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精霊機甲ネオンナイト   作者: 場流丹星児
第一章 召喚、ルルイエへ
5/35

優男

 黒い靄が晴れて視界が回復すると、外の景色はまるで変わっていた、どうやら無事に魔方陣をくぐり抜けた様だ。

 前を向いていたマグダラが振り向いた。


「無事にゲートを抜けました、ここはもうルルイエです。」

「そうみたいだね、で、これからどうするんだい? 」


 相沢一尉はそう聞きながら、周囲を確認する、眼下には月明かりに照らされた街が広がっている。


「このまま真っ直ぐ飛べば、すぐに到着します。あっ、見えて来ました、あそこに降りて下さい。」


 そう言ってマグダラが指差した先には、街の中では大きめな敷地を持つ建物があった。


「あそこね……、着陸距離足りるかなぁ? 」


 一抹の不安を口にするも、相沢一尉は機体のSTOL性能を信じて着陸アプローチを開始した。


 一番長い直線道路に機体の軸線を合わせて降下開始、車輪(ギア)を出してフルフラップ、着地……


「ダメだ。」


 スラストレバーを全開にし、再びエンジンにパワーをかけて機首上げ、離陸、辺りに轟音を撒き散らしつつ上昇。


「どうしました? 」


 不思議そうにマグダラが問う。


「やっぱり着陸距離が短い、普通に降りたら止まりきれなくて、あの建物に衝突する。」

「ぶつかってしまうのですか? 」

「ああ。」

「ぶつけてしまって構いませんわ。」

「へっ? 」


 マグダラの大胆発言に、相沢一尉は思わず聞き返した。


「ここはもうルルイエです、貴方の居た世界とは違います、精霊魔法で衝撃を打ち消す事が出来ます、それに……。」

「それに? 」

「あの中で変な『気』を感じました、貴方はどうでした? 」

「揉め事っぽい? 」

「はい、ですからこのまま突っ込んだ方が、この世界に闇と混沌をもたらすネオンナイトのデビューには都合が良いのです。」

「なるほどね、じゃあ一つ派手にやりますか。」


 アフターバーナーに点火して音速突破、静謐な夜空にソニックブームの轟音を轟かせ、ルルイエ世界に闇と混沌の幕開けを演出した。


  やや時間を巻き戻す。

 建物の中では、マグダラの感じ取った通り、揉め事が起きていた。

 一人の老人を、大勢のならず者風の男達が取囲み、押し問答をしている。


「だからこの機体は渡せん、何度も同じ事を言わせるな、若いの。」


 老人と呼ぶには若々しく、少し小柄ではあるが、ガッシリとした体躯は年齢による衰えなど微塵も感じさせない迫力がある。


 取り囲む男達を、眼光鋭く見据える目は、並の小悪党ならば、裸足で逃げだすであろう力が込められている。唯一この老人に年齢を感じさせる点が有るとすれば、それは毛髪であろう。


 天然パーマのカーリーヘアーを肩まで伸ばしているが、悲しいかな額の面積が広がっており、その勢力は頭頂部のやや手前まで侵略に成功していた。しかしながら、そんな事はこの老人の人間力が生み出す迫力を減ずる要素にはなり得ず、むしろ凄みにすらなっている。


 ディオの親爺


 その呼び名で親しまれ、同時に畏れられているこの老人に対抗する為、数段若く体格に勝るならず者風の男達は、数を頼んで押し包む事しか出来なかった。やはり小悪党の類いなのだろう。


