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精霊機甲ネオンナイト   作者: 場流丹星児
第三章 サードマリア、覚醒
19/35

新生マリア騎士団

「おはようございます、ハスタァ僧正。」


 早朝、厩舎を訪れたハスタァに、元気よくあいさつした者がいた。


 ハスタァはその声に、軽い頭痛を覚えた。


「お出かけですか? ハスタァ僧正。」


 頭痛のタネは、無邪気な顔で尋ねてくる。


「すこし野暮用が出来て、出掛けて来る。アリシア、今日は私の部屋の雑務はいいから、君は礼儀作法のレッスンを受けると良い。」


 アリシアは、ハスタァの言い付けなど全く聞く気もなく、重ねて尋ねる。


「どこへお出かけですか? ハスタァ僧正。」

「君には関係無い。」


 少しうんざりした様子で答えるハスタァを、アリシアは気にもかけずに言葉を続ける。


「先日のお客様の所ですね、私も連れて行って下さい、ハスタァ僧正! 」

「何故そうなる? そうか、彼をお父上に報告するとか言ってたね、ダメだ。」


 にべもなく答えるハスタァに、アリシアは不満気に口を尖らせる。


「え~っ、どうしてですかぁ~。」

「彼は特殊な立場の人間だ、君の様な家柄を持つ者には合わないし、お父上もお許しにならないだろう。悪い事は言わない、君は家柄に合った者との出合いを求めなさい。」


 この件に関しては親身になって答えたハスタァだったが、そんな彼をアリシアは上目遣いの膨れっ面で見ながら言葉を返す。


「そんな理由じゃありません、ハスタァ僧正。」

「では、何故? 」

「だって、あの時お客様、商いに詳しい信用出来る人間を連れて来てって言ってたじゃあないですか、だからです。」


 ハスタァは、ため息混じりに聞き返す。


「それと君と、一体どんな関係がある? 」


 ハスタァの問いに、アリシアは胸を反らし、自信満々の得意顔で答える。


「私の実家は、かつて二人のマリアが初めて出会ったという歴史を持つ、由緒正しい商家なんですよ。私以上の適任者は居ませんわ! 」


 ハスタァはもう一つ大きなため息をついて、アリシアの申し出を拒絶する。


「子供の行き過ぎた好奇心に応えるつもりは無い、商いに詳しい者ならディオの親爺さんがいる、君に出る幕は無い。」

「たかがギルドの責任者が、商いの何に詳しいのかしら? 」


 聞こえよがしのアリシアの不平を無視し、ハスタァは駄目を押す。


「何と言おうと、君を連れて行くつもりは無い。大人しく礼儀作法のレッスンを受けなさい。」


 とりつく島もないハスタァの態度に、不承不承しぶしぶとアリシアは不本意の恭順の意を示した。


「あ~、そうですか、なら一人で行ってらっしゃい。」


 ハスタァに背を向け、意地の悪い含み笑いを隠し、アリシアはボソっと一言付け加える。


「行けるものなら……」


 やっと諦めてくれたか、と胸を撫で下ろしたハスタァは、厩舎の中から愛馬を引き出し跨がった。


「では、行ってくる。ハイヨーッ! 」


 ハスタァ騎乗の純白の駿馬は、主人の合図に応え、颯爽と駆け出……さなかった。

 ハスタァは馬上で何度も『進め』の合図を出すが、一向に言うことを聞く気配が無い。

 その様子を見たアリシアがにんまりと笑う。


「ユニちゃ~ん。」


 アリシアの呼び声に純白の駿馬は、あろう事か背中の主人を振り落とし、たてがみを翻して彼女の元に一直線に駆け出した。

 アリシアが鼻面を撫でると、駿馬は蕩ける様なうっとりとした表情を浮かべる。


「おすわり! 」


 おすわりをする駿馬。


「お手! 」


 お手をする駿馬。


「臥せ! 」


