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精霊機甲ネオンナイト   作者: 場流丹星児
第二章 出会い
10/35

 キョウは付かず離れず、一定の距離を保って追尾して来る黒い精霊機甲、ノーデンスのナイトゴーントに目をやり、感心した様に言う。


「でも、流石に一流の機械魔導師だよね、隙も無駄も無い、機体性能もなかなかの物だし、侮れないな。」


 キョウが機体性能に触れた事で、マグダラは少し不機嫌になる。


「ぶーっ。『新しきもの』なんて目じゃありません、あんな下等精霊と疑似契約した、無個性の大量生産品なんか、精霊機甲なんて名乗る資格なんてありませんわ、マスター。」

「でも、あれは『新しきもの』とはいえ、正式契約した精霊を持つ『深きものども』だろ、それにナコト写本を参考にした改修もされて、装備も強化されている。やっぱり侮れないよ。」

「ぶーっ。」


 諭す様に話すキョウに抗議して、マグダラは膨れっ面でキョウを軽く睨む。


 そんなマグダラに、キョウは優しく続ける。


「勿論、君達三人が手塩にかけて産み出した、『イスの輝ける種族』であるこのアザトースが、万が一にも遅れを取るとは思わないけどね。」

「ええ!私達がイスの秘密工房で造り上げた機体は最高なんです。特にアザトースとクティーラとヨグ=ソトースは会心の作品で、このアザトースは当時の最強騎士、ロニー・ジェイムスに合わせた最高スペックの最強の機体です!あんなゴキブリみたいな機体なんか、一撃で粉砕しちゃいます。」


 褒められて上機嫌となったマグダラは、ついつい饒舌となりまくし立てる。


「だからね、そんな素晴らしい機体を、僕のつまらない慢心で傷つける様な事があったら、君達三人に申し訳ないからね。それに僕はまだまだロニー程の腕前じゃない、どんな相手も侮れないよ。」

「そんな事はありません、マスターは誰よりも強いです!少なくとも、あの男を除いては、現時点で最強です!」

「あの男って?」

「白騎士アレイスター・クロウリー十三世、ヨグ=ソトースの持ち主です。」


 マグダラの表情が曇る、彼女達が丹精込めて組み上げた至高の三機神


 アザトース

 クティーラ

 ヨグ=ソトース


 この内現存するのは


 アザトース

 ヨグ=ソトース


 の二機である。


 二人のマリアとマグダラの専用機、三機のクティーラは、白騎士の裏切りで完全破壊されている。


 マグダラとしては、手塩にかけたヨグ=ソトースが白騎士の手元にある事は、我が子が敵の手に囚われているのと同様、身を切られるよりも辛い事なのだ。


「なら尚更つまらない慢心で躓く様な事は避けないとね、白騎士を倒してヨグ=ソトースを取り返すまで、宜しくご教授頼むよ、教官。」


 キョウは影が差したマグダラの心を気遣い、わざとおどけた態度を取る。


「はい、厳しく指導しますよ、覚悟して下さいね、マスター。」


 キョウの気遣いを察知したマグダラは、その気持ちに応え、努めて明るい笑顔で答えた。


「私なら大丈夫です、マスター。まだあの子が無事ですから……」


 風切り音にかき消される程度の小さな声で、マグダラはそっと呟いて目を閉じた。


 ◆◆◆


  精霊機甲は、幾つかの種類に分類される。


 まず大きく二つに分類すると

(いにしえ)のもの』

『新しきもの』

 の、二つの種類に分けられる。


『古のもの』は、滅魔亡機戦争時代に製作された機体で、ヴィンテージとも呼ばれる。

 全て個別の精霊と正式契約を交わした、強力な機体である。


 多くは機神機甲から転じた物であるが、マリア・フォン・マシンナリーの開発した小型精石炉を搭載した機体から転じた物は、製作された工場があった土地の名に因み『ゾスよりのもの』と呼ばれ、個別の特殊能力を持つ強力な機体である。