 人数という、薄っぺらな自信を拠り所にしたリーダー格の男が、馴れ馴れしい口調でディオの親爺に迫る。


「だからそう固いこと言うなって、親爺さんよぉ。大人しく俺に譲っちまいな、どうせ持ち主なんていないんだからよぉ。」

「持ち主ならちゃんといる。それに、仮に譲ったとしても、お前さんにゃ使いこなせん、宝の持ち腐れだ、止めておけ。」

「やい、ジジイ! 兄貴が下手に出てるからってイイ気になるな! 」


 未だ本当の怖いものを知らず、身分不相応に名前を上げたいだけの軽薄な手下の一人が、リーダー格の男に取り入る為に声を荒らげた。


「まぁまぁ止せ、俺は気にしてねぇからよ。所で親爺さんよぉ、確か今面白い事を言ったな。」


 リーダー格の男は、大物を気取って手下を宥めつつ、ディオの親爺を問い詰める。


「面白い事? 何がだ? 」


 とぼけてからかう様に、ディオの親爺は受け答えた。


「俺には使いこなせないとか、宝の持ち腐れとか何とか……、確かそう聞こえた様な気がしたんだがな。」

「気がしたも何も、儂ゃそう言ったんじゃが。」


 相変わらずのとぼけた口調に、リーダー格の男は一瞬カチンとした表情を浮かべるが、すぐにそれを打ち消して、わざとらしく大声で仲間に問いかける。


「おい、聞いたか! みんな! どうやらこの爺さん、この俺様の事知らないらしいぜ! 」


 追従の嘲笑が、取り巻く連中に湧き上がる。


「当然じゃ、儂ゃお前さんなんぞ知らん。」

「いいか、爺さん、知らないなら一度だけ聞かせてやるから、よく覚えておきな。」

「別に知りたくもないわい。」


 ディオの親爺の軽口を無視し、リーダー格の男は大袈裟な名乗り口上を上げ始めた。


「俺様はここミスカトニックから、ンガイの森を抜けて遥か東! インスマスではその名を知られた恐怖の代名詞! 」


 ここまで男が言った所で、外から建物を震わせながら、耳をつんざく轟音が響き渡り、後に続く口上を打ち消した。


「……様だ! 」

「どなたさんじゃな?よく聞こえなかったが。」


 男は忌々しげに窓を開けて、外を見回す。


「何だ! 今のは! 騒々しい! 俺様のカッコいい名乗りが台無しじゃねぇか! 仕方ねぇ、ジジイ! もういっぺん聞かせてやるから、耳の穴かっぽじってよく聞きな! 」

「別に無理して言う必要は無いぞ、時間の無駄じゃ。」

「えーゴホン、俺様はここミスカトニックから、ンガイの森を抜けて遥か東! インスマスではその名を知られた恐怖の代名詞! 」


 再びの轟音が夜空に響き渡り、またしても続く口上を打ち消した。


「……様だ! 」

「やれやれ、やっぱり時間の無駄じゃったな。」

「畜生! どこのどいつだ! こんな夜更けに騒いでいる奴は! おい、誰か外に行ってヤキ入れてこい! 」

「へい! 兄貴! 」


 二人の手下が、外へ様子を見に駆け出した。


「おい、若いの、そろそろ帰った方が身のためだぞ。」

「何ィ! 」

「この機体の持ち主が来たのさ。」


 ディオの親爺は、リーダー格の男に諭す様に言いながら、窓の外の遥か上空を見上げた。


  ディオの親爺の視線の先では、相沢が再度の着陸アプローチに入っていた。


 着陸地点の遥か手前でエンジンをカットして滑空を開始する。滑空する機体を巧みに操り、機首を着陸方向の軸線から右に90度回頭し、左主翼を着陸方向に向け機体を横滑りさせる、そして機体の中心軸に対し、左主翼を上、右主翼を下になる様に斜めに傾け、機体全体をエアブレーキにして減速、猛烈な風斬り音をあげて降下を開始した。


 着陸アプローチの遥か先では、見回りに出た手下二人がノコノコ歩いている。


「コォラァ~! どこのどいつだ! こんな夜更けが騒いでいる奴は! 」

「痛い目に遭わせてやるから、出てきやがれ! 」

「誰も居ねぇな、俺様達に恐れをなして逃げちまったかな? 」

「違ぇねぇ、あと少し見て回ったら戻ろうぜ。」

「そうするか……、おい、あれは何だ?」


 一人が前方上空からの、風斬り音に気がついた。


「ん~? 」


 目を凝らすと、見た事も無い飛行物体が、翼を広げて甲高い不気味な音をたてながら、猛烈な勢いで近づいて来る。


「「ぎょええええええええ! 」」


 フォワード・スリップ機動を駆使して、一度目のアプローチに比べ、急激に減速、降下をするATD-X心神Ⅱの姿は、飛行機を知らないルルイエ世界の人間には、巨大な怪鳥が翼を広げて降下し、地表の獲物を狩る姿に見えただろう。


 事実、先ほど見回りに出た二人の手下は、正面からその姿を目の当たりにして、自分達が怪鳥の獲物であると思い込み、一目散に元来た道を、真っ直ぐ建物に向かって駆け出した。


