4話~幸運と弓~
あの後何があったかは覚えていない。
気がつけば幸太郎は草原に立っていた。
後ろを振り返ると街を囲む城壁とさらにそれを囲むスラム街が見える。
どうやら無意識のうちに歩いてここまできてしまったらしい。
「やっべー武器も持ってないのに街の外に出ちまった。急いで戻らないとってなんだこれ」
ふと手を見るとその手には木製の弓が握られていた。
背中を見ると矢筒のような物も背負っていて、中には矢が10本はいっている。
それを見て先程ギルド内でした受付嬢とのやり取りを思い出した。
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『天運の勇者かっこ笑いの得意武器が何だかは知りませんが、呪術師の得意武器は杖、短剣、弓です。弓の命中には幸運と器用のステータスが関わっていると言われているので、アナタの見た目だけでかくて何の役にもたたない幸運を活かしたいのなら弓を使うことをオススメします。』
『うー……あー……』
『今なら初心者サービスでお好きな初心者用武器をプレゼントいたしますがいかがいたしますか?』
『あうあうあー』
『弓ですね。承知いたしました。ステータスカードの職業の欄をタップすればスキルを得られます。初期ボーナスとしていくらかのスキルポイントがはいっているはずなのでまずはそれを使ってスキルをとると良いでしょう』
『ぶあ……かー……おー……』
『街の近くにいる魔物は弱いのでまずはその魔物で試すと良いでしょう。外はギルドを出て右に行けば出られますよ。それではご武運を』
『さー……いえー……さー……』
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「あーそうだ思い出した。」
受付嬢の期待外れ発言の後、廃人となった幸太郎に受付嬢は傷に塩を塗り込みながら冒険者の説明をしたのだった。
心が受付嬢の口撃から身を守ろうとしているのか、その内容のほとんどは思い出せないがまあなんとかなると思うことにした。
「スキル、か」
幸太郎は受付嬢に言われた通り、とりあえずスキルを見ることにした。
ステータスカードを取り出し、まずは天運の勇者の方をタップした
すると大量のスキルが出てきた。
『ここではスキルポイントを消費してスキルをてに入れることができます。スキルの中には取得条件が設定されているものがあります。よく確認しておくことをオススメします。
スキルポイントはレベルの上昇時やアイテムを使うことで手に入れられます。
スキルポイントの振り直しには高価なアイテムが必要ですから気をつけてくださいね。……ところでアナタの使ったジョブオーブも高価なアイテムですので返済には気を付けてくださいね』
「ぐぁっ」
受付嬢の説明を思い出したことで幸太郎に精神ダメージが入った。
動悸の激しくなる心臓を抑えながらスキル欄を見る。
スキル名をタップすると説明が出るようだ。
試しに1番上にあった【祈り】というスキルをタップしてみた。
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スキル:【祈り】
説明:天に祈りを捧げ一定時間幸運上昇(小)
消費魔力:3
取得しますか?YES/NO
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「なるほど、幸運特化キャラか」
もはやそのことを嘆いてもどうにもならない。
無いものねだりをして強くなれるならそうするが、しても意味が無いのなら諦めてこの職業で強くなるしかないのだ。
人生諦めが肝心なのだと幸太郎は学んだ。
幸太郎は少し大人になった。
「とりあえず他のスキルも1通り見ておくか」
その結果。
「とりあえずおもしろそうなのはこれぐらいか」
スキル:【九死一生】
効果:自身が致命傷を受けた際に低確率で発動。ダメージを99,9%カットする
スキル:【ラックチップ・ギャンブル】
効果:自身の幸運の最大値の1割を消費して様々なスキル、武器、道具などが手に入るガチャを回す。減少した幸運は時間経過で戻る
スキル:【都合の良い奇跡】
効果:自身の幸運を暴走させて都合の良い奇跡を起こすことがある
スキル:【確率開放】
効果:確率の上限を開放する。
スキル:【ギャンブルアタック】
効果:自身の攻撃の威力の0~1000%で攻撃
ほかにもあるが優先度のたかそうなのはこれだと思われる。
【確率開放】はこれだけだと意味がよくわからないが、このスキルは【一石二鳥】というスキルの追加効果の発動率を2倍するスキルをとることが取得条件になっているので似たようなスキルと思っている。