 臥せをする駿馬。


「火の輪くぐり! 」


 火の輪くぐりをする駿馬。


 アリシアは、足元に落ちていた枝を拾い、思い切り投げる。


「ほ~ら、取ってらっしゃ~い! 」


 ダッシュで枝を追いかけて、枝を拾うと猛ダッシュで駆け戻り、駿馬はアリシアに鼻面を押し付け甘えまくる。


「お利口な子ですね、ハスタァ僧正。」


 勝ち誇った笑顔のアリシアが、楽しそうにハスタァに話しかける。


「実は、あれから毎日ハスタァ僧正を待って、ここに来てたんです、そのついでにユニちゃんのお世話をしていたら、すっかり仲良しになりました。」

「ウラジミール……」


 ハスタァはアリシアの言葉を聞きながら、忌々しそうに愛馬の名前を呼び、その額を睨む。


 愛馬の額には、惚れ惚れする程美しく、立派な一本の角が生えていた。

 ユニコーン、一度(ひとたび)貴婦人に情けを受けると、、主人に捧げる以上の忠誠を貴婦人に捧げる幻獣がハスタァの愛馬だった。


 ウラジミール・オンナスキー号。


 これがこの駿馬(ユニコーン)の名前である。


 ハスタァは無条件降伏を余儀なくされた。


 釈然としない思いで手綱を操り、アリシアを伴いマージョリーの経営する孤児院に到着したハスタァは、出迎えた女主人の変貌ぶりに瞠目した。


「いらっしゃい、ハスタァ……。どうしたの? 」


 驚いた様な目で自分を見るハスタァに、マージョリーは不思議そうに聞いた。


 ハスタァは我に返り、慌てて挨拶の言葉を口にした。


「ああ、いや、なんでもありません。ごきげんよう、マージョリー殿。」

「ええ、こんにちは、ハスタァ。そちらが商いに詳しい人ね、マージョリーよ、宜しくね。」


 マージョリーの気さくな挨拶に、アリシアも笑顔で挨拶を返す。


「マリア巫女のアリシアです、初めまして。」

「あっちでキョウと親爺さんが待ってるわ、ついて来て。」


 そう言ってマージョリーは、楽しそうな笑顔を浮かべ、二人を先導して歩き出した。

 その背中を見つめ、ハスタァは驚愕の思いを隠すのに苦労した。


 キョウ殿との一騎討ちの時と比べて、まるで別人ではないか! この短期間で、一体どうすればこれほど成長出来る! ?


 外見はさほど変わらないが、内面の著しい成長を感じ取ったハスタァは、マージョリーの背中を驚愕と羨望の瞳で見つめながら後に続いた。


 キョウとディオの親爺の背中が見えてきた時、ハスタァはマージョリーが木刀をを握っている事に気が付いた。


「その木刀は? 」

「静かに! 」


 ハスタァの問いを厳しく制し、マージョリーは手にした木刀に魔力を込めて八相に構える、そして殺気を抑えてキョウの背中に忍び寄る。


「スキあり! 」


 裂帛の気合いを込め、マージョリーはキョウの背中に木刀を降り下ろす。


 ハスタァはその鋭い太刀筋に、これはキョウとて打ち据えられると思った、だが


「甘いよ、マージ。」


 マージョリーの眼前に、涼やかなキョウの笑顔が迫る。


 彼は得意の魔導戦技、ヘブンアンドヘルを使い、マージョリーの太刀筋の紙一重の外側から彼女の懐に飛び込む。

 降り下ろしきった木刀を握る、伸びきった手首を檜扇で制する。


 マージョリーはキョウの檜扇に逆らわず、右足を引きながら、右脇構えに移行する。

 そのまま最大魔力を込めた、横薙ぎの一閃を繰り出す、同時にキョウの魔導戦技ヘブンアンドヘルを制する為、奥の手の魔導戦技を繰り出した。


「影縫い! 」


 しかし、キョウはマージョリーの奥の手の後の先を取る、不動金縛りの術である影縫いの発動先と、木刀の太刀筋を読み切り、蜃気楼の様に揺らめく体裁きで鮮やかにその両方を空振りさせた。