「助けてくれぇぇぇぇぇぇ! 」

「ひぃぃぃいい! 兄貴ィィィィィ! 」


 血相を変えて、必死に走って逃げる二人。


 一方相沢は、充分な減速を確認した後、機体を建て直し、機首を着陸方向に向けて車輪を接地させて、着陸滑走を開始する。


 走りながら振り返り、その姿を確認した手下二人は、一層肝を潰した。


 巨大な怪鳥は、今度は嘴を突き付けて追って来た!あんなデカイ嘴にかかったら、一突きで御陀仏の上、一飲みで食われちまう。


「おっ、俺は痩せていて、肉が少ないから不味いぞ! 食うんだったら、コイツを食え! 」

「俺は一ヶ月風呂に入ってないから汚いぞ! 腹を壊すぞ! だからコイツを食え! 」


 後ろ向きな譲り合いの精神を発揮させ、それでも両の足に一層の力を込めて、力の限り走って逃げる。


 機内の相沢は、ブレーキをかけてもなかなか減速しない事に業を煮やしていた。

 こうなりゃ最後の手段と、エンジンに再び火を入れる、スラストレバーが最小の位置にある事を確認した後、その隣のスラストリバーサーレバーを最大に入れ、最大推力で逆噴射制動をかけた。


 怪鳥は、とてもこの世の物とは思えない、恐ろしい鳴き声をあげた。


「「止めて止して食わないでぇ~! 」」


 もうダメだ! 食われる!


 そう思った時、二人はさっき出てきた元の建物の扉を目にした。


 後ろからは怪鳥が恐ろしい鳴き声で迫り来る! ドアのノブを奪い合う様に掴み合い、建物の中に転がり込んだ。


「「助かった~」」


 心の底から安堵して、腰を抜かしへたりこむ二人に、リーダー格の男が雷を落とす。


「何やってんだ! テメェら見回りはどうした! 」

「「兄貴ィィィィィ! 鳥の化け物がぁぁぁぁ」」

「離せ! バカ野郎、ガキじゃねぇんだぞ! 全く。」


 しがみついてきた二人の手下をふりほどき、リーダー格の男は外を確認しようと扉を開けた瞬間、鳥の化け物ことATD-X心神Ⅱが、轟音と共に扉ごと壁を突き破って、建物の中に進入してきた。


「ぎょええええええええ! 」


 思わずノーズギアにしがみつくリーダー格の男、ジェットエンジンの轟音と逆噴射の排気による乱気流が建物の内部を席巻する。


 突然の出来事に、ならず者達の間でパニックが起きる。


 相沢は、機体を建物の中程まで入れて停止させた。

 エンジンをカットしてキャノピーを開けて飛び降りる、着地の瞬間、リーダー格の男はノーズギアから手を離し、仰向けにどさりと落ちた。その後でマグダラがふわふわ降りて来る。


「まずまず巧く行ったんじゃないかな、障壁魔法。」

「はい、初めてにしては上出来です、流石ロニーの魂の継承者です。」


 話しながら、ディオの親爺に歩み寄る二人を、我に返ったリーダー格の男が、声を荒げて呼び止めた。


「やいやいやい! テメェら一体何モンだ! いきなり何しやがる! 」


 その声に相沢は振り返り、ヘルメットを脱ぎながら笑顔で答える。


「ああ、悪い。でも、その元気なら怪我はしてないよな? 」


 ヘルメットを脱ぎ、相沢の素顔を見たならず者達は、予想とのギャップに一瞬呆然とした。


 これが、この怪鳥使い……

 コイツが……

 こんな奴が……


 時間が経つにつれ、落ち着きを取り戻した彼等の目に、次第に嘲りの色が浮かぶ。


 嘲りの理由は、相沢の外見的特徴にある。


 中肉中背でやや平均より高い身長は、細身ながらも高いGに耐え、戦闘機を自由自在に機動させる為に、鍛え抜かれた逞しい筋肉に鎧われている。

 しかし今は生憎耐Gスーツに隠されていて、外目にはそれが判別出来ない。


 顔も贔屓目に見て平均よりややいい男ではあるが、特に取り立てて優れた要素は見当ら無い。

 あえて明記するならば、それは相沢に外見的美点を見いだした人間が口を揃えて主張する特徴、ハンガーで鞠川三尉を殺した『目』である。


 包み込む様な優しさを持つ彼の目は、他者に安心感を与え、弱者、特に子供達に頼られ慕われた。そのせいか、彼は二十八歳という実年齢より若く見えるというより、幼いという印象を他者に与えた。


