序章
「え……っと、もう一度仰っていただけますでしょうか」
西洋最強とも言われる軍を持つアルダナ王国の謁見室にて、一人の軍人のか細い声が聞こえた。
「じゃーかーらぁ、陛下は女剣士を連れてこいと仰られておるのじゃ。軍人なら一度で命令を聞かぬか、愚か者」
まるで己が君主であるような口調でそう述べる老人は、玉座の下に控える宰相。眼鏡をかけた先ほどの軍人は、そんな宰相には目もくれず、玉座の上の、この国を統べる王を見上げた。
「お、お言葉ですが閣下……我が軍には超一流の男剣士なら山ほどおります。ですがご存じの通り、我らがアルダナ王国において、女に剣を持たせるなとの風潮が強く、女剣士など一人も……」
「黙れ。陛下への発言は、ワシを通してもらおう」
そこにおられるのにか、と軍人は思ったが、それを口に出せるはずもない。
「無理は百も承知。じゃが、命を狙われておられる王子の偽の恋人としてお傍に置けば、敵の裏をかけるであろう。王子御自らのご提案じゃ」
「ですが……、閣下!」
軍人の必死の訴えに、国王はただギロリと無言で見下ろした。体格が立派なせいか、それとも君主たる風格のせいか、その威圧によるプレッシャーは獅子に飛びかかられるよりも勝って思える。
「お、女剣士ですね! す、すぐご用意させていただきます!」
そう言うより他に、この若き細身の軍人が無事に宮廷を出る方法はなかった。
「今日中に連れてくるのじゃ。できなければ……分かっておるな」
虎の威を借る狐たる宰相の追い打ちに、大尉の階級章を肩につけた軍人は、音を立てないよう舌打ちした。