8話~黄金竜と金貨投げ
「はあっ、はぁっ、死ぬかと、思った」
幸太郎が我にかえるとトカゲの襲撃は止んでいた。
通路の入口あたりで幸太郎の金貨投げ攻撃にあたり麻痺をくらっている。
だが全てのトカゲを麻痺らせたわけではなく、幸太郎の金貨投げが届かないくらいの位置から様子を伺っている。
金貨が当たっただけで次々と仲間が倒れていくのを見て恐れをなしたのだろう。
幸太郎には好都合であった。
「てかなんだよ、つえーじゃん。呪術師」
幸太郎は金貨を1枚広い上げると全力でトカゲに投げつけた。
ただがむしゃらに投げていた先程と違い、全力で投げられた1枚は遠くでこちらを伺っていた内の一匹に命中した。
当たったトカゲはビクンと震えると地面に崩れ落ちる。
それを見たトカゲがギャアギャアとわめきながらさらに幸太郎から距離をとった。
「幸運か……」
ギルドで受付嬢が言っていた呪術師が不人気な理由の一つ、『デバフや状態異常は敵にかかるかどうかがわからない』
幸太郎の高すぎる幸運はそのデメリットを完全に打ち消していた。
幸太郎の高すぎる幸運は、たとえ確率が1%未満でもそれを引き寄せる。
「……なるほど。天運の勇者のステータスと呪術師の運任せスキルは相性が良いのか。まあ確かにこのステータスで殴りかかるよりも状態異常でハメ殺しにする方が現実的か……。そう考えるとあの時呪術師を手に入れることが出来たのは幸運だったのか……?」
幸太郎は首を傾げたが、『そもそもまとまなステータスの勇者だったらこんなことになっていない』ということに思い当たり、天運の勇者になったことが一番の不運ということで決着がついた。
「ってイカンイカン。早くダメージを与えられるスキルを選ばないと。いつコイツらの麻痺が解けるかわからんし」
さらに言うとトカゲに投げつけるための金貨の数は有限だ。
残りは初めの半分ほどしかない。
低ステータスの幸太郎はトカゲがじゃれついてきただけで致命傷になりかねないので、なるべくトカゲに近づくことは避けたかった。
幸太郎は小部屋の中に散らばった金貨を集めれるだけ集めると、いつトカゲが襲いかかってきてもいいように片手で金貨を握りしめながらステータスカードを見た。
「ダメージを与えられそうな状態異常は……毒、出血、火傷、激痛に……即死!?まじか!……あっ、でも取得条件みたしてねぇ」
即死系スキルの中の最も弱いスキルの【まれに即死】でさえ条件が『呪術師Lv100以上』と『10種以上の状態異常を与える』になっている。
条件が厳しすぎる。
「いやそもそもこれ条件満たせる奴いるのか?」
状態異常付与系スキルは【まれに〇〇】に始まり、【ときどき〇〇】【〇〇攻撃】……という順番で取得できるようになる。
しかし【まれに〇〇】は『低確率で』発動し、状態異常に『するかもしれない』スキルだ。
上位スキルの【〇〇攻撃】でも『状態異常にするかもしれない攻撃』だ。しかもこちらは他二つと違い魔力を消費する。
だが運が良ければ発動するような攻撃など実用的ではないだろう。
実用性を求めれば自然と【〇〇攻撃】をとることになる。
だがスキルポイントは有限だ。
幸太郎のざっくりした計算では10種も【〇〇攻撃】をとる頃にはレベルは150を超える。
しかも他のスキルを一切とらないで、だ。
もっともそこまでやっても取れるのは【まれに即死】であり、わりにあっているとは思えないが。
だが幸太郎にとってはそこまで難しい話ではない。
【まれに〇〇】ならあまりスキルポイントの消費も多くないので100レベルに到達するころには余裕でとれるようになっているだろう。
「通常攻撃が全て即死になるのか。とんでもないチートじゃねぇか。……でもどうせならもっと派手なのがよかったなぁ。例えばこう、1振りで大地を砕く伝説の剣、とか。
……まあどっちにしろ当分先の話だな。」
今の幸太郎は呪術師レベル16。100レベルには程遠い。
今はこの場を切り抜ける方法を見つけなければせっかく見つけたチートも活かす暇なく死ぬことになりそうだ。
それは嫌なので真面目に考える。
「毒、出血、火傷、激痛か。スキルポイント的には取れるのは最大で2つってところか。うーんまぁどれも似たようなものだろ。とりあえずコレとコレにしとくか。」
と幸太郎がスキルを取得したときだった。
「グルォォォォォォオオオオオオオン!!!!!!!」
「うおっ」
明らかに今までのトカゲ達とは一線を画す咆哮が響き渡る。
あまりの声量に鼓膜が破れそうになり思わず両手で耳を塞ぐ。
ビリビリと空気が震える中、幸太郎の目に絶望的な光景が広がっていた。
(ウッソだろ!)
