◆第五話◆ 馬車に揺られて
「そろそろ見つかりましたかね、僕の剣士さん。何か聞いていませんか、ヴェイン」
公務へ向かう豪勢な馬車が、厳戒態勢の下、いくつも連なってパレードの如く道を行く。中でも一際美しい白い馬車の、赤い柔らかなソファーに腰掛ける金髪金眼の美青年がいた。
王族のみに許された、白地に金の刺繍が施された服を着たこの彼こそ、今年十九を迎えるアルダナ王国が王子である。
「恐れながら」
向かい側に控える銀髪美しい剣士官の長、ヴェイン・シルヴァはシャルル王子の問いかけに軽く頭を垂れる。
「先ほど宮廷よりエルネストが子女を連れて、宮殿へ向かうとの一報が入ったと」
シャルル王子は、傷一つない白い指に己の細い顎をそっと乗せながら、感嘆の混じった息を吐いた。
「エルネストはさすがです。剣士官時代も、群を抜いた命令遂行率と情報収集能力がありましたから」
彼ならやってくれると思いましたよ、とシャルル王子はテーブルの上のティーカップに手を伸ばし、花弁のような唇をつける。
女なら、ほうと見とれるような所作だった。
「しかしエルネストだけではないのでしょう? 僕の剣士さんと一緒に来るのは」
それに、ピクリとヴェインの眉が動く。思った通りの反応をするなと、シャルル王子は笑みを零した。
柔和で穏やかに見えるシャルル王子だが、観察・洞察眼にはこと長けていた。将来のアルダナ王国が安泰だろうと言われるのは、次期国王の器を彼が十分すぎるほど備えているからである。
「……ええ。元隊長も同行するとのことです」
無理矢理貼り付けたヴェインの笑顔に、シャルル王子は苦笑した。彼らの確執は当然知っている。
いや、確執というよりヴェインが一方的に恨みを募らせていると言ったほうが正解かもしれない。あの男は、どうにも敵を作りやすい性質らしいのだ。
「兎に角、どんな方が来られるのか楽しみです」
シャルル王子が笑みを零す馬車の列とは一本隣の道を、彼らとは反対方向に走る馬車があった。
「まるで、牧場から精肉工場へ運ばれていく羊の気分です」
狭い馬車から見える、首都バリスの街並みを見つめながら、ティアナはハハハと乾いた笑いを浮かべた。
石畳の道路を走る、心地よい馬車の振動に揺られながら、激動の一日に思いを巡らせた。
入隊初日。
これから借金完済を目標に、慎ましやかに生きていこうと思ったというのに、よりによって王子の護衛など危険極まりなさそうな任務に抜擢されるとは。
おまけに新品の軍服は泥まみれ。
なのに文句一つ言えないのは、鬼だ冷徹だと噂の上官様の所業ゆえ。
目の前で瞑目して座る彼につけられた靴跡が、まるで奴隷の烙印のように思えた。
「羊の気分……か」
「元上官」となったエルネストは、癖なのか、クスクス笑いながら掌で顔を覆うように眼鏡を押し上げた。
「面白いこと言うね、ティアナ君。王子様やお姫様のいるお城へ行けるんだよ? もっとテンション上げたって、バチは当たらないさ」
「上がりませんよ、上がりようがありません! 何なんですか、王子の護衛って! 私は新米兵であるどころか、文官枠採用者ですよ? 本来の仕事は事務です、デスクワークですっ」
実は心配性の家族だって、文官だからこそ入隊を許してくれた。
なのに――
「まあまあ、この国では、女性に全く剣術が浸透していないからさ、方々顔の利く俺でも、君以外に他に宛がなかったんだ。悪いね」
ヒラリと片手を挙げられる。
だが実際、エルネストはかなり手を尽くしていた。己の顔の広さを活かし、遠方近隣関係なく、片っ端から電話を掛けまくった。今日一日だけで莫大な電話料金がかかっていそうだが、そんなことはエルネストの知ったことではない。
それでも見つからなかったのだ。
さしものエルネストも、もう適当に体躯の良い女を見繕うしかないかと思ったところに、剣の練習をする彼女を見つけた。
まだまだ甘いが、筋が良い。
まさか直近の部下の中にいるとは、灯台もと暗しとはこのことかと思ったものだ。
だがそんなことを知る由もないティアナにとっては、そんな軽い感じで済ませられては、堪ったものではない。
「む、無理です! 今からでも別の方を捜してください。きっといますよ、もっと良い人材が」
「嫌なら、今すぐ軍を辞めろ」
先ほどまで押し黙っていたクルーガーが、涼しげな瞳でティアナを冷めたように見ていた。
「わ、私は我が儘で申し上げているのではありません! シャルル王子の身の安全を考えて」
「貴様以外に女剣士はいないと言っている。なら、逃げることより己の腕を磨くことを考えたらどうだ」
「に、逃げようなんて」
「俺が貴様を一流に鍛える。それでも不満か、上等兵」
トクンと胸が鳴った。
端麗な男の真っ直ぐな眼差しは反則だ。
(悔しいけど、やっぱりカッコイイ……)
忘れようと思ったが、恋心はそう容易くは消えないらしい。
彼が高嶺の花だとは分かっているが。
エルネストがティアナの背に手を置いて、優しく見つめる。
「クルーガーはね、前隊長だった」
「え?」
「十五で入隊後、メキメキと頭角を現して、十年はかかると言われる剣士官の試験に一年で合格。その五年後には、一流の剣士官たちを率いる、最年少の隊長に就任した。普通は二十年かかる道のりをひとっ飛び。異例中の異例の大抜擢だよ。同期の出世頭」
「試験はお前も一年で合格していただろう、エルネスト」
「俺は剣士官の中では下っ端だったから」
よく言う、とクルーガーが呆れたように鼻で笑う。
「その男が君の補佐に付くんだ。何の心配もない」
「……――分かりました。やります」
「ありがとう、ティアナ君」
やっとのことで承諾したティアナには見えないところから、その真剣な表情に不釣り合いなほど美しいVサインを向けてくるエルネストに、クルーガーは凍てつくような視線を送った。