 そしてキョウは余裕を持って、木刀を振り切って無防備状態となったマージョリーの顔面に左肘、鳩尾に右拳を寸止めで添える。


 マージョリーの心と身体が弛緩した。


「参りました。」


 木刀を下ろして、マージョリーは悔しそうに負けを認めた。


「うん、上達したね。あのレベルの魔力斬撃と同時に、影縫いを出すなんて凄いじゃないか。」

「でも当たらなくちゃ意味無いわ、悔しい~! 」


 感心するキョウに、悔しそうではあるが、実に楽しそうにマージョリーは応える。


 一瞬ではあるが、非常に濃密な攻防に目を見張るハスタァに、マージョリーは悪戯っぽい笑顔を浮かべて木刀を示し


「こういう事よ。」


 と、先程の質問に答えた。


「キョウから魔導戦技と精霊機甲戦技を教わっているの、もうハスタァにもノーデンスにも負けないわ、二人まとめてやっつけてやるんだから。」


 屈託の無い笑顔を見せるマージョリーを、複雑な想いでハスタァは見つめた。


 ハスタァの脳裏に、以前アーミティッジ枢機卿に聞かされた、予言書『断章』の一節が浮かぶ。


 闇の端女(はしため)(いざな)われた異世界の無頼漢が稀代の魔女を覚醒させる、二人の暴威に世界は危機にさらされる。


 焦燥感に胃を炙られる思いのハスタァの背後で、不意に悲鳴にも似た声が上がった。


「嫌ぁ~! これ解いて~! 早くぅ~! 」


 声の主は、キョウがかわした影縫いを、まともに食らって身体の自由を失ったアリシアだった。


 なんとか身体の自由を回復しようと、もがくアリシアの姿に、マージョリーは慌てて術を解く。


「ごめんなさい、アリシア。」


 マージョリーは舌を出して笑いながら、これでも飲んで落ち着いて、と目で言いながらアリシアに水筒を渡した。


 アリシアはほっと一息をついて水筒を受け取り、蓋を開けて口をつけると、彼女は中の液体の異次元の味に、その表情は厳しく変わる。


「これは……! 」


 アリシアの変化に、何かを知ってると感じたマージョリーは表情を輝かせ、会心の悪戯を決めた子供の様な顔を向けた。


「分かる? 」


 真剣な表情でアリシアはマージョリーを見つめ返す。

「これは……! 」


 その表情に、マージョリーは笑顔で頷きながら聞き返す。


「うんうん、これは? 」


 アリシアの瞳が、全ての謎解きを終えた名探偵の様にキラリと鋭く輝いた。そして一拍置いて、おもむろにこう言った。


「何かしら? 」


 すきま風が吹きすさび、上空をカラスが「かぁ」と鳴いて飛び去った。


 一瞬にして真っ白になるマージョリー。


「何か分かったんじゃなかったの! ? 」


 期待を裏切られた思いのマージョリーは、叫ぶ様に聞き返す。


 アリシアは水筒に目を向け、真剣な表情でマージョリーに答えた。


「何も分からないわ、分かるのはこれが只の飲み物じゃないって事だけ。」


 アリシアはもう一度水筒に口をつけ、慎重にテイスティングする。


「羅漢果を漬け込んだ蜂蜜を、飲み易く水で薄めた物だと云うのは分かるのよ」


 アリシアはもう一口テイスティングして考え込み、自分の記憶と知識から答えを導き出そうと、頭脳をフル回転させる。


「分からないのは、その羅漢果と蜂蜜の味が、別次元の味なのよ、特に蜂蜜が……。もしや、これは! ? 」


 何かを閃いたアリシアの表情に、今度こそ我が意を得たりと、マージョリーは会心の笑顔を浮かべた。


「分かった様ね。ハスタァ、アリシア、案内するわ、ついて来て。」


 マージョリーに案内されて、孤児院の裏庭に来たハスタァとアリシアは、その光景に驚愕した。

 特に、蜂蜜の正体にある程度の予測をつけていたアリシアは、予測していたが故にそれを大きく超えた光景に度肝を抜かれた。


「何よ……、これ……。」


 空を舞う金色に輝くミツバチ、大きな十基の養蜂箱。


 子供達が一生懸命、そして楽しそうに養蜂箱の手入れと、黄金色に輝く蜂蜜を採取している。


「これは只の黄金の蜂蜜じゃない! 幻のフローレスランクの逸品だわ! 分からなくて当然よ! 」


 採取された蜂蜜を見て、アリシアは感嘆の声をあげた。


 周りの木々に目をやると、それはどれもたわわに果実を実らせていた。


 どれもサイズは普通の倍ほどもある大きな果実、どれも只大きいだけではなく、一目で瑞々しい果肉の詰まった逸品と分かる張りとツヤを持っていた。しかも非常識な事に、木には数種類の高級果実が鈴なりに実っている、こちらも子供達が収穫していた。


 余りにも非常識な光景に言葉を失ったアリシアに、マージョリーが声をかける。


「もう、ここだけじゃ使いきれないから、売りに出そうと思うの。でも私達は(あきな)いの素人だから、詳しい人のアドバイスを受けようと思って。」


 キョウがハスタァに話しかける。


「黄金の蜂蜜は超高級品だ。卸すとなれば、運搬する時は常に襲撃を受ける危険がある、それにここも。だから運搬と護衛を、この辺りじゃ最精鋭のビーヤーキー隊に依頼したい。」


 マージョリーがアリシアに続ける。


「儲けはそんなに無くていいの、この孤児院がずっと運営出来る位で、子供達がいつまでも笑顔で暮らせる分だけ有れば、それでいいわ。」


 キョウがハスタァに続ける。


「引き受けてくれたら、残りの賠償金はチャラって事で、それから正当な報酬も支払う。」


 マージョリーとキョウは二人に聞いた。


「どうかな? 」

「どうだろう? 」


 法外な申し出に、アリシアとハスタァは息を飲む。美味しい話には裏があるのが相場だが、マージョリーとキョウに二心など有ろう事が無いのは、その表情から容易に理解が出来る。