 マリア以前に配備された機神機甲から転じた物は、普通に『古のもの』と呼ばれ、性能的には『ゾスよりのもの』から一段落ちるものの、強力な機体である。


 また、最初から精霊機甲として製作された機体も存在する。イスの秘密工房で二人のマリアとマグダラの三人が、自らオイルにまみれて組み上げた機体

『イスの輝ける種族』と称される機体である。


 いずれも最高級の精霊と契約した、最強クラスの機体で、当時のマリア騎士団の上級指揮官専用に開発され、彼等に合わせたチューニングがなされていた。そのせいで後世の者に受け継がれた時、発揮される力は搭乗者の能力に左右される『じゃじゃ馬』として、憧れと敬遠の眼差しを受ける事になる。並みの力しか持たない機械魔導師には動かす事すらままならぬが、契約精霊との相性にもよるが、強力な機械魔導師ならば、天井知らずの能力を発揮する、まさしくスペシャルな機体である。


『新しきもの』は、滅魔亡機戦争以降に開発された機体で、少数で高価な『古のもの』を補完する目的で開発された。


 初めは『ゾスよりのもの』のコピーから開発が始められたが、マリアの開発した小型精石炉をベースとする小型魔導炉のコピーに失敗したのを皮切りに、同じくマリアの開発した動力伝達フレーム、魔導過給機等のコピーに軒並み失敗し、開発計画は暗礁に乗り上げる。


 形は同じ物を再現できるのだが、込められた魔法のハーモニーを再現できず、デッドコピー以下の代物にしかならなかった。


 そこで計画を下方修正し、マリアの手の入っていない『古のもの』をベースに 開発を再開した。

 そうしてベース機体の八十五パーセントの能力を安定して発揮する事が可能となった所で、一応の完成とした。


『新しきもの』は、誰にでも扱える汎用性と大量生産を目的に開発された為、個別の精霊との契約はなされておらず、多数存在する低級精霊と疑似契約させて稼働する。

 疑似契約した低級精霊の名前が、そのまま機体の名前となっており『ビヤーキー』『シャンタック』『ナイトゴーント』『ショゴス』『ミ=ゴ』等の種類がある。


 熟練搭乗者や、実力者の為に『新しきもの』をカスタマイズして、個別の精霊と正式契約して性能を向上させた機体を『深きものども』と呼ぶ。


 初めは個別の精霊と契約するだけであったが、ナコトの地で発見発掘された、マリアの研究施設跡から出土した記録を解読した資料、通称『ナコト写本』を基に大幅な性能向上に成功する。

 少数ではあるが、契約精霊と搭乗者の能力によっては、『ゾスよりのもの』に匹敵する力を発揮する機体も存在する、ノーデンスの操るナイトゴーントもその一つである。


 ◆◆◆


「さて、そろそろランデブーも終わりにしないとね。」


 キョウはペダルを踏み込み、操縦悍を操作して、アザトースの速度を上げて上昇する。


「また逃げる気か、腰抜け野郎め。そうはいくか。」


 ノーデンスもナイトゴーントの速度を上げて後を追う、キョウはナイトゴーントの機動を確認すると、推力全開で急降下機動を行い、地表すれすれの高度を高速で滑る様に飛行させる。


「はん、何度も引っかかるかよ!」


 ノーデンスは、アザトースの頭を押さえる為に、やや緩い角度でナイトゴーントを降下させた。


 実はノーデンス、キョウと同じ機動で急降下して、三度地面に叩きつけられている。

 別にノーデンスの操縦技術が下手なのではない、普通に急降下して追うだけなら、朝飯前に出来るのだが、キョウの急降下からの機動は普通ではなかった。


 キョウは急降下の際に、アザトースが起こす風圧と風切り音や機械音が、ンガイの森に住む動物や精霊達の迷惑にならない様に気を使い、結界魔法を用いて完全にそれらを遮断していた。

 ノーデンスは、急降下から地表すれすれの高度を、木々の枝一つ揺らす事無く、そして音も無く超高速で飛行するアザトースに驚愕しつつも、「俺だってやってやる! 」と後を追い、ものの見事に失敗して地面に激突した。


 自機のコントロールに魔力を集中しながら、自機を守る為ではなく、他者を保護する為の魔法を完璧に行う事など普通は不可能である。

 機体性能の差だと決めつけたノーデンスは、修理する際に、魔力増幅器の容量を増設して対応したが、再度のチャレンジにも失敗する。


 キョウは盛大に地面に激突し、動けないノーデンスに笑いながら聞かれてもいないその操縦法のレクチャーを行った。その内容はノーデンスにとって、敵に教えを受けるという屈辱を吹き飛ばす程、衝撃的な内容だった。