 つまり、彼が第一印象として他者に与える特徴は


 ひょろっとした、少し子供っぽい感じの優男


 であり、相手に警戒心を与えない彼の風貌は、良くも悪くも無害な人間である、との印象を初対面の者に、常に抱かせていた。


 この印象は相沢にとって、社交的に両刃の剣だった。良い方向に作用すると、すぐに打ち解ける、又は懐かれるのだが、悪い方向に作用すると、侮られる、舐められる。


 彼が初めて日米共同演習に参加した時、彼を見た米軍パイロット達は、「スクールボーイがやって来た。」と侮った。

 もっとも侮っていられたのは、彼の操るF-15J(イーグル)車輪(ギア)が、滑走路を離れる直前までだったのだが……。


 そして、今相沢の周りにいるのは、鶏冠の立て具合がどの様に見えるかで他人を判断する人種である、彼等の眼鏡にかなう道理は無かった。


  こんな優男に舐められた。


 リーダー格の男は目を剥いた、俺はこんな優男に舐められたのか、許せねぇ。


 友好的とは真逆の目付きで歩み寄ると、相沢の胸ぐらを掴んで吠えかかる。


「やい! テメェ! この俺様を舐めるとはいい度胸じゃねぇか! どこのどいつだ! 貴様! 」


 ディオの親爺が、相沢に代わってその質問に答えた。


「お前さんの欲しがっていた物の持ち主じゃよ。」


 ディオの親爺の一言に、ならず者達は虚を突かれた、皆一瞬きょとんとした表情を浮かべ、次に大爆笑をした。


 ひとしきり笑い転げたリーダー格の男は、馴れ馴れしく相沢の肩に腕をかけ、ディオの親爺に聞く。


「コイツが? 」

「そうじゃよ。」

「あの禁忌の精霊機甲の? 」

「うむ。」


 リーダー格の男の目の光が、怒気にゆらぐ。


「何の冗談だ! ジジイ! こんな優男があの禁忌の精霊機甲、アザトースの持ち主だと!? ギルドの帳簿係の間違いじゃねぇのか! 」

「冗談なんぞ一言も言っとらん、儂ゃ大真面目じゃよ。」

「こんな優男にあのアザトースが動かせる訳ねぇだろ! 大体あの機体の精霊は、完全な悪の心の持ち主としか契約しないんだろう、契約者に少しでも善の心が残っていたら、耐えきれなくて気が狂うって話じゃないか! 」

「ずいぶん失礼な言い様ね。」


 ムスッとしてマグダラが突っ込みを入れるが、リーダー格の男は無視してディオの親爺に迫る。


「そんな曰くつきの機体が、こんな優男の物な訳ねぇだろ! 」


 やれやれとため息をついてから、ディオの親爺が吐き捨てる様に答える。


「お前さんも下らない噂話に乗せられた口か、さすがインスマスの田舎小悪党じゃの。」


 リーダー格の男は激怒し、ディオの親爺を突飛ばし、吠えかかる。


「このジジイ、馬鹿にしやがって! こうなりゃ力ずくだ!」


 ディオの親爺は、「大丈夫か?爺さん。」と助け起こす相沢の手を借りながら吐き捨てる。


「ギルドで問題を起こしたらどうなるかも知らんとは、これだから田舎の小悪党は。」

「うるせぇ! そんな事は、テメェらぶっ殺してズラかりゃどうにでもなる! 」

「いかにも田舎の小悪党の発想じゃな。」


 リーダー格の男は、再びディオの親爺を突飛ばし、相沢の耐Gスーツの胸ぐらを掴み、吠えかかる。


「やい! この腰抜けの優男! いいか、アザトースは俺様のモンだ! それからお前の怪鳥も頂いてやるから有り難く思いな! 」

「言いたい事はそれだけか。」


 相沢はリーダー格の男に冷たく言い放つ、その瞳が青白く光る。


「テメェ! 」


 リーダー格の男が片手で胸ぐらを掴んだまま、力任せに殴り倒そうとした。


「何! 」


 男の望みは叶わず、その拳は虚しく空を切る、掴んでいた胸ぐらは跡形もなく消えている。


 勢い余ってバランスを崩した男の身体が、突然くの字に曲がった。


「! 」


 男の死角から、相沢の強烈な一撃が腹部に見舞われている。


「野郎! 」


 男は向き直り、両腕を広げて掴みかかるが、またしても空を抱きしめ、バランスを崩す。そこに先ほどより更に強力な一撃が、死角から側頭部に見舞われて、手下達の輪の中に飛ばされた。


