癒やしと目覚めの天女
箱庭における神の力は強い。たとえそれが下級神のものであっても。少し偏り過ぎたり注ぎ過ぎたり、加減を間違えれば溢れた力に箱庭が飲み込まれ壊れてしまうことになる。そうなれば作り直すのはまた大変なのだ。
下級神は善と悪をちょうど半分ずつくらいになるように混ぜ合わせ、慎重にゆっくりと箱庭に注ぎ込んだ。
早速、一つの山が出来た。箱庭の中で一際こんもりと盛り上がった山頂からなだらかな裾野まで、ひんやりと冷気が流れ落ちている。ここら辺は少し寒い場所のようだ。出来るだけ干渉しないように作っているため、力がどう働くのかは下級神にも予測がつかないところがある。
眺めていると山の麓に二人の人間と二匹の獣が現れた。どこから来たのか、いずれにしろまだ信仰を知らないのは間違いない。下級神の目にはひどく疲れているように見えた。疲れは善を消耗し悪を呼び込む。彼らの善は残り僅かでいつ争い始めてもおかしくないくらいだった。
下級神はふと思い立ち、一人の天女を使わすことにした。姉神の姿を模した美しい御遣いである。突然現れたその姿に二人と二匹はとても驚き倒れかけた。しかし、天女が神の意思を伝えるとそれは祈りの言葉となり、疲れ切った身体を瞬間に癒やした。それに合わせて悪が萎み善が戻ってくるのを彼らは感じた。
そうして、箱庭に最初の信仰が目覚めた。
箱庭の中が善だけで満ちることもなければ悪が尽き果てることもない。箱庭とはそういうものだ。しかし、変化はする。下級神の意思の及ぶところでも、及ばないところでも。変化はする、常に。今回の成功は下級神を十分に満足させた。
やがて、二人の人間は国を作り、山の麓には癒やしと目覚めを齎す天女を崇める信仰が広まった。