 アリシアとハスタァは即答した。


「我が家の誇りに懸けて。」


 アリシアが頭を下げる。


「必ず期待に応えてみせます。」


 ハスタァが胸を叩く。


 マージョリーは快諾してくれた二人の手を取り、心から礼を言った。


「ありがとう、二人とも。」


 そしてキョウと目を合わせ、安堵の笑みを浮かべた。


「さ~て、私はマグダラ教官と精霊機甲の操縦教習だから、後の話はよろしくね。」


 マージョリーはそう言って、この後の難しい実務の話から逃げるべく歩きだす。


「何を言ってるの! あなたが核心の話に参加しなくてどうするの!? 」


 そうは問屋が卸さないとばかり、マグダラが空中に出現した。


「だってぇ~。」

「だいたいあなたは……」


 口を尖らせてむくれるマージョリーに、マグダラが小言を始めると、アリシアがそれを遮って叫ぶ様に声をかける。


「マグダラ様! 」

「へっ? 」


 驚いたマグダラが振り向くと、そこには三歩下がって拝跪するアリシアの姿が有った。

 因みにこの、三歩下がって拝跪する礼は、ここルルイエでは相手に最上級の敬意を捧げる意を表している。


「マグダラ様、我が一族の三百年に渡る御無礼をお許し下さい。」


 アリシアは地面に額を擦り付け、マグダラに謝罪を始めた。


「ああしなければ、我が一族は今日まで存続する事はできませんでした。決して本意では無い事を信じて下さい。」

「あら、元はと言えば、私が父に頼んだ事だし、気にしてないから頭を上げなさい。」


 突然の出来事に、一体何事かと二人を見つめる一同の目に気付いたマグダラとアリシアは、互いを指差し合い、同時に言った。


「父の玄孫。」

「高祖父の娘。」


 アリシアの実家は、かつて二人のマリアが外出当番で赴き、初めて出会った商家の直系子孫である。

 つまり、マグダラとっても本家筋に当たる家である。


 滅魔亡機戦争終結後、マグダラの実家、当時のベタニア商会は存亡の危機に立たされていた。


 ベタニア商会は、マリア騎士団のスポンサーとして影から経済面を支え、多大な功績を上げたが、それ故妬まれ、敵も多かった。


 ベタニアの娘が、ネオンナイトと共に二人のマリアを裏切り(しい)した。よってこの私が成敗した。


 アレイスターが喧伝した、事実をねじ曲げ歪めた真実は、陰口を叩くだけだった商敵に、表立って攻撃させる口実を作った。

 彼等は口々に、裏切り者の実家ベタニア商会の取り潰しを叫び、ベタニア亡き後の経済利権を獲得するする為に行動を開始した。


 マグダラはこれ有るを予期し、予め父カーターに回避策を授けていた。


 一つ、近年衰亡著しい大商家、ランドルフ商会を吸収、合併してベタニアの名前を棄てる事

 一つ、衰亡したとはいえ、大きな影響力を持つランドルフ商会の名前を徹底的に利用して、敵対勢力の動きを牽制する事。

 一つ、ランドルフの名前でマリア出会いの故事を宣伝し、後世に向けてそれがベタニアであった記憶を薄れさせる事。