「いいかノーデンス、機体制御は魔力に頼らず、完全マニュアルで操縦するんだ。そうして結界魔法に全魔力を集中する。勘所は……そうだな、耳を澄ませばいい、そのうち分かるさ。」


 精霊機甲は、基本的に魔力で操縦するものである、それがこの時代のルルイエ世界の常識であった。確かに操縦悍や制御ペダルがついていて、やって出来ない事は無いだろうが、それはあくまでも魔力の消費量を抑える為の補機であり、念じただけで思い通りに動く精霊機甲を、魔力に頼らず完全マニュアルで操縦するなど聞いた事も無い、ノーデンスは耳を疑った。


 三度目、馬鹿なと思いつつ、キョウの言葉通り機体制御をマニュアルに切り替えた瞬間、コントロール不能に陥り、派手に地面に激突した。

 ノーデンスは、キョウのレクチャーしたマニュアル操縦は、彼のいつもの手段


 心理攻撃のはったり


 そう判断し、以来急降下からの機動に付き合うのは止めた。


 ナイトゴーントが、アザトースの頭を押さえる機動を取った事を確認したキョウは、コンソールの黒いクリスタルに呼びかける。


「ナイアルラート。」


 キョウの呼びかけに応じて、クリスタルから黒い光の粒子が飛び出す。

 光の粒子はキョウの目の前でクルクルとループすると、身長三十センチ程度の、黒い肌の女の子の妖精の姿が現れた。


 金色の髪と瞳に妖しさを秘めるも、まるで悪戯好きの可愛らしい黒い子猫のような印象を与える姿の妖精である。


「にゃる、しゅたん!」


 黒い妖精、ナイアルラートはシュタッとコンソールの上に着地した。


 マグダラが優しく挨拶をする。


「こんにちは、ナイアルラート。今日も元気ね。」

「にゃる、がしゃんな! 」


 弾ける様な笑顔でマグダラを見上げ、右の拳を突き上げて挨拶を返す。


「ナイアルラート、今日も頼むよ。」

「にゃる? 」

「またアイツと、適当に遊んでやってくれ。」

「にゃるにゃる! 」


 ナイアルラートの目が、妖しくキラーンと光る、まるで面白そうな遊び相手を見つけた子猫の様な目付きである。

 キョウも、共犯者の様な顔つきで念を押す。


「そう、適当に。」


 二人は額を寄せ合い、「ふくくくくく」と意地の悪い含み笑いを浮かべた。


「じゃあ、合図を送るまで適当に頼むよ。」

「無理しちゃダメよ、ナイアルラート。」

「にゃる、がしゃんな! 」


 ナイアルラートが、元気一杯の笑顔で最敬礼を二人に送った瞬間、アザトースの進路を塞ぐべく、ノーデンスのナイトゴーントが眼前に現れる。

 その姿を認めたキョウは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、右手で印を組む。


 アザトースはアキュートターンでナイトゴーントをかわし、上空へ飛翔した。


「ぬうっ、小癪な! 」


 ノーデンスはナイトゴーントを上昇させ、アザトースを追った。

 しかし、アザトースの操縦席には、目指すキョウの姿は無かった、マグダラの姿も消えている。

 その代わり、嗜虐の笑みを浮かべ、やる気満々のナイアルラートが、一人存在感を主張していた。


「行くよ、角端(かくたん)

