5話~幸運インフレ
「やあ麗しの受付嬢。戦利品の売却をしたいんだが……頼めるかな?」
弓の練習兼狩りを終えた幸太郎はギルドに戻ると、先程から毒舌のキツくなった受付嬢のところに行きドヤ顔でいった。
この受付嬢は明らかに自分を見下している、と幸太郎は感じていた。
まぁ幸運2000万だからと期待して高価なアイテムを優先して使わせてくれたのに、引き当てたのは不人気職の呪術師だったのだ。
もしかしたら詐欺師と思われているのかもしれない。
「はい、わかりました。【初心者の弓】の売却ですね。中古ですので100G。1割がジョブオーブの返済に当てられますので90Gになります。冒険者人生お疲れ様でした」
「いやそっちじゃねぇよ!?これだよ!モンスターのカードの方だよ!」
切れ味鋭いジョークに幸太郎は思わず吼える。
しかし受付嬢はそんな声にもどこ吹く風といった様子で表情を変えない。
「モンスターカードですか。それでは半日かけて蟻のようにせこせこと集めた物を置いてさっさと消えてください」
「……相変わらず冷てぇなあ。俺としては出会ったあの頃のように睦まじく語り合いたいとこなんだけどな」
「妄想癖ですね。死んでください」
「そこまで言うか!?」
1言えば10返してくる受付嬢に翻弄される幸太郎。
だが今回はそうはいかない。
「ふっまあいい。見るがいい俺の戦利品を!これを見ても同じことが言えるか!?」
幸太郎はカウンターの上にモンスターのカードをぶちまけた。
その数実に……158枚。
「なっ」
これにはさしもの毒舌受付嬢も素で驚いた声をあげた。
これだけの数のモンスターカード、とてもではないが今日初めて狩りを始めた者が半日で集められるとは思えない。
いや、そもそもいくらモンスターが弱いとはいえベテランでもこの数は無理だろう。
「幸太郎さん。いったい誰から盗んだんですか?」
「いや盗んでねぇよ!まごうこと無き俺の実力だよ!」
「ゴブリンでもわかるような嘘はつかないでください。初心者がこんなにたくさんのカードを集められるわけがありません。ほら、ちゃんとゴメンナサイしに行きましょう?大丈夫です。運が良ければ奴隷処分くらいですみますから」
「だから違えって。てか奴隷とか物騒なこと言わんでくれ!受付嬢も見ただろ?全てはこの運のおかげさ!」
そう言うと幸太郎はステータスカードを出すと受付嬢に突きつけた。
目の前に突き出されたステータスカードに嫌そうな顔を浮かべた受付嬢はその一瞬後、突然吹き出した。
「……何だよ突然。もしかしてまだ笑いたりないのか?」
想像していたのと違うリアクションに面白くなさそうな顔を浮かべた幸太郎。
そういえば狩りの後自分のステータスを確認していなかったな、と思い出す。
結構な数の魔物を仕留めたのでどれくらいレベルが上がっているのか、とわくわくしながらステータスをみた。
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名前:コウノ・コウタロウ
性別:男
年齢:18
職業:天運の勇者Lv5
副業:呪術師Lv16
魔力:98/98
筋力:9
耐久:7
知力:12
精神:9
敏捷:8
器用:12
幸運:103572165
所有スキル:【ステータスカード】【弓の素質】
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「いちおく……」
幸運が1億を超えていた。
それに対し、他のステータスはほとんど伸びていなかった。
僅かに筋力と器用が伸びたくらいか。
幸運だけが着々とインフレを起こしつつある。
「いや、素晴らしい。素晴らしいですよ幸太郎さん」
パチ、パチと受付嬢の乾いた拍手が鳴る。
その顔は嗤いの表情にゆがんでおり言葉が言葉通りの意味を持っていないことは明白だった。
「冒険者にとって自身の長所を理解し伸ばすことは大切です。それがたとえ……プッ……呪術師を引き当てるような糞の役にもたたない運だったとしても」
「うるせー!笑いたいなら笑えよ!それに今回はちゃんと役にたったわ!いいか?何で俺が短時間でこんなに大量のカードを手に入れられたかというとな……」
「アハハハハハハハ」
「いや聞けよ!ホントに笑ってんじゃねぇよ!素直かお前は!」
「何ですか笑えと言ったり笑うなと言ったり、優柔不断ですね。だから童貞なんですよ」
「どどどど童貞ちゃうわ!」
「あーはいはい。わかりました童太郎さん。それでどうするんですか?このカード全部換金してしまってよろしいのですか?」
「あ、ああ。今は少しでも金が欲しいからな。換金してくれ。……ん?今俺のこと何て呼んだ?」
「それでは査定に入りますので少々お待ちください」
