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花影のゆめ

作者: to-ru

 限りなく白に近い、淡い淡い桃色に包まれて、あるかなしかの小道をゆったりと歩いている。


 天からは、はらほろと小さな花弁が舞い落ちて、地を埋めていく。


 細い道の先へと目を向ければ、上も下もすっかり同じ色に染まっている。

辺り一面を淡い桃色が覆い尽くす。


 これでは、どちらが天でどちらが地なのか、わからなくなりそうだ。

いや、それどころか今現在立っている場所こそが、天なのかもしれない。

この美しい桜に心を奪われて、ぼんやりと歩いているうちに私の天地は逆転したのではなかろうか?


 そんな奇妙な感覚に、ふと目の前がぐらりとする。



 「ここにはさすがに花見の客はいないのだね」


 ともすれば何処かへ行ってしまいそうな意識を捕まえておかねば、とばかりに、私は友人に声をかけた。


 かの友は、先程から一言も発することなく、私の斜め後方についてきている。


 桜に見とれる私の心に配慮したのか、それとも自身もまた、何がしかの思いに心を捕われていたのか。

どちらかはわからないが、私の問いかけに初めて口を開いた。


 「それはそうだ。ここの桜を知るものは少ないからな。その方がありがたい。わさわさと群れてやって来て、騒がれたのではたまらん」


よほど騒がしいのが嫌いらしく、言葉がとげとげしい。


 「そうだね。こんな風に静かに桜を楽しめる場所は、そうないからね」


 私が同意すると、友人は意外なことを話し始めた。


「もっとも、桜どもはそれではつまらんのかもしれぬ。何しろこいつらときたら、人間が花見をするように、花見に来た人間を見て楽しんでおるのだからな」


「桜が、人間を?」


思わず私は問い返した。


 「調子外れの唄を歌う者、酔っているにもかかわらず、へっぴり腰で踊って尻餅を

つく者なぞは特に好まれる」


「……笑い話の種になるからな」


終わりの一言には、嘲笑めいたものが感じられた。


 「それでは、さぞかしここの桜たちは退屈なことだろうな。こうして訪れる人間が、何の面白味もない私ではね」


思わず視線を落としながら呟いた。


 桜たちが一斉にこちらを見ているような気がして、何やら申し訳ない心持ちがしたのだ。


 何しろ私は酒が苦手なのだ。

飲めない訳ではない。

が、好きにはなれない。

左に酒と肴、右に茶と菓子があったら、迷わず右を選ぶ。


 だから、酔って羽目を外すといったことは、まずあり得ない。

当然、桜たちの好むような醜態をさらすこともないだろう。


 「たしかにお前は面白くない」


 すかさず友人が返してきた言葉はしかし、非常につれないものであった。


 もう少し気を遣った言い回しが出来ないのだろうか。


  私が口をへの字にしていると、友人はさらにぼそぼそと言葉を続けた。


 「……面白くはない、が……気に入っている」


 「……そう、か」


意外な台詞に驚きつつ、それは「桜が」なのか、それとも……と問いかけようとした途端、白い光が目に飛び込んできた。


 出口だ。桜の森の終わりである。


 やわらかな風がふうと後ろ髪をなでていく。


 そこで私は振り返った。


 友人の姿はない。

 

 わかっている。

 

  風に乗ったのだ。

 

「さあ、帰るがいい。気が向いたら、また来い」


 枝の上、桜の花影から声が降ってくる。


 彼女の白い髪が、かすかに風に揺れている。

その髪が、クモの糸のように細く美しいことを、私はよく知っている。


 一幅の絵のような彼女の姿に目を細めながら応える。


 「また来るよ」


 樹上の友人に一つ微笑むと、私は光の中に足を踏み入れ、森を後にした。



 

 眼前に広がるのは、いつも通りの街並み。


 そっと後ろを確認すれば、やはりいつも通り桜の森は姿を消していた。


 やわらかな風だけが別れの挨拶のように吹き抜けて、桜の花弁をそっと届けてくれた。


 その花弁を優しく握り、私は街に向かって歩き出す。



 いつの間にか、空は茜色に染まっていた。

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