 キョウとマグダラは、ナイアルラートにノーデンスの対応を任せ、転移魔法を使ってンガイの森に降り立っていた。


 二人は黒い麒麟の角端に跨がり、木々の影を渡ってンガイの森の奥に消えていった。

 その上空をアザトースと、それを追うナイトゴーントが飛翔して行く。


「にゃるにゃる、がしゃんな。にゃるにゃる、がしゃんな。にゃるにゃる、がしゃんな。」


 ナイアルラートは、上機嫌で一人遊びをする子猫の様に、コクピットの中を飛び回り、レバーやペダル、スイッチにじゃれつく様に操作している。

 アザトースはナイアルラートの操縦? に従って

 、トリッキーで挑発的な機動を行い、ノーデンスのナイトゴーントを、確実にキョウとマグダラから引き離していった。


 キョウとマグダラが向かったのは、ンガイの森の中心部のリック湖の北方、カダス山の麓の峡谷地ハイパーボリアである。


 この地はかつて、スクールを卒業し、それぞれの国許に帰った二人のマリアに代わり、マリア騎士団を統率していたマグダラが、騎士団の宿営地に選んだ歴史がある。


 きれいな沢と泉そして温泉が湧き出る、美しい自然に囲まれた、風光明媚な土地である。

 しかし、この地は未だに観光開発された事は無い、理由はこの地に至るまでの、迷路の様にいりくんだ道にある。

 噂を聞いてこの地を訪れようとした者の殆どが、迷宮の様な森林道に迷って遭難した。

 運良くたどり着いた者も、再びそこに至る事はなかった。


 悪魔の様な迷宮の森の奥にあるその場所を、ハイパーボリアと呼ぶ者は殆どいない。

 かつてマグダラが深く関わったという故事から、こう呼ばれている『魔女の谷』と。

 二人はこの魔女の谷こと、ハイパーボリアへと至る迷宮の森の入り口近くにある、廃棄された管理小屋を目指していた。


  二人の目指す管理小屋の中には、いかにも『その筋』といった風体の一団が、イライラを募らせてキョウを待っていた。

 彼等は千客万来のうちのもう一方、賞金稼ぎではない方に属する者達である。


「アニキ、ネオンナイトの奴、待たせますね。」

「ああ、そうだな。」

「ナメやがって! 野郎、俺達ウォーラン一家を何だと思っていやがる! 」

「そんなにいきり立つな、お前もそろそろ落ち着かないと、若い者に示しがつかんぞ。」

「へえ。しかし、あんな奴、アニキが頭下げてまで誘う価値があるんでやすか? 」

「腰抜けだからか? 」

「……」

「いいか、本物の悪党はな、自分より強い奴とは絶対に戦わねぇ、命有っての物種だからな。そうして弱い奴をいじめぬいて、ガッポリ掠め取っていくのよ。分かるか? 」

「へえ。」

「奴はその点わきまえている、何せノーデンスの奴から逃げ回っているからな。見事な腰抜けっぷりだ。まぁ、ノーデンスに狙われたら、命が幾つ有っても足りないからな、ワッハッハ、同情するよ。」


 アニキと呼ばれた男は、愉快そうに笑い、煙草をくわえた。


「それにしても、こんなコキタネェ場所に呼びつけやがって! 野郎、自分を一体何様だと思って……えっ!?」


 先程から不満をもらしていた男が、兄貴分のくわえた煙草に、火を着けようとしたその時、周囲が激変して驚きの声をもらす。


「何だ……、これは……。」

「おい、どうなっているんだ! これは! 」


 同様に、兄貴分の男も、他の手下共も、驚いて周囲を見回す。


 彼等はつい今まで、廃棄されて荒れ果てた管理小屋の『中』にいた筈なのに、一瞬のうちに全員『外』に移動している。

 見回した風景は、彼等が到着した時に比べ、微妙に、そして大幅に変化していた。


 微妙な点は、彼等が乗って来た精霊機甲や、二足歩行機ンガ・クトゥンに混じり、漆黒の麒麟が一頭増えている事。

 大幅な点は、今まで中にいた筈の汚い元管理小屋の有った場所に、瀟洒なロッジが建っている事である。


「ななななな何がどうなってやがる! おい! 開けろ! 」


 不満をもらしていた男が、狼狽えながらもロッジのドアを乱暴に叩く。

 すると、中から凛とした若い女の声が聞こえた。


「カステラ一番。」


 返事というには、余りにも意味不明な反応に、不満男は声を荒らげる。


「馬鹿野郎! 何訳の分からねぇ事言ってやがる! ナメてんのか! テメェ! さっさとここを開けやがれ! 」

「ブッブー、外れよ。開ける訳にはいかないわ、また出直して下さいな。そうねぇ……、一昨日ならよくってよ。」


 全く噛み合わない会話に、不満男はさらに声を荒らげる。


「フザケてんじゃねえ! このアマ、ナメた事してっと、取っ捕まえて売り飛ばすぞ! 」

「あーら、野蛮ね。マスターの生まれ故郷、輝ける夢幻郷ニホンでは、こうした人目を憚る密会をする場合、合言葉を使ってお互いを確認するのが作法なのよ。そんな事も知らないなんて、これだから田舎の小悪党はダメね。」