「老人に言い掛かりをつけて、暴力を振るうとは感心しないな。」


 先ほどの優男然とした雰囲気とは真逆の気を青白い瞳に宿し、相沢はならず者達に詰め寄った。


 自分達が優男と侮った男は、もうそこにはいなかった。危険な男に豹変した男の迫力に、彼等は気圧され後ずさる。


「野郎共! 何ボケッとしてやがる! 早くコイツを何とかしろ! コイツをやっつけた奴には、あの怪鳥をくれてやる!」


 男の言葉に手下達は奮い立ち、数を頼みに襲い掛かった。しかし、誰もが不思議な死角からの一撃を喰らい、倒されてゆく。


 相沢の戦いぶりを見て、ディオの親爺は呟いた。


「あれは……、ヘブンアンドヘル。」


 ヘブンアンドヘルとは、先に攻撃した敵対者の後の先を取り、攻撃が当たる直前に敵対者の死角に瞬間移動し、必殺の一撃を加える魔法戦技である。理屈は単純だが、後の先を取り瞬間移動するタイミングが難しい高度な技法である。


「ええ、初代ネオンナイト、ロニー・ジェイムスの魔導戦技。」


 マグダラが、ふわりとディオの親爺の隣に舞い降りた。


「マグダラ様ですな? 」

「ええ、そうよ。」

「今までは、アザトースのクリスタルから発振する声でしか、お目にかかれませんでしたな。」

「彼の持つ魔力は想像以上だわ、まだ契約前なのに、無意識領域の魔力で私を顕現させるなんて……。」

「これでようやく、悲願が達成出来ますな。」

「そうね、マリア達との約束が……」


 二人の会話は、いきなりの闖入者に腰を折られた。相沢にはとても敵わないと悟った数名の手下が、人質に取ろうと二人に詰め寄った。


 しかし、これも甘い考えだった。


 老人とはいえ、まだまだそこいらの三下に遅れを取るディオの親爺ではない、手下達を次々と返り討ちににしていった。


「まだまだお前達なんぞに負ける儂ではないわ!」


 やや離れた場所では、左右から挟み撃ちにして捕らえようと、マグダラにジリジリと迫る手下がいた。


「馬鹿ね。」


 マグダラは左右から迫る手下に一瞥をくれると、ため息混じりにそう吐き捨てて俯いた。


 その瞬間を好機と捉えた手下は、勢い良く左右から飛び掛かった、そして彼女の身体をすり抜けて、その勢いのままお互いの頭を打ち付け合って気絶した。


「ごめんなさい、私には実体が無いの。」


 倒れた手下に、マグダラはしれっと言ってのけた。


 状況が想定外の方向に推移し、リーダー格の男は臍を噛む。


「畜生、こんな筈じゃあ……。」


 夜遅く大人数で乗り込んで脅しつけ、いざとなれば人数と腕力でアザトースを奪い取る。


 その当てが外れた男は、手下達がやられている隙に逃げようと、逃げ道確保の為に周りを伺うと、自分が距離的にアザトースに一番近い場所にいる事に気がついた。


「しめた!」


 男はアザトースに駆け寄ると、コクピットによじ登り、操縦席に座った。


「おい、俺様が新しい御主人様だ、俺と契約しろ!なっ、早く契約しろ!」


 その姿を認めたマグダラの身体が妖しく光った。


「馬鹿ね、私があんたなんかと契約する訳が無いじゃない。」


 マグダラは妖しく笑った。


 アザトースの操縦席のコンソール中央にある、黒いクリスタルが禍々しく不気味に輝く。


 これを契約の前兆と解釈した男は、興奮ぎみにクリスタルに語りかける。


「そうだ……、いい子だ! その調子で俺と……、ヒッ!」


 男は突然苦しみ出した。


「なっ、何だこりゃ! ああっ、すっ吸われる! SAN値が吸われる! 止めてくれ! 吸うな! 吸わないでくれ!」


 男の身体から、みるみる精気が失われて行く。


「悪魔だ! この精霊機甲は悪魔だ! 」


 未知なる恐怖に怯える男の目は、窓の一点を見据えて動かない。

 そこには彼にしか見えない冒涜的な混沌が、名状しがたい恐怖を纏って這い寄る姿を映していた。