「でもまぁとれるのは大分先だなぁ」
今上げたスキルはどれも初期スキルポイントでは取れないくらいスキルポイントを必要としたり、取得条件を満たしていなかったりして、取れるようになるのは大分先になりそうだった。
当面はこれらのスキルを得ることを目指してレベルを上げることになるだろう。
「次は呪術師の方だなっと。うわ……状態異常とかステータスダウン系ばっかだ」
幸太郎が呪術師のスキル欄を開くと大量のスキル欄が現れた。
状態異常に関するスキル欄だけで30こほどある。
「こりゃ全部とるのは無理だなぁ」
必要なスキルを見極めて取らなければいざと言う時に困ったことになりそうだ。
ひとまず全てのスキルを確認しながら、幸太郎は全力で頭を回転させ始めた。
「うーむ。わからん」
強くなるスキル振りに関して幸太郎が出した結論はそれだった。
幸太郎は昔からゲームは好きだったが上手くはなかった。
ポ〇モンは伝説を捕まえたら満足する派で努力値や固体値の厳選などには見向きもしなかった。
「スキル振りリセット用のアイテムも有るらしいし、とりあえずやってみてダメそうだったら……まぁ何とかしよう」
幸太郎は試しにスキルをとってみることにした。
とるのは呪術師の【弓の素質】だ。
スキル:【弓の素質】
効果:弓の素質を得る。弓の扱いにボーナス(微)。弓術の成長にボーナス(微)
幸太郎には武道の経験も殴り合いのケンカの経験もない。
だからどの武器を選んでも同じだろうと思い、せっかくだからもらった弓を使うことにした。
「えーとポチっとな」
スキルを取得すると体に何かが流れ込むのを感じた。
あまり何か変わったように思えないが大丈夫なのだろうか
「まぁボーナス(微)じゃこんなもんか」
ひとまずどれくらい変わったのか試し射ちをすることにした。
目標は10mほど離れた木にして、当たるようなら少しづつ距離を伸ばすことにした。
「うーん。こんな感じでいいのかな?」
【弓の素質】のサポートなのか、構えは自然とできた。
どうやらこのスキルはかなり本能的なところに働きかけるらしい。
「考えるな……感じろって……ことか……なっ!と。おーど真ん中」
幸太郎が放った矢は狙い過たず木のド真ん中に当たった。
近付いて見てみるとかなりズッポリと刺さっているのがわかる。
「ひぃえー。矢ってこんなに威力出んのか。こえー。……ていうかこれ抜けんのか?」
幸太郎の当初の予定では矢は再利用するつもりであった。
しかし木の材質なのか距離が近すぎたのかわからないが、矢は想像以上に深く刺さっており抜けそうにない。
何とか抜こうと引っ張ってみたが安物の矢は耐えきれずに折れてしまった。
「あーくそっ。運がねぇ」
幸太郎が初心者用としてもらった矢は10本。
無一文の幸太郎はこの矢が無くなったら何もできなくなる。
そう考えると矢を最初の武器にしたのは失敗ではないかと思えてきたが、あまり深く考えないことにした。
仕方が無いので目標を変更することにした。
次の目標は10m先の木、その根本の土だ。
土なら深く刺さっても周りの土を掘れば簡単に抜ける。
「じゃあ早速……。よっとってやべっ」
力みすぎたのか手元が狂い矢が検討外れの方向に飛んでいってしまった。
矢は10m先の木を超えてその先の茂みの中に入ってしまい、ギュピッと音を出した。
「ギュピ?」
到底矢が刺さった音とは思えない音に思わず首を傾げる。
それとも異世界の矢はそんな音を出すのだろうか。
そんなわけ無いと思いながら矢を回収するために矢の刺さった場所を見に行く。
すると矢の先に角の生えたウサギがついていた。
「うわっ何だこれ」
矢はウサギの首に刺さっている。
ウサギはまだピクピクと動いているが、どう見ても致命傷でこの角ウサギの命も長くないのは明白だった。
「まぁこのウサギには悪いがラッキーだったと思うことにするか。……にしても矢どうやって抜くかな。これさっき以上に抜くの難しいだろ。精神的な意味で」
幸太郎は小動物を殺すのは初めてだ。
とくに強い動物愛護感を持っていたわけではないので心が痛むということはないのだが、それでも死にかけの動物から矢を引っこ抜くのには抵抗がある。
うーむ。と唸りながらウサギを見ていると、やがて生命力を使い果たしたのかパタリと動かなくなった。
するとウサギの死体はフッと煙のように消えて後には幸太郎の矢と数枚のカードのような物が残された。
「えっ」
突然の変化に驚きつつ矢を回収し、謎のカードを見てみる。
するとそこには【角ウサギの肉】と書いてあった。
他のカードも見てみると【角ウサギの肉】【角ウサギの毛皮】と書いてある。
それぞれ一枚ずつだ。