 あからさまな嘲りの言葉に、不満男は怒りの余り声を失う。

 そんな彼の心に逆螺を回す様に、中の女は言葉を続ける。


「まぁ、いいでしょう。心の広いマスターに免じて、もう一度チャンスを差し上げますわ。いい事、輝ける夢幻郷ニホンでの最も一般的な合言葉ですから、さっくりお答え下さいね。では、コホン、カステラ一番。」

「ザケンな! テメェ! 」


 不満男は遂にキレて、思い切りドアを蹴飛ばした、が、その足が当たる直前、唐突にドアが開けられた。


 不満男を壁との間に押し潰し、開かれたドアの向こうには、供の若い女の暴走に少々困惑気味の優男が立っていた。


「入ってもらいなよ、マグダラ。」

「あーっ! いけませんわ、マスター。」


 キョウを仲間に引き込みに来た悪党共は、彼の余りの優男ぶりに戸惑い、どよめいた。

 悪党共の胸中には、こんな奴をあの禁忌の精霊機甲アザトースが選ぶなんて信じられないという思いがわき上がる。特にマグダラにコケにされた上、ドアに押し潰された不満男の憤懣はひとしおだった、それを兄貴分の男が宥めつつ、キョウに挨拶の言葉をかける。


「お初にお目にかかる、ネオンナイトのキョウ殿とお見受けする。俺達は……」

「知ってるよ。ウォーラン一家のナンバー3のクラノンさんと、その子分のメネス君ね。ま、立ち話もなんだから、中に入んなよ。」

「そうかい、じゃあお邪魔するぜ。野郎共、ついて来な。」


 一同は、廃棄された管理小屋だった筈の、瀟洒なロッジにぞろぞろと入って行った。


「まったく、『カステラ一番』と言えば、『電話は二番』に決まっているのに……、これだから田舎の小悪党は……」

「また金枝篇ネタかい、マグダラ。じゃあ『三時のおやつ』は? 」

「えっ? それは何ですか、マスター。私、初めて聞きますわ。」


 キョウは悪戯っ子の様な笑顔を浮かべて歌い出す。


「カステラ一番、電話は二番、三時のおやつはラララララン。」


 マグダラの瞳は、好奇心でキラキラと輝く。


「マスター、今のは金枝篇には載っていませんでしたわ! 一体何ですの? 教えて下さい。」

「えへへへへへ。」


 自分達を先導して歩く、前方の二人のひそひそ話に、ウォーラン一家の面々、特にマグダラにコケにされた上、キョウにドアで押し潰された不満男、メネスの心は大きくささくれ立っていた。


「アニキ、奴等絶対俺達の事、軽く見てますぜ。」

「ああ、分かってる。奴を引き込んだ後の、ケジメの教育はお前に任せる。厳しく躾てくれよ。」


 周囲を軽く見回して、クラノンは答えた。


 どういった魔法を使っているのか、瀟洒なロッジの中、自分達が歩いている場所だけが、元の汚い廃棄小屋のままである、この扱いにはクラノンも腹に据えかねた。


「分かりやした。へへへ、たっぷりと仕込んでやりますぜ。」


 メネスは粘っこい視線を、先導する男女に向けた。


「えーと、カステラが一番でしょ? 二番が電話で……、三時のおやつ? うーん、何かしら? おやつの名前かしら? 」

「それは一番のカステラだろ、ハズレ。」

「まぁ、カステラっておやつでしたの? 初めて知りましたわ! マスター。流石は輝ける夢幻郷ニホン、奥が深いです。」


 二人のキャッキャウフフなほのぼのヒソヒソ話は、後続の男達の精神を蝕み、確実に反感という感情を育んでいった。


 キョウはそんな事は意にも介さず、廊下の奥の扉を開けて、中へと入って行った。

 むくつけき反感軍団も後に続いて中に入る、そして彼等の反感はレッドゾーンに達した。


 部屋の中でキョウは膝の上にマグダラを(はべ)らせ、黒い豪奢なソファーに座り、テーブルに用意された見た事の無い菓子をつまみ、茶を啜っている。

 くどい様だが、同じ空間の中に居る筈なのに、キョウ達の居るスペースは瀟洒なロッジで、クラノン以下のウォーラン一家一同は荒れ果てた管理小屋である。菓子や茶はおろか、椅子すら用意されていない。


