1話~ちゅーとりある~
気が付くと街の中に立っていた。
「……え?」
つい先程まで彼は家の中で平日に見れなかったぶんのアニメを消化するためにパソコンの前に陣取っていたはずだ。
よりよい視聴環境のためにヘッドホンまで用意してあったのに、今はコードの先が虚しくぷらぷらと揺れていた。
「え、ナニコレ」
恐る恐るヘッドホンを外すと周囲の喧騒がハッキリと聞こえてきた。
ワイワイガヤガヤとなかなかに騒がしい。
ヘイラッシャッイオイシーヨーマケサセテイタダキマスマンビキダーダレカツカマエテー
正直何を言っているか聞き取れないがココが食べ物を扱う市場であることと、使われている言葉が日本語であるということはわかった。
とするとココは日本の何処か
(いや逆におかしいだろ……)
通りを行く人は誰も彼もが赤や金の髪に欧米系の顔立ちをしている。
黄色人種の血は微塵も感じられない。
(それに……)
彼はあたりを見回した。
石畳の大通りに、道の両側には石造りの家が立ち並ぶ。
コンクリートではない。四角く切り出された石だ。
木造建築が基本で現在は鉄筋コンクリートで家が造られる日本ではこれだけの石造住宅はまずお目にかかれないだろう。
まるで
「異世界……みたいだ……」
それが彼の感想だった。
彼の読んできたライトなノベルには何故か日本語の通じる世界の話もたくさんあったし、街並みも『一般人のイメージする中世ヨーロッパの風景』をそのまま現実に出したかのようだったからだ。
普通なら誘拐や白昼夢などの可能性を考えるだろうが、様々なラノベやゲームを嗜んでいる彼にはもはやその可能性しか思いつかなかった。
そして1度その考えに至ると彼のテンションは急上昇した。
「よっしゃキタァァァァアアアアアッッ!!!」
彼は多感な高校生だ。
流石に高校生にもなれば多少は落ち着くが、それでも彼の精神の奥底には中学二年生の魂が未だ息づいている。
数学の授業中にはよくその類の妄想をしたものだ。
その妄想が現実になったのだ。その喜びは計り知れない。
「俺の時代が来た!今まで妄想の世界で留めておいた俺の理想が!ここに!!何度夢見たか異世界転移!何度夢想したか美少女ハーレム!ヒャハッー俺の英雄譚の始まりだぜぇぇえ!」
ママーアレナニー?シッ!ミチャイケマセンヘンナカッコーカワイソウニキットアタマガ……
心なしか周囲の視線が自分に集まっている気がしたが彼は気づかなかった。
「……さん。……太……さん」
「よーしそうと決まったら冒険者ギルドでも探すか!こんだけベタベタな中世ファンタジーっぽい世界なんだ。冒険者ギルドくらいあんだろ」
「幸……郎さん。……野……さん」
「絡んでくる酔っ払い冒険者。そこで発動する俺のチートスキル。相手は死ぬ。……うむ完璧なストーリー展開だ。よっしそれじゃ早速」
「幸野幸太郎さん!!」
「おわっ!!」
突然耳元で聞こえてきた自分を呼ぶ大声に彼――幸野幸太郎はまだ見ぬ冒険者ギルドへと駆け出そうとする足を止めた。
そして自分を呼んだ者の姿を探して辺りを見回したが、回りにいるのは相変わらず市場で買い物をする人ばかりで幸太郎の方を向いている人はいない。
「……気のせいか」
「気のせいじゃありません!!」
「うるさっ!」
またもや耳元で叫ばれ耳がキーンとなる。
しかし何度見回しても辺りにそれらしき人物はいない。
「え?誰?妖精さん?もしくは透明人間?」
「どっちでもないです!ここです!アナタのつけているヘッドホンです!」
そこでようやく幸太郎はヘッドホンから大音量の声が聞こえてくるのに気づいた。
キーンという耳の痛みをこらえながら幸太郎は渋々ヘッドホンをつけた。
「わかりましたけど、これからはもうちょっと声量おとしてください。耳痛いんで」
「幸野幸太郎さんが直ぐに気づいてくれないのが悪いんじゃないですかっ!……はぁもういいです。仕事をしましょう。仕事を」
「だから叫ぶなと……。仕事?」