「あっそういえば」
『魔物は死ぬとドロップアイテムと呼ばれるカードになります。逆に言うとカードになる前はどんなに死んでいるように見えてもまだ生きているので注意してください。
ちなみに人間やエルフなどは死んでもカードになりません。カードになるかならないかは理性や知性の有無であると一般的には言われています。
幸太郎さんは……死んだらカードになりそうな顔をしていらっしゃいますね。』
「ぐへぁっ!」
呪術師になってからひどく毒舌になった受付嬢のありがたいお話しを思い出し幸太郎は精神に大打撃を受けた。
彼女の話はとても役に立っているが、思い出す度にこんなにダメージを受けていてはやっていられない。
肉を得るために骨を絶ってはプラマイゼロだ。
ひとまず拾ったカードをジャージのポケットにつっこむ。
そこで気づいたが今幸太郎は普段部屋着として使っているジャージ姿のままであった。
誰もつっこまないから完全に失念していたが、ぬののふくが一般的なこの世界で、かがくせんいのふくを装備する幸太郎はさぞかし浮いていただろう。
これは早急に金を稼いで異世界っぽい服を買わなければと思う。
だが焦りは禁物だ。
今みたい検討外れの方向に矢を飛ばしていてはいざと言う時に死ぬかもしれない。
今回のような幸運はもう起きないだろうし、気を引き締めて行かなければ。
一つ深呼吸をして心を落ち着けた幸太郎は手頃な木の根本の地面に狙いをつけると放った。
「よしっ」
今度は変な方向に飛んでいくことも無くきれいに放てた。
矢は狙い通り木の根元に真っ直ぐむかい……
「ぎゃピ」
突然地面から出てきたモグラのような生物の頭を撃ち抜いた。
モグラはピクピクと痙攣するとカードを残して消えた。
「えー……」
しばらく呆然としていたが、いつまでもそうしているわけにもいかずカードを拾う。
カードには【ラッキーモグラの肉】と【ラッキーモグラの魔石】と書いてある。
幸太郎はラッキーと思うよりも前に少し怖くなった。
狙ってもいないのに魔物に当たり、しかも一撃で仕留める。
こんな幸運が二度も続くなんてことがあるのだろうか。
何か特別なスキルでもないとこんなことは……
(いや、まさかこれが幸運2000万の力……なのか?)
そういえば受付嬢も弓の命中には器用と幸運が関係しているといっていた。
幸太郎は器用は並だが幸運は異常に高い。
まさかそれで……?
(いやいやまさかな……)
これは命中というより『魔物が矢の前に飛び出してきた』だ。
確かに幸運だがまぐれだろう。
「……ちょっとだけ試してみるか」
幸太郎は矢を真上に構えた。
この真上に放った矢が何か獲物を捉えれば幸運のおかげ。
何も捉えなければタダのマグレだ。
ビンと弦を鳴らし矢が放たれる。
真上に引くのはやりづらかったが何とか上手くいった。
目を凝らしても太陽が眩しくよく見えないので耳を澄まして魔物の断末魔を聞くことにする。
その結果、後ろからガルル、という鳴き声が聞こえてきた。
「ガルル?」
断末魔にしては元気すぎると思いながら後ろを振り向く。
するとそこには歯を剥き出しにして幸太郎に遅いかかるオオカミの姿があった。
その瞬間何もかもがスローで見えた。
よく死の間際になると周りの物がスローモーションで見えるというがまさにそれだった。
オオカミの真っ赤な口と鋭い牙、鈍く光る爪が自身に迫るのを見ながら幸太郎はどうすることもできなかった。
ただ幸太郎にできたのは頭を抱えて縮こまり襲いくる痛みにたえ……
ヒュン、ズシュッ
空から降ってきた矢がオオカミの頭を貫き、カードへと変えた。
縮こまる幸太郎にオオカミの勢いそのままに飛んできたカードがバラバラとあたり地面に落ちて行く。
幸太郎はしばらくパチパチと目を瞬かせていたが、カードを拾うと地面に刺さっていた矢を引き抜き構えた。
狙いはつけない。
どうせ目をつぶっていても当たる。
正確には魔物の方から当たりにくる、だ。
矢を、放つ。
矢は茂みの中に飛んでいき、ギャッという断末魔を奏でた。
戦利品を確認しに行く幸太郎口元がニヤリとゆがむ。
それは九死に一生を得た生存者の顔ではなく、活路を見出した冒険者の顔だった。
種族:ホーンラビット
スキル:
【脱兎】……逃走時、敏捷アップ(小)
【刺突】……突属性攻撃にボーナス(微)
【弱者の矜持】……逃走にボーナス(小)戦闘にマイナス(小)
ドロップ:『角ウサギの肉』『角ウサギの毛皮』『角ウサギの角』
説明:ウサギに角が生えたような見た目をしている。草食。弱いが繁殖力が強いため草があればどこにでもいる。弱いからと油断していると鋭い角で【刺突】を繰り出してくるので注意。『窮兎、龍を刺す』の語源となった