「ああっ! あの手は何だ! 窓に! 窓に! 」


 男はそう言い残して絶命した。最期の瞬間、この男が窓に一体何を見たのか? それは誰にも分からない….…。


「わあっ! 助けてくれぇ! 」


 リーダー格の男の不気味な最期に肝を潰した手下達は、蜘蛛の子を散らす様に我先にと逃げ出した。

  ならず者達の消えた建物の中は、それまでの喧騒がまるで嘘の様に静まり返った。


 残った二人は、それぞれ手近かな場所に座り込んで一息入れた。

 マグダラは相沢の肩を後ろから抱く様に、両手を回してふわふわ浮いている。

 やがて人心地ついたディオの親爺が「どっこいしょ」と立ち上がった。


「若いの、ご苦労じゃったな、茶でも淹れてやろう。」


 相沢はにっこり笑って会釈をした。


 建物の一角に、お茶の芳香が広がった頃、遠くからまた喧騒が聞こえてくる、それはだんだん近づいてきた。


 いあ! いあ! ハスタァ

 いあ! いあ! ハスタァ


 何かの掛け声の様だ、近づくにつれ、だんだんとはっきり聞こえる様になる。


 いあ! いあ! ハスタァ

 いあ! いあ! ハスタァ

 ハスタァ くふやあく

 ぶぐるとむ ぶぐとらぐるん ぶぐるとむ

 あい! あい! ハスタァ

 あい! あい! ハスタァ


 ディオの親爺は掛け声のする方角を眺め


「今回は意外と早かったな。」


 と呟いた。雰囲気から察するに、面倒事ではない様だ。


「白騎士教団のハスタァと、その部下のビヤーキー隊だ、この辺りの治安維持活動をしている。」

「ややこしくなるから、私は姿を消すわね。」


 マグダラは光の粒子となり、四散して消えた。

 やがて掛け声は建物の前で止まる、そして最も派手な甲冑とマントに身を包んだ美丈夫を先頭に、彼等は建物の中に入って来た。


「私は白騎士教団のハスタァ、戦闘僧伽(せんとうそうぎゃ)である。」


 美丈夫の男は右手を高々と上げ、颯爽とポーズを決めた、ビヤーキー隊の面々は、それに合わせて掛け声のトーンを一段高く上げる。


 いあ! いあ! ハスタァ

 いあ! いあ! ハスタァ

 あい! あい! ハスタァ

 あい! あい! ハスタァ


 ハスタァは今度は、両腕を胸の前でクロスさせてから、勢い良く左右に開いた。


 その動きに合わせて、ビヤーキー隊は一斉に掛け声を止めて気を付けの姿勢を取る。


 一糸乱れぬビヤーキー隊に満足したハスタァは、ようやくディオの親爺に来訪理由を告げた。


「ここで、何かしらの揉め事が有ったと通報があったので、我々が調査に参りました。」


 ナルシス系の男には珍しく、ハスタァの物腰は低く柔らかい。


「何、いつもの事じゃ、また田舎の小悪党が、アレを欲しがって押し掛けて来よった、だが、大方解決しとる。悪いが、後始末を頼めんか? 」


 ディオの親爺は精霊機甲アザトースのコクピットを指差した。


「お安いご用です、親爺さん。ビヤーキー隊、掛かれ!」


 ハスタァの指示を受けたビヤーキー隊は、例の掛け声を上げて作業に取り掛かった。二人は作業を見守りながら、話を続ける。


「いつも言ってますが、アレは我々に管理を任せてはいただけませんか、親爺さん。」

「そうなると、お前さんは、アレに群がる小悪党を退治して、得た賞金を想い人に捧げる事が出来なくなるが…、それでもよいのか?」


 ハスタァは真っ赤になって否定する。


「想い人なんて、そんなのでは有りません!私はただ、あの方の生き方に共感して、協力しているだけです。」

「本当にそうか?隠さずとも良いぞ。」


 ディオの親爺は目に人の良い笑みを浮かべ、冷やかす様で、それでいて諭す様な口調で聞いた。ハスタァは更に否定する。


「隠すも何も、私のマージョリー殿への想いは、かつて白騎士アレイスター・クロウリーが二人のマリアに捧げた想いと同じです。それより、あちらの御仁は?相当出来る方とお見受けしますが。」