「おいっ、アンタ今俺のこと童太郎って呼んだよな?おい?」
「査定中はお静かにお願いします。童貞郎さん」
「あっテメさり気に童貞要素増やしてんじゃねぇよ」
ギロり
騒ぎすぎたのか隣りの受け付けにいた筋肉マッチョのコワモテ冒険者に睨まれたので慌てて口を閉じる。
幸太郎は暴力と権力には弱いのだ。
受付嬢と言い合うことを辞めると途端に手持ち無沙汰になってしまう。
仕方がないのでギルドの中を見渡すことにした。
まず依頼書の張ってあるコルクボードが目に入った。
あそこに張ってある依頼書から自分で依頼を選ぶ仕組みだと思われる。
視線を横にずらすと冒険者用売店『ネンノタメ』が見える。
ここはどうやら投げナイフや携帯食料、ポーションなどの消耗品を売っているらしい。
店名の通り、冒険の前の『念のため』に道具をそろえるための店らしい。
そして1番賑やかな酒場
ギルドに併設された酒場にはひと仕事終えた冒険者たちが酒を酌み交わしている。
その表情は晴れやかな者も入れば泣き腫らしている者もいる。
きっと冒険者一人一人にその日のドラマがあったのだろう。
彼らのその様子はもしかしたら明日の自分なのかもしれない。
酒場をぼんやりと見ながら幸太郎は何となく異世界で冒険者になったのだと理解した。
いまさらながら魔物を殺してきたという実感がわいてきたからかもしれない。
突然勇者として異世界に召喚されて浮かれてゲーム気分でいたが、狩りが終わりアドレナリンの排出がパタリと止まると色々と冷静になってしまった。
突然いなくなって家族は心配しているんじゃないだろうか。
自分は本当に世界を救えるのだろうか。
たとえ世界を救って元の世界に戻ったとして勉強にはついていけるのだろうか。
……そういえば世界を救ったら願いを何でも一つ叶えられると言っていた。自分はその時何を願うべきなのだろうか。
考えなければならないこと、考えても仕方の無いこと。
色んな不安や想像が頭の中に浮かび上がる。
(優先順位をつけるべきか……)
頭がごちゃごちゃしてまとまらない。
ならば大事なことから一つずつ片付けていくべきだ。
(何よりもまずは強くならないとな。レベルを上げても攻撃力がろくに上がっていなかったてことはこのままじゃ火力不足になる。もしも俺の矢が刺さらないような敵が出たらお手上げだ。何かしらの方法を考えておかなきゃまずい。
いや、その前に仲間を集めるべきか?仲間が入れば出来ることに幅が出る。レベルも効率的に上げられるかもしれない
あとそれから……)
「幸太郎さん。査定終わりました」
思考の海に沈む幸太郎を受付嬢の声が現実に引き戻した。
見ると机の上にあったカードは消え、代わりに恐らくお金の入っていると思われる袋がおかれている。
……お金といえばジョブオーブの代金はどれくらいなのだろうか。
かなり高価といっていたが今回の稼ぎでだいぶ返済が進むことを期待する。
「やぁどうだった?いくら弱い魔物っつってもあんだけあればジョブオーブの代金のたしぐらいにはなったんじゃない」
「はい、それはもう。幸太郎さんの涙ぐましい努力と無駄に高い幸運のおかげで焼け石に水程度返済が進みましたよ。やりましたね」
「え……」
少し幸太郎が思っていたのと違う答えがかえってきた。
なんせ曲がりなりにもにも命をかけてとってきたのだ。
あまり安いと少しショックである。
「ちなみにその……さ。査定額と残りのジョブオーブの代金を知りたいんだけど……」
何となく嫌な予感を感じながら受付嬢に尋ねる。
「はい。まずは査定額は71250Gです。こっから1割の7125Gが返済に当てられるので幸太郎さんの取り分は64125Gです。」
Gの価値がわからないから何とも言い難いが、1G=1円と考えると日給で64125円。
バイトの経験がない幸太郎にはそれが高いのか低いのかはよく分からないが、まあそんなものかと納得した。
「これでジョブオーブの残り返済額は500万引く7125で4992875Gです。死ぬ気で頑張ってください。」
「……え?499まん……なんだって?」
「4992875Gです」
「え、ちょま、ジョブオーブってそんなに高いの?」
「はい。値段はよく変動しますが最近は500万前後です。今回はきりよく500万ぴったりにしました」
「いや聞いてねぇぞそんなにたかいなんて!そんなの新人冒険者が払えるわけねぇだろ!」
「まぁ普通はできないでしょうね」
「はぁ!?わかっててやったのかよ!?こんなん詐欺じゃねぇか!?無効だ無効!?」
「ですが幸太郎さんならできるでしょう?天運の勇者であるあなたならば」
その言葉に沸騰していた脳が一瞬止まる。
