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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魅了の呪

作者: 清水悠生

「大好き」


 幼馴染みが、私に抱き着きながら、そう言った。彼女は頬を染め、雨上がりの太陽の様な、柔らかな笑顔で見つめてくる。それを見て、私は目を逸らした。


 物心ついた頃から、私とベティは一緒だった。家が隣同士だったし、歳も同じだったからかもしれない。

 どちらかと言うと彼女が私についてくる事の方が多かった。周りから見ても、私の方がしっかりしている様に見えていたらしい。だから、彼女の事は妹の様に思っていた。

 彼女は事ある毎に大好き、などと言って。私はそれを微笑ましく思う。今思えば、何と穏やかで幸せな日々だっただろう。


 十歳になった時、私は魔術師養成所に入った。両親に受けてみろと言われ、試験を受けた結果、一般的な魔術師並の素質がある事が判った。一緒に試験を受けたベティもまた、同様の結果だった。

 入所後のクラス分けで、私達は同じ教室で学ぶ事になった。それをベティは大袈裟な程に喜んでいたし、私も嬉しく思っていた。


 養成所の環境に慣れてきた頃の事だ。偶然、本当に偶然の事だった。

 その日、ベティは用事があるからと、私に帰るように言ったのだ。待っていようかと聞けば、長くなるかもしれないからと返した。

 仕方が無いかと私は帰路に就こうとし、玄関まで行ってから、借りたい本があった事を思い出して踵を返した。

 図書室で魔方陣の本を探していると、隅の方にベティの姿が見えた。今思えば、彼女は本棚を見ている訳ではなかったのに、私は単純だった。本の整理でもさせられているのか、ならば手伝おう。彼女の方に近付いて、声をかけようと思った時だ。


「俺と付き合ってください」


 同じクラスの男子の声が聞こえた。

 何と言う事はない、告白の言葉だ。その相手が私の幼馴染みだった、というだけ。

 私はそこから足早に立ち去り、家まで走った。一目散に部屋へ飛び込み、ベッドにある毛布に被って閉じ篭った。

 何故、私に言ってくれなかったのか。何故、私はあの場面に出会してしまったのか。様々な感情が思考と共に駆け巡り、最終的には元の場所に戻ってくる。

 気が付けば朝だった。どうやらいつの間にか寝ていた様だった。

 一度寝たからか、頭は妙にすっきりとしていた。だからなのか、溢れ出た感情にも答えが出た。

 私は、ベティに恋をしている。

 はっきりと自覚した瞬間だった。

 好きだから、あれ程に動揺したのだ。好きだから、あの告白の返事を想像して悲しくなったのだ。好きだから、あの男子に怒りが湧いたのだ。

 好きだから。恋をしているから。


「だから、手放したくない」


 湿気った毛布を握り締めて、呟いた。

 家を出るとベティが待っていて、いつもと変わらぬ笑顔で、おはようと言った。私もまた、何食わぬ顔でおはようと返した。


 それからの日々、彼女を私から逃がさないための方法を探った。とは言え、あの図書室で本を捲るくらいしか出来なかったのだが。

 いくら私が手放したくなくとも、それは彼女次第でどちらにも転ぶ。私の心が向いていても、彼女の心までそうだとは限らない。

 形振り構わず、半年程、時間があれば図書室に篭っていた。片っ端から本を捲り、漸くそれらしきものを見つけた。

 魅了チャームの魔術。

 これならばきっと、彼女を振り向かせられる。そう思って読み進めてみると、案外効果が弱い事が判った。精々、この人は魅力的だとか、ちょっと気になるなとか、思わせるくらい。

 それでも私は縋る様に魅了の魔術を練習した。繰り返しかけてやれば、効果は高まるかもしれない。そう思って呪文も覚えたし、詠唱速度も上げた。完璧に身に付けてから気付いたのは、対象の目の前で術を使う馬鹿は居ない、という事だった。