 これ以上冷やかされては敵わないと、ハスタァは話題を変えた。


「ああ、奴が小悪党を追い払ってくれた。今回はお前さんには悪いが、賞金は奴の物じゃ。」

「ほぉ、ではここに来る途中で捕縛した者の言っていた、怪鳥に乗って現れた、不思議な技を使う男とはあの御仁ですか、ご紹介願えませんか?」

「ああ、いいとも。おおい、お主もこっちに来て、一緒に話さんか?」


 相沢が、ディオの親爺の呼び掛けに応じてやって来る。


「やあ。」

「お初にお目にかかる、私は白騎士教団の戦闘僧伽ハスタァ。君は?」


 相沢がそれに応じて、自己紹介しようとした時、作業中のビヤーキー隊の中から悲鳴が上がり、騒ぎが起こった。三人が注目すると、隊員が一人、報告に駆け寄って来る。


「報告します、只今操縦席の死体を取り除く作業中、作業に掛かった隊員が死体に触れた所、残留する魔気に当てられてSAN値が急激に下がり、倒れてしまいました、何人かに交代させてみた物の、皆倒れてしまい、手がつけられない状況です。」


 報告を受けたハスタァは、苦い表情で対応する。


「何だと、分かった、すぐ行く、現状維持のままで待機せよ。」

「いあ! いあ! ハスタァ。」


 隊員は持ち場に戻り、大声で現状維持の指示を伝達を始めた。


「済まない、トラブルが起きた様です、少し失礼致します。」


 ハスタァは済まなそうに二人に言い残して、トラブルの現場アザトースのコクピットに向かった。

 相沢はその背中に声をかける。


「何か手伝おうか?」

「いや、大丈夫だ。」


 爽やかに答えるハスタァに、相沢は好感を持った。


「おやっさん、紙、有る?」

「何に使うんじゃ?」

「お節介。」


 ハスタァに負けない爽やかな笑顔で相沢は答えた。


「これは酷い。」


 アザトースのコクピットの周りに組んだ作業櫓に登ったハスタァは、顔をしかめた。


「初めはこんな穴は開いてなかったのですが、気がついたらこんなに大きく……。」


 SAN値を吸い尽くされた死体の眉間には、更なるSAN値を求める様に、異空間に繋がる真っ黒い穴が不気味に開いている。穴は少しずつではあるが、徐々に大きくなっている。


「このままでは不味い、大至急結界魔導師の手配を。」


 ハスタァの指示に従い、傍らのビヤーキー隊の一人が手配をしに作業櫓から降りて行った。

 隊員と入れ替わる様に、相沢が紙を片手に上がって来た。慌ててハスタァは声をかける。


「危険です、下がっていてください!」

「ああ、大丈夫。」


 相沢は飄々と答え、死体の傍らにしゃがみこんだ。その無防備な態度と行動に、ハスタァは語気を強める。


「その穴から周囲のSAN値を吸っています、辛うじて我々が大丈夫なのは、結界呪文を刻んだ鎧を身に付けているからで、生身の君が……。」

「大丈夫、大丈夫。」


 悪戯っ子の様な笑みを浮かべ、左手で持ってきた紙を、穴の開いた眉間に貼り付ける。


「一体何を、今の話を聞いていなかったのですか?そんな紙なんかで……」


 慌てるハスタァを余所に、相沢は左手を貼り付けた紙に添えると、右手で印を結び、口の中で小さく呪文を唱える。


「こ、これは……、信じられない……」


 死体の異常がみるみる収まって行く様子を、ハスタァは驚愕の瞳で見つめていた。


 紙は只の紙ではなく、相沢お手製の呪符であった、唱える呪文で力を込められた呪符は、見る間に穴を塞いで行く。


「禁!」


 呪文の仕上げに力強く唱え、素早く九字を斬ると、穴は完全に塞がり、SAN値吸入の気配も跡形も無く消えていた。相沢は死体を操縦席から引き出す。


「よっ!」


 相沢の掛け声に、我に返ったハスタァは慌ててその作業を手伝った。


 引き出した死体をビヤーキー隊に任せ、ハスタァは興奮気味で相沢に話しかける。


「これほどの力をお持ちとは! 君はいずれかの自警団に所属しているのか? よかったら我がビヤーキー隊に入らないか? 君なら『(いにしえ)のもの』は無理でも、直ぐに『深きものども』クラスの精霊機甲を受領出来るだろう。」

