そんなことないわ・3
「俺なんてやっぱり才能がないんだ」
やきとりを口に運びながら彼が言った。
「そんなことないわ」
ウーロンハイを飲みながら答えた。
「受賞したのがまぐれだったんだよ」
「そんなことないわ」
「今日も編集にダメ出しされたし。俺の発想は時代の波にあってないんだ」
「そんなことないわよ」
私はうんざりした。最近の彼はいつもこんな感じだ。
大学生の時に小説の賞をとって、書籍化された。それから卒業後に2作出して、それなりに彼の小説は売れたけど、ヒット作というほどじゃなかった。そして、ここ半年くらいは、スランプというか、構想の段階でつまづいてるので、1ページも書いていない。
大学生の時からつきあって4年。彼の書く小説は好きだったし、顔も、気の弱そうなところも、好きだった。でもその気の弱さが、スランプの時は悪く出る。自己卑下の塊だ。彼と会うたびに、愚痴の聞き役。
せっかく2人で外に飲みに来てるのに、酒がまずくなる。
やっぱりそろそろ別れるべきなのかな。私だって仕事をしてるんだし、疲れてるのにこうやって愚痴を聞かされるのはつらい。こないだリサに紹介してもらった人、そんなに悪くなかったし…。
「もううんざりだ、って思ってるだろ」
「えっ」
「会うたびに愚痴を聞かされて、俺と会うのも憂鬱になってるよな」
「そんなことないわよ…」
(なんだよ…自分でわかってるなら、愚痴言うのやめればいいのに…)
「リサちゃんに紹介してもらった男とつきあおうかなって思ってるだろ」
「え! なにそれ?」私はとぼけた。
(なんで知ってるの!? リサか? リサが教えたのか?)
「リサが言ったのか?、って思ってるだろ」
「そ、そんなことない…」
(違うの? じゃあなんで? 調査したとか? ストーカー?)
「違うなら、探偵とかストーカーか? って疑ってるだろ」
「い、いやそんなこと…」
「簡単な推理だよ。今日の君は微妙に優しい。今までは、何回目かで『また愚痴なのー? そんなことないって言ってるじゃない!」と怒り出してたのに、今日は聞いてくれる。何かやましいところがある」
「……そんな…ことは…」
「君が俺とのことで愚痴るのはたいていリサちゃんだ。あの子はいい子だけど、単純で、善意の暴走をすることがある、『そんなに彼氏に不満があるなら、別れちゃえば? ためしに他の人と会ってみない?』とかなんとかいって、出会いの場を設けたに違いない」
「そ…」
(なんでわかるの? その洞察力をなぜ小説に生かせない!?)
「それがわかるのに、なぜ小説に生かせないのかって思ってるだろ」
「……」(図星!)
「洞察と発想は別の物だからな。そして紹介された男は、悪くはないけど、いまいちピンと来なかったんだろ」
「……」(図星!)
「もし君の好みドンピシャだったら、今日ははじめから俺と別れるつもりで来たはずだもんな。まだ迷ってる段階のはずだ」
「……」(なるほど…)
「たぶんな、俺と対照的な、男らしい体育会系の男だったはず。リサちゃんはきっと『そういう、ぐちぐち言うような彼氏に閉口してるなら、竹を割ったような、さっぱりした男の人がいいよ!』って言いそうだからな」
「……」(エスパーかよ…)
「でも君の好みは理知的な銀縁メガネの王子様系だ。俺は君の、どストライクな顔のはず」
「……」(ばれてた…)
「そしてたぶん、男らしい男は、亭主関白を気取るから、『俺、唐揚げに勝手にレモンかける女って苦手なんだー』みたいなことを言ったんじゃないかな」
「……」(なんでわかるんだ。たしかに言ってた、『あっ唐揚げにレモンかけないでね! 俺、勝手にかけられたらキレるから!』って)
「君はそういう男が苦手なはずだ。たとえ勝手にレモンかけられるのが嫌いでも、その場では『ありがとね』と笑顔で感謝し、相手を傷つけずに、次からやらなくなるような言い回しをする男が好きなんだ」
「……」
「たとえば『俺、レモンかけないで食べたい時もあるのに、今日はかけたい気分だったんだよ! それがわかるなんてすごいね! これって運命かな?』と言う男。好きだよね?」
「そんなこと……言ってたね」
「うん。俺と初めて会った時の居酒屋で、『そういう言い方する人、好き』って言ってた」
「……ふっ」
私は負けを認めた。
「そうね。あなたの言う通りよ。そういう人が好き」
今はめんどくさい彼だけど、きっと、私が本当に嫌になる前に、態度を改めてくれる気がする。
だってこんなに私のことをわかってくれてるんだもの。
こんな人、他にいない。離れられるわけがない。
「あ、追加で唐揚げ注文するね。唐揚げのお口になってるだろ?」
「…うん」
……わかりすぎててちょっと怖い。