「はい。召喚のご案内です。ちゅーとりある、と言った方がわかりやすいですか?」
「はあ」
チュートリアルという言葉に若干現実に引き戻された感があったが、その内容を理解して再び彼の心は沸き立った。
彼の読んだことのあるラノベには元の世界で死んだ男が神様に出会い、そこでチート級の能力をもらって転生するという話がいくつかあった。
順番が多少前後しているようにかんじたが、まあ似たようなモノだろうと思うことにした。
「あっその前にアンタ誰?神様?」
「天使です。異世界転移者窓口担当の天使エイです」
「なるほど天使Aと。了解です」
「……なんだかそこはかとない違いを感じるのですが、まぁいいです」
天使エイはコホン、と空気を変えるように一つ咳払いをした。
自然と幸太郎も背筋を伸ばした。
「幸野幸太郎さん。あなたは世界に選ばれし5人の勇者の1人としてこの世界に連れてこられました。」
「へぇ……勇者か……」
自分が勇者、ということは幸太郎の108の異世界シュミレーションの範囲内だ。
そこはすぐに納得した。
だが勇者が5人いるということは想定の範囲外であった。
「勇者が5人もいるとすると俺1人で無双して俺tueeeeeはできないか……、まぁそれはいいや。それで、その残りの4人はどこにいるんだ?」
「……わかりません」
「……はぁ?」
幸太郎は一瞬言葉を失った。わからない、とはどういうことかと。
「え?何?どういうこと?あれか?召喚したときに想定外のトラブルが発生して散り散りになってしまいました、とかそういうかんじ?」
「いえ違います。これで正しいのです」
「正しいってこの5人の勇者がバラバラでお互いの居場所も顔もわからないこの状態がか?……ちょっとそりゃオタクのやり方に問題があるんじゃないっすかねぇ」
「わたしに言わないで下さいよ。初めに言いましたでしょう?幸野幸太郎さんを呼んだのは『世界』であって私達天使ではありません」
「……つまりドゆこと?」
「『世界』を創ったのは私達天使の産みの親である始神様です。『世界』の理にはこの世界にいる以上従わなければならない。そして『世界』の理を変えられるのは始神様のみ。しかし始神様はもうこの世界にはいない。……理解できましたか?」
「ああ、つまりどこぞのバ神様が残したクソシステムのせいで勇者はバラバラになったってことだな。それでその神様がもういないってどういうことだ?もしかして死んだのか?」
「いえ、隠居して異世界に観光をしに行きました。先日も久々に友神に会ったという旨の手紙が送られてきました」
「今すぐそのバカを連れ戻せっ!」
「……それが出来たらやってるんですよ……!」
想像以上に切実で怒りの込められた声に思わず怯んだ。
天使の仕事も大変なんだなと他人事のように思った。
「こっちだって前任から碌に引き継ぎも出来ないで何とか手探りでここまでやってるんですよ……!それなのに……それなのに……!」
「あーうんそーだねたいへんだね。よーしよしよし」
「……アナタ、性格悪いってよく言われるでしょう」
「!?なぜそれを」
「アナタと接すれば誰でも思うと思いますよ。はぁ、なんでこんなクソ……肥溜め男が勇者に選ばれるのやら」
「言い直しても大して変わってねぇぞおい……。ええい!もうお互いを傷つけ合うのは禁止だ!勇者だ!勇者の話をしよう」
「ええ、それもそうですね。勇者を選ぶ基準は不明ですが、幸いにも選ばれる理由はわかっています」
「おお、何かセリフに毒がこもっている気がするがこの際無視しよう。それでその理由は?」
「世界が滅亡の危機に瀕したときです」
「なるほど世界が滅亡の危機に瀕したとき……って一大事じゃねぇか!」
幸太郎はバッと市場を見回した。
しかし市場にいる人々の顔には世界の終わりを目前にした悲壮感も、それを振り切ろうとするかのような空元気も感じない。
いたって平和な日常の一風景だ。
