「いや」も「嫌い」も聞き飽きた。
「あーうーあー」
「うっさいさっきから」
唸っていた私にぴしゃりと叱ったのは体操服を着た悠世だった。
体育館の観覧席でバスケやらバレーやらを見ながら悠世は唸る私に舌打ちをつく。
「何に対してそんなに唸ってんの?この前のキス事件?それともこの居た堪れない殺気のこもった視線?」
「緊張っていう選択肢はないんだ?」
「あるわけないでしょ、あんた神経図太いんだから」
「悠世ひどい」
「どっちがよ。毎回性懲りもなく女子の呼び出しに応じてはコテンパンに言い負かして帰って来るくせに」
はんっと鼻で笑って悠世は、現在進行形で行われている1組の男子バスケをちらりと見た。
男子は少し前に富樫君が言ってようにバスケ部員じゃない人が3人しかいないから、フル出場になっているみたいで、コートには常に一条がいた。
一条が出るたびに、観覧席が女子でいっぱいになるのだから面白くない。
しかもさっき放送で何人かの女子が呼び出されていたところを見るに、おそらく自分たちの競技ほったらかしで来てるんだろう。
先生たちも大変だよなぁ。
「で?一条とはどうなったわけ?」
「どうもこうもないんだけど」
「放課後の体育館前で堂々とチューしといてよく言う」
「あれは事故よ」
電柱にでもぶつかったと思えばいいのよ!
「あんなイケメンとのチューを電柱扱いとは…あんたそれほかの子に言ったら明日から席ないよ?」
「だろうね」
でもそんな風にでも言わないとこっちもやっていけない。
あのバカは減るもんじゃないし、とか言ってすっごい平然としてるし。
焦ってる自分が馬鹿みたいに思えてくるし。
「でも意外だわ。あんな一緒にいたらめんどくさそうな人と、たまたま席が隣になっただけでチューするような関係になっちゃうなんて」
「なってないから!事故だから!」
何度言わすねん!
もう訂正に必死だ。
「からかわないでよ。こっちはどうやって距離置こうか必死で考えてんだから」
「え、なんでー?距離置く必要なくない?そのままくっついちゃえばいいのに。あんなイケメンあんたには勿体ないくらいなんだからさ」
本当に他人ごとになったら簡単に言ってくれる。
「にしても一条もやるよねー。この学校に転入してから1週間も経つかってくらいに、難攻不落で名高いあんたにキスまでするんだもんね」
しかも俺のだからっていう言葉付きだ。
全くもってありがたくない。
「普段ならあんたももっとガード固いのにねー。やっぱイケメンだといいかなって気になった?」
「ふざけんな」
イケメンだからまぁいっかなんて、そんな考え毛頭ないっつーの。
「でもほんっとすごい人気だよね」
「そうだね」
昔から人気あったよ、あいつは。
今も、バスケで点数を決めたから、女子たちは黄色い声援を送っている。
確かにあいつのバスケをしてるところはかっこいいとは思うけど。
「神崎さん」
何の気なしに一条を目で追っていたら後ろから声をかけられた。なにかなと思って振り向けば、おそらくクラスメイトだろう女子がいた。
すごく真面目そうな、大人しそうな女の子っていうのが第一印象。
「あの…さっきバスケの女の子たちに呼んできてって…言われて、」
「‥?そうなの?」
女の子は異様なほどに挙動不審だった。ちらちらと周りを気にしては、遠慮がちに、そして何かに怯えるように、ポツリポツリと言葉をつないでいく。
「体育館の裏、って…その、」
「体育館裏ね。なんか作戦でもあんのかな」
初心者もいるし、普通にするって話してたんだけど…‥急きょ作戦変更でもあったのかな。
「ありがと、私ちょっと行ってくる」
悠世にそれだけ告げて、私は体育館裏へと向かう。
体育館の裏は人通りが極端に少なくて、あまり使わない用具が置かれた用具庫が3つくらい建てられている。
日陰でじめっとしていて、普段なら絶対に行かないけれど、作戦とかを考えたいなら確かにこういう人気の少ないところに行くよね。
「‥どこだろ?」
きょろきょろとあたりを見渡しているけれど、人影なんてものは1つもない。あるのはさびれた用具庫だけだ。
「へぇ、本当に来たんだ?」
後ろから女の人の声が聞こえて振り返れば、6人ほどの女子が立っていた。体操服に書かれた名前が青文字だったから、私よりも上の学年だというのはかろうじてわかった。
「……っち、そういうこと」
まんまと騙された、そういうわけだ。
どうりであの子、挙動不審で周りをすごく気にするわけだ。
「可能性低いって思ってたけど、あのバカ女も仕事できんじゃん」
「あんたもあんなやつに騙されて来るとかマヌケだよね」
「‥その間抜けな作戦考えたのは他でもないあんたらだろうが」
「引っかかってのこのこ来るあんたのがマヌケでしょうが!」
私の言葉に苛立ったのか、リーダー格っぽい女子が声を荒げた。
確かにマヌケと言えばマヌケだろうな。普段の私だったら、こんなのすぐに気が付いただろうし、だいたい面倒だからってまず行かない。
…‥富樫に絆されたかな。
「で?呼び出した理由は?また一条?」
というか一条のことでしか呼び出されされる理由ないんだけどね。
「よくわかってんじゃん」
「ていうかさ、あんた私らが先輩だってわかってそんな口利いてんの?」
「先輩だからって敬語使えってのも横暴な考えだよね」
敬語って敬う語って書くんだよ?敬えないのに使えるわけないじゃん、敬語なんて。
「マジムカつく」
「それはどうも。ていうか、話あるなら早めに済ましてくれないかな。私あと5分もしたら試合始まるんだよね」
って言って気が付いた。これが狙いか。
「今更気が付いたの?あったま悪~い」
「あんたがいない方がさ、みんな平和なんだよね~」
「邪魔なんだよね、目障り。一条君に言い寄って断れないのをいいことに彼女面とかあんた何様?」
ああもう、頭痛い。
「ということだから、しばらく眠っててほしいのよ、悪いけど」
「え、―――」
一瞬だった。
誰もいなかったはずなのに、いきなりわきから出てきた手に見えたのは白い布だった。
とろりと重たくなる瞼と遠くなる意識。
その断片の中で見えたのは、あざ笑うかのような女の人の声と意地悪い顔だった。




