井野正寛と会った
うちのクラスの体育の授業は少し特殊だ。1年のクラス合同で授業を行うのた。意味はわからんが。
体育なんて退屈な授業なんか受けたくはないけど、学生である以上は受けないといけない。
僕は体育着に着替えてグラウンドに行くと、ほとんどの生徒が集まっていた。授業がが始まるまでまだ5分もあるけど、ここまで集まっているとは思いもしなかった。
僕に友人と呼べるような人間はあんまりいない。同じクラスだと久米ぐらいしか話す奴はいないに等しい。
だから教師が来るまでの時間も空を眺めて過ごすことが多いのに、今日はなんか話しかけて来る奴がいて、それができなかった。
「ちょっと話さない?」
声をかけてきた奴の方に視線を移すと、黒髪眼鏡で髪はちょっとボサボサで中肉中世の男子生徒がいた。誰か知っている奴かもしれないと一応、記憶の奥底を探ってみたものの、心当たりは全くと言っていいほどない。
でも…どこか見たことある感じがしないわけでもない。
そんなことを考えていると彼が名乗ってくれたので何で見たことがあるのか、分かった。
「俺は井野正寛って言うんだ。よろしく」
さすがに自己紹介をされて、何も言わないのは申し訳ないので返すことにする。
「僕の名前は梅原章彦だ。よろしく」
僕は改めて、井野に視線を向けて観察する。
身長は僕よりも少し小さいぐらいだ。僕が180cmぐらいだから、井野の身長は170後半ぐらいと言ったところだろう。顔立ちはイケメンと呼べるレベルかはともかくとして、髪を丁寧に整えればモテるんじゃないか。
人の容姿に興味はないので、あんまり分からないが。
さすがに見過ぎていたのか、井野はちょっと苦笑いを浮かべた。
「何か付いているかな?梅原くん」
「いや、なんでもない。これは癖のようなもので。初めて知り合うような相手のことは観察してしまうような人間なんだ」
「そうなんだ。珍しい人だね」
「そうかもな」
それから教師が来るまで少しの間、話した。
その結果として僕が井野に対して抱いた印象は『普通の良い奴』だ。それ以上でもそれ以下でもないというのが評価だ。口調も優しい方で人の話もしっかりと聞く、相手の話に対しても真剣に聞いているようには見える。
なんでこのタイミングで僕に声をかけてきたのかはまるで分からないが、普通の人間だ。
――――――――
体育が終われば、僕はすぐに更衣室で着替えて教室に帰りたかったのだが、井野の奴が呼び止めてきた。
「更衣室まで話さない?」
「…それは断ってもいいか」
「できれば断って欲しくないな」
別にここで断ってもいい。僕は人との付き合いを大切にしているタイプではない。それに井野とは今日知り合ったのだ。ここで断れば、井野の中で僕のイメージは悪くなり、もう話し掛けて来るようなこともなくなるだろう。
だが、別に数分ぐらいでそこまで変わらないか。早く帰って何をするのかと言えば、どうせ机に突っ伏して寝るぐらいだしな。
「わかった。更衣室まで話す」
「ありがとう」
それにしても、今まで一度も話したことがないような人間に何度も声を掛けられるとは。僕は自分で言うのもなんだが、かなり声は掛けにくいと思うんだが。
「梅原くんは長倉姉妹のことは知ってる?」
「知ってるぞ」
数日前までは知らなかったが。
「そうだよね。この高校に通っている人で彼女たちのことを知らない人なんていないよね」
こいつもそう言うってことは本当にそれぐらい有名な姉妹なんだろう。まぁ、ただ校内を歩いているだけであそこまで人だかりができるような人間だからな。
「その長倉姉妹がどうしたんだ」
「…もしかしたら、梅原くんも知っているかもしれないけど、俺は最近その姉妹と一緒にいることが多いんだ」
あ、それか。こいつを何故か見たことがある感じがしたのは、直近で見たことがあるからだ。
ここ数日、長倉姉妹と一緒にいるところを数回見た。
「一緒にいるところを見たこともあるな」
面倒くさそうだなぁと思いながら、遠目で見ていたことがある。周りの奴らには血眼になって見ている奴もいたが。
「そうだよね。あんなに目立ってたら嫌でも目に付くよね」
「ああ、そうだな」
ここ数日で井野への注目度はかなり上がったはずだ。長倉姉妹があれほど人気だからこそ、その隣に立つ男に注目が集まるのは仕方ない。
あれだけ目立つとかなり恨みを買いそうだが。
すると急に井野は真剣な目で僕のことを射抜くように見ながら、質問してきた。
「梅原くんは長倉姉妹の人はどう思ってる?」
「どう思ってるとは?」
「そんなに深読みするような質問じゃないよ。ただ単純に長倉姉妹のことをどう思っているのかと思って」
質問の意図が全く分からない。なぜ、僕に対して長倉姉妹について聞くのか。それに一番関わりが無さそうな僕にその質問をするのか。
これがサッカー部のエースや野球部のキャプテンとか、如何にもモテそうな人間にそれを聞くのであれば、長倉姉妹を取られたくないという思いからなのだと推察はできる。
だが、僕はモテるようなタイプでもなければ、長倉姉妹と関わりがあるわけでもない。
答えないわけにもいかないため、普通に答える。
「別に何とも思っていない」
「ほんとに?」
「本当だ。お前が何を心配しているのかは分からないが、僕はお前の邪魔をする気はない」
「…そうか。それを聞けてよかった」
それだけ言うと井野は速足で去って行ってしまった。その後ろ姿を見ながら、僕は梅原は何かがしたかったのかを考える。
長倉姉妹とは一度だけ会った。それだけだ。
井野の目的は分からないが、僕に関係はないだろうと結論付けることにした。