 落ち込みもしたが、この程度で諦める私ではない。魔術として存在するならば、魔方陣としても存在するのではないか。その可能性を胸に、再び図書室へ通う日々が続いた。

 そうして見つけたのは、あの日探していた本だった。


 私達は十二歳になっていた。この冬が過ぎれば、十三歳だ。

 気付いた頃には、私達は疎遠になっていた。当然だ、二年以上も彼女を放ったらかしにしたのだから。愛想も尽きるというものだ。愚かな私は、自分から手放してしまったのだ。

 それでも、まだ機会はあると。まだ取り返せると思って、放課後に彼女の家に押しかけた。


「……久しぶりだね」


 久々に確りと見たベティは、私よりも背が高くなっていた。

 気不味げな彼女に、私は謝った。これからは時間が空くことを伝え、今までのお詫びにとペンダントを贈った。木製の飾りに安物の青い宝石を嵌め込んだ物だ。身に付けてくれそうな物を選んだつもりだ。


「ありがとう。とっても素敵」


 微笑んでくれた彼女に、守護の効果があるからと偽って、身に付けてもらえるように仕向けた。宝石の裏に彫られた方陣は、そんな高尚なものではないのに。

 その日、大好きとは言われなかった。

 翌日から、彼女と行動を共にするようになった。朝迎えに行くようになった。養成所でも、彼女についていく事が多くなった。

 ペンダントのお陰か、元々親しかったからか。私達は急速に仲を取り戻していった。春になる頃には、以前とそう変わらない関係まで戻っていた。


 夏の終わり。王都魔術大会も終わり、夏期休暇もそろそろ終わるかという頃。

 思い切って、私の部屋で寛ぐ彼女に告白した。


「ベティ」

「なあに?」

「好きよ」

「うん?」

「貴女が、好きなの」

「……ウェスタから言われるのは、初めてだね」

「そうだった?」

「そうだよ」

「付き合って、くれないかしら」

「……いいよ」


 少し頬を赤らめて、彼女はそっぽを向いた。

 そんな彼女に抱き着いて。


「大好き」

「……昔と逆だね」


 本当にそうだと思った。今では私の方が背が低い。今では私の方からついていっている。今では私の方が妹の様で。今では私の方から抱き着いて、大好きなんて。

 その日も、大好きとは言われなかった。


 ベティと付き合い出してから、それまでの焦りというか、熱の様なものが引いていくのが分かった。ベティへの恋が冷めた訳ではない。ただ、青褪めていた。

 ベティの態度が少しずつ恋人のそれになり、今まで以上に大切に扱ってくれる様になった。その一方で私の体を視線で探っているのを感じた。情欲の対象になるのは構わない。私もそれは望んでいるから。しかしそれらが、作られたものだと思うと、罪悪感が顔を出してきた。

