり!! 本日の業務は聖戦なり!!」
「黒の万能薬をありったけ用意しろ!!」
「よい働きを!!」
「「「よい働きを!!」」」
信徒たちは天井知らずにヒートアップしていくです。ここでわたしが反対すると、『エヴリエル様』と呼ばれるまで積み上がった信頼を壊すことになるです。
これを止められるのはレイバー様だけです!
「ヴァネッサさん! レイバー様の容態はどうなってるです!」
「はい、わかりましたのじゃ」
ヴァネッサさんは相変わらず虚ろな目で同じ言葉を繰り返していたです。流石におかしいです。休求病で隔離された後なにをされたです?
「しっかりするですヴァネッサさん!?」
わたしは往復ビンタでヴァネッサさんの目を覚まさせるです。二十往復するくらいまで叩かれる度に「はい、わかりましたのじゃ」を繰り返していたヴァネッサさんですが、やがてビクンと肩が跳ねたです。
「ハッ! わしは一体なにをしていたのじゃ」
「正気に戻ったですね、ヴァネッサさん」
「エの字、なぜか両頬がじんじんするのじゃ」
「気のせいです」
ヴァネッサさんは両方のほっぺを真っ赤っかに腫らしていたですが、とにかく元に戻ってよかったですね!
「そんなことよりレイバー様の容態はわかるです?」
「ほえ? あ、なんか微かに診てたような記憶が……失神してるだけじゃったような……」
曖昧ですが、あんな状態でもお医者様のお仕事はしっかりこなしていたです。気絶してるだけならそのうち目覚めると思うですが、今じゃないと遅いですよ。
「報告! 安息神教会に不穏な動きあり!」
と、聖堂の扉を開け放って伝令が駆け込んできたです。
「安息神教会内部で抗争が勃発した模様! 勢力が二分し、枕を武器に戦闘を行っています!」
「どういうことです!?」
意味がわからないですが、きっと勇者様が関わっていると思うです。
勇者様? そうです。わたしはヴァネッサさんじゃなくて勇者様の目を覚まさせないといけなかったです。
聖戦を行うべく士気を高めている建労信徒たち。
内部で争いを始めている安息神教会。
意識を失っている建労神教会の大神官様。
「これは、チャンスかもしれないです」
「どうしたのじゃ、エの字?」
わたしは声を聖堂全域に届かせるために神樹の杖を振るって風の魔法を発動するです。
「みんな聞くです!」
声が拡散し、信徒たちが一斉にわたしの方を見るです。
「レイバー様に代わって、この〝勤労の天使〟エヴリエルが指揮を執るです!」
自分で『エヴリエル』なんて名乗りたくなかったですが、彼らをまとめるには現時点でこれ以上ない肩書ですね。
「よい働きを。今こそ安息神教徒に勤労の素晴らしさを教えてやろうです!」
その言葉を聞いた信徒たちは、熱狂的な声を聖堂内に轟かせたです。
彼らを利用する形で心苦しいですが、安息神教会と全面戦争になればその混乱に乗じて勇者様の確保するです。
「今行くですよ、勇者様!」
そう呟いて、わたしは信徒から差し出された黒の万能薬を一気飲みしたです。