「いや、申し訳ないんだが、それは出来ない。」

「何故だ、何を遠慮する、君にとっても悪い話ではない筈だ。ビヤーキー隊を足掛かりに、君なら私などよりも、更なる高みに登れるだろう、私は喜んでその踏み台となろう。」

「好意は嬉しいんだけど、済まない、それは出来ないんだ。」


 ハスタァは、とても信じられないという面持ちで相沢の目を見た、その目の中に強い信念を見てとったが、諦めきれずディオの親爺にも説得する様に求めた。


「親爺さん! 親爺さんからも、彼に何とか言ってくれ!」


 しかし、ハスタァの意に反して、ディオの親爺は済まなそうに首を左右に降った。

 困惑するハスタァに、相沢が話しかける。


「君、ハスタァだっけ? 君はいい奴なんだな。だけど俺にはこの世界でやらなくてはならない使命が有るんだ。」


 そこまで言って、相沢は禁忌の精霊機甲アザトースのコクピットに飛び込み、操縦席に座った。

 それを目の当たりにしたハスタァは、驚いて叫んだ。


「止めろ! 君、何をする気だ!」

「その使命を果たす為には、まず、この世界の全てを敵に回さなくてはならない。」

「何だって! それはどういう……。」


 狼狽するハスタァを無視して、相沢は黒いクリスタルに呼び掛けた。


「マグダラ !」


 相沢の呼び掛けに答える様に、黒いクリスタルは先程の禍々しい輝きとは全く違う、清らかで静謐な輝きを放った。

 その輝きの中から、先程姿を消したマグダラが姿を現す。


 辺りに大きな震動が起き、作業櫓が倒壊する、櫓の上にいたハスタァと数名のビヤーキー隊も転落すると思いきや、彼らは暖かなオーブに包まれ、静かに着地した。


 マグダラは荘厳な口調で相沢に問いかける。


「吾は精霊機甲アザトースに寄りし永らえるいにしえの巫女マグダラ・ベタニア。吾は汝に乞い願う、吾等が悲願を叶える為、契約を結ばれし事を。見返りに吾が汝に与えるは、『最強の力』と『ネオンナイト』の称号」

「ダメだ! やめろぉ!!」


 契約を阻止しようとハスタァが叫ぶ、しかし相沢とマグダラは、それを無視して契約を続ける。


「その願い、しかとこの胸に受け止めた。契約を締結し、汝が与えし最強の力を以て、共に悲願を叶えん事を誓う。」


 相沢がそう答えると、黒いクリスタルは更に輝きを増し、魔導炉に火が入った。


 魔導素(エーテル)が変換され、動力エネルギーとなりアザトースに力がみなぎる、魔導炉から放出された魔導気(プラーナ)が煌めいた。


 相沢の頭の中に、アザトースに遺されたロニー・ジェイムスと、歴代ネオンナイトの記憶が奔流の様に流れ込む。


 使命を果たす事が出来なかった、無念の記憶を胸に刻み、相沢は歯軋りをして血涙を流す。


「その想い、俺が受け継ごう。」


 相沢の瞳とアザトースの瞳が、強い決意の元に青白く輝く。


 契約の儀が終わり、荘厳な余韻が辺りを包んだ。

ディオの親爺

この名前も、ロニー・ジェイムス・ディオからいただいています。

風貌も、老年期に差し掛かった頃のロニーの特徴を意識しています。


「窓に!窓に!」

名前も与えられなかった、インスマスの小悪党の断末魔のこの言葉は

ハワード・フィリップス・ラヴクラフト著の小説

『ダゴン』

のラストを飾る有名な一節。

クトゥルフ神話ファンにとって、不朽のネタです。


いあ!いあ!ハスタァ…

ビヤーキー隊のかける号令

本作中では、戦闘僧伽ハスタァを讃える号令という意味合いで用いますが、元ネタのクトゥルフ神話ではハスタァ召喚の呪文としてお馴染みです。

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