 ウォーラン一家ご一行の眉間には、もれなく深い皺が刻み込まれ、額には青筋のトッピングがサービス代わりに浮き上がった。


「マスター、これは何て言うお菓子なんですか?」

「カステラだよ。」

「まぁ!これがカステラ……」


 マグダラが目をキラキラさせてカステラを見つめて、言葉を続ける。


「という事は、一、二、三と来てるから、四絡みかしら? うーん? 」


 遂にメネスがキレた。


「ヤイ! テメェ! アニキがわざわざ会いに来てるのに、この扱いは何だ! 」


 負けじとマグダラが怒鳴り返す。


「うるさいわね! 今それどころじゃ無いのよ! 」


 火花を散らし、激しく睨み合うマグダラとメネス。


 もし、今ゴングが鳴ったら、因縁の異種異性格闘技統一世界タイトルマッチが始まるだろう、勿論凄絶な流血の遺恨試合となる事は必至である。

 二人の激しい視殺戦の間に、老獪なインサイドワークを駆使してクラノンが割って入る。


「なぁ、ネオンナイトさんよ。これが折角いい話を持って来た客人に対する、あんたの誠意なのかい?」


 穏やかではあるが、言外に含みを持たせたクラノンの言葉を、キョウは何のてらいも無く、ストレートに斬って捨てる。


「小物の手下になって、徒党を組んで弱い者を泣かす事の、どこがいい話なんだ? 」


 クラノンの額に、また一つピシッと青筋が浮いた、が、彼は努めて平静を装って言葉を返す。


「これは手厳しい。だが、悪名高いネオンナイトの言葉とは、とても……」


 思えねぇな。と続けようとしたところ、キョウの言葉がそれを遮る。


「意外かい? 」


 木で鼻を括った様なキョウの態度に、クラノンの額にさらに一本の青筋が加わった。


「世界を敵に回して冒涜し、闇と混沌をもたらす者。だからネオンナイトは悪党、故に仲間になるに違いないってか? 短絡に過ぎるな、脳の神経細胞がショートしてるのか? 」


 ここで一端言葉を区切り、キョウは明らか過ぎる程の嘲りの視線をクラノンに浴びせ、その額に更にもう一本の青筋を、追加料金無料サービスで提供した。


「仮に俺が本当に悪党だったとしても、そんな短絡思考の持ち主なんざ、リスクが大き過ぎて仲間になんか出来るかよ。むしろ敵でいてくれる方が安全で有難い。」


 キョウはありありと冷笑を浮かべながら吐き捨てた、その態度にクラノンの目尻がわなわなと痙攣する。


「テメェ! アニキを馬鹿にしやがって! 」


 メネスが怒気を露にして、キョウに吠えかかった。


「小物の手下になって顔色を伺い、せこせこちんまり生きるのと、アナタ達の首に懸かった賞金をいただいて、面白可笑しく生きるのでは、どちらがマスターにとって得なのか? そんな簡単な計算も出来ない飛んで火に入る夏の虫なんか、馬鹿にされて当然ですわ。」


 マグダラが退屈そうに答えると、メネス以下に動揺が走った。


「うろたえるな、ボケぇ! 」


 クラノンが、動揺する手下共を一喝した。


「そうかい、俺達を罠にかけたって事かい? 」


 涼しい顔で茶を啜るキョウを睨み、手下共に号令を下す。


「そう上手く行くと思うなよ。野郎共、やっちまえ! 」

「おうよ、返り討ちにして、テメェの首に懸かった賞金をいただいてやる! 」


 クラノンの号令の下、メネス達がキョウとマグダラを取り囲んだ、その刹那、キョウが腰を下ろしていた黒いソファーは、漆黒の麒麟の角端に変化した。


 角端はキョウとマグダラを背に、クラノン達を威嚇する様に棹立ちとなり、空気を揺るがす吼号をした。衝撃で建物が吹き飛ぶ、胆を潰したクラノン達は、わらわらと自分達の精霊機甲やンガ・クトゥンに駆け寄り、我先にと乗り込んだ。