 一つ、自分マグダラ・ベタニアを勘当し、後世に渡り徹底的に排斥する事。


 カーターは、娘の遺言とも言えるこの策を忠実に実行し、ランドルフ商会中興の祖として歴史に名を残し、一族を守り存続させる事に成功した。


 四つ目の策は、今も記念日となった戦争終結の日。

 マリア節に、一族総出で行われている。

 マグダラの肖像画を踏みつけ、家長が罵りの言葉と唾を吐きかけた後に火にくべる。

 そして観覧する客に謝罪と感謝の御馳走を振る舞い、贈り物を進呈する。


 この行事はウルタールの風物詩として定着していた。


 アリシアは時の流れで、これが一族の本心に変わってしまってなど、決して無い事を訴えていた。


 マグダラに促されて立ち上がったアリシアは、ふとある事に気がついて、一同の顔を見回す。


「私、分かっちゃいました! 」


 輝く笑顔を一同に向け、一人得心するアリシアにマージョリーは聞いた。


「何が? 」

「たった今、新生マリア騎士団が結成されたんですよね! 」


 驚いたハスタァが言葉をはさむ。


「いきなり何を言い出すんだ、アリシア。」


 怪訝そうな顔のハスタァに、アリシアは得意顔で答える。


「ハスタァ僧正、私の実家には『断章』という、秘密の予言書が有るんです。」

「断章だって! 」

「はい、それには、『マグダラ様に召喚された異世界の勇者がネオンナイトを襲名し、サードマリアに行く道を示す、そして二人は世界を覆う暗雲を打ち払い、人々に幸せをもたらすだろう。』という一節が記されているんです。」


 何だ! この話は!


 以前アーミティッジ枢機卿が話した『断章』とは、全く逆の内容ではないか!


 驚くハスタァを余所に、アリシアは嬉々として言葉を続ける。


「マグダラ様が顕現されたという事は、やっぱりキョウ様は異世界から召喚されたネオンナイトなんですね。という事は……」


 アリシアは一端言葉を区切り、マージョリーを見つめる。


「マージョリー、あなたが世界を救うサードマリアなんですね! 」

「私が……、世界を……救う……? 」


 思わぬ急展開に、思考が追いつかないマージョリーに、アリシアは三歩下がって拝跪した。


「私はこれより家訓に従い、マージョリー様に忠誠を捧げ、貴女の活動を全力で支える事を、二人のマリアと最高精霊クトゥルーに誓います。」

「忠誠って……。」


 アリシアはガバッと顔を上げ、不敵な笑みを浮かべ、戸惑うマージョリーに答える。


「はい、まずはマグダラ様の故事に習い、父に勘当してもらいます。」

「か、勘当! ? 」

「そしてベタニア商会を再興し、ガッポガッポと新生マリア騎士団の軍資金を稼いで稼いで稼ぎまくります。」


 名状しがたい商人あきんどオーラを燃え上がらせ、不敵なガッツポーズを決めるアリシアを見て、その場に居合わせた全員が「おおっ。」と、感嘆の呻き声を上げた、たった一人を除いて。


