愛と芸術の獣人神
何がきっかけとなったのかわからないが、二つの国で諍いが起きた。
対象を違えたとはいえ、信仰を持つ国同士、表立った戦いにはならなかった。しかし、それゆえはっきりとした解決もしないまま冷戦状態が長く続くこととなった。
山の麓の国に住む人間の少年は苦しんでいた。
砂漠を駆ける獣の御遣いの武勇伝は、幼き少年の憧れの的であったから。
少年は友の獣から貰った一房の毛束で筆を作り、絵を描いた。少年が知るはずもない戦場の絵。それなのに、息使いや血の臭いすら漂ってきそうなその絵は見る者を悉く圧倒し、奮い立たせた。
砂漠の国に住む獣の少女は悲しんでいた。
雪山に突如現れ、癒やしを与えた美しい天女は、幼き少女の憧れの的だったから。
少女は友の人間から楽器作りを習い、曲と歌詞を作って歌を歌った。弦楽器の穏やかな音色に鈴のような声音が緩やかに重なる、切ない祈りの歌。その歌を聴いた者は悉く涙し、暖かな気持ちに包まれた。
旅の商人が少年の絵を伝え、旅の吟遊詩人は少女の歌を伝えた。はたして、二つの国が血を流さずに和睦を成すと、少年と少女は種を異にする初めの夫婦となった。
夫婦は互いの国を離れ旅に出た。そして、長い長い旅の果てに森の湖畔に辿り着いた。
そこで下級神は夫婦に一人の子を授けた。
人でもなく獣でもない子を夫婦はおおいに慈しんだ。少年は絵を、少女は歌を教えた。そのうち森に人が増え獣が増えると、夫婦は湖畔に国を作った。子は時に人となり、時に獣となって誰より多くの作品を生んだ。
その後、夫婦が命を終えると下級神は子を自分の元へ呼んだ。夫婦の元で健やかに育った子を下級神は優しく抱き寄せ、御遣いとして新たに迎えた。
やがて、森の湖畔の国には愛と芸術の獣人神を標とする信仰が、その作品と共に広まった。