第九十九話 そんな恥ずかしい称号いらないです
わたしたちが建労神教会に潜入してから三日が経ったです。
レイバー様の加護を受けたわたしたちは、本当に休む必要もなく一日中働き続けることができたです。疲労は全く感じないです。寧ろ気持ちがハイになって今ならなんだってできる気がしてきたですよフフフ。
朝は冒険者として王都周辺を探索。昼は街の清掃ボランティアに参加し、夕方から酒場でアルバイト。その後は教会に戻って祈りを捧げ、朝ま雑務をいろいろとお手伝いしているです。
「もう嫌じゃ!? なんで延々と働き続けねばならぬのじゃ!? わしはもう帰って寝たいのじゃあああああっ!?」
三日目にしてヴァネッサさんが癇癪を起こしたです。
「休求病の罹患者だ! 隔離棟へ連れていけ!」
「嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃあああああっ!?」
「大丈夫。安心しろ。すぐ働けるようになるさ。よい働きを」
「それが嫌じゃと言うておるのじゃ!?」
ヴァネッサさんは信徒たちによって別室に運ばれてしまったです。
休求病はレイバー様の加護が弱まるとたまに発症する病ですね。まるで勇者様みたいに『帰りたい』とか『休みたい』とか喚き始める症状が特徴です。他にも何人かの信徒が同じようになって運ばれ、後日ケロッとして戻ってきたのを見ているです。だからヴァネッサさんもきっと大丈夫だと思うです。
「〝勤労の天使〟エヴリエル様、レイバー様がお呼びです」
と、司祭服を着た信徒の一人がわたしに一礼してそう告げたです。わたしは自分でもわかるくらい微妙な顔をして――
「あの、何度も言ってるですがわたしはエヴリルです」
「存じております。称号とでも思っていただければ」
「……そんな恥ずかしい称号いらないです」
なんかこの三日間、無心で働き続けていると勝手に昇級して信徒たちからそう呼ばれるようになってしまったです。たぶん勇者様が『オフトゥヌス』とかって呼ばれていた現象と同じ感じですね。
「えっと、レイバー様がわたしになんのご用です?」
「さあ? 内容までは窺っておりません」
困ったように苦笑する司祭さん。仕方ないですね。わたしは言われるまま教会最奥にある大神官様の部屋へと向かったです。
「――失礼しますです」
ノックをして中に入ると、灰褐色の髪をした男の子――ハトァラケー=レイバー様が執務机の向こうに立っていたです。
「なっはっは! 急な呼び出しに応じてくれて感謝する、〝勤労の天使〟エヴリエルよ」
「そ、その呼び方やめてほしいです」
レイバー様までそんな風にわたしを呼ぶですか!
「なぜだ? 我が命名したのだが気に入らなかったか?」
「あなたがつけたんですか!?」
ツッコミを入れると、レイバー様は髪と同じ灰褐色の翼を大きく広げてふんぞり返ったです。
「そうだ。新たな神となる我の右腕に相応しい名であろう」
「え? わたしがレイバー様の右腕、ですか?」
話が急すぎて混乱したです。わたしはまだ入信して三日しか経ってないですよ? そんな新参者を取り立てていいですか?
「うむ! エヴリエルよ、貴公の働きぶりは見ていたぞ。いくら我の加護があろうと、か弱い人間が一息もつかず働き続けることは至難。それを苦も無くやってのけている貴公を我は気に入ったのだ! 他の信徒からの評判もいいからな! なっはっは!」
「は、はあ……」
爽快に笑うレイバー様にわたしはつい生返事をしてしまったです。勇者様の目を覚ますために建労神教会を利用している身としては悪くない展開ですが、こんなに早く目をつけてもらえるとは思ってなかったです。
「我についてくれば、必ずや本物の天使として神界に召し上げてやろう。喜ぶといい!」
「わたしが、本物の天使様に……?」
憧れがないと言えば嘘です。でも、申し訳ないですが、そこまでレイバー様についていく気はないんです。今は言えないですが。
「そこでだ、貴公に我が右腕としての初任務を命じる。なっはっは! なに難しいことではない。我と共に出かけるだけだ」
「お出かけですか? レイバー様と二人で? え? それってどういう――」
「先程、安息の新神が部下を一人だけ連れて街へ出たと報告があったのだ。その動向を調べるために我自ら働く。隠密活動には貴公の風の魔法が役立つだろう」
「そ、そういうことですか。なるほどです」
てっきりレイバー様がデートに誘ってきたのかと思ったです。じ、自意識過剰ですね。恥ずかしいです。
「ちなみに部下の一人は誰だかわかるですか?」
「うむ。〈安息の四護聖天〉の一人、オフトゥヌスという話だ」
「――ッ!?」
勇者様です!
勇者様が安息の新神――フトゥン=ネムリア様と二人っきりでお出かけ? ぐ、さっき勘違いしたばかりですが、そっちこそデートだったりしないですよね? よね?
「わかったです。レイバー様にお供するです」
断る理由が完全になくなったですね。逆に勇者様とネムリア様の二人だけなら接触もできるかもしれないです。
「よい働きを。奴が隙を見せたならば一気に叩く。大神官を失えば安息神教会は瓦解。天下は我ら建労神教会のものだ! 人が存分に働ける世の中にしてやろう! なっはっは!」
「もしデートだったら神樹の杖で百叩きの刑です! あんな小さな子に手を出すロリコン勇者様には痛い目見てもらうです!」
「なんの話だ?」
「なんでもないです。こっちの話です」
怪訝そうに眉を顰めるレイバー様をテキトーに誤魔化して、わたしはさっそく出かける準備をすることにしたです。
待っていろです、勇者様!