「ちょっと待ってよ! 勝手に話を進めないで! 」


 そのたった一人、マージョリーが堪らず声を荒らげた。


「何よ! 世界を救うですって! 私にそんな力が有るわけないじゃない! 」

「でも、予言には……」

「そんな予言なんて知らないわ! そもそも一体何から世界を救えって言うのよ!? 」

「マリア病よ。」


 取り乱すマージョリーに、マグダラがきっぱりと言い切った。


「マリア病……? 」

「そう、女の命が二十年しか持たない呪いの病。そのせいでこの世界は活力を失い、滅びの道を歩んでいる。」

「滅びの道って……、そんな。」

「勿論、明日、明後日なんて急な話ではないわ。でも今のままでは確実にこの世界は滅びるの、それを食い止めるのがマージ、あなたよ。」


 宥める様に、そして諭す様に話すマグダラの言葉に、マージョリーは首を激しく左右に振る。


「そんなの出来るわけないじゃない! 私、あと一年しか無いのよ! そんな短期間で出来っこないわ! そもそも何で私なのよ!? 他にいくらだって適任者はいるじゃない! 」


 マージョリーは救いを求める様に、一同を見回す、そしてキョウと目が合った。


「ねぇ、キョウ、なんとか言ってよ……。そうだ! キョウ、貴方がやれば良いわ! 貴方の力なら、世界を救うなんて簡単よ! そしたら白騎士教団だって貴方の功績を認めない訳にはいかない、きっと賞金首の汚名も(すす)げるに違いないわ! 」


 すがる様な目で見上げて両腕を掴み、激しく揺さぶマージョリーに、キョウはいつもの優しい目で見つめながら、小さく首を左右に振った。


「マスターには出来ないの。」


 キョウの代わりに答えたマグダラを、マージョリーは力なく見つめる。


「どうしてよ、キョウの力なら楽勝じゃ……」

「ルルイエ世界の問題は、ルルイエ世界の人間にしか解決出来ないのよ。」

「そんな……」


 マージョリーは再びキョウを見上げた、彼の優しい双眸の中で微笑んで自分を見つめる二人の自分がいた。


「大丈夫、恐がらないで。」

「みんながついてる、貴女なら出来るわ。」


 キョウの双眸から二人の自分の幻影が飛び出し、優しく言って左右から慈しむ様に抱きしめて消えた。


 マージョリーは力なく後ずさる、目に涙を溜めて首を左右に振る。


「無理よ……、私なんか……。」

「マージ。」


 声をかけるキョウを振り切り、マージョリーは逃げる様に走り去った。


「出来ないよ! 世界を救うなんて、出来るわけないよ! 」


 走り去るマージョリーの後ろ姿を見送り、キョウは呟く。


「いきなり大き過ぎる使命を背負わされたんだ、無理もないか……」

「でも、彼女の寿命を考えたら、そろそろ覚醒してもらわないと間に合いませんわ、マスター。」


 マグダラがため息をついて、言葉を続ける。


「何が彼女の覚醒を妨げているのかしら? 」


 マグダラの疑問に、ディオの親爺が答える。


「今が幸せ、だからではないでしょうか? マグダラ様。」


 ディオの親爺の言葉に、マグダラは反駁する。


「その今の幸せを守るために、立ち上がって戦うべきでしょう! かつて私達三人がそうした様に。」

「畏れながら、時代が違うんです、マグダラ様。」

「何が違うのよ! 」

「かつて、二人のマリアとマグダラ様が立ち上がった時代、女の寿命は二十歳の誕生日で終わり、という事はありませんでした。好きな男と結ばれ、子を産み、育て、やがて育てた子が産んだ孫の世話をする。今の時代の女にしてみれば、夢の様な事が当たり前に出来た時代なんです。」