先程から幸太郎を攻撃するかのような毒舌しかはいてこなかった受付嬢が突然幸太郎を持ち上げるような発言をしたのだ。
ちょうど苦いと思って口にしたものが甘かったような状況に脳がついて行けなかった。
幸太郎が緊急停止している間に受付嬢は語り出した。
「私みたいに長い事この仕事やってると色んな冒険者を見ます。
そうするとだんだんわかるようになるんです。あ、この人はのびるなぁとか。この人はここで限界かな、とか。
そこで私は才能がある人を見つけたらできるだけサポートするようにしたんです。
そしたら皆面白いくらいに伸びていって、いつしかそれが私の密かな楽しみとなっていました。
そんな時に幸太郎さんが私のところにやってきました。
幸太郎さんは筋肉もなく、動きも素人臭くてとても弱そうでした
それなのに今までに見た誰よりも強くなる、と感じました。
だからこそあなたにジョブオーブを渡したんです。
私のこの勘は今まで外したことがありません。
だから今回も上手くいくと、これだけの幸運の持ち主なら絶対にやってくれるとそうしんじていたんです。
しかし結果は呪術師。
正直失望しました。
幸太郎さんにではなく、自分に。
自分の勘などというあやふやな物を信じて未来ある新人の余計な物を背負わせてしまったと。
自暴自棄になっていたのかもしれません。
でも幸太郎さんがあの大量のカードを持ち帰ったとき私は再び確信しました。
やはり私は間違っていなかった……と。」
受付嬢はそこで言葉を切ると、身を乗り出しあまりの出来事に固まる幸太郎の手をとった。
そしてさらに固まる幸太郎を潤んだ期待に満ちた目で見つめた。
「幸太郎さん、どうか諦めないでください。あなたはきっと誰よりも強くなれる。そのことはこのルル・ヴァンピルが誰よりも知っています」
しばらく無言の時間が流れた。
お互い見つめあったまま動かない。
だがやがて沈黙に耐えかねた幸太郎が口を開いた。
「あーまーその、なんだ。女にそこまで言われてやらないってゆうのも情けないっていうか」
「幸太郎さん……!」
「うんまあ、俺はいずれ最強になる男らしいし?500万の借金くらい返すのはわけないってゆうか?」
「はい……!はい……!」
「まあ、要するに俺が最強になるのをおとなしく待ってろってことだな!」
「はい!その意気です!幸太郎さん!…………ほんとうにチョロイですね」
最期にボソリと呟かれた言葉は上機嫌な幸太郎にはきこえていなかった。
もっとも聞こえない方が良かったのかもしれないが。
「よーしそうと決まったら早速これからの予定を練らないとな!それじゃ受付嬢さん。また明日!」
「はい。お疲れ様でした。幸太郎さん」
ドタドタドタドタ、バタン
ハイテンションになった幸太郎がギルドを出ると受付嬢──ルル・ヴァンピルに隣りのツインテールの受付嬢が話しかけてきた。
「ルルってさ、人をのせるの怖いくらい上手いよね」
「あら心外だわ。今のは幸太郎さんが単純だっただけよ」
「ま、確かにそれはあるかもだけどね。結局500万ギルドに借金してることには変わりないのに丸めこまれちゃってるし。……ねぇところでさ、さっきの話ってどこまでがホントなの?」
「さっきの話って?」
「才能がどうのって話っ。まさか本当に才能があるってわけじゃないよね?」
「ああ、あれね。あれ実は8割くらい本当なの」
「え!?そーなの!?」
「ええ。幸太郎さんには誰よりも才能があるわ。嘘なのは『新人冒険者に余計な物を背負わせて自暴自棄になった』ってとこだけよ。ああいう単純な男はね、ちょっとキツいぐらいの環境に放り込んだ方が伸びるの」
「へーそういうもんかー。まぁルルがそういうならそうなんだろうね。なんせ『ギルドの最終兵器』ルル・ヴァンピルだもんね」
「こらっ。その二つ名はあんまり言わないでって言ってるでしょ。また冒険者から勧誘がきたら断わるの大変なんだからね」
コツンとツインテールの頭を叩いてるため息をつく。
「おーい。ルルちゃん。買取り頼むよ」
「あっはいただ今承ります」
冒険者の声に仕事に引き戻される。
どうやらまだまだ受付嬢の仕事は終らないようだ。
種族:ラッキーモグラ
スキル
【穴掘り】……穴掘りにボーナス(小)
【幸運の遣い】……常時幸運アップ(小)
ドロップ
『ラッキーモグラの肉』『ラッキーモグラの魔石』
説明
基本的に土の中から出てこないため見つけるのは困難。しかし運良く倒せれば大量の経験値を得ることができる。また『ラッキーモグラの肉』にも多くの経験値が含まれており食べるだけでレベルを上げられるため、安全にレベルを上げたい貴族達によく食べられる。レアドロップである『ラッキーモグラの魔石』は加工することで【経験値上昇】のスキルがついたアクセサリーになるので冒険者に人気