 守護のペンダント。そう偽って渡した、魅了のそれ。宝石を通して見えている方陣。いつ事が知れるかと、気が気でなかった。

 所詮私が彫った稚拙なもの。既存の方陣と照らし合わせてみれば、すぐに判ってしまうのだ。

 自分から全てを明かす事は出来なかった。貴女の抱いている気持ちは紛い物だ。そんな事、言える訳がない。事を晒してしまえば、ベティを失う。この日々を失う。怖かった。

 結局の所、私はただひた隠すしか出来なかった。幸せを感じる一方で、胸の内は申し訳なさと怯えばかりが溢れていた。


 ベティが私の家に来た。約束は無く、急に押しかけてきたのだ。それを嬉しく思ったし、心苦しくもあった。

 精神の磨耗を感じる毎日だ。ああ、もう冬なのか。あのペンダントを渡してから、一年が経つのか。

 もう、全て言ってしまおうか。


「去年、これを貰ったんだよね」

「……うん」


 青い宝石の埋まった、木製のペンダント。それを手に取り、懐かしげに眺めている。


「ベティ、あの、それ……」

「あのね」


 意を決して明かそうとする私を、彼女が遮った。

 そして、ポケットからペンダントを取り出したのだ。彼女が着けているそれと似た形の、赤い宝石が埋まった物だった。


「やっぱり、お揃いの方がいいかなって」


 照れ臭そうに笑いながら、何も言えない私の首に手を回して着けてくれた。


「だからね、作ってみたんだ。お揃いの、――――魅了チャーム入りのペンダント」

「……え?」


 ばれていた。


「い、いつから……」

「最初から。守護の方陣じゃないくらいは分かってたよ」


 今まで見た事が無い程、真剣な目で私を見つめてくる。酷く責められている様に感じた。怖い。


「調べて吃驚したよ。まさか、ウェスタがこんな事するなんて」

「……ごめんなさい。ごめん、なさい! 私、は……!」


 ずっと抱えてきた不安が決壊した。全て、終わりだ。涙が、止まらない。

 私は懺悔した。今までしてきた事、思ってきた事を全て。

 ベティとの関係は終わる。ずっと昔からある絆を、どうしようもない程に、私が、壊した。

 自業自得なのだ。解っていても、後悔ばかりが浮かんでくる。

 思えば、最初から私は間違っていたのだ。

 何故告白などをした。何故あんな物を贈った。何故あんな魔術を学んだ。何故、何故、何故。

 あの時、企みを捨てて普通に謝れば良かったのに。くだらない魔術を身に付けていた時間は、ベティと共に過ごすために使えたのではないのか。こんな、卑怯な魔術に頼るより、違う方法があったのではないのか。

 幼馴染みに、同性にこんな想いを抱いたのが、きっと一番の間違いだ。


「それ、で、も。手放し、たく、なかった。あな、たが、他の人と、一緒になる、なんて。考える、だけで、嫌だった……!」


 最初の想いを、ぶち撒けた。

 黙って聞いていた彼女は、ふう、と溜息を吐いた。


「馬鹿だよ、ウェスタは。本当に、馬鹿」

「ごめんなさい……」

「あのね。どうして知ってて、今まで着けてたと思う? どうして抵抗レジストもしてないと思う?」


 分からなかった。ベティは優しいから、私を傷付けないために着けていたのだろうか。しかしそれなら、抵抗レジストしていても良かったはずだ。


「昔から言ってたじゃない。大好き、って。私ね、ずっと本気だったんだよ」

「……え、う、嘘!」


 それでは、私のやってきた事は。

 無駄。だったのか。


「本当。五歳くらいからかな、ウェスタに恋してたんだ。小さかったし、女の子同士だったから本気に取られなかったけどね。……二年半、寂しかったよ。でもね、待ってて良かったと思った。だって、私が欲しくて、あんなに必死になってたんでしょ?」


 嬉しかったんだぁ、と彼女がはにかむ。


「ペンダントもね、こんなにちゃんとしたプレゼントは初めてで。すっごく嬉しかった。……好きなんて言われた時は、もう死んだっていいって思っちゃった。ねえ、ウェスタ。怖かったんだよね。ずっと一緒だったからかな、何となく分かってたんだ」


 私の頭を胸に寄せて、優しく髪を撫でた。


「ごめんね。あんまり長い間離れてたから、私も照れ臭くなっちゃって。何度も言おうと思ったんだけど、タイミングが分からなくなっちゃってて。私も、最初から全部言っておけばよかったのにね。大丈夫、怒ってなんかいないよ。悪いと思ってるなら、私が許すよ。私もウェスタと一緒に居たいから。きっと私は、ウェスタに何をされても嫌いになんてなれないんだよ」


 だから、勝手に離れていったりしないで、と。ベティに、許された。強く抱きしめられて、私は安堵して。彼女の背に、手を回してしがみついた。


「本当に、昔とは逆になっちゃったよね。でも、これで丁度いいのかも。今度は私がお姉さんになってあげる。……ウェスタ。大好きだよ」


 胸の奥が、じわりと暖かくなった。

 何だ。簡単な事だったではないか。

 私はただ、ベティに大好きだと言われ続けたかったのか。


「ベティ」

「なあに?」


 涙はまだ出ているけれど、ちゃんと笑えているだろうか。きっとこの想いは、伝えなくてはいけない。今度こそ、間違えないように。だから私は、ベティを見上げて。


「大好き」

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