 ディオの親爺は一端言葉を区切り、マージョリーが走り去った方向を愛しそうに眺めてから、言葉を紡いだ。


「しかし、今の女の命はたったの二十年。それも大多数の女は、人生の大部分を野盗の娘狩りの恐怖に怯えながら暮らすのです。実際に娘狩りの恐怖を体験し、それ以来普通の娘以上に過酷な人生を歩んで来たマージにとって、今は人生の末期にやっと得た幸せなんです。きっとあの子の頭の中には、残り一年余りの間に、キョウの子を宿し産む事と、その子と孤児院をキョウに託し、その腕に抱かれて安らかにマリアに召される事、それしか無いのでしょう。」

「マリアに召されるだなんて言わないで! マリア達はそんな事望んでいないわ! それに、マージはそんなヤワな子じゃないわ! きっと本心ではきっとこの世界をなんとかしたいと思っている筈! 」


 悔しそうにそう言った後、マグダラはキッとキョウを睨み、実体の無い拳でポカポカと叩き始めた。


「もう、マスターがステキ過ぎるから、マージの心が曇ってしまいましたわ! マスターは私にだけステキなら、それで充分なんです~! 」

「何か方法は無いかな? マグダラ。」


 キョウの言葉に頭を切り替えたマグダラは、少し思案して答える。


「『(ブラック)仮面舞踏会(マスカレード)』、ロニー・ジェイムスの最高奥義の魔導戦技、あれなら……。」

「でも、あれは今のアザトースには出来ないだろう。」

「はい、お手上げですわ、マスター。」

「あのぉ~、何のお話ですか? 」


 おずおずと話に割って入るアリシアに、マグダラは面倒くさそうに説明する。


「マージの曇った心を覚まさせるには、マスターが『黒い仮面舞踏会』という魔導戦技で彼女に稽古をつけるのが一番の方法なのよ。でも、その為には、アザトースに『聖魔剣ブラックモア』を展開装備する必要があるんだけど……」

「その鍵となるマジックアイテム、『バルザイのシミター』が手元に無くて、『聖魔剣ブラックモア』を展開装備することが出来ない、という事ですね? 」

「そうなのよ! ロニーが最後の弟子、ギィ・ワイトに託した所迄は知っているんだけど、彼の死後、一体何処に行ったやら見当もつかないのよね~。……って、アリシア! 何で貴女がバルザイのシミターを知っているのよ!? 」


 驚いて自分を見つめるマグダラに、満面の笑みを浮かべてアリシアが答える。


「はい、カーター以来の秘密の家訓です。マグダラ様にとって重要な物だから、バルザイのシミターの所有者は常に把握しておく様にって。」


 アリシアの告白に、父親の深い愛情を感じ取ったマグダラは、思わず涙ぐんだ。


「お父様……」

「そんな訳で、現在の所有者はイブン・ガジという男だという事は分かっています。」

「イブン・ガジといえば、我が白騎士教団のマジックマスターじゃないか! 」


 驚くハスタァに、アリシアは答える。


「はい、イブン・ガジは白騎士教団の高位僧で、またの名を『さすらいの修行僧』と言います。その二つ名の示す通り、表向きは修行のために各地を転々と旅をしている為に、誰にも行方が分からないとなっていますが、実際は幽閉されているとの事。何故彼は幽閉されているんでしょうね、ハスタァ僧上? 」

「知らん! 」


 憮然として言い放つハスタァ、しかしアリシアは元から答えを期待していなかった様子で話を続ける。


「白騎士教団は何かの襲来を恐れるかの様に、イブン・ガジの幽閉地を不定期に変更しています。これが現在掴んでいる、バルザイのシミターに関する情報ですよ」

「幽閉地を不定期に転々か……、それじゃ打つ手無しか。」


 ため息をつくキョウに、アリシアは悪戯っぽい笑顔を向けた。


「あら、キョウ様、商家の情報網を甘く見られては困ります。ねぇ、お姉様。」


 キョウと、そしていきなりお姉様呼ばわりされて驚くマグダラの視線の先には、自信満々のアリシアが胸を反らせて立っていた。

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