 慌てるクラノン達を眺め、キョウは印を組んで呪文を唱える。


「クトゥルフ フタグン ニャルラトテップ ツガー シャメッシュ ニャルラトテップ ツガー シャメッシュ クトゥルフ フタグン」


 キョウの首飾りの勾玉、トラペゾヘドロンが輝いた。


 その同時刻、キョウ達からノーデンスを引き離すべく、遥か遠くに離れていたアザトースの操縦席のクリスタルも輝く。


「にゃ~る、がしゃんな~。」


 その輝きを認めたナイアルラートは、水泳選手の様な美しいフォームで、クリスタルに飛び込んだ。


 ノーデンスの目の前から、アザトースが霞の様に消失する。


「ネオンナイト~!俺と戦え~!」


 ノーデンスの魂の叫びが虚しく木霊した。


  クラノン達がキョウを打ち倒すべく、自機に乗り込み、武装を構えて殺到する。


 その時、キョウの勾玉から、にゅるりとナイアルラートが飛び出した。

 同時にキョウの背後に、アザトースの偉容が現れる。クラノン達はまたもや胆を潰し、一瞬動きが止まった。


「にゃ~る~が~しゃん~な~! 」


 クラノン達が怯んだ隙に、ナイアルラートが大声で一喝すると、地面が大揺れに振動した。


「! 」


 揺れる地面を突き破り、無数の金色の触手が現れる。


 触手はうねうねと絡み合い、巨大なピラミッドを形成する。触手のピラミッドは、天辺(てっぺん)についている、一つの目でクラノン達を睥睨(へいげい)すると、無数の触手を伸ばして一網打尽に彼等を捕縛した。


「お疲れ様、ナイアルラート。今日も大活躍ね。」

「にゃる、がしゃんな。」


 マグダラの労いの言葉に、ナイアルラートは満面の笑顔を浮かべる。そして、角端から降りたキョウと、サイズの合わないハイタッチを交わした。


「じゃあ、もう一仕事頼むよ。」


 キョウはそう言って、丸めた羊皮紙をナイアルラートに渡した。


「にゃるにゃるにゃるにゃる。」


 ナイアルラートは、自分の背丈程ある羊皮紙を、しっかり両手で抱えて、ダンウィッチ方面に飛んで行く。


「畜生、俺達をどうするつもりだ!」


 触手に捕らえられたクラノンが、キョウに向かって叫ぶ。

 キョウは角端の鼻面を撫でながら、一瞥もせずに即答した。


「サードマリアの、(にえ)になって貰うよ。」


 角端は気持ち良さそうに嘶くと、黒い光の粒子になって、キョウの勾玉の中に消えて行った。


「サードマリア!? 何だ、それは! おい、待て! 」


 キョウはクラノン達を無視し、昔懐かしいCMソングを口ずさみながら、アザトースの操縦席に乗り込む。


「カステラ一番、電話は二番、三時のおやつは文○堂……」

「まあ! それが答えですの? 」


 マグダラが目を輝かせる。


「ああ、これは『合言葉』じゃあ無くて、お菓子の販売店の宣伝文句なんだ。もっとも、関東ローカルだから、全国的じゃ無いんだけどね。」

「カントーローカル……、よく分かりませんが、よく分かりましたわ。流石輝ける夢幻郷ニホン、奥が深いです。」

「あと、こういうのも有るよ。『悔しかったら言ってみな、白黒抹茶、小豆コーヒー柚子桜、○柳ういろう~』」

「まぁ、ステキですわ、マスター。それもカントーローカルですの? 」

「いや、これは中京ローカル。」


 クラノン達は、キャッキャウフフと去って行くキョウとマグダラを、歯噛みをして口汚く罵りながら見送った。

この二つのCMソング

知ってる若い人っているかなぁ?

本文では○を入れて伏せましたが、出典は文明堂と青柳ういろうのCMソングです。

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