「なぁ何か滅亡の危機っていう割には町の人の顔がイキイキしているような気がするんだけど」
「ええ、それなんですよね。天使側でも少し調べたんですが、世界の理で天使が下界に干渉するのは基本的に禁止されてるため大したことはわかりませんでした。ですがこちら側の予想では魔王が現れたのではないか、と言われています」
「魔王か。まぁありきたりな状況ではあるな。ちなみに根拠とかあるの?」
「いえ、ただ確証ともいえない心あたりがあるだけで……本当は魔王など生まれていないかもしれません。もしかしたら異界人が侵略に来るかもしれないし、世界崩壊レベルの天変地異が起こるのかもしれません。そこを調べるのも含めて勇者の仕事だと思ってください」
「勇者の仕事ねぇ……。そういえばさ、世界救った後はどうなるんだ?」
「始める前から終わった後の話ですか?いいご身分ですね」
「いやそういうわけじゃないけどよ。タダ働きして終わったらポイッじゃたまらないっていうか」
「まぁ確かにそうですね。勇者は『世界』が定めた条件を満たす、例えば『魔王を殺すこと』や『天変地異を沈める』などを達成したら勇者の能力を剥奪されて元の世界に返されます」
「は!?じゃあホントにタダ働きでポイかよ」
「いえ安心してください。ちゃんと見返りはあります。世界は元の世界に帰すときにアナタの望みも一つだけ何でも叶えてくれます。」
「ん?何でもしてくれるって言った?」
「はい何でもです。あ、ただし叶えられるのは一つだけですよ。『俺の願いを100個叶えてくれ!』とか『大金持ちになった後美少女ハーレムを築いて不老不死になりつつ世界征服したい』などの複数の願いを含むものは世界に拒否されますので」
「べ、べべべ別にそんな事考えてなんかないんだからねっ!」
「……そういうつもりで言ったわけではないのですが。まぁいいです。これで一通り勇者の説明は終わりましたが何か他に聞きたいことはありますか?」
「ん?そうだな……。あ、そうだ。勇者っていうぐらいなんだから何かしらのチート能力があるんだよな?どんな能力なんだ?」
「はい。勇者にはそれぞれの勇者専用の特別な職業が与えられています。過去に呼ばれた勇者には『時の勇者』や『大罪の勇者』などがいて、いずれの勇者も比類無き力を持っていました」
「へぇーそいつは楽しみだな。それで、俺は何の勇者なんだ?」
「すいません。それもわからないのです」
「はぁ?またかよ」
「ええ、でも冒険者ギルドに行って冒険者登録をすればその時にステータスチェックがあるので調べることが可能ですよ」
「あ、ステータスとかあるんだこの世界。もしかしてモンスター倒すとレベルが上がったりするの?」
「よくわかりましたね。ご考察の通り、この世界では生物を殺すことでレベルが上がります。そしてレベルアップのときに得られるスキルポイントを使って様々なスキルを得ることができます。詳しくは冒険者ギルドで聞くといいでしょう」
「ほーだいぶゲーム的なのね。わかりやすくて大いに結構。よしひとまず聞きたいことは無いよ」
「そうですか、それでは最後に一つだけ。この通信が使えるのは最初の1回のみで今後は使えなくなるのでご了承ください。それでは良い旅を。……はあこの説明をあと4回もやるのかぁ」
「はぁっ!?ちょ待て」ブツっ
それきりヘッドホンはうんともすんとも言わなくなった。
勇者同士で場所がわからなくても天使との通話が可能なら、天使を介した通信で集合することが出来るとおもったのにこれでは目論見が外れてしまった。
「そーゆー大事なことは先に言っとけよ……。ったく」
幸太郎はそう呟くと市場の方を見た。
市場には世界が滅亡の危機に瀕しているなどとは露とも知らない人々が相も変わらず脳天気な表情であるいている。
「なんつーか、王道は外してないんだけど不親切な世界だなぁ」
幸太郎は胸に一抹の不安が過ぎるのを感じながら冒険者ギルドを探して歩き出した。