今まで倒れていたトカゲ達が咆哮に呼応するように立ち上がっていた。
それも一匹や二匹ではない。
麻痺を与えたタイミングはバラバラのはずなのに全てのトカゲがその4本の足で立ち上がっていた。
しかし真に絶望的なのはそれでは無い。
立ち上がるトカゲ達の奥。
幸太郎の小部屋からでもわかるほど大きなその黄金の竜が幸太郎を睨みつけていた。
おそらくさきほどの咆哮はこの竜によるものだろう。
(やっべぇ!竜がおきちまった!ってかうるさっ!こんなに離れてても鼓膜が破れそうだぞ!)
ゆっくりしすぎた、と思う暇なくトカゲ達が襲いかかってくる。
幸太郎も負けじと金貨を投げる。
トカゲ達は金貨に当たると再びビクンと体を震えさせると地面に崩れ落ちてピクピクしている。
しかも今回はそれだけではない。
金貨の当たった箇所にジワリと赤いものが滲んだかと思うとそこから出血しだした。
さらには白目を向きながら泡を吹いている。
幸太郎が新しく取得したスキル【まれに出血】と【まれに毒】の効果だ。
「ふん、学習能力のない奴らめ。トカゲ程度俺にかかればどうってこと「グルォォォォォォオオオオオオン!!!!!」ってうるせぇ!」
幸太郎がドヤ顔で勝ちほころうとしたとき、再びあの竜の咆哮が聞こえた。
煩わしいと思いながらも耳を塞ぐ。
だが真の絶望はここからだった。
「グルル」「グギャオ」「グアア」「グギュウ」「ギャオ」「グアオ」
「は?」
ついさっき麻痺をくらわせたハズのトカゲが立ち上がっていた。
見れば出血も止まり、泡を吹いているものもいなくなっている。
(なんでだ!いくらなんでも早すぎるだろ!もしかして耐性でも出来たのか?いや、出血も毒も与えたのは今回が初めてだ。くそ!わからん!)
幸太郎が混乱している最中もトカゲは襲いかかってくる。
「くそっ!」
幸太郎も仕方なく対症療法的に金貨を投げつける。
するとやはりトカゲは地面に崩れ落ち、血を吹き出し、泡を吹き出した。
「どうだ、これで……」
「グルォォォォォォオオオオオオン!!!!!!!」
三度の咆哮。
すると耳を塞ぐ幸太郎の目の前でトカゲが立ち上がる。
幸太郎にはそれがゾンビのように感じられた。
(くそっ!さっきから咆哮の度にトカゲが起き上がってる。まさかこの咆哮がトカゲの状態異常を治してんのか!)
理屈はわからないがスキルのようなものだろう。
もはやそれ以外に理由が考えられない。
(なら先にお前から封じる!)
幸太郎は起き上がったトカゲに手早く金貨を投げつけると奥にいる黄金の竜に向けて残り三本しかない矢のうちの1本をつがえて放った。
矢は途中で障害物に当たることなく突き進むと竜の鼻っ柱に命中する。
ズドォン、と地響きをたてて竜は崩れ落ちた。
遠くからでは見えないが、麻痺が発動したということはきっと出血も毒も発動しているだろう。
「ふう、後はこのまま待ってれば……」
いいな、と続けようとして幸太郎は絶句した。
1度は確かに崩れ落ちた黄金の竜。
それが弱々しく、だが確かに立ち上がろうとしている。
呆然としている間に竜が完全に起き上がったしまった。
まだ万全の状態ではないようで、その四肢に力は入っていないが起き上がった。
そして4度目の咆哮が放たれる。
「グルォォォォォォオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!」
「ウソだろぉぉぉぉ!!!」
思わず弓を取り落として耳を塞ぐ。
(なんだよアレ!体がデカイから治りが早いのか!?それとも耐性!?いやスキルか!?あーわからん!わからんけどこの状況はまずい!)
再び襲いかかってくるトカゲ。
身を守るために金貨の袋に手を入れて金貨を取り出す。
ガリッ
「!?」
指先に感じる硬い感触。それを無視して金貨を掬い投げつける。
トカゲは悲鳴もあげれずに倒れたが、悲鳴をあげたいのは幸太郎の方だった。
(金貨の残りが少ない!)
袋の中の金貨が少なくなったせいで床を掻いてしまったのだ。
幸いまだ金貨はある。
だがそれは初めの10分の1程度だ。
あと数回これを繰り返せばなくなってしまうだろう。
(あれ、コレ詰んでね?)
幸太郎の背筋に冷たいものが流れた。
トカゲを状態異常にかけても治される。
状態異常を治す竜を先に倒そうとしてもすぐに治る。
そしてそんな時間稼ぎも直に出来なくなる。
そしたら自分は……
暗い想像に目の前が暗くなる。
しかしその間も竜は止まらない。
5度目の咆哮が響き渡る。
幸太郎を殺す咆哮だ。